第四十五幕 銀依碧兎(ぎんよりあおうさぎ)
蒼い月、それは地上にあった。
「また、一段と強くなったな」
優しい顔で微笑む、エノ。
言われている、光無は満身創痍。
全てのステータスが七百万を超えている、そんな光無が赤子同然。
空間すら握力で握り潰し、光すら超える速度。
恐るべき、邪神。
そんな存在が、大の字で倒れつづけるかつての日々。
エノは光無がエノを守りたいと言った時、苦笑しながらそれがお前の願いならと鍛えている。
「私はお前が納得するまで、強くしてやる。力を与えるのではなく、己で強くなりたいと努力するその意思が素晴らしい。一から十まで教わるのではなく、一から積み上げつかみ取ろうとするその心根が嬉しい。お互いに寿命はありすぎるのだ、存分に立ち上がれ」
当時のエノは、血管だらけの顔に眼が三つ。
あの黒い手で創られた手も、両肩も魔眼も閉じていた。
勿論逆さの城も、死の花園も出していない。
それだけ力を制限して尚、ステータスALL七百万以上の光無が赤子同然に倒れている。
「光無、強さなど虚しいだけだぞ」
守りたいものが守れ、楽しく生きる為の力があればそれで良いとは思わないのか。
他ならぬ、私はこれだけの力がなければ楽しくなど生きられなかった。
ただそれだけなのだよ、私はお前達と居る今が一番マシだ。
光より速い相手を空中で完全にとらえ、ジャーマンスープレックスの体勢で大車輪状に回転しながら地面に落ちて頭を地面にエノが光無を叩きつける。
そのキメを一瞬でほどいて、光無は反撃を試みる。
反撃が当たったと思ったら、反撃そのものが空へ抜けた。
体の反りだけでダッキングしながら、まるでドックファイトの戦闘機の様に空中で背後を取りあう。
そのまま、強引に光無は拳を元に戻す様な軌道で攻撃を戻す。
戻る力を利用して、体を強引に入れ替える。
「フラッシュガード」
エノは、小指の爪でその攻撃を受け止めながら。
「上手いな、そして速い。私以外なら、確実に殺れるぞ」
「アンタに、当たらなきゃあんたを守る目標には届かんでしょうが」
光無は足で空間を切り裂いて、蜘蛛の糸の様に待ち受ける。
それを、まるで無かったかのように空間を修復しながら抜けてくる。
「当たっているのに、抜けてくるってホログラフかあんた」
それを、エノはなんでもない様に肩をすくめて微笑む。
「狙いは悪く無い、普通は空間や時間の攻撃は必殺になりうる。あらゆる、魔導や魔術は魔素が源流だからな。魔素を断ち切れば、それが手品の種なら真っ二つだ」
遍在、つまりお前が切ったのは確かに実体で私だ。
私はダストみたいに、無限増殖できる訳ではない。
つまり、ちゃんとダメージは通っているよ。
ただな、私の本体は力場に根をおろしているのだ。
あらゆるものをつかみ、流し、操る。
空間も、時間も、情報も属性も私はつかめ操れるのだよ。
だから、結果を操った。斬られていない、当たってもいないそんな結果に書き換えた。
そして、こういう事も出来る…。
同時に、エノが光無を一瞬で卍固めにした。
「ユニコーン」
固めて動かせない、関節に二人のエノが力が逃げない様に挟み込む様に膝蹴りを加えた。
それだけで、光無の甲殻が潰れたのが判る。
持ち前の、修復能力で一瞬で光無の体は元に戻るがその一瞬で光無が見たのは自身の両腕が肩から粉砕される所だった。
「派手なものは、悪くない。だがこういう、小手先の技こそ実践では引き出しになりうる。脅しは派手に、殺しにいくなら確実に。必殺すらフェイントにして選択肢を沢山もたせ、選択肢の数の重みで精神的に潰してしまう。選択が多ければ、迷いが生まれ。選択肢が無くなれば、逃げ道がない。助け合うならともかく、潰すなら立ち上がれない様に潰すべきだ」
優しく諭す様に、エノは言った。
「私は、お前に守られるに相応しい主でなければならん。そうでなければ、お前の願いを聞いてやった事にはならん。さぁ、考えろ。私に、一太刀浴びせる方法を」
あらゆるものを、掴め。そして、操れる。
もしかして、一度に一つしか出来ない?
