第十九幕 眷属座談
黒貌、まいりました。
ダスト、席に着きました。
光無、来たぜエノ。
エノは、ぐるりとこたつに座る三柱の眷属を見た。
「よく来た、お前達」
それは、大気が震える程のおぞましい声。
エタナではなく、エノとして会う。
この話を聞いた時、黒貌は背を正し。ダストは、神妙にうやうやしく座布団に自身を置いた。
そして、光無は腕を組んだまま胡坐をかいて座る。
そして、エノは少女の大きさにまで力を抑え込み声もそれに従って聞ける程の声になった。力だけを開放状態に、こたつに座った。
今日集まって貰ったのは他でもない、お前たちに言いたい事があったからだ。
楽にして、欲しい。
エノは全員に声をかけた。
ここ何京年も、招集などかかった事がなく。三人に緊張が走っていた、誰かがへまをしたとか不正をしたとか敵が来たとかなんかあったんじゃないかと。
まず、黒貌…。
途端にダストと、光無の視線が黒貌に向き。黒貌は脂汗をだらだらと流しながら次の言葉を待った。
お前に飲食店をやらせている訳だが、お前は何でもできる。
お前自身に希望はないのか?希望があるのに、居酒屋だけやらせているのは私の流儀に反するが。
途端に、安堵の溜息をつく黒貌。
「不都合は特にございません、私は店長として新しいメニューを並べたりお客と会話したりするのは楽しくやらせて頂いております。また、報酬や休暇についても最初に話した通りなにか不都合があれば都度上申する運びになっておりますが不満を感じた事は今の所ございません」
そうか……、だが黒貌。
私は、不安なのだよ。お前は本当に権利ばかり買っていく、権利以外のものを欲っしないお前に対して。
お前はきちんと働いているのだ、もっと欲しても良い。
黒貌はそれを、眼を見開いて聞いた後。頷き、反論を口にした。
「私、黒貌にとって欲してやまないものは権利です。私が支援する子供たちを幸せにする権利、貴女の食事を作ったりする権利。貴女に、救いを聞き届けてもらう権利。
私とってとにかく権利だけはあってもあっても足りないものです、不安だとおっしゃるなら更なる権利を適正価格のポイントで買わせて頂きたい」
真面目に、真摯に心外だとばかりに怒りを向ける黒貌。
彼は、本当に心から「権利」だけを欲していた。渇望していた、だから権利が買えるならなんでも良かった。
次に、ダスト……。
「お前は働きすぎだ、十日程完全休暇を与える。分体で休む事も許さん、それにともないボーナスポイントをやる。監視等必要な業務は私が全てやっておく故、存分に休めこれは決定だ」
ダストは、静かに頷くと。触手を手をあげるように伸ばした、そして声を全員にかける。
「休暇に光無のフロアにいったり、黒貌の居酒屋に行くことは認められていますか?」
光無は嫌そうな顔をしながら、黒貌は眼を点にしてそれをみた。
エノは微笑むと、客として行くのならどちらも構わぬよ。
休暇は充実せねばならない、充実しない休暇等あってはならない。
ダストは「かしこまりました、では明日から十日お休みさせて頂きます」とだけ言うと。
黒貌の方に意識を向けて「そういう訳だ、明日は飲ませて貰う。予約を頼む、黒貌殿」
黒貌とダストはお互いに頷きあうと、がっちり握手をした。
最後に、光無。
エノは睨みつける様に、光無の方を向いた。
「働きたいならはろわにいけ、但し光無だとばれない様に姿を変えて気配を押さえろ。はろわの職員には私から話しておく、もちろん警備に戻りたいなら言ってくれればいい」
私は、眷属を縛るつもりはない。
もちろん、この怠惰の箱舟に居る全員に対しても迷惑をかけない限りルールを守る限りの自由は尊重していくつもりだ。
なぁ…、だからこそ。
光無もそうだが、もっと早く教えてくれ。
私は、もう誰かが我慢して帳尻を合わせるのは沢山なんだよ。
