第十四幕 仮想を創る

私は、イシュラ・ゲド・アンホーリー。


まぁ、ゲドと呼んで欲しい。


私は、魔族でいわゆる仮想を創る仕事をしている。


映画館の幻術システムや、ゲームセンターの体感機等この怠惰の箱舟で現実で無いが現実に体験できるような。


仮想現実を創り出し、それを様々な娯楽に落とし込む。

と言っても、正確には我らイシュラ一族総出で作り上げるのだがな。


我らは、強さを尊ぶ魔族でありながら。

強さを持たぬもの達、だから逃げ続ける為に仮想技術を磨き上げた。


この、怠惰の箱舟に納期は無い。


あくまでも、希望や要望が大神殿の柱の様に積み上げられそれを満たすものを創る。


妥協は許されない、エラーもすぐに手直しが出来るように何重にも安全装置を組み込む。


普通の客は修正を嫌がるもんさ、動けばそれでいいなんていう奴ばかりだ。

安く上げたいから、必要な機能も削っちまう。

場当たり的な対処ばかりするから、原形をとどめない。


原型と違いすぎて、説明書が役に立たないなんてしょっちゅうさ。


この、怠惰の箱舟は報酬もそうだが客も相当柔軟で素晴らしい。


言えば、どいつがどういう修正してどう動いているか即時判る。

それをすれば、ポイントを取られるが判らないままにするより余程いい。


普通はネットワーク全域を追いながら、一つ一つ動作を確認してチェックするんだぜ。


気が遠くなる果てに、何もねぇなんてしょっちゅうさ。


ソフトとハードの両面からチェックして、ハードが原因だったら俺達にはお手上げだ。


まぁ、ここはどんな古かろうがどんな新しかろうが頼めばハードは直ぐ手に入る。


まったくありがたいったらないぜ、ソフトを直してもハードが手に入らず限界なんて事はよくあるし。


調査する人員の人件費だってタダじゃねぇ、それなのに治せねぇならタダでやれって客の多い事多い事。


ここではそんなこと絶対ねぇ、無慈悲な程な。


人件費に当たる、一族の維持費は一族単位で出てるし使い道も精査されてるから不備があれば即時軍犬隊が飛んでくる。


それでいて、完成ボーナスはきっちり出る。それを使用して出た利益の五パーセントを創った奴ら全員で割ったポイントが確実に振り込まれる。


修正パッチは別計算になってるのも、俺達にはありがたいね。


どっかの社内政治のせいで、合併した会社のシステム全部リレーでつなごうとしたプロジェクトみたいに明日が見えないで鬱になって仲間が倒れまくった案件もあった。


どっかの会社みたいに、夢ばかり掲げて技術力がついてこない屑どものプロジェクトもあったし、修正のし過ぎで誰にも手におえなくなったものもあった。


ここでは、ダスト様が全てを仕切ってるから社内政治もクソもねぇ。

ここでは、確実に動作するものしか出荷できねぇ。

ここでは、残業も休日出勤も許されねぇ。

ここでは、ダスト様のセキュリティが完璧すぎてそれを考慮するに値しねぇんだ。


ダスト様がクソだったら、このシステムは成り立たねぇんだが。


あの方はまるで機械だ、創造主の命令を何が何でもどんな手を使っても実行しようとする恐るべき生体マシン。


普通ハードにそったものを別に移植しようとしたら、作り直しに近い手間がかかるもんだがダスト様はポイントさえあれば一瞬でやってしまう。


いつみても、俺達いらなくねぇ?って思うけどな。



ダスト様曰く、我が主は働くものには寛容で願いを持つものに仕事を与える。

ならば、お前達に願いがあるなら。お前たちは、ここに必要不可欠。


俺達の願いねぇ、確かにここに来る前に望んだぜ?


「残業無くて人が育ってまともな客が居て払い渋りがなくて技術に理解がある現場が欲しいです」って。


そう言ったら、確かに全部叶ったぜ?

まさか残業しようとすると、軍隊が出てきて帰れと言われる現場だとは思わなかったがな。


来たばっかの時は要領がつかめなくて、保存して電源きるまでまってくれって言ったらそれは叶ったけどよ。


(ここじゃポイントさえあれば、なんでも叶えられる)


最近じゃ眼を疲れない様にしてくれとか、肩をこらない様にしてくれなんて願いをポイントで叶えてもらった。


俺達デスクワーカーにとっちゃ、腰が痛くなって肩がこって眼が疲れるのは常識みてぇなもんだがそれすらポイントで叶うとかどんだけよ。


叶うと判った途端、俺の同僚の大半が願ったのは今じゃ笑い話だわな。

物資や権利以外でも叶うのかよ、それが俺達の驚きだったね。


俺達一族は、それからいろんなものを修理したり修正したり制作したりしたぜ?


