第四十七幕 主催イベント
ある日思いついたように、最下層の段ボールの横に設置されている黒電話からエノが真剣な声で電話をかける。
「はい、こちらダストです。エノ様、何か御用でしょうか」
ダストが、電話に出るとエノは息を吸い込み。
「怠惰の箱舟主催の、イベントを開催したい」
ダストが、電話の向こうで息をのむ。
「いつ頃、どんなイベントを開催したら宜しいですか?」
ダストは、いつも思い付きでイベントをするエノに感謝していた。
「カラオケ大会か餅つき大会がいい、準備にどれ位かかるか判るか」
ダストは電話の向こうで、一つ頷く。
「どちらも、ご下命があれば明日にでも開催できます。なんなら二つとも、開催しては如何でしょうか?」
エノは電話を握りしめた状態でニコニコと笑う、相変わらずこのスライムは…。
「いや、そうだな。カラオケ大会だけでいい、三日後にやろう」
腕輪やその機能があるアクセサリ等を付けた、怠惰の箱舟の労働者全員におしらせが届く。
ぴんぽん~ぴんぽん~ぴんぽん~
お知らせ専用のピンポンが鳴り響き、参加するしないの選択肢が全員に表示された。
(怠惰の箱舟主催、カラオケ大会のお知らせ。飲み物無料、歌う方の参加者と聞く方の参加者大募集。歌う方は審査あり、高得点者別途ボーナスポイントあり。参加者に参加ポイントが配られます、行儀よく聞きましょう。食べ物の販売あります、イベント中参加者は労働扱いで時間は流れません)
参加表明一番乗りがオタク勇者で、これアニソンか?
二番目が…、黒貌。しかも、酒を題材にした演歌。
相変わらず、この二人は超反応が早いな。
炎上してるSNSより、脊髄反射で解答してんじゃないのか。
ダストは参加表明や、審査表を眺めながらいつもそれらの参加不参加をログでおっていく。聞く参加者と歌う参加者、歌う方は流石に審査しないとまずいから簡単には審査するが歌う曲と一定以上聞けるものかどうか位しかチェックはしない。
少しでも多く、少しでも細やかに盛り上がれば。
そんな、気持ちで怠惰の箱舟ではこうして突拍子もなくイベントが開催される。
必要以上に盛り上がってる連中もいるが、盛り上がらないよりはずっといい。
しっかし、相変わらず参加希望率が高いのは助かる。
俺はさ、働きたいスライムだから。参加希望が少ないと、作業量が減るだろ。
それが、何より辛いんだよな。
あのクソドワーフども、参加表明は一回でいいんだよ。
連打してんじゃねぇ、コンソールは空間に表示してるだけだから減るもんでもないんだが。
そんなに飲み物(酒)無料が大好きかあいつら、まったく…。
この、イベントにかんしてはエノ様の思い付きか俺の気分で開催してるもんが殆どだ。
縁日もどきの大紐引きは、ゴミ集積場みたいな景品箱に景品や景品を書いた紙が貼ってあって選択したら手から剥がせずに最後まで引いた一個が引いた奴のものになる。
個人で一本紐が引けて、景品を渡すだけの簡単なイベントもある。
ビンゴゲームとか、ボーナスとか…。
あくまで、何気ない毎日にふりかけでもかけてやろうみたいな。
細やかなもんが、殆どさ。
この前のビンゴゲームじゃ、妖精がしちゃいけないような血走った目でビンゴカード握りしてめてたり。
ハーピィのおばさんが、羽を広げて回る様なもんを紐引きで当ててたり。
俺は労働が好きだ、エノ様の為に働く事が生きてることそのもの。
でもな、それだけじゃだめなんだよ。
エノ様は喜ばない、だからイベントをランダムにやるんだ。
労働だけが、生きているってわけじゃないか…。
希望や刺激があって、報われて初めて生きてる…。
エノ様はずっと、そんな事を言ってたな。
報われてこなかった、幸せになれなかった。
そんな今までが、長く長く永遠に続くんじゃないかって思ってたって。
だから、刺激や味変えは必要な事だからと。
悲しそうに言ってたな、俺には良く判らなかったが。
