第四十三幕 黄金と信念
リュウコは貯めた、貯め切った。
さて、蛇がでるか邪がでるか。
「腕輪に願う、怠惰の箱舟の女神との謁見とその問答を」
最下層で、まるでホテルマンの様に腰を折り丁寧に頭を下げる光無。
僅かな通路を歩く前から、圧倒的な存在感だけが判る。
気配だけで吹き飛ばされそうで、リュウコは黄金の闘気を身にまとった。
「よく来た」
そこには、頬杖をついて気だるそうに座る一人の少女。
エタナとエノの中間程度の状態で、体のパーツは全てしまっていた。
「この僅かの間に、私に会うだけのポイントを貯めるとは見上げたもの」
態度は相変わらずだが、どこか口元は微笑んでいた。
「私は貴女に聞きたい事があって来たの、御託は良いわ答えて頂戴」
真剣な顔をして、エノに向かうリュウコにエノは頷いた。
「まず、貴女は何故それだけの力がありながら外の世界を救おうとは思わないの。弱い者の味方であろうとしないの?」
「まず、私は位階神だ。あり方を貫き、あり方の為だけにその存在の全てがある。その、信念を曲げぬ為貫き通す為その邪魔になる全てを捻じ曲げてでも己のあり方に準じるそんな神が位階神という訳だ。救われたいのなら善なる神にでも祈るがよかろう、死にたいのなら死神にでも頼めばよかろう。私は自らのあり方の為に存在し、自らのあり方以外にその力を使うなど馬鹿げている」
うてば響く、明瞭にしかしはっきりとエノは答える。
「貴女のあり方は?」
「私はね、全てが嫌いなのだよ。私が愛しているのは、私の眷属だけだ。私のあり方とは、眷属三体の幸せ。それ以外の私も含む全てが、私にとっては部屋のホコリ程の価値も存在しない。私が救うのはいつだって、眷属だけだ。私が思いをはせるのはいつだって眷属だけだ。眷属を幸せにする過程で、他の誰かが不幸になったり幸せになったり救われたり苦しんだりしたとしても私は一切妥協をするつもりはない。」
それに…と、エノは続ける。
「私は命が細胞の段階から死に絶えるまでが、視えるし。その選択肢の全てに干渉も変更も出来る。誰かの心を変えてしまう事も容易で、あらゆる力をその身で使う事も出来る。神を神でなくすことも、人を人でなくすことも私にとっては些事である。不滅で無敵なんてものは絵空事だが、私はその絵空事を現実にする事すらできてしまう。だがね、私にとっては何の価値も無いんだ。そんな力があったとして、そんな存在が自分だったとしても。運命をいじることなく、力を与える事もなく。ただ自然に生まれて生きて私の眷属が幸せであってさえくれたら私にとってはその幸せにこそ価値の全てがある」
「私は、眷属以外の何も救うつもりはない。それが答えだ」
聖女はごくりと喉を鳴らし、エノのこれ以上ない程純粋で真剣な眼を。
私は公正で公平に、努力を数値化し。私が出来る範囲に置いて、その願いを聞き届け努力をするかしないか選択肢をくれてやることにした。
ルールを作ったのは、ルールを守れないものは誠実ではない。
眷属が私に望んだのは誠実な努力だ、それ故誠実でないものには容赦はしない。
私は、眷属の望みをただ聞いてやっただけ。
私は、眷属にそんな世界を一つ作り上げるだけの力をくれてやっただけに過ぎん。
だからその眷属が作り上げた世界限定でならば、どこまでも優しい世界にしてやろう。
この私が可能である範囲で、その眷属の為にな。
相応の報酬というのは、本人が欲しいものを望み叶えればそれが十分な報酬になるだろう。
ただ、それだけなんだよ。
「重ねていうぞ、聖女。私は誰も救わない、己でさえ救わない。ある眷属は私の為に料理を始めたが私はあらゆる料理の調理法も知りえてそれを実行し、材料も調味料も望みのままなんなら料理すら自在に出すことが出来る。でも私はその力を使わない、その眷属の努力を踏みにじるからだ。その眷属が私の為に料理をすることが幸せだというのなら、私はそれを喜んで食べるだけだ」
ある眷属は、私の身を守りたいと言った。
私は無敵で無限の力を持ち、あらゆる達人や英雄や絵空事に歌われる与太話の類の力すら自由に使う事ができるがそんな奴が誰かに守られるなんておかしいだろう?
