第六幕 カラオケ喫茶翼
私の名はシェルミ、ハーピィよ。
ここは、怠惰の箱舟カラオケフロア。
舞台をレンタルする所もあるし、得点審査がある所もあるし。歌いたい放題ももちろんあるわ、防音も完璧よ。
私の店は、カラオケ喫茶タイプの小さな舞台といくつかのテーブル。
後は、マイクとかマラカスとかそんなのが置いてある。
小さな、お店。
ちょっとしたお料理を出して、カラオケは一曲一枚のチケット制。
正直、儲からないし時代遅れ。
でもね、怠惰の箱舟はお店も土地も無料だし。料理の材料も、豚屋に言えば持ってきてくれる。
ダストの分体が、掃除も丁寧にやってくれるし。壁の補修だってドワーフ達を呼べばいいわ、だから私が居たとこよりもずっと楽。
廃棄物や汚物もダストがもってっちゃうからいつも清潔、ハーピィの私には助かるわ。
お客さんはたまにしか来ない、当然よね時代遅れだもの。
儲からなくても良いのは本当に助かるわ、食材も仕入れも普通ただじゃないものね。
普通は食材なんて、足が速くてダメになるようなものも食料品倉庫には時間停止がかかってるから無尽蔵に貯めて置けるし。
頼んだら5分以内に全て揃うのだから、ワザワザ店側で持ってる必要ないものね。
普通はそうじゃなくて、在庫と帳面を見ながらウンウン唸りながら無駄になったら大損してそれが元で潰れるお店は多いのよ?
飲食店って売れなければ、仕入れた分が無駄になるけど。
仕入れなさ過ぎて、ものが無ければお客は来なくなるものね。
コインの決済と、ポイントの決済の両方を認める事だけがここの条件。
種族を気にしなくていいし、税金も取られない。
条件としては破格よね、ダストの仕入れがポイント決済だけだからポイントの方が嬉しいけど。カラオケも普通リース料とか、曲の権利とか色々あるのだけど。
ここのカラオケは、基本怠惰の箱舟の客しか来ないからポイントで支払っていく客が九割位いるもの。
怠惰の箱舟に世話になったミュージシャンとか歌手は、ここに対しては割と良心的な値段でカラオケに使わせてくれる。
売れない時代のミュージシャンなんて、流し台で体を洗うような大変さなのよ。
怠惰の箱舟は、食道楽フロアに行けば食べ放題があるし。
殆どの物販は「豚屋」って所が扱ってる。
私達みたいに古い時代から怠惰の箱舟にあるような店は、未だにダストが直接扱ってる事もあるけどね。
年に一回、一番星見つけたコンテストで優勝したミュージシャンは怠惰の箱舟がスポンサーになってアルバムをリリース、怠惰の箱舟の全フロア放送で毎日一回曲を流してPVも作って貰える。
その上で、年4回のツアーまで組んでもらえるのよ。
それだけじゃなく、専属のマネージャーまでつけてもらえて。一年間は仕事に困らない様に望んだスケジュールを組んでもらえるの。
次の年から同じマネージャーを続けてもらうには、ポイントかお金がかかるけどね。
少なくとも、知名度って意味なら一年で知らない人が居ない位には広めてもらえるわ。
だから、怠惰の箱舟のカラオケフロアはいつも盛況。
防音設備がなかったら、耳の良い種族にはきついかもしれないわね。
私の様に時代についていけなかった、時代に取り残された様なハーピィでも。
こうして、お店を続けられる。
ここは、本当にいい所ね。
カラオケフロアのステージは本当に凄い、スポットライトもスピーカーもマイクも好きなメーカーの好きな年代の好きな楽器も全て使っても良いのだから。
床の質感や背景すらも望み通り、それでいてレンタル料はすごく安い。
ポイント決済だと、牛丼一杯位のポイントなのよ。
しかも順番待ちも無いの、いくらポイント払えばなんでも出来るダンジョンだからってあれはないでしょう。
(からん)
入り口につけられた、時代遅れの鈴が鈍い音を立てた。
あら、黒貌さんとエタナちゃんね。
黒貌は素早く椅子の所に立つと、そっと優しく椅子を引く。
エタナは、わんぱく小僧の様にだだだっと走って引いた椅子に飛び乗る。
その際距離が足りなくて顎をうち、顎を押さえながら床をごろごろしだした。
足の位置を中心に頭が旋回するように、高速でごろごろしていると黒貌さんが慌てて治癒魔法をかけている。
いつもの、そう余りにもいつものパターンだ。
シェルミはくすりと笑いながら、お冷を置いていつものカウンターに戻っていく。
時代遅れでも、時代についていけなくても。
ハーピィの営みは何も変わらない、歌って空を翔ける。
自由な様で不自由極まりない、そんな生き方。
黒貌さん、いつみても渋いわ…。
こう、正しく年季を重ねたダンディなロマンスグレーな感じがステキよね。
エタナちゃんは、いつも個性的ね。
痛がりながら無表情とか、顔にお面でもしてるのかしらと思うけどあれが平常運転なのだから不思議な子。
黒貌さんはいつも演歌、あの人歌も上手いのよね。
エタナちゃんは無表情でもちゃんと歌は上手いのよね、ただなんていうか直立不動で軍人さんみたいに歌うのはすごく可笑しいけど。
「あっはいはい、オムレツね今作るわ」
こんな、おばあちゃんハーピィでも可愛く盛り付けるのは得意なのよ。
羽を器用に使って、フライパンを操るその姿は実に年季が入っていた。
いつみても、不思議な子。
同じ薄汚れた貫頭衣の様な服、輝く金糸とも違う虹色に輝く糸で大きく刺しゅうされた背中に「神乃屑」の三文字がでかでかと。
