第九幕 話家夕霧(はなしかゆうぎり)

私は、夕霧話家(はなしか)だ。

私は、怠惰の箱舟のフロアの一角で講座にあがる。


主に落語や講談なんかを人に聞いて頂く、そんな仕事をしている。


私がまだ、弟子になりたてだった頃。


客席にはわずかに三人の客がいて、その演芸場ではむしろお客で三人は多い方だった。


ひなびた、そんな場所だった……。


落語には創作と古典があるのだが、古典は師匠から弟子に何代にもわたってアレンジされながら伝わっている話。


創作は、新しく作った話という認識を持ってもらえればふんわりとは理解してもらえると思う。


ここ、怠惰の箱舟は娯楽に溢れた場所でこの一角の正式な名前は「福馬伝(ふくまでん)」


ここには、様々な私以外の演芸を披露するものがあがってくる。

私の居た所と違うのは、魔法や魔術があってお客が人間以外も来るという事位だ。


それでも、一度舞台にあがれば。

お客を一人でも多く、笑顔にする事こそが私の仕事。


ここは、いつも満員御礼で。

ありがたい、場所だ。


演芸の最中に携帯が鳴ったりもしない、マナーがいい客ばかりなんだ。


私は、感動したね。

そんな、寄席があるなんて。


話家ってのは、一人で喋ってたってクソなんだよ。


こう、お客さんにその場面をイメージしてもらって。


話家はイメージを明確にしてもらうために色々と身振り手振り表情を作るわけ、だから余計に妙なイメージ持ち込まれると現実に戻ってきちまう。


あっという間に、夢の時間が終わったな。

覚えてなくても、楽しかった。

こう言ってもらえたら、最高さ。


私が最初にここに来た時は、無き師匠にもう一度会いたい。


そういう願いを持ってきたんだ、でもさ今はここで噺家(はなしか)続けるのも良いんじゃないかって思えてきちまってさ。


話家ってさ、聞いてもらえなきゃ独り言ぼやいてるだけのおっさんおばちゃんが居るだけの酷く惨めなもんなんだよ。


師匠について、修行して。シキタリなんかいっぱいあるんだ、でもさこんなんでも人を笑顔にできるってなったらさ。


この話家って二種類しかいねぇって言われてるんだけど、仕事に命かけてるやつと他に出来る事なかったからなったやつと。


師匠に会う事は叶った、でも師匠と飲み明かしたいってなったら別にポイントが居る。


俺は今それを貯めてる、だからはろわに言ったんだ。


「話家できる、講座はありませんか?」


そしたら、ここを紹介された訳だ。


満員御礼でマナーが良い客だらけの、この素晴らしい場所を。


「嬉しいね、いやまいったね」


場所借りるポイントとかいらないの、いつの時間に出て下さいって言われるだけなの。でて終わったらもう、ギャラが払われてるんだよ。


おひねりももしあったら、講座のギャラとは別枠でちゃんと入ってるの。


はろわに講座紹介された時にさ、最初に幾らもらえるってその場で言われたよ。

これはオファーという形で、条件が最初に提示されて嫌なら断っても良いですよという事だった。


んで、ポイントみて思ったのは。


こんなにもらえるの?だった訳、一ポイント一円位の感覚で使えるとしても私が講座にあがってた時の出演料の三倍位もらえてる。


私は、熱が入った。


なんでも、最低保証と人気ボーナスの合計額が払われるギャラらしいのだけど。

最低保証が、私の前上がってた所の倍あったのには驚いた。


収入が良いのに、お客のマナーも良いとか。

弁当が無くても驚かない、そんな風に思って控室はいったらもっと驚いたね。


個室で冷暖房完備、座布団はふかふか。


鏡は巨大なものが磨かれて置いてあり、下は京畳が入ってた。

ゴミ箱だけは何故か前時代的な丸いやつだったけど、それすら些細な事だと思った。


後半も上がる場合弁当が出るけど、弁当だってウナギとお吸い物が出て来た。

初めての時はめまいがしたが、後できいてみたらここではこれが出演者に対するサービスなんだって聞いて焦った。


それからは、あれだよ。


もう上がらなくていいって言われるのが怖くなって、余計に稽古に身が入った。

私が前居た所は自腹で五百円のランチを食べて、同じ値段かお安く満腹に食べれるところを開拓する事が普通だった。


ウナギがもしお嫌いでしたら、次から変更できますのでお気軽に受付にお申し出下さい。案内された時に、そう言われたけど。


分厚くて、炭で焼いてあって全然旨い。

お嫌いな奴はアレルギーとかそういうのだけじゃないの?