光無は眼を閉じて、言葉を飲み込むように頷いた後。
「なぁエノ、アンタは益荒男の戦いたいって願いを叶えた。アンタは何でも叶えるが、俺の名と気配のまま働きたいって言ってもそれを叶える気があるのか?」
「値段は、いつもいつでも不動不変のものが表示してある。ポイントを払えば叶う、それが答えだ」
エノは、光無の方を向いて真剣な顔で答えた。
「そう…、そうか。そうだよな、ここは怠惰の箱舟だ。払えば必ず叶う、それがどんなべらぼうなトンチンカンな妄想駄々洩れのものであっても荒唐無稽な絵空事でも必ず。ただ値段がスペシャルになるだけだ……か」
コックローチが差別されなくなる、そんな願いをもっても払えば叶う。
ここでは、己の力でポイントを出して叶える事だけが正しいのだったな。
お前達、不満や不足等ないのか。
「「「あるはずありません」」」
三人の声が重なる、そしてエノを見た。
私は(俺は)欲しい権利は買えています、買えるからこそ働くそこに不満等あるはずありません。
不満があるとしたら、貴女にそんな心配させていた事です。
不満が湧き出るとしたら、権利を売って貰えなくなる事です。
俺は、コックローチとしても一人の眷属としても。
貴女しか信用してませんよ、この黒貌もダストも信用には値しない。
貴女は本当は働けとすら言いたくないんでしょう、だけどそれではダメだから仕方なくそうしてるんだ。
堕落させないために、クソ共を量産しない為に奇跡に値段をつけているだけに過ぎない。
「黒貌、俺も明日は予約するぞ」
黒貌は営業スマイルで、「まいどあり」とだけ言うと。
こたつの中央からミカンを一つ取って、剥きはじめた。
翌日、眷属はカウンター席五席しかないエノちゃんの座席に座っていた。
黒貌だけは、いつもの店長の定位置でグラスを磨いていたが。
「はぁ~、何事かと思ったぜ」
最初に言葉を発したのは、光無。
エノとして、招集するなんて大事ここ最近無かったからなぁ。
「最初呼ばれた時、死んだとか思ったんじゃねぇ?」
シェイカーの様に高速で首を縦にふり、磨いていたグラスによく見ればヒビが入っていた。
逆さの城を中心に広がる城下その外側に広がる膨大な花園、但しその城下の建物全てが取り込んだ生物達によって構成され。その外側に広がる花園は花びらのかわりに取り込まれた連中の頭がつけられ、骨に幾重の顔が浮き出ている。いくつあるかも判らない程のあらゆる武器でその身をめった刺しにされ。
頭蓋の眼から流れ出る血や魂が、城を彩り。
壁と言う壁に、レンガの代わりに死と絶望が積み重なり。道と言う道のタイル一枚一枚にあらゆる軍と武器がまるで押し花の様に押しつぶされている。
花園の外には黄金の月がいくつも浮かぶ星空があり、黄金の月にはあらゆる拷問器具やギロチン等の処刑道具がふんだんに映し出されていた。
星も良く見れば色とりどりの星達にあらゆる時計の文字盤が表示され、正転と逆転を不規則に繰り返していた。
その城の真下に樹の様な背もたれの椅子、いつもの両肩に五個づつの魔眼と取り込まれた連中の手で構成された翼。
額に眼、顔に両目合わせて十三の眼。全身と翼に、波打つ限りなく黒に近い紅の血管が至る所に。
まるで、ポン菓子のブロックの様に椅子の前の階段にはあらゆる種族の死が押し固められていた。
眷属しかしらない、姿で呼び出されたのだ。
「えぇ…、流石に死んだと思いましたよ」
溜息交じりに、黒貌はそのグラスを片付けると新しいグラスを取り出してドリンクを注ぐとダストと光無の前に置いた。
「俺に飯を食えとか言った時も、あんな調子で強制してたな。まぁその時は、なんでも無かったのだが当時の俺はそれでも死んだと思ったけど」
光無は苦笑いしながら、ドリンクをあおった。
「そもそも、この私がっ権利以外を欲しがるなどある筈がない!!」
