第二十七幕 魔神左衛門(まじんさえもん)
ワシは、左衛門。
飲食フロアの一角で、魔神みたらしという店を開いている。
ねじり鉢巻きと、サラシと腹巻。
昨今工場で作る様な、均一の団子じゃねぇ。
不格好で、どうしようもないぐらいじっくり炭火で焼くんだ。
うどんの玉は柔らかすぎる、やっぱ米由来でねぇとな。
なんで、昨今米由来が消えたかって?
米は時間がたつと固まって、ロクな味になりゃしねぇんだよ。
持ち帰りや保存性が問われる時代に、その場で食わなきゃ最高にならねぇみたらしが残るわきゃねぇ。
売れ残ったら廃棄になっちまう、そしたら廃棄で店が潰れちまう。
みたらし以外を置いたなら、それはきっと団子屋や和菓子屋とか違う店になっちまって。みたらし屋じゃなくなっちまう、だから地上からは消えたんだ。
ワシは、魔神ではあるがこのみたらしにずいぶん魅せられたものだ。
他の団子は山ほどあろう、他の菓子は山ほどあろう。
だがな、ワシはこのみたらしを焼く事がたまらなく好きだ。
怠惰の箱舟は、廃棄の心配はいらない。
飲食店全部に時間ストップのアイテムボックスが備わってるからな、それも容量無制限のだ。
ありえねぇだろ、そりゃ。
必要なのは、味。
ここの客は、舌が肥えすぎてるからな。
客の心をつかむにゃ、しょっぱい味じゃダメなんだよ。
満点の味だと飽きられて、なんか気がついたら食ってたっていうのは食べ放題に置いてある。
拘り、圧倒的な凝り性がなきゃな。
無駄に年だけ、食った老害なんざ存在自体がゴミだよな。
やっぱ年寄は年に寄る程に経験を蓄えて、年に寄るだけの力をもたにゃ。
シンプルであればある程自力が出るってもんだ、生きる程に頭を垂れるってなもんよ。
ここ最近は腰に変な拳銃ぶら下げた神が、良く山の様に買っていきやがる。
あいつ良くそんなポイントあるな、いくらみたらしは安いからってその量買ったら結構な値段になるってのに。
ワシにとっては、ありがたいお客様なんだけどな。
相変わらず、今日も同じ時間に同じ本数規則正しく買ってきやがる。
来る曜日もまったく同じで、こっちとしちゃ「いつもの本数でいいかい?」位しか聞く事がありゃしねぇ。
まったく、これ以上ない位ありがたい客だが。
いつも、爽やかな顔向けて。
「あぁ…、頼む」そういって、ポイントを物質化した硬貨を見やすい様に並べていくんだぜ?
同じ本数だから、硬貨の数も毎回同じ。
それなのに、ご丁寧にあいつは機械で並べてんのかって位きっちり見やすく並べるんだ。
そんなあの客が一度だけ、眼をむいてみたらし喉に詰まらせてた事があったな。
思わず売り物の茶を出しちまったが、ありゃ傑作だった。
まるで、浮気の現場をカミさんに見つかって死にに行く戦士ような覚悟で正座させられる感じの表情だ。
あの客は何年も通ってるが、それでもあんな顔をしたのはあの一回だけだったな。
ありゃぁマジで傑作だった、茶くらいサービスしても惜しくねぇからもう一回見てぇと思っちゃ不謹慎かね。
それにしても、はろわから斡旋されてきたのが黄金の髪の少年だか少女だか良く判んねぇやつ。
えらい筋がいいじゃねぇか、やっぱここのはろわは慧眼だぜ。
三日しか来なかったというか、二日でワシと同等のみたらし焼ける様になってやがったな。ワシ四十年はこのみたらし屋やってるんだけど、天才っているもんだわ。
そんなにポイント出せる訳じゃねぇから来る奴だって滅多にいねぇ、なんであいつきたんだろうなって聞いて答えを聞いたら思わず笑っちまった。
休み貰って、する事ないから冗談交じりにみたらしでも覚えたら?って言われたらしいじゃねぇか。
あのなぁ……、そんなんで覚えられたらワシの四十年って何だろうってなるじゃろが。
実際に覚えて、同等のもん焼ける様になってるから余計にむかつくわい。
しっかしまぁ、なんというか。
あいつにみたらしでも焼いてみたらって言った奴、ワシはそれを聞いた時は飽きれてものも言えんかった。
本来じっくり焼かないといけないし、タレは長い年月をかけて熟成させていくもんだ。
つけすぎればたれて、つけなさ過ぎては味が無い。
こげの面積が大きすぎれば苦くなり、こげの面積がなさ過ぎればそれはみたらしじゃねぇ。
それは、人の生き方の様だろ?じっくり行かなきゃしくじって、つけ過ぎれば台無しになってつけなさ過ぎたら捨てられて。