本気で思ったね、しかも弁当が毎回そのレベルで出てくるから私なんか昼ここで食べたいから前後半でますって言っちゃった位だしね。


私が初めて来たときは、願いを叶えたいってだけだったから。

農業フロアで農作業してたり、ラインフロアで部品作ってたりしたもんだ。


もっと早くに知りたかったって、言ったんだよ。


そしたら、農業フロアで親切にしてくれたアンデットがからからと音を立てながら笑って言うんだよ。


はろわに相談すりゃよかったじゃねぇか、あそこは言った条件は全部考慮してくれるが言わなかったら能力値に見合ったとこしか紹介しねぇよってな。


その話を枕って呼ばれる話の入りにしたこともあったら、大うけだったのは覚えてる。みんな、経験あるんだなぁってしみじみ思った。


一番前の席に座って私の真正面に居た若いマーメイドも、首をぶんぶんと縦に振って表情が判る判るって顔してた。


所持ポイントや、収支の内訳をみたりフロア間の移動なんかをここは腕輪が支給されてその腕輪に必要な機能が全部入ってる。当然、願いの値段を表示してそれを叶える事も。


お客さんから抽選で、飲み会を開催したいって腕輪に願ってみたら驚いたね。


飲み放題食べ放題宴会場貸し切りでの値段がポイントで表示されたんだけど、安酒とかバイキングじゃないの。


最初宴会場とテーブルだけあって、テーブルに向って酒や飲み物。食べ物を言うと、次から次へ出てくるんだよ。



出てこない時は机をよく見ると赤い文字で調理中のランプがこうチカチカしてる、私が子供の頃にあったハンバーガー自販機かと突っ込みたくなった。


でも、でてくるものは全部出来立てですごく旨い。

薬くさくもないし、こう形が潰れてる訳でもない。


後で聞いたら、食道楽フロアって所から転送されてくるらしい。


たまってたポイントは消費してしまったが、お客さんとの交流もまた話家としては楽しいもんだ。


師匠すんません、でも頑張ってまたポイント貯めますから。


でも後で聞いたら、一番安いお楽しみ宴会セットだと飲んで食べるだけだけど。

温泉付きとかカラオケ付きとかも、あるってんだから本当聞かなきゃ出てこないんだなって思った。



お客さんの笑顔と、私の願いの為に。

明日も頑張って講座にあがろう、今ここで噺家って仕事をする話家の私。


これしか出来ない、そんな私。


娯楽に溢れてる、こんな場所でも。

私の話を聞きに客席が埋まる、もっと稽古を積もう。

決意を新たに、私はふと天井を見た。


桃色髪の幼女がこうもりの様に足を天井につけて、ものほしそうな顔でじっと私の手元にある焼き鳥を見ていた。


まぁ、ここは人間以外の客も来るんだ。


きっとこの幼女も、私のお客さんで抽選で宴会に来てくれたに違いない。


私はゆっくりと立ち上がり、彼女を地面におろすと座らせて焼き鳥を差し出した。


ゆっくりと、幼女が焼き鳥を一口串からはずしてかみしめて飲み込む。


すると、幼女は無言でにっこりと笑った。


私は子供を相手にすることは少ないので、机に向かってオレンジジュースを注文して幼女に差し出した。


私のお客であれば、御酌は歓迎の挨拶だ。小さなコップに、オレンジジュースをそそいで。私もにっこり笑って、座り直した。


子供は宝だ、特に未来のある子供はな。


私の居た国では教育者が60%は鬱になるような、酷いとこだった。


ごくごく一部の真っ当な所に、勤める事が出来なかったもの達は。

自殺したり鬱になったり、人間として潰れていくような国だった。


その教育者たちですらぬるいと感じる程度には、真っ当な所以外はもっと黒だった訳だが。


ここは違う、意思を持ち確かに言えばそれは努力で叶う。


数字で見えるのだ、望みが叶うまでのゴールが。

私は人の笑顔が好きだ、もちろん子供の笑顔も好きだ。


だから、私は話家を続ける事が出来ている。


亡くなった師匠と会いたいなんて、思わなければここにいる事はなかった。


私は、今幸せだ。


しかし、この幼女…。


この体の何処にそんなに入ってるんだろう、もう皿六枚目だぞ。


慌てて滑り込んで来た、あの執事服の男が回収してくまでずっと私の横で食べていたな。


まぁいい、子供は宝なんだ。

幸せであってくれればそれでいい、私にとっては誰かの笑顔は原動力だ。


私の様に擦り切れるまで生きた様な老人には、虚無感の無い時間と言うのは何物にも代えがたい。

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