第十幕 リッチな農家
ワシはエンドゥ・オリフォス・ソーン
まぁ、長いのでソーンと呼んでくれ。
ここ怠惰の箱舟には叡智を求めてやってきた、知識を得るために自らをアンデット化したのだがこの体を維持していく魔力も膨大でもっと知識が欲しいと願った。
死ぬまでにもっと知りたい、学びたい。
極めたい、そう言った願いをもってここに来た。
ここの叡智の図書館は凄すぎる、知りたい事を口頭で言えばもしくは検索すれば。
本と言う形で存在するものは、禁書すら無制限で置いてある。
読み放題で時間幾ら、こんな場所があるならワシはもっと……。
それはそうと、ワシはその為に農業フロアで農作物を育てる仕事をしておる。
ワシの様なアンデットは普通黒いローブをして居たり杖を持っていたりするのだが、ここでは麦わら帽子と首から下げた一本のキュウリが農業従事者の証。
アンデットに水分補給は必要ないのだが、まぁそれがルールだというなら仕方あるまい。
ここは、ルール破りや不誠実には一度アンデットになったワシでも恐ろしくてあんな目にはあいとうないという目にあわされるからの。
その分、誠実で努力をするものにはとことん優しいとこじゃ。
下げておくだけでも、ワシが農業従事者であると判るのなら意味もあろうと言うものじゃ。
まぁワシにとって何より恐ろしいのは、あの叡智の図書館に入れなくなることじゃがのぅ。
あそこの蔵書量は、ワシの知るどこよりも多い。というより限界や上限が見えないという方が正しいか。
全ての世界の戦術書も、全ての国の言語引き辞書も。
同人誌から漫画本まで、本と名のつくものであそこで出てこない本がない程じゃ。
まさか、古の魔導書を解読する為の手引書まであるとは思わなんだ。
ワシらアンデットとエルフは、あの図書館の常連じゃ。
もはや、実家より居る時間よりも長いレベルとも言える。
それ以外のものも、沢山いるがの。
リラックスして読む為の椅子や飲み物の持ち込み、召喚。
美しい程に整頓された本棚、他の読書を妨げない防音結界と壁等まさに本を読む喜びを知るもの達に必要なものが全て使いたい放題。
受付に聞いたら、時間幾らであるがゆえにその中に全てのサービスのポイントは含まれているそうじゃ。
ワシらの様な知識をえたいが為にアンデットになった連中は、下手をすると何日もでてこない事すらある。
ただ、あの図書館はムーンウォークでしか入れないという変なルールの結界がある。
こう、扉に背を向けて前に進むような動作をしながら後ろに進んでいくあれじゃ。
ワシなど、通いすぎて麦わら帽子を右手で押さえながらダンスの様に結界の中で一回転するような動作まで身についてしまったわい。
この農業フロアで作った作物は、一端食道楽フロアの市場に運ばれそこで消費される。
食道楽フロアから加工ラインフロア等に分けられる事もあるが、一端は全て食道楽フロアの市場に集められるといった方が正しいか。
果物から野菜まで、このフロアは膨大な土地全てが畑や田んぼ。
温室等も完全完備、牧場もある。
ワシがここに来て何が一番驚いたかって、畑ごとに最適な温度や天候を自在に変え魔力やエーテルに満ちておるから成長もクソ早いことじゃ。
天候を変える魔術は確かにあるぞ、非効率な程膨大な魔力と膨大な場所を限定的に指定するぐらいしかできないが。
ここは、畑の中ですら土の酵素等の配分も立札に表示されもっとも美味しくなる状態に常に保とうと雨量まで調整され日射時間も作物ごとに調整され虫等も益虫以外は勝手に死滅するような結界が施されておる事じゃ。
ワシの様な一介の魔導士からみたら、酷い力技も良い所じゃ。
全ての農業従事者と魔術を嗜むものに真っ向から喧嘩をうっているに等しい所業じゃ、しかし収穫を手作業にしないと味がおちるようなものもある。
だから、ワシらの様な農業従事者が丁寧に出荷する。
このフロアの仕組みを作ったものは、飢えるという事は知らんじゃろうな。
自然と闘い、土を触り、泥にまみれ。
水を求め、人手を求め、大地にワシらが膝を屈した事など数知れずじゃ。
ワシがなぜ知識をえたいと切望するに至ったか、本当の農業がどれだけ人知を尽くして天命を待つようなものかもわからんじゃろう。
もうこれは魔術と呼べるものでもないかもしれぬ、自然や命すら捻じ曲げるか。
自然状態や土の状態すら思いのままに、もっとも美味しくなり食道楽フロアの消費とリアルタイムで連動しているから無駄もほぼ無い等。
ここだけじゃない、英知の図書館もゲームや賭博すら娯楽と呼べるもので無いものがない。
無ければ世界とも呼べるフロアをそれ専用に追加していくそうじゃ、まさに力技。
ここの深淵にいるという位階神はどれ程の、力を持っているか見当もつかんわい。
仮に無駄が出たとしても、瞬時に肥料に変えてしまえるんじゃ。
その肥料も、土をダメにするのではなく。
一握りまけば、畑がよみがえるようなものじゃ。
あれを見た時、この世の理不尽を感じずには居られなかった。
