第七幕 バトルフィールド

ここは、怠惰の箱舟闘技場フロア。


あらゆる地形を再現し、宇宙が壊れる様な攻撃を連発しても平気なバトルジャンキー達が集うフロアである。


ここの常連、銀騎士クライストは目の前の同じような常連。


龍王、コンバス・ウィラ・リフレイと対峙していた。


銀騎士はロングソードを正眼に構え、リフレイは左拳を僅かに引き気味にした右正拳突きの構えからのすり足で徐々に距離を詰めていた。


不動の銀騎士に対し、リフレイは隙を伺う様に拳を揺らす。

そして、幾度となくこの二人の戦いを見て来た観客も。


徐々に前のめりになって、眼を見開く。


この二人の戦いは、いつもこうだからだ。


静かに立ち上がり、そして仕掛けるのはいつもリフレイから…。


いつも、屋台でトウモロコシを焼いている彼は戦いが好きだ。

強い奴と目いっぱい戦いたい、それが願いだ。


だから怠惰の箱舟で、願うのだ。


「強い奴と戦いてぇ」


ポイントを貯めて、リフレイが指名するのは。

銀騎士と呼ばれる、一人の騎士。リフレイは、最初驚いた。


龍に対抗する、ただの人間がいるなんて。


銀騎士がもっているのはただのエンチャントされただけの剣だ、それを巧みに操って自分の強靭な爪も拳もさばいていく。


年に一回のばとるじゃんきー万歳と呼ばれる大会を除いて、相手を指名するのがこの闘技場フロアの決まりだ。


集団なら〇〇傭兵団、〇〇軍といった具合に。

個人ならば名を呼ぶ、それでお互いのフィールドを50%づつ決めて。


後のルールは対戦者同士で決める、そしてこのフロアではどちらかが死んだ瞬間ブザーが鳴ってお互いが全快全癒されるのである。



強い奴なんざ、掃いて捨てる程いる。


指名にはレベル×十ポイントでお互いが承諾すれば予定が組まれるのだ、そして観客はマナーを守る事だけが厳守であり。


賭けがしたければ、それ専用の受付に行けと言われる。

ダフ屋や予想屋などは、ダストに粛清されていない。


もっとも、それ専用の受付には似た様なコーナーはあるのだが。

食道楽フロアの屋台村で買ったものを食べながら、その戦いを見るのも又娯楽なのである。


銀騎士は、不動の体制から正眼に構えた剣先でリフレイの攻撃をずらすように捌く。

リフレイの爪と牙は魔剣や聖剣ですら、中位までのものなら刃を立てれば欠けてしまう。だから、どうしても銀騎士の武器では拳に当てるしかないのである。


龍は体に巡らす、そのエネルギー量しだいで防御力は変わってくるがそれでも爪や牙程の強度は余程の高位龍でもない限りありえないのだ。


指が三本であり。拳の部分もずいぶんと小さい、それを剣先で上手く捌くというのは並の集中力でできる芸当ではない。


だが、リフレイはそんな事は承知している。


銀騎士と戦うのは初めてではないのだ、初めてやられた時は驚愕したぜ。

人は、短い寿命でここまで到達できるのかってな。



大地が沈む様な、足の踏み込みをすればすぐにばれる。

だから、大地を滑る様で踏み込みのタイミングを判りづらくしたかった。


だから、リフレイは足の親指のみで体幹をずらす事で移動した。


力が流れているのなら、その流れに乗って移動すれば自然体でありロスが減り動きが読みにくくなるのだ。


銀騎士も、龍がまさか歩法を使う等と思わず最初は眼を見開いた。


だが、銀騎士にも負けられない理由がある。


この怠惰の箱舟で、この闘技場フロアで戦いづづける理由が。


龍が歩法を使うのなら、周囲の空気の滞留や動きからその読みづらい動きをさらに読みロングソードを置いておく。


速度で龍には勝てない、力でも勝てない。


体力でも、勝てる訳が無い。


銀騎士は、まごう事なき人なのだから。

勇者でも英雄でもなく、ただの一人の人間なのだから。


武器もただのエンチャントされたロングソードなのだ、向こうは爪や牙ですら一撃必殺。まともにやって勝てるわけはない、まともな考えで勝てる訳が無い。


だが、人知を尽くして天命を待つという言葉があるように。


銀騎士はいくばくか、この龍王に勝ってきたのだ。

円形蛇行、様々な動きを下がりながら行い。


龍の拳を捌いていく、ただの人。


この怠惰の箱舟の中でも、滅多にみられない好カード。

絶対に挑む、凡庸はいつの時代も人を魅了する。



三楕麗透護(さんだれいとうご)


