第三十八幕 だんぼう
ここは、だんぼうと言われる怠惰の箱舟のワンフロア。
正式な名称を、「ダンジョンマスターボウリング」という。
ここでは、権力者や商人に狙われたくない等の諸所の理由を持つダンジョンマスターが共同でボウリング場を経営している。
あるものは貸し靴を整理したりメンテしたり、あるものはボウルについた油を丁寧にウェスでふき取りあるものはレーンにワックスをしたりと働いていた。
ストライクやスペアがでると、音楽と共にダンジョンモンスターが仲良く踊ったり歌ったりで演出される。
ワンフロア全部がボウリング場で、怠惰の箱舟のワンフロアの広さは半端ではない。
下手な大陸なら五・六個はすっぽり入りそうな場所で子供用レーンや、大会等の様々なボウリングが楽しめるようになっている。
併設されていそうな、ビリヤードやダーツなんかももちろん専用フロアが存在する為この怠惰の箱舟では無駄に転送手段が近未来都市の様に使われる有様だ。
最初どのダンジョンマスターも、この怠惰の箱舟に来た時は泡を吹いて倒れるのも頷ける話だ。
ダンジョンマスターはシステムとしてのダンジョンであったり闇神のダンジョンであったり色んな世界の色んなパターンがあるが基本はDPが無ければといった制限があったり、ないしは様々な創造に対する制限があるのが一般的。
転送やフロアを好きな様に増やし、娯楽施設と労働斡旋所と治療院ととにかくダンジョン経営に一切関係なさそうな施設にこれでもかとエネルギーと労力を突っ込み罠もモンスターも見当たらないダンジョン等ありえてたまるかという具合だ。
聞けば、本当に三体しかダンジョン所属の怪物(モンスター)は居ないというふざけっぷりでそれでなんでこんなダンジョンが成り立つんだといえば。
闇神より恐ろしくて力ある神が、好きな様に作ったからというまともなダンジョンマスターが聞けば「ふざけんな!!」と怒鳴りそうな答えが返ってくる。
そして、一年もすればこのだんぼうを始めとしたダンジョンマスターがダンジョンマスターである事をすっかり忘れてしまう程度にはこの怠惰の箱舟になじんでしまう。
今日も、受付に座るダンジョンマスターが一人笑顔で客の応対をしていた。
「三ゲームですね、お一人八百ポイントになります」
他でもない、黒貌とエタナちゃんである。
黒貌は、相変わらず休日にはエタナちゃんをつれて色んな所に出かけている為に怠惰の箱舟に所属するモノたちは大体悟っていた。
黒貌は支払いを済ませると、自身の靴とプロテクターとボウルを鞄から取り出す。
そして、プロかと思うような美しいフォームでボールを投じるのだ。
その横で、エタナは適当な子供用のボールを借りてきてラッコの様にボウルを抱きしめて座っていた。
画面に表示されるストライクの文字、周りから歓声があがった。
一礼すると、エタナちゃんの方をエビス顔で見た。
エタナはとてとてと、レーンの方に歩いて行き両手でしっかりとボールを地面に置きゆっくりと転がす。
それと一緒に、エタナもボウルの重さにつられてお腹を下に滑っていく……。
まるでエビぞりのポーズのままボールの後ろを滑っていくエタナを黒貌も含めた周りは一斉に表情が劇画風になった。
黒貌はまるで瞬間移動でもするような身のこなしで、ガーターの横の足場を八艘飛びしてエタナに追いつきしっかりと抱きしめて戻ってきた。
黒貌は心臓に手を当て、息を整え。
ちらりと上のスコアの所をみると、ピンは四本倒れていた。
黒貌は戻ってきたボールをゆっくりとウエスで拭いた後、ボールを棚に戻すと新たにもう少し軽くて小さいボールを持ってきてエタナにもう少し後ろから転がすように一緒になって支えながら投げた。
今度は、ピンが二本倒れて合計は六と表示された。
その後、直ぐに黒貌は鞄からエタナが今着てるポケット付きの貫頭衣と同じものを畳んで側に置くと自身の上着をカーテンの様にして壁の角で自らが壁となって隠す。
所詮貫頭衣なので、万歳して脱いで畳んである新しい方をすぽっと着れば終わりである。
二人して、四角い紙パックのジュースを飲みながらゆっくりと交互に投げていく。
最初の一投こそ、事故ったものの終始穏やかな時間が流れた。
結局十一投投げて、最後だけがスペアでそれ以外全てストライクという黒貌のスコア。
エタナは、ガーターだったり三ピンだったりとバラバラなスコア。
最終スコアに関係なく、交互に投げゆったりとした塩梅。
その様子をみて、和んでいるダンジョンマスター達。
ここに居るダンジョンマスターは基本平和主義で、余り争い事が得意ではない。
