第十二幕 舟遊びとマーメイド
私は、ジュノー。
話芸が好きな、人魚のジュノー。
歌も好きなの、上手くはないけど。
私達、マーメイドは魚人と一緒にこの怠惰の箱舟に来たわ。
最初は私達の神様である、水龍様達に魚を取ったり加工して欲しいなんて言われてここに来たのだけど。
今でも、そういう仕事をしている魚人やマーメイドは居るわよ?
なんでも、一度食道楽フロアに魚や加工したものを集めてそこからゲームセンターの自販機とかに送られるらしいわ。
でも、私達はそういった取った魚や貝を食道楽フロアに送るのがお仕事。
じゃぁ、それ以外の私みたいな人魚や魚人は何をしているかって?
屋形船やフェリーなんかの周りを踊ったり、手を振ったり。後は岩に座って歌ったりすることもあるわ、魚人もポーズをつけたり槍を掲げたりするのよ。
まぁそういう舟のお客さんを楽しませるショーみたいな事をやっている、魚人や人魚も居るわね。
私は、このショーをやってる方になるわ。
舟も、大きいフェリーや鳥の形をしたものや。
後はでっかいタライに長い棒だけ持たされるっていう、一番安い舟?もあるわね。
オールですらないから、相当ちからいっぱい水の中の地面を押さないと進まないのだけど力が有り余ってる鬼とかそっちには人気があるわね。
漁師や加工やショー以外にも、お仕事自体は選べるわでも私達は好んでそういう仕事をしてるのが多いの。
ここでは、毎日が楽しいわ。
嵐にあう事もなく、仲間とはぐれる事もなく。
絶対強者みたいな生き物はそこら中にいるけど、食べられる事はないもの。
安全で、安定して、安心して暮らせる。
争いが無さ過ぎて、魚人の連中は文句を言っていたわね。
でも、戦う道楽すらここではあるのだと知ってそういう連中はみんな休日に闘技場フロアに行ってるわ。
私は、お話を聞きに行ったりカラオケに行ったりするわね。
席に座れないから、ワザワザ水路と座る為の岩場みたいのが用意されて人魚の私でも楽しめる。
カラオケで練習した歌を、ショーの仕事の時に歌ってたりするのよ。
ここじゃ、人魚が歌っても船は絶対沈まない。
だから、悲しい思いをしなくても思いっきり歌えるの。
マーメイドが空を飛びたいと願っても叶うのが、この怠惰の箱舟。
最近じゃ、サメの魚人が水面十五メートルまで垂直ジャンプして月面宙返りしながらポーズするような事をしてるのも居るわね。
ふつうそんな事をすれば波がたつから、不評なのだけど。
ここじゃ、タイミングよく結界が出現してダイナミックなだけなのよね。
私は、あんなに高くは飛べないけれど。
それでも、懸命に歌うの……。
季節が変わっても、冬だけは寒くてどうにもならないから岩場で内職をしてるわね。
というより、なんでダンジョンに季節があるのかしら。
多分、季節があった方が全ての娯楽を網羅できるとかそんな理由なんでしょうけど。
一族で私たちは怠惰の箱舟にやってきて、宿泊場所も集落まるごと大きい所を借りてるけど。
まさか、魚人やマーメイドに都合のいい温度の温泉まで用意できるなんて。
おかげで、ここに来てから誰も死んだりすることは無くなった。
温泉だけじゃなくて、食べ物も宅配があるのよ。
それを知ってからの私達一族は、秋までにポイントをみんなで出し合って貯めようって事になったわ。
ポイントさえあれば、寒さも飢えもないのだから。
平等に出すという、約束を一族でしたら怠惰の箱舟が強制的に同じ数値で一族用の口座に入れてしまうの。
だから、みんな余分が欲しくてはろわに行って働くの。
でもね、私は程々で良いわ。
あのおじさんの枕を聞いた時に、思わず話芸なのにうなづいてしまった位。
私は、話芸を聞いて。カラオケで歌の練習をして、それで十分楽しいもの。
外の世界で、陸の生き物に虐められて。
舟を沈めてしまうから、直ぐに討伐対象になってしまう。
好きな歌も自由に歌えない、そんな外が嫌だった。
ここでは歌って喜ばれる、それがたまらなく嬉しいの♪。
ここじゃ、海の幸と呼ばれるものは全部養殖。
外じゃ、絶対養殖不可能なんて言われてる生き物でもすべて…ね。