銀騎士は、三つを極める事しかできなかった。


乃ち、流し、返し、護る。


受け流す事、相手の火力から身を守り残す事。

そして、一撃で決められる返しである。


返しが決まれば、銀騎士は勝ちを拾って来た。

逆に決まらなければ、手足がちぎれ飛んで負けていた。


陣形があれば、それは数で運用する事。

構えがあれば、それは個人で運用する事。


だが、能力差が開けば開くほどに勝ちを拾うのは難しい。


慢心があれば、罠にはまれば。


難易度はおちるだろう、しかしこの龍にはそんなものはない。


幾度戦って、それは理解した。

彼にあるのは戦いを楽しむ心、相手が蟻でもゴミでも慢心とは無縁の存在だ。


どうして、絶対強者の龍がここまで慢心しないのか。


銀騎士は、尋ねた事がある。


その時彼は頭をかきながら、なんとも言えない顔で。


俺がゴミ屑に見える程の強者が、俺より勝つ為になんでもしてるのを見ちまってるからかな。


だから、俺ごときが慢心なんてな…。


(龍側)


銀騎士が返しに全てをはる、それは龍も理解していた。


いつくるのか、どんな技でくるのか。

毎回、この隙を伺う茶番も楽しくなるほどに。


あぁ、楽しいなぁ……。


やっぱり、いい勝負というのは良い。


どっちかが圧倒的なんてクソだ、自分が強者の側でも飽きちまう。

この俺の命を狩る事ができる存在と、思う存分命を賭けずに戦える。


地形も気にせず、大地を割る程のブレスもうち放題。

なんの制限も受けない、何物にも縛られない。


こんな、楽しい場所があるなんてよ……。


ブレスじゃ勿体ないよなぁ、そっちが剣を極めるなら。

俺の力を振るえる剣がないから、拳で勘弁してくれよな。


あぁ、また予測線がぶれてやがるな。


あいつ本当にすげぇぜ、こんなすげぇのがいるなら人も捨てたもんじゃねぇよな。



(銀騎士側)


