第十一幕 無敗に土を付けたもの
俺の名はフォゴストフ、フォゴストフ・エルリード・ラストワード。
まぁ、ラストワードとでも呼んでくれ。
俺は多分だが、この怠惰の箱舟最下層の光無に唯一勝ったことのある男神だ。
俺が挑んだ時は、あいつは今ほど強くはなかった。
今やっても、恐らくは俺が勝つだろうが未来は判らん。
俺は神だ、だが神らしく振舞った事はない。
神等クソだと俺自身が思っているからだ、力を持つだけの害悪それが俺達神だ。
力があるから、法則を捻じ曲げ。我儘を通し、他者をひき潰す。
なまじ力があるから取り押さえる事もできない、数があろうが権力があろうが知力があろうがねじ伏せられて終わりだ。
神を倒せるのはいつだって神だけだ、それ以外のものが勝てたというのは結局力を与えた神がどこかにいる。
こんな、理不尽が嫌だった。
あらゆる神すらねじ伏せて、その在り方を貫く。
位階神、それがこの怠惰の箱舟に居るという。
あらゆる神をねじ伏せられる、その神を見て見たかった。
神同士なら姿を見れば、その存在値はおのずと判る。
存在値が近い大きさなら、工夫や力を蓄える事でどうにか出来る事もある。
何故なら、神はその権能で力の方向性は大体決まっているからだ。
俺は知りたかった、どれ程の力があれば敵対する全ての神を相手取り叩き伏せるだけの存在値になるのかを。
俺は知りたかった、叶うならば神以外の存在として俺が存在できるのかを。
そして、最初に見たのは絶望だった。
米一粒より小さい存在値、その存在値をもった額に眼のある桃色髪の幼女。
(エターナルニート・エノ)
そして、次に見たのは驚愕だった。
その幼女が、段ボール箱の中から体を起こし。寝ぼけた目でこっちを見た、そして飛び出し空中で一回転して着地。
「よく来た、挑戦者」
幼女は小さく、そう言うとボクシングでいうピーカーブーの様に構えたではないか。
「変神」
その一言をつぶやいた瞬間、まるで暴力的なまでに存在値が上昇し膨らんでいくのが判る。
その見た目が幼女から少女へ、そして女へと変わっていく。
腰まで伸びた長い桃色の髪、両肩に魔眼がそれぞれ五づつ。背中から羽のように生えているのは混沌、まるで欲望を粘土でぐちゃぐちゃに固めた様な。
それが翼のように、六枚づつ。
そして、俺は確信した。
これが、位階神…。
これが神だと、これが神なわけあるか!?。
女の顔中に血管が浮き上がり、紅い眼が顔に三つ。
俺の存在値は精々、太陽系を内包できる程度だ。
それが目の前の、これはどうだ。
天の川銀河全域よりさらにバカでかい、これだけ自身の存在値を自在に変えられるなら今より存在値を大きくできておかしくない。
存在値ってのは、神の力そのもの。
こんなのが、こんなのが居てたまるかよ。
「どうした?、私を働かそうとする挑戦者よ」
眼の前の化物は、まるで声だけは美しい女神の様だった。
「俺の望みは、位階神あなたを見て見たかった事だ。そして、それは叶った」
それだけ言うと、俺は座り込む。
「俺は知りたかった、この眼で見たかった。だから、ここまで来たんだ」
すると、目の前の美女はするすると小さくなって存在値もそれに合わせ小さくなっていく。
そして、小さくなると溜息を一つ。
「あの光無を倒せる程の神なのに、私を働かせに来たわけじゃないのか」
幼女は、また眠たそうな眼でこちらを見た。
「俺の願いは、知る事。あり方を貫くのに必要な力がどれ程かをそれをこの目で見る事だ」
幼女は背を向け、段ボールにもどっていき掛布団をかぶって体だけ起こした状態になる。
「お前は変わってる、変な神だな。ここは、ポイントで全てを叶える。もし願いがあるなら働け、私は働きたくない」
それと、あの光無は私のペットだ。
あぁ、そうだろうともそんなバカみたいな存在値だったらどんな門番もいらねぇだろう……。
俺は、その足ではろわに行き腕輪を貰って。
神じゃない存在として生きる事はできるのか、問うてみた。
値段は表示された、確かに値段は天文学的だが。
本当に叶えてくれるのか、神を神でなくするなど。
つまりそれは、その気になれば神の存在すら否定できるという事か。
自らが働きたくないから、働かない為に。
他者を働かせるために、これだけの報酬を用意するというのか。
怪物め、いいだろう。俺はここで、働く事にするさ。
踊らされてやる、そして叶える事ができなければ改めて殴り込めばいい。
まぁ、叶うだろうがな。