親の死に目に会えないなんて事もねぇし、休むとぶちぶち文句言う上司もいねぇ。

納期はねぇが、進捗はちゃんとチェックされてる。


完成ボーナスから、頑張った奴に上乗せが入って上乗せ分は頑張ってない奴から抜かれるんだ。


全員頑張ってれば均等にふられる、それもダスト様が全部把握してるから出来ることだ。


本当どうなってんだよ、どんな監視体制してたらネットワークも現実も全部把握できるんだよ。


って前に聞いたら、ネットワークを実現してる配線やサーバーが自分自身だし。そこら中にいる掃除スライムも俺達が使ってるマシンの水冷さえ分体がやってるから把握できる。って言ってたな、成程魔術式もログも全部掌握してるわけね。


査定が正確な訳だよ、まったく……。


だが上司が、そんなんだから。口が上手い奴が上にいくって事もまずねぇ、なんせ何言ってもログが残ってる上に向こうは殆どスライムの形した生体マシンみてぇなもんだからな。


普通の奴なら三年で忘れちまうような些細な事でさえ、ほじくりかえしゃ怠惰の箱舟に来た日からさかのぼって正確な時間が判るってんだから嫌になるぜ。


八百年前の何月何日何時何分何秒まで正確にログが残ってやがる、八百年より前は俺も知らねぇよ?俺がここに来たのが八百年前だからな、多分万年単位でも残ってんだろ。


それ全員分やってんだろ、あいつ。

そのくせ、ねちねち言う訳じゃねぇ。


なるほど、仕事をして願いを叶える奴には寛容なんだな。


俺達に出来る仕事なんて、要望どうりに魔術式組み上げてご要望にお応えするぐらいだぜ?


やるよ、眼が疲れなくて肩こりなくなって整体行かなくても若かりし頃みたいに元気いっぱい動けるようにしてもらったんだしな。


なのに、俺達以外のデスクワーカーに整体は未だに大人気ってんだからやっぱ業が深いねぇ。


上司の監視を止めて欲しいって言っても願いは叶うらしいのは流石にコーヒー吹いたね、おかげでお気に入りのシャツクリーニングに出さなきゃいけなくなっちまった。


クソ高いけど、それも叶うんかよ。なんでもありかよ、俺達は割となんでも叶えさせられる方でしんどいだけなんだけどな。



その俺達からみても異常で異様だぜ、ここはよ。


普通、競争ってのはよそより上に行きたくて起ったりするんだよ。

戦争が経済活動の末期なんて、そんなオチもつく位さ。


上に行こうとするやつは山ほどいるのに、全てが叶うから戦争なんておこりゃしねぇ。かといって、停滞してるわけじゃねぇぜ?


むしろ、外よりやりたい放題できるぶんだけ進んでるぐらいだ。

普通、温度測りたいからって湯につけたら付けた手ごとぶった切られる。

それが普通の現場ってもんだ、そう簡単に技術なんざ渡すのは親子でもねぇよ。


それが、ここじゃ叡智の図書館なんてあるせいで調べりゃ一発で判る。


どこの流派がどんな焼き入れ温度で、どれくらいの外気で、どれぐらいの慣らしなのかとかも全部な。


ただ、あそこはムーンウォークでしか入れねぇとかいう妙ちくりんなルールがあるからあんまり行きたくねぇが。


ネットワークって人の言いたい事しか書いてねぇから、一定以上のレベルの技術や。古典なんかの凄まじく古いモノとかそういうものは残ってねぇ可能性も高いんだよ。


叡智の図書館は、すげぇぜ?

文字通り、本になってるもんなら今夜のおかずから超絶高難易度の技術の応用まで完璧なもんが読み放題。普通本て、書いてあることも嘘かいてあったり動作しねぇなんて事も技術本にゃ多いんだがあそこのは全部完璧な動作するように書き直されてるんだから。


まさか、料理本に鉄フライパンの正しい油慣らしの方法まで載せてるとはな。


それが、時間で読み放題で調べ放題。それも格安で読む為の防音設備から疲れない椅子にドリンクやつまみまでオッケーだ。手書きで書き写す分には、時間以内ならその制限もねぇ。


まじで、あの入り口のルールだけどうにかなんねぇのかよ……。


普通、言語や独自アーキテクトなんか組まれてたらそれぞれの国の言葉で書いてあるのを解読しなきゃいけねぇんだが。


あそこの本は、全部翻訳済みで図解付きで読める。


だから、それぞれが使い慣れた言語で一度組んだものをダスト様が最適化してマシン語になおしてからそれで全部のチェックが通るようになおされるんだぜ?


おかげで、その言語しかできねぇやつも仕事に専念できるってもんだ。


俺達みたいに、複数の言語を操って魔導式組んだりする側の人間にこんなありがたい仕組みはねぇわな。


ただなぁ、やっぱ要望書の量おかしいだろ。

幾度に量が増えて、最近じゃ要望書として積みあがってる紙に潰されるのが怖くてウィンドウで読むようになったんだけど。


これ現実の紙で保存されてる方は時間停止倉庫で幾つ分位あるんだろうなぁ、考えたくもねぇわ。



紙を転送で取り出して、紙を転送で戻すって事もできるから最初ウィンドウでチェックしてるときは眼が疲れてしかたなかった。


まぁ疲れなくしてもらってからは、俺はウィンドウで読むだけになったんだが。

そんな事もポイントで叶うなら、俺の眼薬代はなんだったんだろうな……。

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