第十八幕 筋華葬(きんかそう)

俺の名は益荒男(ますらお)、俺は犬。


軍犬隊の一人だ、俺の武器はこの身一つ。


あらゆる魔法を貫き、あらゆる困難を踏破し。

あらゆる精神体を切り裂き、あらゆる技を体現する。


戦う事に生きるものにとって、それこそが目指す場所。


俺の願い?そうだな、光無殿が恐れ敬いそして敬意を示し続ける神。


エターナルニート・エノ:女神エノと戦ってみたい、そのために俺はポイントを貯めている。



体を鍛え、精神を鍛え、娯楽よりも修行を重ねる事を選ぶ。


レーザーも銃弾も、この俺にはきかない。

鍛え抜かれた肉体と「闘気」俺には才能なんてものはない。


あるのは、ひた向きな努力それだけさ。


俺と同じ道を歩むなんてのは下の下、誰にもおすすめはできない。


かつての俺は、己こそが最強と疑わなかった。

ここの最下層の邪神、光無と戦うまでは。


あの邪神を下し、女神と会った事があるのは三柱いるらしい。

あの邪神を下した攻略者ですら、この怠惰の箱舟を攻略できたものは居ない。


ここがダンジョンならば、攻略されていれば崩れ去る。



俺は会えなかった、手も足も出なかった。



あいつは言った、願い叶えるのがこの箱舟の本分であると。


この世の何処にも、努力すらも数値化し無慈悲な程平等なチャンスのある場所は無いと。


会いたいなら働け、戦いたいなら働け。

如何なる正義や邪悪があろうとも、値段を支払えばそれを叶えるのが我が女神であると。


自らを鼓舞する為、自らがナンバーワンであるといつも人差し指を天に向ける。

習慣になってしまったが、今では自らが折れない為にやっている事だ。



ついに、その日はやってきた……。



そこにやってきたのは、エタナちゃんじゃねぇか。



保護者の黒貌はどうしたんだ?


私がエノ、エターナルニート・エノ。

貴方の願いを叶えに来た、私と戦ってみたいと。


「変神」


左拳を天に突き上げ、呟くようにそう言った。


おぃおぃおぃ、なんだよあのバケモン……。


そこに居たのは、桃色の髪、顔中が血管だらけの額に眼のある女。


両肩に魔眼が五個づつ、背中から生えてる翼はよく見りゃ羽じゃなくて全部手だ。

翼と翼の隙間には赤い血管が波打っていやがる、なんだよありゃ。

足元は歩く度、足がついた場所が水の上で歩いて居るかのように一歩一歩水文が広がり。


その水紋は紅い、よく見りゃあれは全部魂だ。

神も人も等しく、踏み付けてその上を歩いてやがる。



そうか、俺は俺達は最初から会っては居たんだ。

誰も気づけなかっただけで、俺も気がつかなかった。



誰が、飲み込むようにオムライスすすってる幼女が光無を従えるような神だと思うのか?

誰が、あの遊園地で楽しそうにヒーローショーにくる幼女が。


誰が、ゲームセンターでゲームオーバーになる度泣いている幼女が。




あんな、化け物だと思うのか。




「なんだ、益荒男。戦ってみたいのだろう?」




居るだけで、潰されそうだ。



心も魂も、まるで別。



「我を起たせたまへ、我が身に宿る魂と気よ。我に力を…、飛べ蒼い鳥っ!(ブルーバード)」



益荒男の肉体に気が満ち、筋肉が隆起する。


まるでダンサーの様な気の動き、百九十センチよりも大きめの男から蒼い気が放たれた。


それは、鳥。限界まで己を鍛えた、限界まで飛ぶ為に。

逆境という向かい風を飛び続ける、一人の雄鳥。


翼がうつように拳が放たれ、気が新体操のリボンの様に浮遊する。

益荒男の両手に紫電が走り、両手両足が変幻自在の動きと瞬発力を手に入れた。


そのリボンが腕に吸い込まれ、ゴムでも入っているかの様に肘から拳に流れる度拳の速さと威力はさらに加速度的に上昇。


両手の翼から繰り出される、その軌跡が空間と風を切り刻む。



エノは翼を背中に全てしまうと、両肩の魔眼が光り出す。


両肩の一番上の眼が紅く火柱をあげるように煌めいた、そして腕に蒼い電流の様なものが一瞬走った。



拳を三回ぶつけただけで、益荒男の拳が砕け骨が飛び出る。


オリハルコンやアダマンタイトすら打ち抜いた益荒男の拳が、たった三発拳をうち合わせただけでまるで廃棄寸前のボロ雑巾のごとき有様に変わった。


思わず、眼を見開く。


「権能は使わないでやる、存分に己を試してみよ。お前はポイントを貯めて願ったのだ、値段の分の願いは叶えてやる」



魔眼が原動力なら潰すまでっ!



