第三十六幕 謁見

たまった…、たまりやがった。

腕輪をみて、そう涙した男。


そう、はろわ職員の悪魔。


公爵級デーモンロード、レムオン。


今こそ、俺の望みは叶えられるっ!!



「怠惰の箱舟、その最下層におわす邪悪なる女神に謁見を願う」



腕輪に問えば、今までに貯めたポイントがまるで砂漠に水でも流し込んでいくように消えた。表示されたポイントから確かに、願いの値が支払われた。



次の瞬間にレムオンは、転移で飛ばされ。


光無がまるで執事の様に腰を折り、そしてついに最後の間への扉は開かれる。



「長かった、本当に…」レムオンは扉をくぐるまでの僅か五メートルの廊下を歩く間に今までの出来事が走馬燈の様に頭をよぎる。





扉の中から声がした、確かに聞き覚えのある声。


「ようこそ、願い叶えしものよ」


確かに聞こえた、その声はレムオンが良く知る女の子の声だった。


「エタナちゃん…、これはどういう事だ」


レムオンは問う、その目の前の事が信じられなくて。


邪悪なる女神などどこにも居なかった、最下層に居たのはいつも怠惰の箱舟を遊び歩いて居る子供。



いつもの無表情ではなく、表情豊かにころころと笑いながら。



「さて、レムオン。論より証拠というだろう、お前に残酷なる真実とお前の望みが何故あれほどポイントを要するのかを身をもって知ってもらうにはここから始めねばな」


表情だけでなく、実に楽しそうで嬉しそうに彼女は言った。


それを、握りしめた拳から紫色の血を地にこぼしながら血走った目で見ているレムオンは問う。




「ここから、始める?どういうことかな、エタナちゃん」


エタナは、レムオンに向かい合う位置で仁王立ちになると一言言った。



「変神」




瞬間、目の前にいた幼女は少女にそして女に姿が変わっていく。


ぷにぷにのほっぺが、みるみるシャープな顔立ちに。

シミ一つ無い、無垢な顔が血管だらけに。

顔の眼は三つとも開かれた、その瞬間に力の桁が凄まじい勢いで上がっていき意識を向けられただけで膨れ上がった力で公爵級の自分がまるで太陽に焼かれ極大魔法の聖光でも浴びているかのようにダメージを受けているのが判る。



立つ事すら許されず、体を思わず抱きしめうずくまり頬が地面につく。


プレッシャーだけで内臓という内臓が、力と言う力が殴打され自身の血が全身から汗と共に吹きだす。


存在感だけで、その場が無限の煉獄に鷲掴みされているのだとレムオンに錯覚させた。


「ふむ、この辺りがお前の限界か。これ以上力を上げたら、お前は魂ごと潰れてしまうだろう。それでは、見たことにはならん。知った事にもならん、だから結界をはってやろう」



過呼吸気味になっていた息が、透明な箱の様な結界が現れた瞬間に楽になった。


レムオンは、息を整えゆっくりと彼女を見た。


そこには、いつもの幼女ではなく。公爵級デーモンロードの自分がまるで蚊の足の一かけらにでもなったかの様に錯覚しそうになる程強大な神が居た。



(今この方は何と言った?これ以上?)



「まずお前が払った、対価は今お前の身を守っている結界の値だ。私の力は余りに大きすぎる故に普段は、誰にも判らぬようにしまっている。そして、私は元の姿に近づくたびに力の桁が上がるからこそ見る事も知る事もお前には難しい」



まず、その力の差こそが残酷な真実。




「お前の望みは謁見で、会話なのだろう。それ故知る為には生きて帰れねばならん、だからこそ力の差が判る上でお前の会いたい女神とやらの姿に戻らねばいかん。それを現実にする為の値だ」




レムオンは震える、存在し意識を向けられるだけで自身が消滅するような神が居る事に。



「私はこうして、体のサイズを小さくし。力をしまい、体のパーツを消すことで力の桁を小さくしているという訳だ。さて、結界があるのでもうしばしパーツを増やしてみようか」




(なんだと!)



