第三十一幕 金獅子聖女
私は、コール・ミュー・リュウコ。
勇者パーティの聖女で、脱落した軟弱な女。
様々な構えをしては解き、眼を閉じてはあの森で倒れた時を思い出す。
私は基本的に後衛のヒーラーだけど、闘気法の格闘と自身の五倍の長さを誇る巨大メイスが私の獲物。
太さは横に5m程度あるそのメイスを使って、それより短い距離は基本格闘で凌ぐ。
両手を握り、一瞬で金の魔力を血管と細胞と筋肉にいきわたらせる。
普通の人間がやれば、たちどころに怪力を発揮できたとしても筋肉が断絶するそれを持ち前の回復魔法で回復させる。
魔力を滞留させて使うからこそ、消費を最小限にしたこの戦闘法からついた二つ名が金獅子。
回復魔法を飛ばし、バフを飛ばし、己の位置を維持する。
後衛だから、魔力管理を怠るのはご法度。
努めて、冷静に対処しなければならない。
努めて、私が倒れる訳にはいかない。
私は、回復担当で継戦能力の要なのだから。
「金獅子が効いてあきれるわ、これじゃデブ猫がいいとこね」
私は、怠惰の箱舟で同じ格闘系の真髄を見た。
見た目は変態極まりない、ブーメランパンツ一枚のあの男。
私の闘法とは似て非なるものだった、でもコストーパフォーマンスは段違い。
「肉体こそ鎧、もっとも誇る武器。鍛えぬいた技こそが芸術にして技術、それを言う事を誰もに納得させるだけの力」
大地を踏みしめるのではなく、空気を踏む。
大地を踏めば大地に力は逃げていく、それでは十全に威力を伝えられない。
布一枚に穴をあけ、落ちる葉に指で穴をあける。
彼は魔法ではなく、技術だけでそれをやってのける。
その上で、極限まで瞬間的に魔法を使って緩急をつけ。
それでも彼は、笑って言った。
「上には上がいる、理不尽の上に理不尽極まりなく反則じみた存在が確かにいる。だから俺は、まだ腐らず上を見る事ができるんだ」
あの男は、休日にはひたすら修行して。仕事は、荷物運び等や軍犬隊などをしている。
私は、正拳突きを一つ放つ。
風を切る音は後から聞こえてくる、踏みしめた地は足の形に割れていた。
空気は、早く踏めばそれだけ層が重なり水を踏むより速く正確に踏み込めば。地に対し逃がす力を十全に拳に蹴りにのせられる。
この逃げる力極限まで減らす事や常時魔力を使わない事、また周囲の滞留魔素から呼吸で魔素を肺に取り入れ魔力を回復させる事で継戦能力を得る。
まるで、仙術みたいな考え方だけど理にかなっている。
魔素に毒素をのせる、消費を減らしベースを増やす。
一定以上になれば、ただそれだけがいかに難しいかを知る。
複雑なものを削っていくのは実は難しくない、シンプルなものを削ったり違うやり方で消費をおさえる事は基礎にして奥義に等しいのだ。
本来、女の身では魔力は高く闘気は少ない。
つまり、元来同じことをやるのでも女の格闘はそれだけ不利なのだ。
彼女のこれは少ない闘気を維持し、魔力で切れる筋繊維を無理やり繋ぎ苦肉の果てにたどり着いただけのいわばパッチワークの様なものだ。
芸術的なまでに高められた、つなぎ合わせの力。
あのブーメランパンツの男のそれはそれ以上の効率化を目指したもの、彼は全然特別でなかった。
闘気も魔力も平均並み、しいてあげれば練習量だけが人並みを越えていた。
練習から学び、その上昇量が人よりほんの少しだけ優れていた。
同じ格闘術の使い手だからこそ判ってしまう、才能のなさ。
そして、あれだけの高みにありながら尚腐らず上を見る事ができる出会い。
彼は私にこう言った、「黄金の才能を持つ、お前に出来ない筈はない。暗黒の努力を強いられたこの非才の我が身ですら叶うのだ」
教会の聖女に言う言葉ではないが、お前達が祈るような神に本物は一柱とて居ないと断言しよう。
神とは力なのだ、そして有限で幽玄のものなのだ。
