第三十幕 星夜の簾藤(せいやのれんどう)
俺は星夜、勇者パーティの弓使いだ。
俺達は魔王を討伐する為魔族の領地へ旅をして、様々な出会いや人々の助けを借り。
そして、俺は魔王城の手前で脱落した。
弓使いとして、悔しかった。
左手が動かなくなり、片眼を潰されてどうしようもなくなったんだ。
同じように背中合わせに、聖女のやつも座り込んじまった。
魔力が尽きて傷も治せず、バフもかけなおせない。
頼みのメイスも、ひしゃげて。
俺達はここで死ぬんだと思ったが、それでも俺達は生きている。
一日目は気を失って覚えてねぇ、二日目は腹が減ってるのに雨が降ってきて全身がぐっちゃぐちゃになってたのだけは覚えてる。
そして、三日目に勇者の野郎が俺達の所へ帰ってきた。
俺は勇者に聞いたんだよ、勝ったのかって。
そしたら、勇者がいやちょいと事情が変わって停戦になったんだと言ってきた。
あいつの装備も俺達以上にボロボロで、なんか言える雰囲気じゃなかった。
ただ、あいつの聖剣の刃が手の形に溶けていた。
それを見た時、俺はその事情ってのを聞く事にした。
魔王と勇者が死闘を繰り広げ、最後の止めのシーンでお互いの奥義がぶつかり合うその時に転移してきた執事の様な男が居たそうだ。
その男は、勇者と魔王の奥義を片手で同時に受け微動だにせず。
手の形に溶けたのは魔王も同じで、停戦して仲間である俺達を拾いに来たそうだ。
なんだよ、そのバケモン。
さらにそいつは、出前だったらしい。
なんだよ、意味わかんねぇ。
それで、勇者と魔王は互いに休戦に合意。
今に至ると……、嘘見てぇな話だが嘘じゃねぇのは判る。
証拠が目の前にあるし、こいつはそんな嘘つく奴じゃねぇ。
とりあえず、二人分の食料と水とポーションを手に入れて勇者はここに体引きずりながら歩いて来たと。
あいつは言った、「遅れてすまない」と。
聖女と俺は笑って言った、「もっと早くこいよ」と。
そんで、俺は今は怠惰の箱舟ってへんちくりんなとこでダーツにハマってるって訳さ。
イージー、ノーマル、ハード、エクストラ、ルナティック……。様々なコースがあって、投げる為の矢を五本ポイントで買う。
その五本が的に当たった合計点数で、景品がもらえるってシンプルなゲームなんだが。
例えばイージーは線が引いてあって木製の樽に丸い的の紙が貼ってあるだけの、実に簡単な難易度だ。
これが、ハード位になると的が人型で的が動くようになるんだ。
後、人型の的はサービスで憎い上司やへらへらしたナンパ野郎なんかの顔とかに変更できるサービスとかもある。
高得点に当たると実際の声で悲鳴をあげたりするし、なかなか凝ってると思う。
もちろん、普通の的にもしてもらえるしそういう意味では訓練としてもなかなかだと思う。
そして、ルナティックになると的が転移と軟体化しながら矢を避けまくるんだ。
聖女はよく、猊下などの教会関係者の顔に変更してもらっては足が顔にくっつく位真っすぐ上げて重戦士みてぇな踏み込みで矢をぶん投げてるのを見かける。
あいつの獲物はメイスだが、見た目にあるまじき腕力があるからな。
俺は、手は治っているが眼を失ったからリハビリがてらこのダーツを遊ぶ事にしているんだが。
エクストラの段階で、大国の近衛兵や勇者野郎と同じような速度と練度で的が動く。
正直言おう…、最初は全然当たらなかった。
遊技場フロアには様々なアトラクションや難易度を選べるエンターテイメントが用意されてるが難易度によっては未来予知が無ければかすりもしねぇんじゃねぇ?って思えるものもあった。
だからこそ、凄くためになる。
娯楽と労働が怠惰の箱舟の主な施設らしいが、娯楽でありながら修行にもなるとは。
勇者に誘われて、この妙ちくりんなトコに来た時は何悠長なことやってんだと思ったが。
要するに眼を治して、リハビリして自信を取り戻せって事だろ?
判るぜ、俺と聖女はリタイヤしちまったからな。
ポイントでなんでも買える、だから自信を取り戻して眼を治して話はそれからだっていいてぇんだろ。
失われた眼を治すなんて、普通の医療やポーションじゃまず無理だ。
それが出来るなら、聖女の回復でどうとでもなるはずだしな。
俺は、弓使いだ。
聖弓やスキル、そういったものもこの怠惰の箱舟はポイントで用意する。
勇者野郎、お前ってやつぁ……。
ここまでお膳立てされたら、頑張るしかねぇよな。
「やりとげろ、話はそれからだ」か。
魔王を倒すにしろ、外で生きていくにしろまず眼を治してもらう所から。
勘が鈍らねぇように、それらしい娯楽の場所まで教えてくれた。
まぁ、俺に取っちゃ娯楽じゃねぇんだが。
同じ的当てでも、弓をひくのもボールを投げるのもスリングで石を飛ばして当てるのもあるとかマジで訓練場じゃねぇのか?