俺は、あの力を見てしまった。
魅せられたといっていい、あれが位階神か。
憧れるよ、一周回って納得しちまった。
あれが神だ、本物の神だ。
俺達みたいな、種族的な神じゃねぇ。
似非のクソみたいな、そんなちっちゃいもんじゃない。
俺の本当の希望、そりゃ俺よりすげぇ神の側で働いて見てぇって事さ。
俺はそれなりの権能はもってるし、それなりの神だとは思ってる。
でもな…、それなりだと困るのが上司探しってなもんでな。
自分以下には従いたくねぇが、自分を教え導ける程の凄い奴に学びたい。
それなりに出来るから、自分以下しかいねぇ。
自分を教え導ける程の凄い奴を見つけても、その為に働くチャンスがあるかっていうとそうでもない。
だから、本当のところ俺は放浪してきたのさ。
こんな神なんか辞められたら、上司探しも少しは楽になるのかと思ってな。
俺は見つけた、てめぇが働かない為にどんな労働者でも首を縦にふっちまう報酬を用意する神ってのを。
俺は、ここでなら望んだものを全て手に入れる事が出来るかもしれねぇ。
そして、俺ははろわの職員に言ったんだよ。
働かせてくれ、報酬さえがっつりくれたらどんな仕事でもいい。
俺は神だ、それなりの神だ。
だから、人気のない仕事でも構わねぇ。環境が悪くてもかまわねぇ、ただ報酬だけがたくさん欲しい。
俺の叶えたい願いは、高すぎるからな。
ちびちび働いてたんじゃ、間に合わねぇ。
くそっ、なんかあのオタク勇者みたいで嫌でしょうがねぇが。
人間の癖に働き詰めで、ござの上で寝る様な。
問えば即答、調べておくなどの保留返答一切なし。
極めて正確な解答、それでいて誤答は一切なし。
あらゆる報酬を約束する、無慈悲な労働機関。
なるほど、これが怠惰の箱舟か。
怠惰なのは、主神だけってどんだけクソなんだよ。
やっぱり、神はクソだわ。
でもなぁ、俺は憧れるよ。
あり方を貫いて、どんな奴からも感謝されて。
どんな出鱈目な願いを持ったとしても、叶えてくれる。
だから働けってか、自分の代わりに?。
自分がどんだけ働きたくないかアピールしてんのか、ひでぇやつだな。
(でも…、俺はやっぱ憧れるよ)
どんな差別も区別も、ルール違反も許さないこの独善的なシステムを守らせるだけの力があるんだぜ?
どんな願いでも奇跡でも、聞き届けるだけの力があるって事に他ならないんだぜ?
どんだけ、やばい神なんだって話だよ。
もし、こいつが働く意思があったとしたら。
世の中どうなっちまうんだろうなって、マジで思うぜ。
(まぁ、絶対にねぇだろうけど)
最下層で見たあいつは、文字通り飽きて絶望して全否定してふてくされてる奴の顔だ。
子供か、まぁ本質は子供なんだろうけど。
あれだけの力をもってして、「自らが働きたくない」に全振りされてやがる。
世の中の神という神に、見せてやりてぇわ。
余計な事しか言わねぇ、余計な事しかしねぇお偉方によ。
現場の事何にも判ってねぇ、口だけ達者な老害どもによ。
全てができて、全てがわかっていて、全知全能なのに「働きたくないでござる」ってか。口だけじゃないくせに、誰がどうなっても「しらねぇわ、ボク働きたくないもん」ってか。
あいつは害じゃねぇ、クズだ。本物の神の屑だわ、まごうことなき一片の嘘もねぇ。
すがすがしいまでの、クズだわ。正直、羨ましいね。妬ましいわ、殺意が沸くほどに。
そんな、クズ道を貫き通す為だけに「位階神」になる程力を付けましたってか。
ありえねぇよ、存在自体がありえちゃいけねぇだろうよ。
普通そんなに怠惰だったら、力なんてつかねぇだろうがよ。
しっかし、本当ここで働いてる奴みんな誠実で真面目で平等で。
信じられねぇ、普通神ってのは平等なんてのに程遠いもんなのに。
人を不幸にしてエネルギーを得る、悪魔や邪神共が誠実で真面目にとかどんだけなんだよ。
戦争や調略こそあいつらの本分だろうが、それがルール守って働いてやがる。
聞いたらなんとも言えない顔で「ここじゃルール違反は死ぬより恐ろしい事になるんだ、その分誠実に働けば闇エネルギーすら得放題。戦争起こすより、働く方が効率がいいんですよ」
ふざけんじゃねぇよ…、マジでどうなってんだ。
神がそんなに、エネルギー配ってたら普通速攻存在値なんかしぼんでゼロになるだろうが。あいつの力なら、文字通りほいほい作り出してそうだがな。
実際、食道楽フロアのおまけのドリンクコーナーに魔力飲み放題が設置されてて俺の精神は崩壊しかかったけどな。
