第十六幕 焔舞夢蒼(ほむらまう、ゆめはあお)

ボクは、蒼弓(そうきゅう)。


六幻レーシングの管理をしているよ、ここではバイクから車まであらゆるコースをフルスロットルで走らせる事ができる娯楽さ。


ここじゃ車が空中分解しても怪我しないし、あらゆるコースが瞬時に作れるからどんな長さも段差も角度も自由自在なのさ。


もちろん、馬もボートも走るよ。ってか走ったり飛ぶものなら宇宙でも再現できるから、宇宙船やロボットも全然OKさ。


だってここは六幻(むげん)レーシングフロアなんだから、ルール内で走り倒す為の遊技場なんだ。


もちろん、命がけで走りたい奴の為に安全装置を切る事だってあるよ。

お客様のニーズにこたえるのが、怠惰の箱舟。


戦場を駆け抜ける速さを競うなら、戦場だって再現してみせるさ。



見る方も走る方も、大盛況さ。

今日は特別ゲストに、眷属である黒貌が走るって事でいつもよりお客様が多いのさ。


黒貌様は、通常エノちゃんのマスターをしててお忙しいのだけど。たまに、エタナちゃんが見学したいっていうと参加してくれるんだけど凄く人気があるんだ。



執事然とした、ロマンスグレーの佇まい。

年季の入ったよれたツナギ、何よりご自分で部品から削り出してマシンを一からくみ上げて運転する。


何より、魅せるし早いんだよ。


見た目が残念だったり、イロモノだったりする事が多いからそこも人気だね。

今日は、バイクのレースに出場するんだけどやっぱりイロモノだったよ。


なんで、タイヤキの形して目が光るように作ってんの?


タイヤの部分よく見たら、エノちゃんのちょうちんに描いてあるデフォルメされたアニメキャラみたいな顔だし。


なのに、まるでコースを泳いでいるように曲がっていく。


どうなってんのあれ、あとで聞いてみよう。

コーナーを膝を曲げて、まるで導かれる様にドラスティックに追い上げていく。


最終周に入った段階で五位、相変わらずラストから追い上げる。


それまでは、両手を放してバイクを足で挟んで倒れるだけで曲がるみたいな曲芸で楽しませてるのも黒貌様がいつもやってる事だ。


今日はタイヤキ型のマシンにのって、タイヤキでお手玉しながらレースに参加する。


よく見るとブレーキは使わず、膝だけでアクセルを回しているのが判る。

ギアチェンジやクラッチはよく見たら、足で操作できる高さに変えてあるじゃないか。


本当、どうなってんのあれ。


しかも、マフラーから出る音で音楽を奏でながらお手玉してるタイヤキがまるで泳いでるみたいじゃないか……。


エタナちゃん、相変わらず無表情で右腕を上に振り上げてぐるぐる回してる。


黒貌様、前を見ずに前のバイクを避けてえびす顔でエタナちゃんに手を振り返してる……。


黒いよれたツナギに、銀のラインがアクセントにはいってるからスピードがあがってくるとまるで銀の閃光みたいにコースを走っていくんだ。



あ……、今度は三位の奴を抜いた。



後半周でいけんの?ってかそれで勝っちゃうの?


僕はもう、どきどきさ。


ここの管理で熱いレースには慣れてるはずなのに、それでも黒貌様はすごくカッコいい。


二位の狼のフォルムをしたマシンも凄くカッコいいけど、一位のお手本みたいなマシンも凄くいいけど。


その二人が、タイヤキに追われてる。


黒貌様以外は、ちゃんとヘルメットをかぶってる。

黒貌様は、二位を抜く前にこのレースで初めてちゃんと座ってハンドルを握った。


二位の狼のフォルムの、レーサーがチラ見した後アクセルをさらに入れたのが判る。


攻めて、攻め抜いてコーナーを曲がっていく。


黒貌様はちゃんとハンドルを持ってから、凄まじい気迫でアクセルがずっとフルスロットルだ。ブレーキをかけずに曲がっていく、さっきコーナーにぶつかりそうになった時はハンドルから手を放さずに、コーナーに設置したガードレールを自分の足で走って曲がった。


