第二十六幕 カーテシー・マーマレード
俺はダスト、今休暇を貰って五日目。
エノ様の居る最下層、死にかけた俺はグリモワールに言われた通り。
「願いに来た」
盛大に溜息を吐く、エノは足をぱたぱたと踏み鳴らしながら。
「お前は私の話を理解していなかったのか、まったくしょうがないやつだ」
私は言った筈だ、充実しなければ休みではないと。
こうも言ったな、正当かつ公平な報酬の無いものは労働ではない。
そして、特にお前達眷属にはこう伝えたはずだ。
「意見があるなら、もっと早く来い」
死にかけてからくるとは何という事だ、私は休みを与えたのだ。
「お前が、充実しなければ休みではない。それは判れ」
つまり、お前はこうすべきだったのだ。
「報酬が発生せず、自らが納得でき。充実し活力を得る事ができる事象を行う、これを休みと言うんだ」
精細であればある程に、集中力が必要であればある程に。
ゆとりや余裕がなければ壊れる、それは機械も生き物も同じことだ。
私は、お前に壊れて欲しくなどない。
お前は生物であって、神ではないのだ。
神は存在値があれば、それを消費さえすればあらゆる事が出来る。
存在値がなくなれば、消滅するがな。
「お前には、報酬の発生しない。しかし、私の役に立つ仕事を与えよう。ポイントは関係ない、何故ならこれは正当かつ公平な報酬とはならないからだ」
エノは苦笑しながら、ダストを撫でる。
「私は何もしない、力も眼も耳も塞いでいるからだ。だから、何かあるのならきちんと言うべきだよ。でなければ、私には何も伝わらない」
ダストは黙って、次の言葉をまった。
ただ、エノは優しく微笑んで「お前は困ったやつだな」と言う。
さぁ、願いを叶えよう。
働きたいのなら、働けばいい。お前自身が、何よりもとめるものならば。
私は、それを休みと認めるよ。
ただ、お前は生物だ。分体も含む能力を使う事は違う、お前が求めお前自身が一匹のスライムとして休むのだ。
ここでは、求めれば値段がつくんだよ。
値段は私がつける、私がつけるのは値段だけなんだよダスト。
選ぶのはいつだって、生きているお前らだ。
お前の働きたいという願いに、能力を使わずきちんとルール通り八時間労働であるなら値段はゼロだ。
能力を使って働き続けたいなんて願いには、高い値段をつけるぞダスト。
途端に、黄金の輝きを取り戻すダスト。
求めるモノなくば、ここに居る事に意味はないぞ。
好きに働き、好きに生き、好きに願うと良い。
逃げたければ逃げればいい、出ていきたければ出ていけばいい。
ここに居たいならずっといればいいし、そんな事は本人が決めればいい事だろう。
お前が始めた、この怠惰の箱舟は。
お前達が望むままに優しい世界だ、お前達が望むままに誰もにチャンスがある世界だ。
どんな強者も認めない、どんな権力も認めない、どんな勢力や宗教だって認めない。
縋りつくだけのクソみたいな弱者は居ないし、己の野心に燃え己の領分も弁えぬ強者だっていやしない。
ここでは、生者も死者も化け物も神も天使も龍どもさえ力に訴える事は出来ない。
等しく、この私が力に訴える事を許さないからだ。
この箱舟で最強はこの私、どんな事も叶えうる故私こそが唯一の権力者だ。
「私のこの世でもっとも嫌いな存在、お前達の為にならばそれすら曲げて何処にでも座ってやろうとも」
全ての奇跡に値段がつく場所だ、ならばお前もそのルールにのっとらねばフェアじゃないだろうに。
さぁ、お前の願いは「働きたい」だろう。スライム一匹が八時間労働でやれる仕事をはろわに行ってもらってこい。
ゼロポイントの値段をつけたのだ、連絡と転送ぐらいしてやろう。
それと、ダスト。これはおまけだ、もっていけ。
薄汚れた貫頭衣の様な服のポケットから、ダストと同じ透明な黄金の輝き。
飴だった、不純物の入っていないただの飴。
それを、ダストは大事そうに受け取るとはろわに転送されていった。
それを消えるまで、エノは見送ったあと。
「お前は真面目が過ぎるよ、ダスト。お前の考えはその飴と変わらん、甘すぎていつか吐き気がするだろう。不純物を抜けば美しいが、それを作る手間は地獄ですら生温い。それでも私は、お前の甘さは嫌いではないのだが」
そうして、また段ボールの箱の中に戻っていく。
そうだ、はろわの職員に通達しとこうか。
「ダストが仕事を求めて来たら、魔神みたらしで働かせてやってくれ」って。
仕事しないと死にかけて、それでも私の命だからずっと耐えるなど。
「私はな、ダストお前に壊れて欲しく無いから休暇を与えたはずなのに。それが原因で壊れるなど……」
みたらしや、せんべいはな手で焼くと酷く時間がかかるんだ。
そのくせシンプルで、手を抜いたら抜いた分だけ味が落ちるんだよ。
のろくゆっくり、じっくり焼かねば。
その癖、タレを作るのには焼く以上の手間がかかるんだよ。
今日明日で変わる事なんかない、変わった気にはなるかもしれんがな。
でも、今日から始めなければ何も変わりはしないんだ。
スライムにはうってつけだろう、奴は味は判るが温度は色でしか判別できん。
そのくせ、生体マシンもどきの頭脳があるから物覚えはすごくいい。
生物も、また同じ。
刺激を求めたら刺激がずっと欲しくなる、甘さも同様で歴史は繰り返すんだ。
もっと、じっくりやる事を覚えろお前は人じゃない。