肩に、素早く蹴りを叩きこむが魔眼はそれ以上に素早く消えた。

一つ鼻息をふっと付くと、邪悪に笑った。


「魔眼も消してやろう、お前相手には不要だ」


体のパーツを消すたびに、力が小さくなって行くのが益荒男には判った。


だが、それでもまだ子供が十五夜の月を見つめる様な差があった。


それからは、あらゆる格闘技や技を試していく。

両手の闘気が続く限り、肉体は瞬時に再生されるがそれでも触れたり躱したりするだけで己の肉体の何処かしらが消し飛ぶ。


魔眼も翼も権能も使っていない、ただの女神がどうしてこうも強い。


白い指空きのグローブ、白いスニーカー。


特別な素材は何も使っていない、ただの衣服だあれは。

魔法も魔術も何もない、自分と同じただ己を鍛え上げただけの存在だった。


拳も蹴りも投げも、どれだけ鍛えたらこんなのになるってんだ。

背中に輝く、神乃屑の文字に益荒男の血がつく。


これが屑だってなら、世の神なぞまがい物じゃねぇかよ。


彼女の構えはいつでも、ピーカーブーだ。

拳で壁を作り、肩と手で相手の攻撃を防ぐ。


益荒男の、攻撃は全て手の甲に正確に当てる様に防ぐ。


明らかに、体感速度が違いすぎる。

こっちは雷光より速く動いてるのに、とらえられない。


呆れる程の技量と速度で、益荒男がフェイントを三つ入れたら三つのフェイントに合わせて位置を変え全て手の甲の当てるように移動しているのだ。



投げようにも、掴めず。

関節をきめようにも捕えられず、それでいて明らかに試すように拳の後ろから睨みつける。



彼女の動きを支えているのは、足の指だけで動く歩法。

点で支え、回転でいなし、緩急でフェイントし空間を滑る。

まるで格闘ではなく、バレリーナの様動きと要所要所だけ角度をつけた不壊の丸太でも相手にしているような感触。


全ての歩法と動作が、蹴る場所を鞘とした抜刀術の様になってやがる。

それだけの鞘走りと力溜めを同時に行いながら、体幹すら崩れねぇとかどうなってやがる。



靴で隠し、体幹でも隠し、己の全ての力を内側に隠す。


気配も意思も表情も全て、内側に隠し。


そのヤバい本性を悟らせねぇ、その恐ろしい力の片りんも外側に見せねぇ。


なるほど、これが位階神。


常識も現実もあらゆる全てをねじ伏せて、己のあり方を貫く神。

ねじ伏せたのは己も含むってか、とんでもない存在だな。


何故俺は、足の指だけで動く歩法だと判った……?


判った、こいつは教えるべき情報だけは自在に判るようにしてんだ。

情報の出し入れも自在かよ、無力な幼女から何でもできる神まで自在だと?


普通は才能があれば判っちまうし、図にのっちまう。

普通はそんな幅でコントロールなんかできねぇ、馬鹿だったりバカのふりだったりでも所詮フリの範疇だろうがよ。


マジで自在とかふざけんなよ、値段の分だけか。

要するにあれだろ、ただ俺に稽古でもつけてくれるってんだろ。


その証拠にこっちは全力だしてんのに、どんどん最小の力で止める様に変更してやがる。


手の甲で止める位置に体をワザと動かして、当たったという事実だけを作りながら体を傾けて逃がしてんだ。


しかも、傾けるのも最小だからこそ余程注意を払ってないと判らない。

格闘なんてどこまで鍛えても喧嘩の延長だ、ルールがあってルールが無い程度の。


しかも、あの動きは一体多を想定したものだ。

その証拠に回転出来ない力の流れには、点と面の差分を使いながら角度をつけて逸らしてやがる。


先端から逃げる部分にかけて、どんな力をどれだけかけられても分散させてやがるんだ。



一人で何万、何十万、何百万を同時に相手取ればあの領域にたどり着ける?


いや、もっと多いんだ。


億か京かもっと上の人数を一人で倒す事を想定した動きだ、だから一人では捕まえられないしとらえる事も難しい。



(俺は、何をみている?)