黒貌は拳を握りしめて、カウンターに叩きつけた。
「洗濯をして香りを堪能したり、食事を作ってその笑顔を堪能したり、手を引いてお祭りに行くことを堪能したり。エタナ様を堪能する事こそ、至福なのだから。エタナ様だけに限らず子供達を幸せにする事を眺め、悦に浸る事こそ俺の喜びなのだからっ!!」
これ以上ない気持ちの悪い、顔で黒貌が叫ぶ。
光無はそれを聞いてさらに大きなため息をはいた。
「それを変態って言うんだ、黒貌。幼女大好き、主様大好き。それでお互い了承してるから問題にならないだけだぞそれは」
(まぁそれもコミコミでポイントの値段表示してるんだろうけど、そんなのやられて怒らない気持ち悪がらないのはあいつだけだっつーの)
あの姿を前に、まだ「権利を売って頂きたい」ってのは流石に笑えねぇって。
相手がエノじゃなかったら死んでるぞ、間違いなく。
「ダストよぉ、お前は分体使って休んでるのを今までグレーって扱いだったが今回の事でアウトになったな…」
ダストは器用にドリンクを空にすると、「それがアウトなら次からやらない様にするだけだ、ルールは守らねばな」
ダストは、甘めの味付けのたくあんを一つ取り込む。ドリンクにしても、たくあんにしても音もなく頭上から沈むように消えていく。
「ただ、俺は休み方をしらんし遊び方もな。スライム故に、疲労も時間の概念も余りに気薄でな。だから、ここで旨いモノでも食ってみようかという気持ちにしかならん」
黒貌と光無が、ジト目でダストを見る。休み方を知らないから働く、働く為にルール内でやれる事やってたってこいつは……。
「ところでダスト、ボーナスって幾ら貰ったんだよ」
「三千五百万ポイント入っていた、まぁ俺にとってはエタナ様の為に働く事が願いで働かない事が苦痛なのだから余りポイントの使い道というのは無いのだがな」
眼を見開き、奥歯を強くかむ黒貌。彼の頭の中ではそれだけあれば、あんなことやこんなことも権利で買えるという妄想パラダイスが広がっていた。
光無は苦笑しながら、もうお前の場合「連続勤務したいですって願った方が良くねぇかそれ」
ダストは、ぷるぷると震える。
「そうだな、十日の休みは強制されたのだから値段はつかないだろう。しかし、その休暇の後ならば値段はつくだろう。ならば、買うだけだ」
(べらぼうに高い値段つけそうだな。働きづめにしたくないから休みを強制したんだろうし)
光無はこの二人は、ある意味まったく信用出来なかった。
見た目も性能も凄く良いのに、幼女スキーの老執事と。仕事中毒の生体マシンもどきと、よくこんなのを眷属に置いて問題にならないものだな。
光無は油そばをすすりながら、そう思わずにはいられない。
ったく、ちったぁエノの気持ち判ってやれお前ら…。
生きてる奴が大事で、大切で手放したくないから。
お前らが大好きで、無理させたくねぇから。
あんな、化け物なって脅してんだろあいつは。
しっかし、あの姿はいつ見てもおぞましくて恐ろしいねぇ。
ならば買うだけだじゃねぇだろ、ボンクラが。
エノはいつでも言ってるだろ、知る事が始まりだと。
娯楽や休み方を知らんなら、知れって事だ。
知らなくて幸せな事も沢山あるけど、そりゃ始まってすらいねぇからだよ。
死ぬだけなら、容易い。生きる事も、存外容易い。
でもな、お前ら。エノは、自身でニートを名乗っている。
その、本当の意味を考えた事があるのか。
まったく…、位階神のあいつに判れってのは無理な話だと判ってはいるんだがよ。
ダストが一番充実してるのは、お前の為にルール守って働いてる時だって。
休暇なんざもらったところで、充実なんざほど遠いんだよ。
むしろ、干からびるまであるんじゃねぇか……。
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