エタナは両肩に二つ魔眼を顕現させた、その魔眼がゆっくりうっすらとその眼を広げた。まるで眼球の中にびっしりとトンボの複眼の様な眼が現れ力の桁が乗算式にあがっていくのが判った。



レムオンは、その姿から目が離せない。



(素晴らしい!!これがあらゆる神の上に立つと言われる邪悪なる闇の正体か)



両肩から肘にかけて十の魔眼が顕現し、額の眼も合わせれば実に十三の眼が完全に現れたころにはレムオンの心は喜びにあふれた。


両肩の五づつある、魔眼。

和彫りの凶悪な顔の神獣がそれぞれ持つ宝玉が肩から背中にかけて、魔眼を掲げているように彫られていた。



「さて、これ以上の力を上げては結界でも厳しいかもしれんな。だが、力の差はこれで判るだろう。生半可な存在では私の前に立つ事すらも難しい」


(なるほど、論より証拠ね。見たものしか信じないものでも、判らざるえねぇわ)



「レムオンよ謁見を始めよう、汝の願いは確かに叶えられたのだ」


にこやかに微笑みかける、エノ。


「お初お目にかかります、邪悪なる女神様。俺は、はろわ職員のレムオン。この日を夢見努力し研鑽してまいりました」



土下座の様な姿勢で、プライドの高い公爵級悪魔が頭をたれる。



「頭を下げる必要などない、悪魔らしく慇懃無礼に踏ん反り返っても良いのだぞ。お前は、願い叶えしものだ」


そう言うと、結界の中に椅子とテーブルと飲み物が置かれた。


「失礼します」


短く言って、レムオンはその椅子に座る。

見れば見る程、知れば知る程バカバカしい程の力。


「しっかし、エタナちゃんが女神エノだとは恐れ入ったよ。神どころか、完全に黒貌の旦那が孫みたいに可愛がってる子供だと思ってたからね」


レムオンは、徐々に自身のペースを取り戻した様に見せかけた。

単純な空元気ではあるが、それでも全身から血を噴出したさっきよりは幾分マシだとは言える。



そして、レムオンは思う。



(あんた相手にふんぞり返るバカがいるわけねぇだろ、どんだけ差があると思ってんだよ!悪魔は契約を重んじて、相手が邪悪な存在なら力の差というのはそれはもう階級制度に近いんだよ。判るだろあんたならっ!!)



エタナは微笑みかけながら、レムオンに問う。



「しかし、何故お前はあれほどのポイントを長い年月かけて貯めたのだ。力を求めるでもなく、英知を求めるでもなく。悪魔がプライドを捨て、働くなど狂気の沙汰だろうに。戦争等で魂を食い荒らす事を求めるでもないし、命をもてあそびたい訳でもない」



レムオンは、一口用意された闇魔力の液体で口を湿らせて答える。



「簡単な事ですよ、俺はここに来た最初からアンタにしか興味が無かった。俺は公爵級のそれなりの悪魔ではあるが、位階神という存在で会いたいと願って会える奴なんざあんた位だろうに。あり方を貫く為に存在する位階神は、その強大さとは裏腹に殆ど存在をしる機会すらないんだから」


エタナは頬杖をつきながら答え、軽くうなずいた。


「成程、ここに力を持ってたどり着いた奴も同じことを言っていたな。見るだけ見たら帰って行ったが、ポイントを払う分だけお前の方が好感が持てる」



レムオンは、用意された菓子っぽいものを一口かじればその菓子っぽいものが闇の魔力の塊にお菓子の味を付けたものだと理解できた。



(魔力に味を付けるなんざ、普通はやらねぇだろ。常識ごと叩き壊すってのは、やっぱりマジもんだわ。昔の連中はこんなのに、挑んだり喧嘩売ったんかアホ過ぎるだろ)


「アンタに直接いくつか聞いてみたい事があって、叡智の図書館ではなくアンタの口からね。そのためには、どれだけポイントでもなんでも払って叶うなら叶えて見たかったんだよ」



エノは、一つ両手を叩き。一層嬉しそうに、レムオンをみた。


「良い、良いぞ。お前は叶えしもの、払った分はきっちり答えてやるとも」


レムオンは、慎重に言葉を選びながらエノに尋ねた。


「アンタをアンタたらしめてる、あり方っての尋ねたい」



エノは、即答した。


「私のあり方は、我が眷属の幸せだよ。その幸せの為になら、あらゆる命も存在も理も私が思い通りにして見せるその為の力だ。私自身の力が大きすぎて心折るかもしれないのなら、その力すらねじ伏せて心を折らないレベルにして見せているだけに過ぎん」


レムオンは心胆から震えた、そんな理由とは思わなかったからだ。


「納得できないかね?、私にとって怠惰の箱舟は眷属がそんな世界が欲しいと望んだものを叶えてやったに過ぎんのだよ。私がなんでも与えようといっても、拒否するもの達ばかりだ」



エノはレムオンをしっかりと見つめた、そして言葉をつづけた。


「私は眷属を愛しているし、眷属しか愛していない。私にとって、眷属達から向けられる確かな想いだけが私を支えている。そんな、奴らが欲しがったのだ。だから、私はこの怠惰の箱舟という場所を用意した」