あの、食道楽フロアも屋台村、飲食店町、高級店市って名前だけでならんでやがるし。
存在値や魔素は飲み物とおんなじ扱いかよ。
俺も、最近じゃ遠慮なく頂いてるよ。ったく、飲み放題に置いてあるくせに純度が高けぇったらねぇぜ。
しかも、これより純度が高いとか良いものは飲み放題食べ放題にはなくても単品としてなら高級店市にいきゃ幾らでもあるんだから。
闇エネルギー飲み放題の横に、神力や光エネルギーまでドリンクコーナーに全部あるとかふざけんなよ。
しかも、並ぶ時間が一定以上になってくると。ドリンクコーナーが増設されて列が転送で強制的に分けられ。待たずに汲めるを徹底してやがる、そんなにすぐ増やして存在値大丈夫なんか……。
まぁ、大丈夫なんだろうな。
こんなのが、働く気まんまんだったら本当世の中もうちょっとマシになってると思うんだが。
(嫌な世の中だな、ちくしょうが)
なまじ純度が高けぇから、本当に真面目に働く方が効率がいいでやんの。
あぁ、今日も低級神と邪神が笑顔で談笑しながらエネルギーをジョッキで飲むとかいう非常識極まる光景を見ながら俺自身もドリンクコーナーで三杯目を汲みにいくとかいう非現実的な日常が当たり前と感じてるわ。
本当、どうなってんのここ。
いや、飲み放題以外にも食道楽フロアには神酒(ネクター)とか扱ってる所もあるんだけどさ。
まさか、龍酒って言われる千年単位で作る酒とか噴水で沸いててご自由にどうぞとか。
まぁ時間制だから、ドワーフどもが羽目を外して叩き出されるまでがワンセットみたいだが。
神にとっては、高級品であるはずの黄金の林檎って呼ばれるエネルギーの旨味が詰まった果物すらピラミッドみたいに積まれて店員が兎さんカットとかでお盆にのせて配ってやがる。
俺は切らずに一個でくれってもらって、手で磨いてかじってみたら。
本物どころか、一級品の林檎だったわけよ。
ふざけんなよ、これが外で幾らすると思ってんだ。
無造作に、三個もらって。芯だけ、ゴミ箱に捨てたわ。
ここのゴミ箱は、中にダストの分体が入っててどんなゲロもゴミも清潔に保つべく分解されてエネルギーに変えられてダストの存在維持に使われるらしい。
清潔を保ち、掃除もこのスライムがやってるって?
スライムならではだな、普通ではないが。
クソ、目移りするぐらい並べやがって。
次の休みはどこいくかなぁ、休みが強制だから映画でも見に行くかな。
映画の音以外聞こえなくなる特製遮音結界を椅子に施されて、全方向のサラウンドまでついてる上で白黒の映画から自主制作ものまで好きに選べるあの映画館は最近俺のお気に入りだ。
アホ勇者はいつも、なんか棒みたいなライト握りしめてアニメ映画んとこ入ってくが。
匂いや幻術を利用したその世界に溶け込める、それは映画じゃねぇだろってものまで映画館フロアにはあるんだが。
俺はあれだ、時代劇っていうの?
ちょんまげのあれ、あれが好きなんだ。
上映中に扉があかない様に、席に直接転送さたり。
グッズはグッズでデカいフロアがあって、映画を見たタイトルの店まで腕輪に言えば直接転送されたり。
無論、グッズフロア寄らないならそのまま出口に行けたり。
映画館フロアで上映されているものは受付いけば判るようにはなってるんだが、やってませんねぇとか古いフィルムで現存してませんねぇとか言われた事ねぇ。
ただ、客が俺一柱とかはあったぜ?
人気がありすぎるやつだと、待たせねぇようにってんで映画館そのものが増殖して。客が居なくなるとまた一つだけに戻るんだよなぁ。
とにかく、受付でききゃいつから上映かと上映始まったら映画館に強制転送しますか?ってのを聞いてくれるからどこで時間潰してても良い訳よ。
強制転送使うなら、映画終わった後に受付で清算が待ってるが。
無論、強制転送を使わないなら自分の足で映画館の入り口までいってそこから見る映画のとこに転送されるだけなんだが。
休日にどこにも行かないって事もできる、どこに行ってもいい。
本当、退屈しねぇわ。
我慢できる奴しかポイントが貯まらないってか、本当酷い神だな。
願いは叶えるが、それは願いに応じた我慢が出来たならってか。
本当、無い娯楽がなくて待たされなくて望んだだけ楽しめますってか。
これだけのもの用意して、指くわえて見てろってか。
やっぱ神はクソだわ、方向が違うだけでな。
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