どんな脚力と反応速度してんの、あの人。


三位のレーサーがそれ見て、ありえねぇって顔してる。


ボクもあれみて同じ感想だった、そんな事できるならドリフトもコーナーリング技術もいらないじゃんって。


気迫がオーラになって、実際に見えてるけどオーラが後ろに流れていくのと銀の閃光が重なって銀の鱗のドラゴンに見えてる。


鯉は上り、龍になるってか。


タイ焼き型バイクで、自分の気迫で龍を再現して相手を追い上げるなんて。


多分、エタナちゃんを楽しませる為だけに毎回あんな事を色々やってくれるんだろうけど。


お客も僕も、今コースに居ないレーサーも毎回驚きっぱなしさ。

黒貌様はいつも、賭けの対象にこそならないエキストラだけど誰もがそれを認めちゃう。


歴代の色んなチャンピョンも、黒貌の名を必ず上げるもんね。


イロモノを使わず、曲芸もせず走ったらどれだけの走りを見せてくれるんだろうって。


でも、あの方はきっとそれはやらないんじゃないかな。

だって、あの方はいつだってエタナちゃんの為だけに走る。


エタナちゃんが喜ぶのが何よりうれしいんだ、エタナちゃんが応援してくれるのが良いんだ。


ボクからしたら、羨ましいよね。

黒貌様って、レーサー以外にも割と何でも出来る。

でも、自分が前に出る事ってまずないんだよね。


エタナちゃんは無表情だけど、リアクションは結構オーバーだからさ。

あれはあれで、可愛いんだよね。


最終コーナー曲がった段階で、前の二人とほぼ並んだ。


凄いよね、必ずドベから勝つんだよ。

だから、みんな前を走るドライバーは必死で差をつけるのに。


毎回そこからでも、勝つんだよ。どんなルールでも、どんなマシンでも。

普通、ドライバーとエンジニアは同じじゃない。

極めていくと、努力や経験は相応に必要だけど。


両方完璧にできるなんてのは、多分ボクが知る中じゃ黒貌様位じゃないの?


大抵はどっちかが浅かったり、どっちも浅かったり。

極めるってそんなに楽じゃない、だからあんな常識外れな存在がいるってのは憧れるよね。


その常識外れの存在が、たった一人の女の子の喜ぶ顔が見たいだけであれをやってるんだから本当凄いよね。



あっ…、タイヤキ型バイクと一位が並んだ。


前のバイク最終コーナー回る時内側一杯から、倒し過ぎな位でコーナーリングしてった。そのすぐ外から並走するように、タイヤキが泳いでいく。


二位のマシンはコーナーで膨らんだ、この場面で曲がれないなら勝負あったよね。


どんな場面でも、どんな人生でも、どんな勝負でも。


ここと言う時勝てないならそれは使えないし、それはゴミなんだよ。


普段がどうであれ、勝率がどうであれ。

本当の勝負をしたことがない、そんな奴のたわごとさ。


常勝不敗が理想なんだけど、それは無いよね。

普通は敗北から学び、普通は勝ったり負けたりしながら楽しむもんなんだよ。

苦難に勝ち、いざ進めなんて無理無理。


普通は艱難辛苦で折れては、逃げて。


普通は学ばずに繰り返すのさ、生きるって事は愚かで変わらない事なんだから。


だから、今この時この瞬間で「どんな汚くても、どんな狡くても、どんな細い無理筋でも、その一回を大勝負でやり遂げられないならそれはゴミなんだよ」



継続は力なり?惰性で続けたって力なんかつかないよ。


かわいそうな奴なんかいないよ、かわいそうな自分に酔ってるやつなら掃いて捨てる程いるけどさ。


自分でかわいそうになってるだけじゃん、イジメられるなら逆にそいつをイジメ倒せばいいんだよ。


暴力でいじめられるなら、人数揃えるなり山籠もりすればいい。

口でいじめられるなら、毎日それだけ勉強してればいい。


親の力でどうのと言うなら、それより自分が偉くなってその親ごと踏みつければいいんだよ。


踏みつけて、ねじ伏せた時に気づくよ。


あぁ……、弱いモノ虐めって最高☆って。


そこで、イジメちゃダメなんだって思う奴が復讐なんかやり遂げれる訳ないんだから。


絶対途中で折れるよ、間違いない。

継続する程熱が続かない、継続する程の根性も無い。

最初から、無理だと諦めて道を歩こうともしない。


だから、イジメられるんだ。


人は一人で生きていけない?それは弱者のたわごとだよ。

だって、人は一人誰も助けてくれないのだから。


経済活動に関しては、対価があるのだから。


生活に関しても、きわめていけば完結は出来る訳さ。


食物連鎖は全ての生物が生きる為にある事だしね、そう考えていくと結局一人で生きられないのは弱者だからさ。


弱者が悪いとは言わないけど、強者は一人で生きていけるもんだよ。


強者になれるって事は、壊れてるだろうしね。

壊れてるから強いし、壊れてるからこそ熱が続くのさ。


自分が死ぬことも恐れない、決して記憶から消える事もない。


だけどね、それは正しくないし。幸せでもない事さ、だってそうだろ。


黒貌様はさ、何でも出来る。だけど、多分彼は最初から何でも出来た訳じゃない。



(だから、カッコいいのさ)


彼は、いつだって勝つ。勝てなくても、エタナちゃんに喜んで貰う為に一生懸命だ。

信じられないよね、あれだけ何でも出来るのにまだ頑張れるんだから。


結局今回の、レースも黒貌様が勝ったけどタイヤ一個分の写真判定だったね。

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