レムオンは思った、この方は…。本当に善良なる女神だったのだ、それがこれ程の存在になるにはどれだけの事があったのだろう。


「眷属しか、愛していない……」



レムオンは復唱した、その恐ろしい事実に。


「あぁ、愛していないとも」


エノは微笑み、はっきりと答えた。

レムオンは、その言葉を咀嚼し。頷くと、次の質問を問いかける。


「あなたの眷属は、何も与えられていない。とは、どういう意味でしょう」



エノは、その問いにも答えた。



「それはお前らと全く同じだからだ、ポイントを貯める為に働き購入している。買っているのだよ、自らが望んで。ならば私は働かせるものの責任として又、その約束をしたものとして報酬を的確かつ正当かつ提示した通りの取引をしなければ搾取になってしまうだろうに」



眷属が望んだのは、努力が報われる世界。

搾取されない、正当な報酬が用意された世界だ。


「重ねて言うぞ、レムオン。私は眷属を愛している故に搾取等する気はないのだ、働きたいと望むなら正当な報酬を用意せねばそれは眷属達が望んだ世界にはならないだろう。それに、同じく働いたもの達にはきちんと願いの値段を提示しているのはやつらの望んだ世界は報われる世界だからだ。自分達以外でも努力は報われる、そういう形を彼らが望んだのなら私はそれに答えてやるだけだ」



「そう望むのならば、与えずに働き勝ち取れという他ないだろう」


最後にそう、肩を竦めながら答えた。


「そのためになら、私は邪悪でも屑でも位階神でも良いとそういう事さ。私は精査の力でこの世のあらゆる情報を集め、改竄の力をもって用意出来ぬものが存在しないのだよ」


この世にあるものならば、私の改竄の範疇に収まるからな。


私はこれらの事を本体で行いながら、このエタナの人形を動かし遊び惚けている様に見せているという訳だ。



レムオンは、眼を見開いて理解できないようなものを見た顔になる。


「最後の質問です、俺が眷属になりたいと言えばそれは叶えられますか。貴女に愛されるしかし、何も与えてはもらえない存在になりたいと言えばそれは叶いますか?」


エノは眼がごま塩の様に点になり、だがしっかりと答えた。


「ふふっ、これはおかしな事を言うのだな。ここは怠惰の箱舟で、ポイントさえ払えば叶えられない事なぞ何一つ無いぞ。愛されたいのなら叶えよう、働きたいならそれも叶えよう。眷属になりたいのなら、それも叶えようとも」



そこで、一端言葉を区切り目つきが鋭くなる。



「腕輪に提示された値を貯めさえすれば、私への謁見すらもこうして叶うとも。だが、表示される値段の覚悟はできていような?死ぬまでに貯められなければ、それは無意味となるのだ。誰かに生き返らせてもらった場合ポイントはゼロからになる、あくまで己が己の努力と力でポイントを貯めなければならないからだ。それで得られるものは、眷属と言う肩書だけで何も変わりはしない。得られもしないのだ、お前はそんなことを望むのか」


お前は、悪魔の憂鬱をもう一度取り戻す事もできるのだぞ。

お前の部下には、それをどう説明するつもりだ。


レムオンはにっこりと笑うと、一つ頷いた。


「そんな無茶すら叶うのか?、本当に払えば叶えてくれるんですね」



エノは邪悪な表情になり、レムオンも悪代官の様に邪悪に笑う。



「あぁ、払えばな。払えば必ず叶えよう、この私が叶えられる範囲の事ならば。如何なる事でも、必ずな。正し、間違いなく値段は天文学的な恐ろしい数字になる」



「良いんですよ、叶うって判ってりゃそれだけで俺は頑張れる。貴女に会いたい、それは叶った。貴女に答えて貰いたい、それも叶った。それで充分ですよ、ここ以外じゃそれすら中抜きされて搾取されて良い様に利用されて終わるんだから。叶うだけマシですよ」


レムオンは、エノの方をしっかり向いた。


「悪魔って奴は、骨の髄まで契約を重んじる。誰かを苦しめ殺し陥れしなければ、命をつなげないからだ。ここじゃ、命をつなぐことが容易で誰かに笑顔を向けて貰える。だから俺は、必ず買って見せますよ。その時は、ねぎらいの言葉の一つも欲しいとこですね」


エノは、しっかりと頷きそしてレムオンを見返す。


「あぁ、楽しみにしているよレムオン……」


こうして、二人の謁見は終わり。レムオンは足取りも軽く帰って行く、その決意を胸に抱いて。

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