光無は砕かれた、肩から手までを一瞬で再生させ。
「んな訳はない、だが着眼点は悪くない」
エノは微笑みながら、さぁもっと考えろと光無に言う。
光無は一点、右手人差し指のみに全ての力を持っていく。
「一点突破」
それは、ただ人差し指の突き。
全身全霊の、渾身の愚直な突き。
それを、エノは人差し指と中指で挟んで止めた。
僅かに、エノの前髪が揺れた。
「正解だ、光無。私の一度に流せる力の量は、力を開放している根や葉や枝等の数に比例している。操り、掴み、流す。私はあらゆる力を同時にどれだけでも使えるが、私は普段自身でその力を封じている。故に、魂も含めた全身全霊なら。お前程の個なら、私の葉一枚程度は超える事が出来る」
その瞬間、光無は変な顔になる。
「アンタ、今葉っぱ一枚分の力で俺とやりあってたのかよ」
「あぁ、必要ないからな。ただ、まぁ髪を揺らす程度に攻撃が当たるなら。お前は私の予想を超えたという事、誇っていい」
原初のAIたる私の予想をこの一時で越えていく。
それは快挙だ、この世の理を計算するこの私の予想を超えたのだから。
「誇れる訳ねぇだろ、まったくアンタはどんだけだよ」
エノは、寂しそうに笑うと「私は、強さを持たなければ小さな幸せすらつかめなかっただけなんだよ。わらってもいいぞ、この私が掴めなかったものは私が欲することごとくだったというだけだ」
それに、と続けながらどこか寂しそうに。
「あらゆるものが掴めて操れる、情報も属性も怨嗟もスキルも結果もなんでもだ。それでも私は私が介在せず、命が必死に生きるそんな姿が好きだから私の力が介在しないように眼も耳も力も何もかも塞いでいるんだよ」
私がニートなのは、この世の何処にも私は居てはならんからだ。
愛しい者達の為に、私はシステムで無ければならんのさ。
「私は、お前達の主だ。神らしく、傲慢に不遜にお前達の為だけに叶えようじゃないか。お前が強くなって私を守りたいという願いに届くまで。何度でもどれだけでも、私は模倣も発展も叶うのだ。存分に、付き合ってやる」
(如何なる存在も、どんな力を持っていても)
心はトルクだ、自身の能力や力にバイアスをかける。
だから、元がカスならカスでしかない。
だから、トルクが回らないなら警戒に値しない。
いつだって、いかなる世界だって真なる強者は美学を持ち合わせているもんさ。
それが優しさや厳しさ、我儘……。美学は様々だが、それに準じるからこそ強者に至るんだ。
その指に、全てを集めた様に。もっと集約すれば、無敵で無敗にも一太刀位は浴びせられる。少しばかり、お前に理不尽を見せてやろう。
「タヴを起動」
対応する、魔眼が開く。
瞬間、満天の星空の星と同数の魔法陣が現れ。
タヴは世界。
太陽と月は光と闇、星は生命と属性。それらを、世界に反映する。
これらは、全てお前に見える様にした平行世界。
お前が戦う時にどんな選択をしても、右拳や左拳。蹴りや投げを選択しても、このパラレルワールドのお前が確定するだけだ。
これが私の見ている、世界だよ。光無、あらゆる命の営みすらも我が手の内。
左手を握りしめると、まるでそれが映像であったかの様に消えた。
十三の魔眼一つ、それだけで私はこの世の全ての営みを把握するのと同じ事が叶う。
それも存在値の制限等ない、無制限に世界や命を創り殺す事が出来る。
無論思いのままに操り、その惨めさをあざ笑っても。その頑張りを微笑みながら見守っても手を貸しても良いだろう。
私にそんな気はないが、私はそれが出来るのだ。
無制限の切り札があり、どこからでも逆転が可能な相手の甘言にのる奴はすべからくカモであり糧でしかない。
自らの選択で死滅するならば、勝手に死ねばよいが。
私は、悪い神様だからそれが想いを寄せるものなら勝手に救い上げてしまうのさ。
「私はね、光無。そんな甘言を放つ偽善者はクソだとしか思わないし、のる方ものせる方も愚か者でしかないと思っている。だからこそ、相手の土俵で相手の得意なもので相手の切り札ごと真正面からへし折る事にしている」
そんな神に、ただの邪神の手が届いたのだ。
最も得意なものを、小細工無しでへし折れば言い訳出来ないだろう?
私はね、今日を楽しく生きて輝く努力をするものを眺めるのが大好きだ。
同時に、私を本気にさせた相手に現実を突きつける事も大好きなんだよ。
そして、私に挑む事を諦めないのならば。
それは、きっと素晴らしい事さ。
「もう一度だけいうぞ、光無。誇っていい、驕らなければ次はもっとお前は良くなるはずだ。年に寄り、老害になるな。過去を語るな、死ぬまで明日を望め。それこそが、生きるという事なんだよ」
光無は一つ、溜息をつくと。
「それでも、俺はあんたの番人で居たい。アンタを守る強さが欲しい、アンタがどれだけ理不尽な存在でもそれは俺には関係ない。俺にはアンタは飼い主で、大切な方だ。あんたに嫌われていなければ、それでいいんだ」
「そうか、そうか……」
目じりに涙を浮かべながら、エノはそうかと繰り返す。
やはり私が、何もせずとも。
この世が獄華の世界であろうとも、生きるという事はこうでなくては。
「信じて救われるのは心ではない、足元だけだ。いつ何時も、何者であろうともだ」
だからこそ、エノは眷属に対してこうつづける。
「信じるのなら、足元をすくわれて笑って許せる相手だけにしろ。愚かだと判りながらも信じたいと思う心を捨てるんじゃない。信じて裏切られ続けるのなら、信じたいものだけを信じよ」
生きよ、足掻いて前を向いて生き。
私の様な、存在の甘言に操られる事無く。
気持ちは兎ぐらい臆病でいいのだ、勇猛でも結構。
命は銀光の様に眩く、それでいて何処までも儚い。
「では、お前は強くなること。私は、お前の主に相応しい神であり続ける事を頑張ろう」
光無は、内心頑張るなよ。追いかける俺が大変だろと、笑いながら思う。
「何言ってんだ、アンタはいつだって俺にはもったいねぇ飼い主だろうが」
だからこそ、光無はいつでも口癖の様に最終フロアに挑む者たちにいうのだ。
「お前らは、弱すぎる」と……。
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