俺は、知りたかったはずだ。

位階神を知りたかったはず、理ごと全てを握り潰すと言われるその力を知りたかったはずだ。


黄金に輝く夢は、一片の悔いなく叶えられたはず。


もとより、覚悟はしていたはずだ。

もとより、修行はしていたはずだ。


備え、錬磨し、あらゆる現実を砕けるまで己の肉体を苛め抜いたはずだ。


なのに、なのにどうして……。


踏破するための一歩、全ては知る所から始まる。

視界に入れる所から全ては始まる、覚悟の一歩から全ては始まる。

森羅万象、それは知る所から始まるはずだった。


位階神を知るとはこうも絶望するものなのか、位階神を見るとはこうも無力を突きつけられるものなのか。


彼女の足元の真紅の影は彼女が喰らって来た欲深きモノたち、神も悪魔も人も何もかも。


それを踏み付け、手かせをはめ、首を数珠繋ぎにし、挑んだ全てを拷問にかけ続ける。


それだけの事をやっておきながら、そよ風一つ程も外側に出さず存在している。

彼女は彼女の邪魔になる全てを喰らいつくし、その力をもって全てに還元する。


努力が報われない事が気に入らない、懸命にいきるものが踏みにじられるのが気に入らない。


それを叫ぶ、眷属の願いを聞き届ける。

存在そのものが理不尽、まごう事なき暴君。


気に入らないもの全てを、食いつくし飲み込みあらゆる力を調達する。

体の魔眼や翼は、食われたもの達の命そのもの。


あれは、独裁者だ。


身勝手な独裁者、ただし何でも出来て優しく甘く慈悲深く情け容赦のある独裁者。

子供の様に何もかもを思い通りにしないと気がすまない、独裁者だあれは。


あらゆる、強者は疎まれていつか打倒される日が来る。それが、当然の真実。


「真なるものは皆強者だ、負けてしまうならば紛い物。負けないという事が強者の証であり、己の我儘を十全に叶え続ける事が出来るからこその勝者なのだよ。如何なるルールを設けたとしても、如何なる綺麗ごとをほざいていたとしても敗れ去るものは皆ゴミ屑だとも」


力無き主張等無力、打倒される程度ならばゴミだとも。

それを、神の三指にはいるとこまでやり遂げた存在。

それが、女神エノ。


「何故ならば、勝利条件とはそのものにちなんだものだからだ。勝負に負けたとしても、勝利条件を満たしていれば次がある。次が無いからこその負けであり、次が無い奴が真なるゴミ屑なんだよ」


どんな世界でも弱肉強食、肉を食う為に強者に生かされる。

普通は、独占し還元しようなんてすら思わない。

自らが絶対強者なのに、弱者の心を失わない変質しないなんてある訳が無い。



強者故に簡単には滅びず、強者故に膨大な力を搾取し続けられる。

強者から搾取して支配する為だけに、全ての強者を相手取ってまだ平然としていられる強者。


食われた強者とその欲望こそ、彼女の力の源泉。

精神生命体の精神強度ってのは、どれだけ我が強いかってことだ。


「あれだけ全てを支配下に置いても、抑え込むだけの強度を個がもつっていうのがどれだけか……。」


強者になれる程の渇望があり、強者として生きて来た全ての欲望を叶えず苦しめて見せつけて痛めつけてその地獄の有様から力を調達するか。


強者から毟り取ろうって発想が既に壊れてる、いかれてやがる。


気がつきゃ俺は倒れてたんだ、両手を肘から砕かれて。

もう闘気が一滴も残っちゃいない、死力を尽くして尚これか。


彼女は最後に見せてくれた、ラストワードも見たことのない更なる段階を。


「私は誠意をもち、ルールを守り働くものには寛容なつもりだ。見て見たかったのだろう、ならば高みを見せてやる。登って来い、寿命ある限り望みがある限り夢を追う限り」


(報われる世界が欲しい、それが我が眷属の願いなれば)


それは、翼も無く美女でもなく額の眼も両肩の魔眼も無い幼女。


ただ、カバラの樹のごとき背もたれのついた椅子に座り。

逆さの城に、広さが判らぬ花園が広がっていた。

そして、花の代わりに食われた全ての頭蓋と魂と核が付いていた。

頭蓋の両目から流れる血は、花園の水路に消えて水路は血で満たされていた。


最初のエタナちゃんだった、ただ人形の様な無表情ではなく。


両目から確かな意思を感じた、表情があるのだ。


僅かに指を動かせば、声に出さずとも益荒男の姿はもとの健康的な肉体に戻っていた。


まるで、何事もなかったかのようにあふれ出た血も砕けた骨も元に戻っている。

固有の肉体の力な筈の、闘気も肉体の損傷も一瞬で治していたのだ。


まるで少年の様に微笑みながら、心からそう願っているように。


「私は私も含めた強者というものが大嫌いだ、死ねば良いと思っているよ」


「私に挑む全ての存在に同じ事を言おう、立ち上がり続け挑み続けよ。知る事から始まり、錬磨という名の磨きを経て命は宝石へと至る。幾度も膝を折り顔を覆うとも、挑み続けよ……」


それが、お前の探し求めるものに近づく事だよ。


そう締めくくると、優しく笑いかけた。


「真なるものは、皆強者だ。敵が居なければ世が丸く収まらぬというのなら、私が全ての敵となろう。全てをまとめて尚、私を倒す事は至極難しい」


私は、箱舟の最下層闇の底に居る。

私は、私の考えを通す為ならば全ての位階神すら相手にして戦おう。


「命は不可能に挑むときほど、輝く。では、私が不可能になろうじゃないか。私は、愛する眷属の為何にでもなれねばならないのだから」

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