だからこそ、戦わずして防衛せずして過ごしたいという願いを持っている連中が結構な数いる。
エタナちゃんに限らず、怠惰の箱舟で子供が遊んでいるのを見ては微笑まし気に眺めている。
怠惰の箱舟に居る子供は大体大人が叶えたい願いを持ってきていたり、一族が村ごととか街ごととかまとめて来ている事が多いのだ。
戦闘に不向きであろうとも、外での通商活動もままならない位馬鹿正直だったり真面目だったりとダンジョンマスターとしても不向きな連中もここにはたくさんいる。
ダンジョンマスター達やその配下が、重さ別にボウリングの玉を並べ。
色とりどりのボウルが棚に並べられ、子供等も楽しめるように子供が投げる時はガーターの横部分からガーターを塞ぐパドルが飛び出すなどの工夫が凝らされていた。
だが、本人がボールの後ろを滑っていくのは流石に想定されていなかった為に急遽対策としてレーンの投げる部分との境界線に出っ張りを出せるようにする事を検討する様になった。
出っ張りの高さがありすぎるとかえって危ないし、ボウリングのゲームとしての整合性を奪ってしまいかねないのであくまで事故防止に留めるべくどこにどんな高さの出っ張りを出せるようにするかは今から検討する必要がある。
決まってしまえば、ここはダンジョンなので実装は一瞬なのだが。
とにかく、言える事は一つ。
ダンジョンマスターボウリングは今日も平和で、今日も盛況だ。
最後に、スコアの印刷された紙を二人分貰って好スコアの黒貌には粗品が渡される。
大会でも無ければそれこそ、駄菓子とか石鹸の小さい奴とかその程度ではあるが。
黒貌は、拳大の大きさのペロペロキャンディを一つ受け取るとエタナに差し出した。
それを口にせんべいを丸々突っ込んだ様に変に横に膨らんだ状態でもごもごとやりながら、黒貌とエタナは手をつないで帰って行く。
こうして、黒貌の休日は過ぎていく。
黒貌にとって、飲食店をやっている平日は仕込みも含めて全然暇がとれないのだ。
ポイントで権利を買えなかった時は、一人小さな店内でテレビを見ていたりラジオを聞いていたり。茶を飲みながら、演歌を聞いている事もある。
権利を買えた時は直ぐに、権利を買ってしまう。
仕入れを除けば、殆ど彼の腕輪にポイントが残っていたためしはない。
それでも、彼は毎日満足して生きていた。
怠惰の箱舟では、未来を不安に思う必要は無いのだ。
エノが言う、理念。
あらゆる生物に必要なものは、食べる事と休む事。そして、希望であると。
希望なくば心が死に、食べる事が無ければエネルギーが無くて死ぬ。休む事なくば、変換する隙間がなく摩耗する。摩耗は破たんを生み、いつか壊れる。
欲しい商品は欲しいと言えばすぐに手に入るし、どうやって生きていこうと悩む必要も実はない。
死ぬまで健康的な生活をする、苦しまずに眠る様に死ぬ。そんな権利すらも、ここではポイントで買えてしまうのだから。
最低保証で、ご飯が食べられる権利も。誰かに支えて貰って生きる権利も、全て買えるのだ。
だからこそ、安心して願いの為に働き生きる事ができる。
人が居ないからと、病気や怪我を治す施設に入れない事も入院出来ない事もない。
入院できなければ、病院の施設は勝手に増殖するのだから。
薬がなければ、農場まで取りに行くか物販で出前を頼めば一時間以内にどんな量と種類を頼んでも届く。
それすら待てない場合でも、最悪ポイント消費の腕輪又はそれに類するものに願えば足りてさえいれば瞬時に叶えられる。
エネルギーに関する問題も、実はエネルギーフロアというフロアであらゆるエネルギーに対応して持ってくることができる。
電気も、ガスも、油も、鉱石も、魔素も…。
ここでは、電話で何かを頼むだけでどんな問題も大体解決する。
怠惰の箱舟側の値は不変であり、店側も仕入れの値が不変であり売る側の値は割と自由裁量ではあるが余りに酷い値だと軍犬隊が飛んでくる為割と良心的な値がついている。
値段のつけ方も、公正を守るためのルールはフロアごとに存在するのだ。
黒貌は、まるで大切な孫の様にエタナを見て。
エタナは、愛する眷属が買った権利の分だけ可愛い孫になる。
エノは買わずとも良いと言ったが、他ならぬ黒貌に聞き入れられなかった。
だから、今でもいつまでもこの関係でいる。
エノは最下層の段ボールの中で、エタナを操作しながら黒貌をみた。
いつも、嬉しそうで楽しそうで。
それを、操作するエノもどこか嬉しそうで。
本当の彼女が、笑う数少ない瞬間でもあった。
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