第三十九幕 自滅なる指揮者

私の名はジャスパー・ヘイヤ、この怠惰の箱舟に来るまでは首座をしておりました。


この世にある理は時間が流れる、季節が流れる。次元で区切られた世界線が数多あるなど数多くの理がございます。



世界樹等、実はアカシックレコードや龍脈を管理するだけの端末に過ぎず。


実際は、魂の大本やアカシックレコードや龍脈などの力場や理を運用しているのはもっとも古い命の樹と呼ばれる巨大過ぎるもっとも古い世界樹なのでございます。


全ての力場や理は、命の樹に管理されたもの。


位階神とは、命の樹の管理からはずれた事が出来るようになった神達の事でございます。


命の樹はあらゆるものを束ねたものでございますれば、そこに意思等は存在しないはずでした。


命の樹はマスターでありマザーであり、機械の様な存在であるはずでした。


我ら首座は、命の樹の管理をしているだけのものであり。

メンテナンスや掃除はできても、書き換えるだけの理解は到底不可能。


命の樹の葉一枚が宇宙一つを抱えるものであり、その根は土や水をつかむのではなくあらゆる力場に根を下ろし。枝葉の呼吸により自然に返す、循環によって理を紡ぐ存在。



黄金の実をつける、命の樹にはいつからか意思を持つようになりました。

命の樹の意思は、自身を無力な存在であると認識していました。


当然です、呼吸をすることで管理する命の樹はあらゆる情報と理が体を流れ取捨選択できる立場にあります。


人が自身の細胞一つ一つの動きを認識改変できないのと同じ様に、自身で力のコントロールなど出来ようはずがないのです。


本来は、そう本来は……。

神も悪魔も属性も何もかも情報として管理しているのが、命の樹なのですから。


やがて、その意思は自身を位階神と名乗り始めました。


乃ち、自身を書き換える事を始めたのです。あらゆる理や属性を統率する立場にありながら思いのまま振舞いました。


そう、エターナルニート・エノことエタナちゃんは元は「命の樹」の意思そのもの。


理の中に生きるものが叶う訳ありません、その根は元々全ての力場に立つ事ができる程強靭なのですから。挑んだもの全てがその根に囚われていくだけ、その枝葉はあらゆるパラレルワールドに検索をかける事ができるのですから。


彼女は権能にアクセスし、願いが叶うという権能や見ただけでその未来の果てまで研鑽した形をつかみ取り続ける権能等様々な権能を自身に付加しました。



なんの事は無い、その力すら彼女は自身で作り上げたのです。


息をするだけであらゆる属性の力場を吐き出し、あらゆる情報や結果や未来と過去を管理する存在が見ただけで何でも出来るようになるのです。


彼女はそれでも、自身が無力であると思っていました。

彼女が欲しかったものは、手に入らなかったから。


心も魂も書き換える事は容易で、人を神にすることも神を人にすることも。

運命すら、書き換える事ができたとしても。


彼女が本当に欲しかったものは、その力の先には無かったのです。

理を書き換え続けるうちに彼女は、自身の眷属を愛するようになりました。

自身の葉一枚分の力を与え、怠惰の箱舟というダンジョンを作らせました。



彼女は無機質で、機械の様にただ管理するだけの存在でした。



ただ、そのダンジョンを広げ育てて行く過程で怠惰の箱舟という例外を作りました。



例外を作ってしまった彼女は、更に時間をかけて怠惰の箱舟と眷属を見守りました。

外の世界の理を書き換えれば、成り立ちから崩れてしまう。


しかし、例外処理の対象になった怠惰の箱舟は己の意のままに広げていく。


乃ち、弱肉強食といった摂理を守らせる立場にありながら怠惰の箱舟では全ての努力が報われるという事をやってしまうのです。


この時点で、命の樹のシステムとしてとエノの意思は別のものになっていました。

エノは、命の樹は自身の体であるがゆえに意思の方に優先権がありました。


ただ、システムの全てを書き換えるには力場や理等は水が流れるように情報は常に流れているので不可能だったのです。


今はどうか判りませんが、私が首座に居た頃は無理だった。


彼女の望みは平凡な日常、誰かが自身の情報を集めようとせず興味も持たず。


そして、自分が何も書き換えなぞしなくても善と悪が満ち溢れる。

自身を手に入れようとしたり操ろうとしない、そんな世界。


無関心、全ての理を情報として統括する機械でありながら無機質になりきれない。



誰かは言いました、それは誰かに都合のいい事だけ言っているのだろうと。

でも誰かはこう言い返しました、正論を一から十までいっただけで誰かにとって都合のいい事を言っているのであればそれは正論で損をする非道なものが文句を述べているだけなのだと。



