第十七幕 孤高金色(ここうこんじき)

私は空詩(そらうた)、怠惰の箱舟の青空劇場の劇団員。


いつかは、主役。


私はそう思って毎日終わってから、稽古をつむの。


ポイントではなく実力で、それが私の願い。

一人を気取る事もあるけど、劇はみんなでやるものよ。


劇は自分だけじゃない、それを支えてくれるお客様や仲間。

それに照明さんや音楽さんなんかの、演出の人達。


後は楽屋で化粧を担当する人も居れば、衣装を作ったりデザインする人も居るわ。



そういった、集大成が劇なのよね。


色んな人の想いやドラマを、作り話とはいえ表現してみて貰うの。


歌や踊りも、そうだけど。安易な受け狙いなんてしてもすぐに飽きられちゃう、だってここは怠惰の箱舟よ?


外と違ってお客様の眼は肥えに肥えてるわ、だから一つの動作一つの瞬きでさえ必死に自分の想像に近づけるの。


私は、ただの人だから舞台に立てる時間は短い。

エルフみたいに長生きじゃないし、神様みたいな永遠も無いわ。

悪魔や吸血鬼みたいに、美形でもない。


本当にただの人、だから油断すればすぐに太るし。舞台演出から落ちたら怪我ではすまないかもしれないわ。


でも、私にとって舞台で何かになる事や何かを表現する事は喜びなのよ。


獣人や龍みたいに無限のスタミナがあるわけじゃない、だから良く食べて良く寝て後はひたすら練習しているの。


だって、ただの人だもの。


ムリは出来ないわ、無理をすればそれが動きに出てしまう。

動きに出たら、今度は変な癖がつくわ。



常に、ベストを尽くして。


そんな、舞台に上がり続けて私はもう五年になるわね。

ここに来た時から、ずっとここにいるから。


はろわに行った事も、私はないわね。


この怠惰の箱舟では強制的なイベントは殆ど無いわ、任意のイベントは結構あるけどね。


断りたければ断ればいいの、断るって事をする人数が少ないだけね。


例えば、たまにやってるビンゴゲーム。

参加する人やアンデットが全員同じ部屋に転送されて、カードが配られるの。

ガラポンを回して揃ったら、景品を受け取って解散するだけなんだけど。

割と毎回景品が凄いのよね、だから悪魔もたまに参加してる位だもの。


あいつら、闇の魔力以外貰ったところでしょうがないって奴が殆どなのに。


はろわのレムオンがビンゴカードをかかげながら、くるくる回ってたのを見かけたりしたものね。


はろわに行かないのに、はろわの職員だって判るかって言うとあいつは休日でもはろわ職員の名札をしてるもの。


劇団のお客の時も、正装して名札つけてるから最初は違和感があったのだけど。


あいつはきっと、はろわの職員である事が普通になっちゃってるのね。


例えば、冠婚葬祭のイベントも割とあるわよ。

ただ、これも任意イベントね。


ある意味、ここ怠惰の箱舟は毎日お祭りに近いもの。


櫓の上で、私達劇団も出し物をしたりするのよ?


やぶ蚊やハエにたかられて、出し物よりもたかられてる劇団員が酷い顔になる方が受けたのがちょっと悔しいから良く覚えているわ。


なんで、ここダンジョンなのにやぶ蚊が居るのよ。


苦情を出したら、次の日からやぶ蚊が用意された紐の上に整列して黒い線みたいになってる所で大人しく見学してたわね。


余りにも不動の姿勢で見ているから、最初は何事かと思ったわよ。


…そういえば、ここは怠惰の箱舟だったわね。


ダストは相手がどんな生き物でも、意思疎通ができるわ。

あの警備責任者が念話して、軍犬隊がルールを守らせてるのね。


演者以外が舞台の上にあがるのはルール違反、ルール違反には厳しいのよここ。


まさか、ハエややぶ蚊にまでルールを守らせるなんて事をやるとは思わなかったけど。


下手したら多分、虫一匹でも守らせるわね。

軍犬隊の連中、逃げられなくしてからあらゆる攻撃を乱射するもの。


「突貫っ!!」とか「ファイヤーっ!!」って声が聞こえたら誰かがルール違反したのね~ってもうここじゃ風物詩みたいなもの。


しかも時間経過で結界がどんどん小さくなって、最後は牢獄みたいに一歩も動けない程結界が小さくなるのよね。


特に軍犬隊の連中でも、最前列を走ってくようなやつはそれなりにヤバいやつばかりだけど。全員で光無に訓練してもらった時は、人差し指だけで隊長連中の攻撃捌いてたってんだからどんだけよ?って話よね。