人生にだって苦みも無けりゃ、甘みも無いじゃ意味ねぇ。
火はみずもので、炭と空気と温度を読みながら、タイミングを見計らって何度も重ねる様に味をしみ込ませる。
それができなきゃ、良い味にはならない。
「みたらし団子一つが生き様一つ、読み切っても炭や団子のご機嫌しだい。タレも、つぎ足すもんで良くも悪くも長い時間をかけなきゃ結果が見えてこない。報われない努力を何年もしないと、変化すら判らないものを後生大事にしなければ真なる味には程遠い」
そう言われたらしいじゃねぇか、そこまで判ってて自分で来ねぇのかって聞いたんだよ。
そしたら、あいつ。
「出来ない俺が、出来るようになるから意味がある。そうだろ、親父さん」ってよ。
そんときだけすげぇ良い顔しやがって、そういう顔は客に向けてろ。
俺には何でもできる知り合いが二人いて、一人は腕が千切れて足が小鹿の様に震えて努力して努力して何でも出来るようになっていくやつ。
もう一人は、息をするようにもう回答が一つであるように完璧に出来過ぎる奴。
俺はどちらでもないが、頭だけはそれなりだと自負してる。
俺は覚えるのは確かに速かろうが、息をする様に物事を完璧になんて無理だ。
いっつも、努力ばっかりしてる知り合いと俺は憧憬してばかりさ。
それでも、頑張ったねって言ってくれるんだ。
めいっぱい頑張ってる奴にその言葉は酷になる事だってあるが、それでも俺は嬉しいね。
ワシは、みたらし屋になる前はそれこそ和菓子全般やっていた。
だが、それでも美しい菓子は出来ても美味い菓子はできてもそれだけだった。
感動がない、ワシには心を童心に帰らせるような菓子はできなかった……。
手はボロボロになって、焼けただれ。
それでも、ピンセットや木型で形を形成したり。餡を練り、窯の前で若い頃は熱気で倒れたもんさ。
金平糖なんか、手作業で作ったらどんだけ集中力がいるんだか。
菓子ってなぁ、味は甘味甘露でも制作工程は地獄そのものさ。
完成品の美しさや、手作業にしかない良さ。
その割に、決して報われはしない。
だからワシは、全般やるんじゃなく。
本当に好きで仕方ない、みたらしだけやる事にした。
タレにも炭にもこだわりぬいた、それでもここじゃない場所じゃ店畳むしかなかった。
ここは、材料費も店舗維持費も怠惰の箱舟のはろわが用意しやがる。
人の世界と違うのは、税というものすらこの場所にありはしない。
「研鑽以外不要、誠実以外不要」
「働く事には値段がつくのに、人件費以外を考える必要は無い」
「保険や保証すら、はろわの領分だ。それでも、欲しいものがあるなら買え。但し、値段の覚悟はしろ」
信じられるかい?ここはタレがどんな変化をしていくのかすら、百年後五百年後のタレすら味わう事すら可能なんだよ。
最適解も変化も、自身が望んだ味との乖離もそこにたどり着くにはどれ程の年月が必要かも判る。
「鬼みたいな、値段を要求されるだけでな」
必要なのは誠実さと気合だけってんだから、職人にとっちゃやるしかねぇだろうよ。
頑張ったら報われるなんて、ここに来るまで思った事は一度もねぇ。
あったのは意地、あったのは執念。
菓子と一緒に心中する気で居たんだぜ、こっちはよ。
あの金髪は二日で焼きをものにした、あいつがタレも菓子もモノにするなら。
ここを続けるなら、ワシはワシの持てる全てをあいつにやってもいい。
あの金髪は、きっと好きな奴の為に一生懸命なだけだ。
ワシは菓子に惚れたけど、あいつは仕事に惚れたんだ。
好きなら仕方ねぇよな、そんな噴火するマグマみてぇな気持ちに蓋したって。
蓋なんかすぐ壊れちまうよな、だから金髪。
その、惚れたもんを大事にしなよ。
それがある限り、どんな逆境だろうとどん底だろうと踏ん張りが効くもんさ。
アホになるほどそれだけを突き詰めたってのに、ここじゃ周りの店の連中のモチベが高すぎて毎日がゆだんならねったらねぇぜ。
「おう、豚屋通販の狐嬢ちゃん。串はそこに置いておくんな、いつもありがてぇ」
仕込みの残量を確認してたら、豚屋の運ちゃんが新品の串を運んできたな。
さぁ、明日もちゃんと客が来てくれるんかねぇ。
ここで店なんかやってると不安でしょうがねぇぜ、ここじゃライバルが多すぎる。
そういいながら、優しい顔をしていた……。
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