最初は筋肉の隆起流動で、動きが読めたもんだが。

龍をみて銀騎士は唸る、力を振るうだけの龍がここまでの技巧を身に着けるとは。


一手をしのぐたびに、手が震え魂が揺れるのが判る。


私は戦う事しか能が無い男だ、それもただの無力な人だ。


だからこそ、頭を存分に使って勝ちを拾って来たのだ。


そう、拾って来たのだ。


美辞麗句でも遠慮でもなんでもない、路肩の石ころを拾う様に。

砂漠で砂粒より小さい、黄金を探す様な勝機を拾って来た。


私は普通にやって勝てる相手の方が少ないのだから、正々堂々戦って勝てる等稀。


その石を一粒拾うのに、矢が雨の様に降り。

血が洪水の様にうねり、汗と泥で苦渋に滲みながら地べたを這いつくばって拾い上げて来た。


病の家族の為に、他では不治の病で寿命が1年無いと言われた病ですら。


この怠惰の箱舟は治る、そして病気を進行させない事もできる。

病気を進行させない為のポイントを払い、妻も息子も死ななず済んでいる。


そして、先日遂に息子を直すポイントを貯めきった。


治ったのだ、健康そのものとなり息子と屋台村で僅かに残ったポイントで串焼きを二本買ったのだ。


こんな日がくるとは思ってなかった、こんな事が可能な場所があるなんて思っていなかった。私は戦う事しかできない、だから働くなら闘技場フロアしかなかった。


幸い、観客の指名等もあって私は機会も場所も与えられたのだ。

息子を抱きしめながら、妻も必ず治すと心に誓い。


それまでは、戦い続けようと思った。


戦場で戦えば命を落とすかもしれない、国であれば家族は安全でないかもしれない。

ここでは、命は落とさないし。もちろん、安全ははろわに相談すればそれも叶った。


あのはろわという受付でも悪魔は信用できないと言ったら、悪魔以外の受付が出てきて対応する程の徹底ぶりだった。


相談に乗り、条件通りにし。仕事を斡旋するのがはろわであり、雇用者の手先みたいな奴隷斡旋所みたいな場所とは違っていた。


家族の安全、それを条件で闘技場フロアでと言ったら食料や住処まで提供する。


斡旋であって、強制ではない。


願いか、私の願いは「妻の病を治し、治した息子と共にまた三人で生きる事」


毎日、闘技場フロアで指名をまつ。

毎日、併設された修錬フロアで己を苛め抜く。

食道楽フロアか、もしも家族三人健康になったなら。


この目の前の龍のトウモロコシでも食わせてやりたいものだ、この龍は戦いもトウモロコシを焼くのも上手いのだと。


息子に言ってやりたい、私の生涯でもっとも素晴らしい戦士だと。


兵士を教え、育ててきたが。


この眼の前の龍程、勤勉な戦士は見たことがない。

人であれば、酒でも酌み交わしたい所だな。


龍はウワバミだけに、一緒に酌み交わしたら恐らく私は運ばれるだろうが。


今回狙うのは、腰の左側。


下段と右上段に満遍なく、散らして警戒をさせる。

特に下段狙いと思わせる手を増やす、本命を悟らせない為。


そして、同時に本命の一手以外を捨てと判ってしまえば。

守る事すら、この龍はしないだろう。


元より、私の攻撃手段は剣のみで。


この龍にかすり傷を与える事すら至難の業なのだから、だから本命と思わせる気迫をもって警戒させるのみ。


まるで、このバトルフィールドは武人陳列室ともいうべき所だ。

だが、妻の病気が治るその時まで私は戦い続けねばならんのだ。


まるで、透明な細く儚い糸をたどるように。


どうして、人の希望はこんなに容易く見落とせば消えてしまいそうなのだろうな。


いざ参るっ!!殺陣の蒼光(さつじんのそうこう)僅かに、龍のガードが出遅れた。


拳を捻るように、力を逃がし。


しかし龍の力は体中を流れている為どうしても流れる方向を変える事でしか、制動する事は難しい。


それを、目の前の龍は私の蒼光煌めく剣線を裏拳で上から叩く様な動きで潰し。

龍の反射神経ならでは、的確かつ正確のタイミングで剣の腹を狙ってそれはおちてくる。


天拳、剛力の帝蹄(てんけん、ごうりきのていてい)。本来なら、足で武器や技を蹴り潰すそれを。


私の斬撃に、踵を合わせて来た。


理不尽なものだな、私は全身全霊で振りぬいているというのに。

裏拳が通過し、間に合わないと見るや空中で一回転して踵が落ちてくるなど。


だが、相当な無理をした動きなのは判る。

だから、私はまるで素人が剣を放してしまったように。


かろうじて持っているだけの状態まで握りを緩め、そして相手の踵が落ちてくるのを承知で前に出た。


私の頭の甲冑がへこみ潰れ、消し飛んだがそれは織り込みづみ。


私は、騎士を名乗っているが騎士ではない。

外道と呼ばれようが、クズと呼ばれようが。


私には、戦い続けねばならん理由がある。


その為に、前に出るんだっ!。

怯えるな、慄くな。


踵が落ちてくるのなら、チャンスは一瞬。


蝋燭の火が灯るのは芯に火が点いているからだ、その糸を剣先で狙う様な精密な一撃。


頭に踵が当たっているという事は、斜めの場所はがら空きになっているはず。


本来なら飛べる龍にはきかないが、目の前の龍は変に律儀なのだ。

お前が飛べねぇのに俺が飛んだら、おかしいだろうが。


そんなしょうもねぇ事で、楽しい戦いをつまらなくしたくねぇ。

地面すれすれまで倒れこみ、額が地面につくかと言うギリギリその瞬間に真横に剣を握りしめる。


上半身の限界に挑むように、腰から振り向くように回る。

両足は悲鳴をあげ、回れなければ力は逃げず頭の甲冑を割った踵は私の体をも潰すだろう。


落ちて来た踵は、まるでスローモーションの様に上半身の鎧を削りながら地面に落ちていくのが見えた。


まるで、頭だけになった狼が獲物に食らいつく様に。


餓狼がごとき、騎士は咆哮をあげ。

餓狼がごとく、騎士の剣は牙となり相手の内臓を貫いた。


うろこに当たれば、剣では貫けない龍の体。

うろことうろこの隙間、その一点から龍の内臓に届かせる。


糸より細く、点よりも小さい。

自分より速い相手の、その一点を貫いた瞬間に。


龍は口から血を、吹き上げた。

だが、その有り余る生命力と力で。

その剣を握り地面に、投げ捨てる。


刃は角度で切る、突き通すのも角度と強度なのだ。

だがそれでも通らないものに通すのなら、それ以上のものがいる。


口から血を噴出しながらも、ゆっくりと歩み寄り。

そして、苦悶の表情を押さえながらだがはっきりと言うのだ。


「いい勝負だった、またやろう」


それだけ、言うと大の字に倒れ。

ブザーが鳴り響き、鎧と剣も含むすべてが元に戻され。

龍は、復活地点の中で起き上がりそして控室に消えていった。


それを、騎士はおじぎを一つすると。


「また、やろう……か」


次は届かぬかもしれない、今回は運が良かった。


(だが、それでもいい)


あの、龍は次はもっと強くなって挑んでくるだろう。

私が六割以上負けているのだから、挑むのは私のはずなのに。


あの、男はいつも決まった様にいうのだ。


「また、やろう……」とな。

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