そんな訓練を受けた、連中が警備しているのだもの。

私達、演者は安心して劇に集中できるわ。


ただ、ヒーローショーとかでもそうなのだけど友情出演した時私達のグッズより売れてるのを見るのはいつもなんとも言えない気持ちになるのよね。


今日友情出演したのは、茶髪の剣士でヒューム・ゼクスだったのだけど。


等身大、爪楊枝(つまようじ)で大立ち回りしてたわ。


もちろん、実用品の爪楊枝に彼のサインをいれたものを売ってたのだけど。



なんで、あれで完売してんのよ…。


私の紋入りのポケットティッシュケース(布)も買いなさいよぉ……。


声のする方へ、笑顔を振りまき。

手をふる方へ、軽いおじぎをするの。


噺家には噺家の、劇団には劇団の。

見た目はボロで、心は錦なんて馬鹿げてる。


見た目も錦で無ければ、お客が来ないじゃないの。



孤高にて、共存。

金色にて、鈍色。



人の世界はいつだって、劇場みたいなものよ。

この怠惰の箱舟の女神様はいつだって、姿を見せない。


でも、ここの主が女神様だってみんな知ってる。


ラストワードって神様は、会った事が事があるらしいから。

会った事があるのに、何故働いてるのって聞いたら彼はこういうの。


「彼女は誰の意見もききゃしねぇよ、願いがあればポイント貯めるに限るさ」


ポイントを貯めたら、胸をはっていい。

ポイントで買えたなら、それはあなたの努力なのだから。


彼女はそれをきっと、叶えてくれる。


いつも、いつでも彼女はただ叶えるのがイヤになったから。

だから、努力を強いるのさ。

頑張ったら叶うのだ、頑張らないのは悪だろう。


人の世とは違う、どんな力とも違うのだ。


ただ、彼女はともかく彼女の眷属は愚かモノやゴミ屑を許したりはしないだろうがな。


彼女は涙を流し過ぎたから、彼女は余りにも純粋すぎたから。


眷属達はそれを見続けた、だからこそ彼女の前ではどんな劇団員も脱帽の演技力でそれを隠しつづけるだろう。



(それが、怠惰の箱舟の正体さ)



彼女は余りにも、誰よりも惨めで強者になるべきではなかった。

俺はそう思うよ、割と真面目にな。


そして彼女を強者に、怪物に化け物に変えたのは…。


彼女に食い殺された、全ての欲深きクソ共だ。


俺も彼女の本当の姿は知らないんだよ、彼女は力を開放する度にいろんな取り込んだ奴の力が体のあちこちに浮き出るんだけど。


自身の力に耐えられるだけの空間が無いのか、それとも解放したなら見る事すら叶わず消し飛ぶのか。


光無なんかめじゃないぜ、あそこで死ねた奴はまだ幸せものだ。


痛みもなく、苦しむ事もなく。自身が終わった事にすら気づけない、無慈悲に見えてあそこで終わる事は一番慈悲深い。


ポイントで願う以外の方法で、彼女に会うな。

ポイントで願う以外の方法を、決して考えるな。


俺から言える事はそれだけさ、それに彼女は……。


案外、君たちの劇を飴ちゃんでも舐めながらみていると思うぜ。




魔王より苛烈で、魔神より容赦がなく。

邪神より邪悪で、死神より平等であり。

天使より厳格で、悪魔より約束を守る。



戦争の無い国が欲しい?誰も飢える事のない世界が欲しい?

宝石に埋もれたい?ホワイトな職場が欲しい?


彼女に願ってみなよ、きっとその願いに値段をつけるはずだ。


彼女に叶える事ができない願いなんてこの世には無い、コスパが最悪でも祈るよりは確実さ。



願いを聞いてもらうのがイヤなら、実力でなるのも良いだろう君みたいに……。


でもな、きっと彼女はこう思ってるはずだぜ。


己の力で成し遂げんとする方が何万倍も、好感が持てるってな。


あいつは、クソでゴミで最低だけど。


頑張る奴はみんな大好きなんだ、自分は頑張りたくない癖にな。

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