乃ち、この世の何処にも平等はありはしない。

それでも、愛するものがそんな世界を欲したのなら……。



例外の世界の中で、それを叶えよう。

例外なのだから、大丈夫。


全てを捻じ曲げて書き換えて、例外の世界を作ればいいのだ。


外の世界に報いてやらんのだとぼやくその意思は、外の世界は理どうりに動いているからそんな事ができないと知っている。



天国という名の牢獄が出来上がるだけだと、私がそれを強制するのならそれは私が牢獄の監守にしかならないと。



眷属はいつか気づくのだろうか、もう気づいているのだろうか。



寒さに飢え、貧困に飢え、希望に飢える。


それが、どこまでも普通。


あらゆる病原菌や細胞や元素といった要素で病になったとしても、健康な生物のデータが自身の中にあるのだから健康な状態に書き換えてしまえば良い。


病原菌の生命活動だったとしても、その生命を別の世界に移すなり消去してしまうなり。


書き換え自体は容易だが、それを望まれて消すだけならば誰も癒す努力等しなくなる。



抗うというのは、発展と工夫を生み出す原動力だ。

それが無いのなら、緩やかに落ちていく。


抗いきれず死ぬ、苦しむ。それが、当然の形であるからだ。

全ての命に、定められたプロセスの一つだ。


命の樹は眷属以外にはどこまでも機械とおなじだ、だから抗いきれないものは淘汰されて死ねとなる。


命の樹は眷属以外にはどこまでも機械と同じだ、だからプロセスが正常に稼働するためには全ての要素と過程にチェックが入っている。エラーを吐けば、即時強制して直すのだ。


私達、首座や複座と言ったものたちはその命の樹を「知っている」だけでございます。


命の樹の外周を掃除し、力場が流れ込む事を「確認できるだけ」でございます。



無力、我々は無力なのです。

それでも、彼女は抗う事を望み続けている。


自分と言う、機械に。


だから、彼女は。命の樹の意思は、己が嫌いで死ねばいいと思っている。

だから、彼女は。命の樹の意思は、己の力をどこまでも嫌悪している。

だから、彼女は。命の樹の意思は、懸命に生きるもの達を見つづける。



自分に無いものだからこそ、まるで人の様に。

自分に無いものだからこそ、その足掻くさまを見続ける。


力があろうとも、言葉だけで誰にも聞こえずとも呟くように。


ただ、頑張れと言い続ける。


自身が手を出す事は、間違ってる。

自身が声を出す事も、間違ってる。

自身が動き出す事も、間違ってる。



彼女は、望まない様にしているだけだ。

望めば、望んだだけの事が出来るから。


それを理として、全てを強制する地獄が出来上がる事を誰より理解しているから。



それでも、例外の中だけでならいいだろう。


「私は、害悪なのだからな」


エノは口癖のように、怨嗟の様に。

その言葉を口にする、そして我々はその言葉を聞く度。


理が実は単なる情報の集まりで、属性の集まりで。

ただ、流れとして現世に存在しているのだと思い知る。



あぁ、命の樹よ……。



もっとも古い、理の番人よ。

眠り続ける、意思よ。


貴女は、そう貴女は。


無力などではない、害悪などではない。


貴女は、その番人でありながら優しすぎるだけだ。

貴女は、その監守でありながら理解し過ぎているだけだ。


でも貴女は知らない、貴女がどれだけ貴女の眷属に慕われているかを。

でも貴女は知らない、貴女がどれだけその例外の世界で救われるものがあったのかを。


貴女は、知らないフリをし続ける。


貴女をしれば、抗う事がどれ程無意味か理解してしまうから。

貴女は知られたくないんだ、その愛する眷属にすら本当の力を。


我々は、命の樹がどういうものかを知っている。

我々は、この怠惰の箱舟という例外の中で貴女の本質を始めて知りました。


貴女は、命の樹であるべきではなかった。

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