参加者の百面相な顔を見てると、刺激が強すぎてやばいことになってんじゃないかとたまに思う事もある。
紐引きで黒貌が亀の子たわし当てて、その紐を握りしめたまま白眼になって眼と口をまん丸のハニワみてぇな顔面で膝から崩れ落ちてたりな。
エタナ様は、いやエノ様はか。
アヒルのおもちゃを当ててたな、それを他の子どもたちが指をくわえてみていた。
子供用に、また別のイベントを企画しなければな。
それと、おもちゃ屋の区画に格安で置いてもらうか。
風呂で使うおもちゃなら、風呂屋の売店であつかってもいい。
俺が望んだ、全ての誠意ある努力に報われる世界が欲しいという願い。
やはり、世界はこうでなくては。
それはそうと、次はどんな主催イベントを開こうかな。
希望、希望か……。
エノ様、俺は頑張ります。
誠意を持てない命の殲滅と、願いの為に生きるもの達への平等を守るために。
だから、貴女も。
頑張る俺を、見守って下さい。
頑張る俺に、力を貸して下さい。
俺の希望は、いつでも貴女と共に。
おっと、また黒電話が…。
なんで、エノ様はこんな非効率なものを愛用するんだか。
俺には判らんが、それでもエノ様がこれを愛用するというのなら。
俺には判らんが、それでもエノ様はこれが好きだというのなら。
体を伸ばし、受話器を取る。
もしもし、エノ様。何か御用ですか?
黒貌の残念会ですか、あのタワシは傑作でしたね。
いいですとも、用意しますよ。
精々笑ってやりましょう、黒貌も貴女に笑ってもらえるなら本望でしょう。
次も、その次も…。
俺が管理する怠惰の箱舟では、ランダムイベントをやろう。
誰も不幸にならない、些末なアクセントなイベントをやろう。
ダストは、黒電話のダイヤルを回して黒貌の店エノちゃんにかける。
「黒貌殿、業務連絡だ。エノ様がお前の残念会をやるそうだ、黙って来い」
黒貌は電話の向こうでにんまり笑う、受話器を持っていない手でガッツポーズもしていた。
「俺にとって、どこが残念か判らないが了解した。ダストよ、俺はある意味タワシで良かったぞ!」
ダストは、にちゃぁとねばつくような笑みを心で浮かべた。
「判った、次からタワシを増やしておく。イベントを主催するものとして、やはり喜んで貰いたいからな」
瞬間に黒貌は電話の向こうで真顔になって、「ふやすんじゃな……」
つーつーつー
ダストは、タイミングよく黒電話の受話器を置く。
「確率操作等の不正はエノ様が一番嫌がることだろうに、冗談だそれぐらい判れ阿呆が」
この、イベントも確か第一回目は消えないデカい火を用意して。
ただ、カレーを配っただけだったな。
怠惰の箱舟も最初階層がなくて、仕事もあんまりなかった頃は。
もう、全滅する様な種族を戦火のただなかから救い出し。
はろわの受付も俺一人、小さな土の山に木の札置いて応対していた。
俺はさ、そんな一人一人に仕事をふっていた。
儲ける必要なんてない、努力があのお方に認められさえすればポイントに変えて貰える。
外の世界じゃ儲からなければ存在出来ない事でも、箱舟の中では存在可能。
欲深であれば、ルール違反をすれば。
そいつは、最後の蜘蛛の糸すら自分で切った事になるんだ。
俺は、ポイントなんかいらない。
俺は、貴女の幸せと招かれた者達の救いがあれば。
俺は、どこまでもこの怠惰の箱舟をデカくしてみせます。
貴女は、ここがデカくなるのは好かないでしょうけど。
俺は、もっと俺みたいな底辺に居る連中をこの箱舟にのせたいんですよ。
貴女は、苦笑しながら「面倒な奴だな」とか言いそうだ。
さて、イベント…。次は何をしたらいいだろうか、いつやったらいいだろうか。
光無にも、業務連絡を入れなくてはな。
「流石に、エノ様から来いと言われりゃあいつも来るだろ」
今日も一日、生きなくてはな。
俺の希望は、ここに…。
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