愛も金も知識も技術も何もかも、人の営みですら有限の存在だ。
天を望み、地に足をつけ。どこまでも遠くの存在しない雲を見る。この広い視野を持って信じた道を歩むことこそ殉教というもの。
力無き正義などありはしない、何故なら正義とはそれが正しいと叫ぶ事に他ならない。
死んだもの負けたものに、それを正しいと周りに納得させる力は無い。
(負けたものは、ゴミでしかない)
ゴミのまま終わるのか、それを力に変えて再度挑むのか。
折れたものが、塵芥。
挑み続ける限り、負けではない撤退は負けではないのだ。
俺は挑み続け学び続けるさ、俺が最強と信じて疑わぬ存在が居てどうやったら顔色を変える事が出来るのかをずっと試し続けてる。
防がれる、躱される、逸らされる等はあっても。
鍛えても、鍛えてもまだ余裕だと言わんばかりのあの存在に挑む事こそ生涯を賭して成したい事さ。
あの男はそう、笑っていた。
私は女である事が嫌いだった、決められた道を歩くのもまっぴらだった。
獅子は我が子を戦陣の谷に突き落とすなんていうけれど、私は自ら落ちて這い上がり鍛えぬく事を選んできたわ。
それでも、数の暴力に負けて脱落したのだけど。
数と言うのもまた力だ、だけど力である以上一人がその数の力を上回れば粉砕できる。
両手から発する力の届く範囲でしか敵を倒せない、だけど魔法や魔術そう言った力で底上げすればその範囲を広げる事はできる。
フルパワーが愚策なのは、人は常にフルパワーなど維持出来はしないからだ。
維持できてこそ、継戦能力が担保できるのだから。
勇者というには、余りに粗雑なあの男はやはりこの世界の男とは違っている。
私達は、勇者パーティなんて呼ばれてるけど結局ただの悪友の集まりで大人になっても心が悪ガキのまま。
(しいていえば、楽しかった)
魔王討伐なんて大義名分があったから、私たちは自由に旅ができた。
「黄金錬成(ビルドアップ)」
拳を作り、大地を踏む。
一般的な後衛はローブなんでしょうけど、私はズボン。
当然よね、格闘術には蹴りも含まれる。
聖女の魔力は金、神聖に近い黄金。
ここ怠惰の箱舟で、私は治癒院の楠種(なんだね)で働いてるわ。
奇跡はポイントで買える、されどポイントを使わない治療は治癒院の仕事なのよね。
怪我をしても、病気をしても。命をつなぐ命の病棟の事、本当にここは何でもあるわね。
外と違って清潔で、薬が切れるという事もない。
人が居なくて休めなくて、共倒れになる事もない。
飢えもなければ、支払いに関しても心配しなくてもいいわ。
何故なら、行政の変わりにはろわ職員がでてきて治療費を立て替えていくから。
医療器具や薬師達に対しての適正金額を維持しつつ、開発は開発で研究棟の連中がやるからって理由で。
入院すれば、病院食といわれる味度外視の栄養食はただで三食出されるし。
はろわ職員に言わせると、労働者が十全に働ける環境を用意するのが我々の仕事なのだから医療従事者であろうが患者であろうが何であろうがその調停から調整までやってのけなければ我らは働いてる事にならん。
最初聞いた時は飽きれたわよ、どこの世界にその面倒であらゆるところからきれいごとが飛び出す様なクソみたいな世界の調整までやるのがいるのかと。
はろわ職員に言わせれば、我らは我らの労働をして適正な対価を頂いてるのだから当然だというらしいけど。
「その当然が、外の世界では異常なのよね」
思わずため息がもれる、外じゃ炊き出し一つでも予算でもめて横入りや乱闘なんて日常茶飯事なのよ。
軍犬隊や光無という、有無を言わさぬ暴力と。
誰にも文句を言わせない、ダストという最高責任者の公正で平等な評価と監視。
古今東西社会主義はサボった人も平等に餌を貰えるから、破綻してきたのだ。
極めつけは、労働の対価としてもらうポイントは貯めればあらゆる願いを叶える。