川の魚、海の魚、貝も海藻もあらゆるものがまるでなんでもないように沢山あるわ。
消費しない分が自動的に生産量調整されてるから、余るとしてもほんのちょっと。
かといって、不足する事は絶対に無い。
本当にどうなってるのかしらね、私達も屋台村で海鮮丼とか出してる事もあるから随時消費量なんて変わっていくのに。
屋台村のルールは決められた器に五百ポイントで売るという事と、屋台という決められた小さな売り場で売るという事。後は、飲食物と遊戯場に限るって事ぐらいね。
遊技場の場合は、射的なら一皿に弾が入ってる感じなの。
材料は食道楽フロアの市場に行けば、好きなだけ手配してもらえるし。
頼めば三秒で届くわよ、転送ポイントがかかるけど。
材料費だけで、後は細かいルールを守って売る分にはどうぞご自由にっていう感じなの。
食べ放題とちがって、一皿五百ポイント。それ以上でもそれ以下でもないし、計算も皿をいれたストッカーが皿の枚数を数えてくれるから最後にポイントで出してくれるのよ。
私みたいに、魚頭で計算が苦手でも出す商品さえあれば気軽にやれるのは魅力よね。
最近じゃラストワードって神様が花火を打ち上げたり、私たちの歌に合わせて曲を奏でたり妖精や精霊を躍らせたりしてくれてる。
(光を操り、虹を彩る)
私たちの神様は水龍様だけど、あんな神様もいるのね。
彼の口癖は、「神なんて俺を含めてロクなもんじゃねぇ」だけど。
私は知ってるわ、水龍様はいつも私達一族が死んだりすると申し訳なさそうにしてる事を。
もっと、力があれば。もっと、自分に何かできればと。
いつも、涙を流しながら葛藤してた事を。
水龍様を恨んだりしている、同族も沢山いたわよ?
でもね、水龍様はいっつもお首にも出さず陰でだけ泣いていたわ。
私からすれば、ロクなもんじゃない神様も沢山いるのだろうけど。
水龍様やラストワード様みたいに、ちょっとはマシなのもいるのだと思いたいわ。
ここの神様みたいに、ポイントさえ払ったら何人でも何度でも蘇生させる事さえできるのはちょっとおかしいけど。
それでも、水龍様もラストワード様も真顔で言うのよ?
(ここの神はクソでゴミで最低な奴だけど、力だけで言ったら出来ない事は無い)
流石に、私も眼が点になったけど。よく考えれば納得できた、普通の神様がそんなにぽんぽん願いを聞いてくれるわけないものね。
ラストワード様は、だからここ以外じゃ努力なんて虚しいだけかもしれないけどさ。
どんな無茶苦茶言っても叶うのなら、頑張ってみようって気にもなるさ。
私も、いつかポイントを貯めたら……。
ここの神様とカラオケに行ってみたいわね、それで一緒に二時間位歌うの。
(私は、もう幸せだから)
一緒に歌ったら、きっと楽しいわ。
その時は話芸のオジサンも、一緒に参加してもらえないかしら。
はろわの悪魔さんとかも、みんなみんな一緒に歌えたらきっと楽しいわ。
黒貌さんも、エタナちゃんも……。
一族が飢えて、貝殻を噛みしめて空腹を紛らわせていた時も。
救いなんてないと、私は思っていた。
歌を歌えば、体力を消費して腹を空かせるだけだと。
冷たい目で見られた事も一度や二度じゃない、だから今がとても幸せ。
ラストワード様は、蒼い雷光や虹を創り出しては。
虹を滑り台に、蒼い雷光は様々な花で花畑の様に景色を彩る事をしている。
虹の滑り台を、船が滑るように走れば。
雷光なのに、私達にダメージが入らない。
幻術で無い現実、それでありながら幻想的な光景がいつも広がるわ。
水龍様より、水属性に長けているのに。
雷の力も、それ以上に自在に扱える。
いつも、影のある表情で。
あんな、素敵な神もいるのね。
そんなことを言ったら、苦笑して。
俺はさ、生きてる奴が幸せでいる。
どんな力にも頼らず、己の足で踏みしめて。
そんな姿が、何より幻想的でありえねぇっていつも思ってる。
でもさ、ここにはそれがあるだろ?。
俺に出来る事なんて、ちっぽけだけど。
その一助になれるなら、それも悪くねぇ。
そんな事を、いつも。
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