人なら寿命がなさ過ぎて、そんな悠長な事をやっていたらすぐに老化してしまう。
お前はスライムだ、だからもっと腰を据えて緩急をつけるんだ。
お前なら、きっと私の意図に気づくだろう。
なぁ、ダスト。
美味く焼けたら、持って来い。
出来たて、作り立てを昔私が無力な幼女であったころ一本の団子を黒貌と私と光無とお前で食べていたあの頃みたいに。
違うのは、お前がその触手で焼いて作る事ぐらい。
黒貌は何か言うかもしれない、光無は黙って食うだろう。
私は、点数でもつけてやろうか。
みんなで笑って、みんなで食べようじゃないか。
全ては無駄なんだ、ダスト。
遊びも学びも全ては無駄なんだ、ダスト。
無駄は楽しい、無駄は美しい。
生きるという事は無駄を垂れ流す事なんだよ、ダスト。
あらゆる楽しみ、あらゆる幸せなんてものは幻想に過ぎない。
己に挑戦しろ、己を幸せにしろ。
他から与えられるものに真実なんてないんだ、もしもそんなものがあるとすればまやかしに過ぎん。
まやかしも幻想もそれ自体に善悪は無い、それを盲信することは愚かではあるが。
迷わず逃げる事も悪い事ではない、勝ち負けは生きてこそだ。
生まれてから一人、死ぬときも一人。
死を他が変われるかね?生の中で苦しんでいても変われるものは居ないのだよ。
だからこそ、苦しみを和らげる為に幸せがいるんだ。
だからこそ、死ぬまでに己が納得できる程に生き抜くんだ。
生きていない、私だから言える。
全てを捻じ曲げてしまえる、私だからこそその大切さと重さは尊い。
私の様にはなるな、絶対だ。こっち側には何もない、如何に万能で不老不死だからとてそれが如何ほどのものだ。
弱さを認め、手を取りあい。隣に生きるモノたちと笑顔で生きろ、強者になればなるほど孤独で惨めで醜い化け物に近づいていくだけだ。
そして、周りに誰も居なくなるぞダスト。
そして、万能である程に弱者やクソ共に縋りつかれる。
まるで、重油のようにこびりついて……。
いつか、全てが憎くて疎ましくて仕方なくなる。
いつか、全てを滅ぼしたくて疎ましくて仕方なくなる。
私もお前達がいなかったら、きっと今の様な私としてはあれなかった。
対等でなければ仲間ではない、そして強者程対等であるものは減るんだ。
だから、ダスト。
ジャムの様に砂糖で煮詰めて、本来美味しくない果物でも加工していけば美味くなるように。
幸せという砂糖を煮詰めて、出来るだけ弱火でな。焦げ付かせたら、ロクな事にはならん。いつだって、処方箋は過ぎれば猛毒なのだから。
楽園と言う名の地獄でしかない、だから私は踏み倒すんだ。
私の、お前達眷属に対する私の想い。
私は、真実お前達以外のものを生き物とすら認識していない。
私は、破綻者で結構屑で結構無職で結構だとも。
命は効率化を求め、正しい事にメリットがない。
なら命は悪に傾くのだろう、それが理だこの世の誰にも覆す事の出来ん正しさだ。
だがな、ダスト私は位階神。力で、理すらもねじ伏せよう。
愛するお前達の為に、ただの木漏れ日の平穏を得るために。
その為だけに、私は位階神でありつづけよう……。
この世に希望が無いのなら、私が希望を産めばいい。
この世に利益が無いのなら、私が全て与えよう。
独裁者でも我儘な子供でも私は構わぬ、終わりなき繁栄などありはしない。
終わりなき、絶対強者などありはしない。
だからこそ、位階神とはありはしないというその事実すらねじ伏せる。
この世に存在がないのなら、私がその存在になればいい。
この世で誰もが報われない、ならば私がその研鑽に値段をつけようとも。
終らないという理すら粉砕する、そういう存在なんだよ私は。
私は偽善者でいい、私は道化でいい、怨嗟と悪意すら従えて。
永劫に喰らい続けよう、永劫にねじ伏せ続けよう。
私が、災いである。
私が、極点である。
深謀深慮があろうとも、如何なる言をもってしても。
私の前に立つのなら、一切灰塵あるのみ。
服従すら必要ない、支配すら必要ないのだ。
私を裁けるものなどおらん、私を遮れるものなどおらん。
あらゆる可能性を網羅して、あらゆる世界線すらその意思一つ。
なぁ、ダスト。
お前が願う、そんな世界はありはしない。
虹の様に美しく、そこにあれども届かない。
届かず見えて、ただ美しいだけの絵空事だ。
見えるモノが全て理解可能だというのはただのアホだ、思いつくモノが全て実現可能だというのはゴミ屑以下だよ。
いつだって、偽善や罠はそういう所にあるのだから。
だれも居ない最終フロアで、エノはすっと微笑んだ。
誰よりも、優しい顔でフロアの天井を見つめ。
この私だって、絶対強者には程遠い。
今の私は位階神のトップじゃないから、位階神にだって上下はある。
眷属を愛しているから、絵空事の一つ位叶えてやりたいじゃないか。
愛はプライスレスなんだよ、ダスト。
私の道に、救いなどあるはずがない。
愛とはあまりに一方的で、ただの欺瞞で自己満足。
互いにそうであれば、お互いの満足があるだけだ。
全てはお前達の、平穏の為に。
お前ら、眷属に乞い願うどうか……。
「幸せになれ」
お前らの明日の為に、私は日々を殉教しよう。
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