だから私は力を自在に出し入れし、その眷属に守られるにふさわしい所まで己を小さく見せるさ。私を守る事が幸せならば、私は守らせるだけだ。
そうでなければ、守りたいと願った願いを踏みつぶす事になるだろう。
ある眷属は言った、どんなものにもチャンスがある報われる世界が欲しいと。
私は、大体の事象は指を動かしただけで足りる。
不治の病を治す事も、戦争した両国を全て死滅させることも。現在も未来もそれに連なる全ての命の選択さえ、私は自在に私の望む結果に導く事ができる。
私が、それをしたらチャンスなんてある訳が無い。直ぐに一瞬で結果として。望むままに、それでは眷属の望むどんなものにもチャンスがあって報われる事にはならん。
だからこそ、その眷属に力とシステムを与え結果を保証しているのだよ。
私はあくまでも、その眷属の絵空事を黙って見守りつつ世話をやいているに過ぎない。
だから数値化した、それがポイントだ。
ポイントの為の努力が労働であり、公正で公平で一切の妥協も値引きもしない。
しかし、その値段を努力を達成したものには如何なる奇跡も結果も約束しよう。
それをもって、報われる様にした訳だ。
そう、チャンスも選択肢もある。叶う保証もしよう、だがそれを行うのは己自身だ。
何物でもない、己自身が選択し。己が努力し、結果を勝ち得る。
だがね、もう判っていると思うが私が保証するのは叶うという事だけだ。
その努力も我慢も、全ては数値化されている。
小さい幸せを買えば消えていき、あらゆる選択肢を叶えるからこそ値段にも妥協がない。
だから聖女、もし私に外の世界の弱者を救えというのなら。
相応のポイントをお前が払えば、お前の努力が及ぶ範囲でなら私はそれを叶えよう。
私の眷属が望んだ、「努力が報われる世界を、ただ実現する為だけに」。
「私は私の眷属達が幸せである為に、私がきいてやれる全ての願いを聞いてやるつもりだ。私の力が及ぶ範囲で、私が存在し続ける限り」
そこで、足を組み替えて聖女の方を真っすぐに見た。
「世は弱肉強食である、それが自然の理で常識だとも。弱者が救われる道なぞ存在しない、ある筈がない弱者は常に糧なのだ」
「だが、貴女はそれすら捻じ曲げて報われる世界。ダンジョン怠惰の箱舟を創った、そのあり余る力で眷属が望んだ幸せを手にする為だけに」
あぁ、この神は。
聖女は納得してしまった、そして恐ろしい事実も判ってしまった。
彼女は、もし眷属の幸せが虐殺であったなら全てを殺すまで止まらない。
彼女は、本当にその眷属達だけを大切にしているんだ。
その、遍く闇を束ねてもまだ足りない程の深淵に身を沈めても。
彼女程のどこまでも、優しい神のその全ての優しさは。
たった三体の眷属の為、ただそれだけの為。
この世に存在するどんな絆より、強固で迷いがない。
この世に存在するどんな事象より、動かすことができない意思。
しかし、彼女の眷属はありきたりの小さな幸せを彼女に望み。
彼女は、その小さな幸せを壊さず叶え継続する為だけに存在する。
でも、きっと。その眷属達は、みんな貴女の事が大好きなんだと思う。
そして、そんなありきたりの幸せを望むにしては。彼女の力は余りに強大に過ぎた、だけど彼女は望んだ以上の事をすればどうなるかが判っているから。
彼女も、眷属達が大好きだから。
ステキだけど、残酷な事実だわ。
だってそうでしょ、眷属はきっと貴女が大好きだからこそ貴女にも幸せになって欲しいと思っているはずよ。
でも、貴女の幸せはどこにもない。
貴女は、どんな神より俗物的だ。
貴女は、能力だけは万能でやりかたは不器用で何よりも。
私が祈る教会の偶像の神よりも、短い命の人間なんかよりずっと。
あぁ、きっと世の真実はみな残酷なのか。
だから、私がこの質問をすることも答える事もこんな安いポイントで良いんだ。
彼女にとって、魔王も勇者も老人も子供も微生物も大した違いは無いのだ。
彼女にとって、どんなものを用意するよりも。
ニート、エターナルニートか。
永遠の寄生虫、寄生先は眷属とでもいう気かこの女。
自身は神乃屑で、神の様に平等でもなければ説教たれるわけでも無い訳か。
「一つ良い事を教えてやろう、聖女。世の中、真の悪党ほど図太く醜く生きてる。御しがたい程欲が深くて、罪深い。だがな、相手が普通の悪党なら正義が勝つようにできている。正義とは、正しく貫く事で、正義を振りかざす戯言なんかではないからだ。真なる正義は強い、真に正しいかどうかではなく正しいと思い込んでいるその深さが心の強さを引き出すからだ。御しがたい程に差が無いのなら大抵は心の持ちよう、だから強いんだよ。そして本当の悪党は、いつだってしぶといんだ。そういう正義を持つ連中を喰い散らかしてあざ笑い、無力を突き付ける喜びを知っているからだ。存在しているものは、皆無力である事を忘れた奴から滅ぶ。真なるものは、皆強者だ。真の強者程揺らがぬものを持つ、覚えておくといい」
聖女よ、この世に真なる弱者等じつはいないのだ。
誰もが強者たりえ、誰もが弱者たりえる。
人は、その両手でつかめる以上は身に余るのだよ。
人は、その両足で支えられる以上の願いは持てない。
高く望めば、それだけ支えなければいけないものが重くなっていき。
折れて潰れるのが目に見える、互いに同じものを支えていても手を抜いたり支えなくなった奴がでた段階で崩壊する。
支えらえるだけ鍛え、支えられるだけの心を持たねばな。
弱者は強くなれる、強者は転げ落ちる。
だから、真なるものなど中々いるものではない。
中々いるものではないが、無ではない。
それ程までに、揺らがぬというのは難しいのだ。
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