なんでこれで遊技場なんだよ、普通賭博とか夜街とかだろうが。
って言ったら勇者野郎は、賭博は別フロアで、夜街もそれ専用フロアがあって行きたければそっち行けって言われたけどよ。
ワンフロア賭博場な場所や、全部が夜街なとこあるとは思わねぇだろ。
ここのワンフロアって中央大陸全土がいくつも入るサイズらしいじゃねぇか、どんな胴元がやるんだよって言ったら。
ここの女神は、不正やイカサマには容赦がねぇが娯楽にはとことん寛容だから賭博場でも娯楽としては健全極まりないって。
一度見たら、恐ろしい程派手な場所だった。
俺は直ぐに迷いを断ち切るように、この遊技場の方に居るって訳だ。
あんなとこ居たら、眼がいつ直るかわかりゃしねぇ。
俺は勇者野郎の仲間なんだ、仲間が信頼してまずやり遂げろって言うなら。
眼を治す事をやり遂げてから、派手に遊んだって悪かねぇ。
何度も死にかけながら、何度も様々な種族に助けられて俺達があるんだ。
まず、ポイントを溜める。
衣食住と最低限、勘が鈍らねぇように闘技場とこの遊技場に足を運ぶ。
闘技場横には訓練場もあるんだ、気合をいれろ。
あの訓練場に居た連中の一部、特に海パン野郎とかの身体能力は異常だった。
あいつら基準で難易度が設定されてるのなら、たかが的当ての娯楽でこの難易度も納得ってもんだぜ。
あの、黒い海パン野郎は益荒男って名前で所属は軍犬隊って取り締まりの時に突貫してくる連中の一員らしいんだが。
あいつらの戦闘力どう考えても、単体で異世界人レベルじゃねぇか。
あいつらが外で魔王倒せばいいんじゃねぇ?って思ったら、良い笑顔で言うんだよ。
「犬は怠惰の箱舟のルールを守らぬものを滅する為だけにある、外の事なんか知らん」
まぁいいさ、俺は犬じゃねぇ。軍隊でもないし、俺もお偉いさんの事なんざしらねぇ。
「俺は勇者野郎の仲間、人を信じる事をやめた俺が最後に信じると決めた仲間だ」
勇者野郎が、俺の仲間であり続ける限り。裏切らねぇ限り、俺も奴を裏切るつもりはねぇよ。
(だって、そうだろ)
約束を忘れたから、約束を守らねぇやつなんざ糞だろ。
悪魔だってもうちょっと契約を守るってもんだろ、男も女も大差ねぇよ。
クズはクズで、どこまでいっても正直者がバカを見るんだ。
俺は勇者野郎が自分に正直に生きてる事を知ってるし、あいつは本当は誰より勇者にゃ向いてねぇ。たまたまその力があっただけで、周りから勝手に期待されてあいつ自身はなんでもないただの男だ。
勝手に期待して、勝手に文句言って。勝手に処罰を断行する様な連中とは訳が違う、対価も出さねぇのに文句ばかり言う奴とも違う。
俺は、初めて人間ぽくねぇ人間に会ったと思った。
聞けばあいつは異世界人で、異世界じゃみんなおめーみたいなのかって聞いたら返ってきた答えには笑っちまったのは覚えてる。
「俺はオタクで、オタクは推しに全身全霊真っすぐ正直なだけだ。オタクっぽい奴じゃねぇし、一般人でもねぇ。推しと同士以外は眼中にねぇし、それ以外はさっぱり判んねぇわ」
推しね、真のオタクはみんな一つ以上推しがあるらしいが。
すまねぇが、あいつの推しは沢山ありすぎて俺には判らなかった。
でも、熱意と真っすぐなのは伝わってきた。
俺が初めて弓を相棒と決めた、あの頃と同じような子供がもつ熱意。
俺は嬉しかったぜ、弓以外に近距離武器や格闘を嗜むのが普通のこの世界で。
弓だけで戦いてぇと言った時に言ってもらったあの言葉、今でもこの胸にしかとある。
「それが、お前の推しなら極めろよ。あらゆる弓を背にしょって、弓だけで戦えりゃ誰も文句はねぇだろ。戦えねぇから文句言われるなら、戦える様にしちまえよ」
オタクは推すためなら、常識はいらねぇ倫理観もいらねぇ普通なんかもっといらねぇ。宝物だけだいじにしてろ、幸せにしてろ。
「お前の言う通りなら、俺は弓オタクになっちまうぜ」
俺は、嬉しかった。
理解されているのが、これほどうれしいものだと思ってもなかった。
だから、リタイヤしてぶっ倒れた時本当に悔しかった。
せめて、最後までお前の側について行きたかった。
せめて、死ぬなら信じた仲間の側が良かった。
次がもしあるのなら、次こそはお前の側で戦おう。
次がなくても、お前とともに居れるならそれも悪くない。
現実に打ちのめされる度、子供の様な熱意なんてもてなくなるんだよ。
それが普通だ、だからオタクは熱意を持ち続ける為に普通を捨てるんだ。
だから、勇者野郎……。
「俺はお前と一緒に、オタクであり続けてやるぜ」
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