ワシが魔導士になる前、生前村でどれだけ苦労し権力者どもにもっていかれたか。
あの肥料だけでも、あればワシの家族たちも死ぬようなことはなかったかもしれん。
まぁ、はろわの職員いわく欲しければ腕輪に願えばポイントで買えますよ。
(ポイントで叶えられない願いが無い)
それがここの本質ですから。まさかと思い、ワシの家族を蘇らせてくれと腕輪に願えば必要なポイントがきちんと表示されたではないか。
ワシは、考える事をやめ一心不乱に畑を耕した。
幸いワシはアンデット、魔力があればどれだけでも動ける。
ルールによる休憩時間で、魔力を液体化したドリンクを浴びるように飲み。
睡眠時間は木にもたれる様にした、懐に入れた家族の名前の書いた木の切れ端を握りしめ。
ここは労働規約には厳しい、だからワシの様なアンデットと生者が平等になるように労働時間は明確に八時間と決められておる。
そしてインターバルを過ぎないと働く事はできない、インターバルの間寝る事のない種族はインターバルの間に遊ぶものすら居る位じゃ。
ここは、昼と三時にも休憩があるがこれは労働の中に入っていて強制的に休みを取らされるからの。
これは、医療フロアの様な所の夜勤でも休憩は二回あり強制的に休みをとらされておる。
世界広しと言えど、余程特殊な理由が無い限り軍隊や暗殺部隊が出てきてまで休憩を取らされるような場所はここしかないじゃろうて。
ワシの様に、魔力で生きられるものは味付きの魔力を飲んでからは若干手持ちぶたさになる事もある。
まぁ、ワシは叡智の図書館で借りた本を読んだりしているがの。
叡智の図書館は、本を借りる事もできる。そして一週間のレンタル期間を過ぎると強制的に消えてしまう、手に入れたいならポイントを払って入手する事もできる。
ワシがここに来る前に結局できたのは、アンデットで蘇生する事で。
ここの様に、生者として家族が死んだときの記憶と年齢のまま蘇るようなものではなかった。
ワシは、働いた。
無心に働いたとも、生きている時より余程必死に働いたとも。
変なおっさんが、変な事を言っていたが。
ワシも、実際に経験したから判る。ここは「声を上げて願わねば何にもならない場所」だと。
その、おっさんは噺家らしいがワシはその話を聞きに行って酷く感激したのを覚えておる。そうか、こんな娯楽もこの世にあったのか。
いつか、孫をつれて食道楽フロアの屋台でなんか買ってやりながら歩きたいものじゃの。
奇跡に値段が付く場所か、我が妻もワシがアンデットになってしまった事を非難するだろうか。それとも、受け入れてくれるだろうか。
まぁ、全ては家族全員がよみがえり水入らずになった時に相談すればよいか。
ワシは…、ワシは……。もっと早く、ここが知りたかった。
知っていれば、もっと違った人生もあったのかと度々思う。
勇者や邪神ですら、受け入れアンデットすら毛嫌いされず。
エルフとドワーフが手をつなぐに等しい程仲良く暮らす場所など、ある訳が無い。
人が欲望にまみれ、幾度人をすりつぶすように送り込んだとしても。
ポイント以外の解決法をけっして許さぬか、凄まじい。
腕輪に問うてみたことがある、家族がよみがえるまで休憩なしで働く。
その権利を買う事はできるかと、腕輪は買う事は出来るが払うポイントを考えるとためらうものがあった。
良く出来ている、本当に悔しい程に良く出来ている。
そして思った、どんな権利でも買えるが権利の行使に時間が設定されているのも。
そして、またワシはアンデットなので汗をかいたりはしない。
骨を一本一本磨き、清潔に保つ。息をしていないのに、溜息を吐くようなうつむいた状態で。
木にもたれ休憩を取る、それをひたすら毎日繰り返すのだ。
腕輪に振り込まれるポイントを見る度に、後どれ位働けば。
あの幸せな時間を取り戻せるのかが判る、だからワシは折れる訳にはいかんのだ。
人だったら折れて居たかもしれぬ、人には時間が無さすぎる。
若かりし可能性は露の様に消え、楽しい時間は光の様に眩く消えるのだ。
ワシはアンデット、魔力と心が擦り切れるその時まで動き続ける亡者よ。
成そう、後悔するのならば成してから。
老いも若きもなき、ただのアンデット。
可能性なぞ糞くらえじゃ、無くても知識と叡智を蓄えて成してみせるとも。
楽しい時間なぞとは無縁で結構、ワシはもうその覚悟でアンデットになったのじゃから。
でもまさかのぅ、家族を生き返らせて幸せな時間を取り戻す奇跡をかった時。
自分も家族が死んだあの日まで若返り、人として生きる事が叶う等思わなんだ。
奇跡は買えた、ならばワシが次にやる事は決まっておる。
奇跡が買えるなら、幸せも買ってみせるわ。
売れないものが無い場所、商人ならクソの台詞じゃ。
神がゆうても信じられんがのぅ、それでも怠惰の箱舟なら信じられる。
実際に買えてしまったのじゃから、ワシの負けじゃ。
こんなに、幸せになれるのなら敗北も悪くは無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます