第四十四幕 紅葉よりも紅く

俺は鬼、鬼神のアニムス・ルフ。



怠惰の箱舟のカジノフロア「雷紅殿(らいこうでん)」のルーレットをまかされている、このルーレットはポイントをチップに変えチップをかけてルーレットの数字や色を当てるというものだ。




俺は、かつてこの最下層に挑んだ。




私の死すら、ポイントを払う事が出来れば叶えよう。

あの、いかれている女神はそう言った。


他の神でも、他の邪神でも。


私以外のモノは、どんな講釈を垂れるのか知らぬし興味もない。

俺は問うた、鬼を鬼で無くし人と共に歩む事はできるのかと。



あの、女神は言った。



「私に容易くない事など無い、私にその気が無いだけだ」


だから、俺はここで働く事にした。

そして、周りがポイントを貯めて願いを叶えている。


戦争で、汚染での滅びすら覆すその力は正しく本物だった。


どんな、無理難題を言ってもそれは瞬時に叶うのだ。


誠実な弟子が欲しいと言っても、寿命が欲しいと言っても。

知識が欲しいと言っても、技術が欲しいと願っても。


素晴らしい上司が欲しいと、素晴らしい部下が欲しいと言った所で。


「彼女には本当に、些事だった」


俺は、ルーレットを回してはチップを回収して。

配当のチップを配る、もうどれだけ繰り返したか判らない動作だ。



淀みなく、無駄も無く。



こんなに、同じことを繰り返したのはまだただ鬼だった頃に強さを求めて拳を振るっていた時以来。


あの頃の俺は、拳こそが最強で力こそが最強だと信じていた。

鬼神になるほど負け知らず、だから俺は増長した。



光無にすら、届かぬその力がどれだけ小さいかをこの怠惰の箱舟に挑むまで知らなかった。



今日も、チップをやりとりして景品に変えてく客を眺めては…。



ここの客は少なくとも、娯楽としてのギャンブルはするが娯楽以上にはならない。


チップは景品には変えられるが、そのチップを買うポイントは全てに変えられるのだから。



当然だ、ポイントの形の方が良くて当然。

チップは増えたり減ったりするが、ポイントが労働以外で増える事は無い。


例外は怠惰の箱舟主催のイベント位だが、それはイベントの参加は労働扱いだからだ。


労働に対して、決められたポイントを払い。

寝る場所も食い物も道楽も、何もかもをポイントで買う。


ゴザの上で寝れば安く済む、城に住めば高くつく。

言った条件は全て聞いてもらえるが、言わなければ考慮もされない。


城どころか宇宙要塞に住みたいと願っても、毎日のポイントさえ払えば住めるのだから。


戦う道楽も、戦いをみる道楽も。



買えないものはない、俺はディーラーをしながら周りを見ればきらびやかな世界が広がっていて。ネクタイを直し、玉をルーレットに入れる。



ここでは、動体視力やスキル等は使えない。

そして、イカサマもできない。



客も、胴元もそれをするという事がどういう事なのかを知っているからだ。

時間だけがすっとばされて、玉が落ちている。


その後、脳裏に玉がいつ投げ入れられてどのような形で落ちたのか全員が認識している。


ルールを守らせる為だけに、その現象を毎回作り出す。


もう、ずっとこのルーレットのディーラーをやっているが。


「それでも、馬鹿げている」


力の使い方も、用途も。それが実現可能な、存在が存在する事も。


あの最下層の、光無は真面目な顔をしていうのだろうな。



「働いてポイントを貯めろ、さもなくば去れ忘れろ関わるな」



鬼は、悪意が染まったモノだ…。

薄いか濃いかの違いだけで、悪意や呪いだ。


それらを、煮詰めていけば神に届く程の力を手にしている事もある。


これが、「鬼神」。


これの呪いや悪意を消し、体を作り替え人として生きる等元来は出来ようはずもない。



ただ、叶えるならば。両親が居たことにし、お前である事を保証し人間として五体満足で生きる事が出来るようにしよう。



「その値段と腕輪を見れば、値は確かに表示されていた…」


俺の偽らざる本音は、「クソ高ぇな、オイ」だったが。


それでも、この華やかでありながらどこか嘘くせぇカジノでルーレットのディーラーなんかやってると。


って、そこの幼女どこの子だ。しけた、リーマンみたいに干からびてがま口財布を逆さにしてホコリしかでてねぇじゃねぇか。


保護者がいねぇなら、軍犬隊のトコもってってオレンジジュースでも出してもらわねぇと…。


あぁ、黒貌の旦那が保護者か。


旦那が、がま口の金魚の柄の財布にめいっぱいチップをパンパンにいれてんな。

甘やかしすぎなんじゃねぇのか、まぁ保護者がいるならいいか。


それはそうと、額に血管浮かべながらオーラ吹いてる男。

誰かと思えば、オタク勇者とありゃ魔王か?



オタク勇者の方はちょくちょく居るから、判るんだが。

なんで、魔王があんな悲壮な顔で必死にカケフダ握りしめてんだよ。


(あぁ、景品か)


魔王は外部の腕輪を持たないゲストだから、チップで変えるしかないわけね。

俺はもう慣れちまったけどさ、このカジノフロアの景品も大概のものが揃ってんだよな。怠惰の箱舟じゃ、中抜きも買いたたきもない。


だから、外の連中とモチベーションが全然違う。


納期に追い回される事もなければ、これが無いと嘆く事もない。

道具も材料も、ポイントさえ払えるなら最高のものが手に入る。


そして、こう言われるんだよ。


「この環境で、何も成せないならそりゃそいつがゴミ屑なんだろう」って。


ポイントがあれば、才能すら買える。

エルフが金属を触りてぇ?ドワーフが魔法を使いてぇ?

買えばいいじゃねぇかって言われるだけだな、買うなら何でもありだここは。


だからこそ、そういう連中が作ったもんが景品や物販に並ぶんだよ。


安く欲しいなら、安物を。

良いものが欲しいなら、相応のポイントを支払う事になる。


そのポイントで買った、薬やドレスや形あるものの一部を景品として並べてな。



外の連中にはさぞかし魅力的に見えるんだろうぜ、しかもあのチップな。



ポイントには変えられないが、等価でならあらゆる次元世界に存在する通貨と変えられるんだよ。


レートは、交換所に行けば判る様になってる。


しかも、ここのカジノな。道楽以上の勝率には絶対ならねぇのよ、買ったり負けたりするようにできてるんだ。


これは、俺がディーラー初日に聞かされた話だが。

怠惰の箱舟のカジノは、道楽の一つであって商売ではない。


「故に、極端に胴元が勝つようなことにはならない。胴元が勝って楽しい客は居ないだろう、だから損は全て怠惰の箱舟側が出す事になっている」


同時に、怠惰の箱舟のカジノは道楽であってそれ以上ではあってはいけない。


「故に一人が賭けられる分は決まっているし、勝ちと負けを両方作る事で程よく楽しい時間を過ごしてもらう事が目的。トータルすれば景品がちょっと交換できる程度に勝ち、その勝ちの喜びを得る程度には負けるようになっている」



要するに、無理が出来ないし。程よくしか勝てない、それはこのカジノフロア全体に居る全員にゲストも怠惰の箱舟の労働者側も関係なくきっちりコントロール出来ている。


「道楽以上と判断されると勝率が落ちていく、勝率が落ちている場合警告もでる」


ディーラーが故意に、玉を投げたとしても全員が程々になる様にうまく倍率が調整されたり確率や運命そのものを改変してくる。


お金とチップの交換だけで、景品を手に入れる事もルール上できない。


「だからこそ、ディーラーすら労働の一形態に過ぎない。」


そして、その割には。


「一国の王が、カケフダ握りしめて興奮できる程度には素晴らしい景品を並べている」


だから、俺はディーラーをやりながらポイントを貯めて。

人としての人生を買いたい、ただその為に。


この嘘くせぇ、きらびやかな場所で今日もディーラーをしている訳だ。


ルーレットも、スロットも、ポーカーもそれぞれにフロアがあるがそれら全てをカジノフロアっていう一括り。


今日もこのフロアには煽る様にユーロが流れているが、逆に俺の様なディーラーは冷静になっちまう。



「どいつもこいつも、顔が紅葉より紅く。海より青く、そんな場所さ…」



俺は、今日もそんな所で玉を投げるんだ。


投げて、投げ続けて。


生きて、生き抜くんだ。


存外、鬼なのに恨みが無くて戦わなくていい。


その環境が、心地いい。


唯一の欠点は警告が出てる時のBGMが「轟沈せよ」とかいう物騒な音が鳴る事位だな。


その古臭いセンスだけは、なんとかしろよと思う。

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