つまり、ポイントを溜める間評価を下げる訳にはいかない。
しかも、外よりルールが明確で最低限だから守らない奴の評価は崖に落ちるより速く落ちていくわ。
教会の関係者なんてやってると、政治に汚さや暗部のエグさもそうだけど。
弱者のフリして、弱者救済の恩恵にあずかる不届きものすら居るという結果に如何に人が救いがたい生き物なのかを思い知る。
私は、聖女で癒しの力なら一人より優れているとは思うけど。
それでも納得できなくて、薬や手当の仕方も必死に覚えたけれど。
すり寄る人間の醜さに、顔に笑顔はりつけておでこに青筋浮かべてなんて日常なのよね。
だから、私は勇者パーティが再結成されるまでポイントをためようと思う。
そして、質問してみたいのよ。
「怠惰の箱舟の主にて支配者、エターナルニート・エノに」
「何故、貴女は外の世界を救わないのか」「何故貴女はそれほどまでに娯楽と労働に拘るのか」
そして……
「全ての種族が等しく、楽しく生きるこの怠惰の箱舟と同じことがここ以外で出来ないのか」
まぁポイントは提示されてるけど、高いわね。
つまり、こういう事でしょ。
「自分が言いたくない、言いにくい事の値段は高い。でも、払えば必ず答える」
答えて貰おうじゃない、どうせ星夜の眼なんてほいほい治るもんじゃないし。
でも、ここの女神は本当性質が悪いわよ。同じ女からみても相当な面の皮の厚さだと思わざる得ないわ。
「部位欠損すら治せる、スキルを即時習得させる」
そんな、目移りする様なものもポイントで買える様に陳列してる。
「私の所属する、教会の清貧かつ尊い気持ちを持ったものだけしか組織に所属できない状態を三百年継続する」
みたいな、時限式とは言え私の悩みに応じたものすらポイントが表示されてるのだから。
「商品を問えば、それを応える」か。
さらに呆れたのが、時限式で飢饉が起こらなくして税金が収穫の一パーセントしか取られない状態にする……。みたいなものも、商品にはちゃんとある。
もっとポイントを払えば、税金無しで国を百年単位で回すなんてのもあるわね。
私は思ったの、それはもう一発殴ってやろうかしらって怒りが湧き上がってきたわ。
「そんな事できるなら、お前が神として働けや!!」
労働者に手厚く、報酬はがっちりしっかりくれるくせに己は働かないぞという強い意思すら感じる。
位階神は在り方を貫くために、その全ての理や常識をねじ伏せる。
神でありながら、神ではない。
在り方が良かろうが、悪かろうが、とんでもなかろうが。
「在り方こそ、全て…か」
いっそ清々しい程に、徹底されてるからこそ余計に腹が立つ。
「力があるから働けなんて弱者の戯言、命なぞチリ程にも思っていないのでしょう」
「でもね、生きてるからこそ私は知りたいの。這い上がった人生を送ってきた私だからこそ聞きたいの」
「貴女は、どんな悪い願いも叶えるのでしょう。叶えない理由がない、ただその願いを商品に、努力を貨幣に変えてるだけだ」
貴女に働けと、言ってみたいわ。
「その時どんな値段をつけるかで、貴女の本音は見えてくるもの」
「高すぎれば、そもそも誰も本来救う気はない。幸せにする気もない、安すぎればそれは仮初の値段で本音はタダでもいいという事になる」
「きっと彼女は、誰がそれを願うのかでポイントを変えて来そうね」
眷属がそれを願っただけで、この怠惰の箱舟とショップシステムを作ってしまうような女神には何をやっても容易いのでしょう。
「あんなのしか、奇跡をもたらさないのなら信仰ってなんなんでしょうね。気休めかしら、それとも届かぬ喘ぎをみてあざ笑うための物かしら」
私は、そういう風にしか思えないわ。
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