桃色の髪、額に眼がある女の子。
どんな服を着ていても、必ず薄汚れたボロを着ていて。
必ず、あの漢字が服のどこかに刺繍されている。
あの子に言ってあげたいわ、もしもこの世に名前だけじゃない本当の神様がいるのなら。
それは、エノ様だけなんだって。
この、怠惰の箱舟の主である女神。
最強の番人に守られた、消して姿を見せない女神。
私も、あの番人は知っているわ。
長く生き過ぎたコックローチ、まさかあれがあんな美形になるまで生きてるなんてね。
そりゃ、誰も勝てないわよ。
コックローチの特性は自分の能力以下の完全無効だもの。
毒も、内部への攻撃も、もちろん魔法魔術や化学薬品。
神の権能に至るまで、完全に無効化しちゃう。
普通コックローチは成長が遅すぎて、そうなる前に叩き潰されるからこそ問題になってないはずの能力。
オール一万のステータスがあった所で、下位龍にだって勝てないわ。
だから、一万年生きたオールステータス一万のコックローチだってブレス一発でチリになる。
あの、無効化能力はコックローチのステータスを攻撃の威力が一でも上回れば攻撃が通る。だけど、あれだけ長く生きたコックローチを倒す程の攻撃ができる存在なんてそれこそ手で数えられる。
でも、あのコックローチは最後通告だけはしてくれるものね。
「箱舟は働けば全てを叶える場所ゆえ、働け。さもなくば、死ね」
私は、働く事を選んだ。
挑む事を選んだ、同胞はその瞬間に首から下が消えたのがみえたから。
肉片と血煙だけが、その存在がそこにあった事だけを教えてくれる。
「お前らは弱すぎる、去る事は許そう」か…。
あの、コックローチは白い穴あきのレザーグローブと白いブーツをして白いマフラーをしてた。漆黒の闇にとける様な忍び装束と、全てを憎むあの眼差し。
悲しくないと言えば嘘になる、恨んでいないと言えば嘘になる。
でもね、あれは無理よ。
神すら砕く龍の咢を手で持ち上げ口から割いたのを見た事もある、軍で来た天使も残されたのは羽だけだった。
破壊神の拳さえ、指一本で貫いて。
レザーグローブを拳の形に握る時、僅かにギリギリと音がして。
次の瞬間には、敵が爆散している。
アダマンタイトもマナメタルもまるで無意味だった、龍の歯すらも根元から折れた。
聖剣や魔剣なんてもっと悲惨だ、インテリジェンスソードは意識があるのだ。
魂も、存在値も、全てを駆逐していった。
僅かに届いたかに見えても、次には同じコックローチが五体に増えている。
あいつ、上位の神しかできない筈の遍在まで出来るのを見てしまった。
一緒に居た、全ての命が肉片に変わるまで1秒無かった。
私は、それからはずっとこの店で働いてるけど。
働く選択をして、それだけは良かったと思っているわ。
働きたくなければ、逃げていいし出て行っていいというけど。
この怠惰の箱舟程、温かい場所も他にないしね。
ハーピィは、羽をむしられて山に住むけど飢えと寒さで凍えて。
一晩抱き合って寝ていたら、翌朝冷たくなった家族がちらほらいる様なそんな場所にしか住めないもの。
人は欲深く、それでいてハーピィは声を発しただけで見つけられて殺される。
タマゴはよく、持ち去られ目をはらしている同胞も良く見かけるわ。
コックローチという絶対的な武力と不正やルール破りを消して許さないダストの監視がある、だからここでズルやインチキはできない。
口で何か言ってもダストがログで全て把握してるから、ひどく公平なのよね。
独裁国家でも、ここまでの監視はできないんじゃないかしら。
全ての命が平等で、全ての頑張りが報われる。
祈りもいらない、何もいらない。
何も信じなくていい、隣人に気を遣うなんてこともしなくていい。
誰かの顔色を窺わなくていい、嫌な客が居たら叩き出していい。
「必要なのは、努力だけ」
借金や保険さえ、あのはろわに相談すればいいもの。
この怠惰の箱舟にはその概念すらないけれど、ここではコインという通貨とポイントでなりたっている。
コインは外のお金と自由に交換できる、交換所にもってきさえすれば。
でも、ポイントはコインにしか変えられない。
お金でポイントは買えないの、だからポイントでの支払いはお店側には喜べる。
外の借金や保険の問題すら、かなり私達が有利な状態ではろわはプランを組んでくれる。
はろわは営業時間や実労働時間には凄く厳しい、ルールを守れないものには死ぬより恐ろしい結末が待っているわ。
安く労働力を使う事もけして許さない、賄賂も許さない。
その代わり、病や怪我や保証といった事には恐ろしく丁寧に対応する。
あそこの、職員の四割ぐらいは悪魔だけど。
悪魔ってこんなんだっけ?って思う位真面目で誠実なのよね、それを聞いたら何とも言えない顔をしながら。
ここじゃ、ごちゃごちゃなんかするより真面目に働いた方が良いっすよ。って言ってて笑ってしまったわ。
最初、私はその意味が理解できなかったけどね。
虐めも虐待もダストに監視されてるから、やったら即とんでくる。
競い合う事は奨励しても、高め合う事以外は許されない。
その割に、保育フロアや介護フロアでは十分な人数が配置されているし。
何より、報酬のポイントはお金では買えないものすら叶えるのだ。
真剣さがまるで違う、誠実さがまるで別物。
私だって、最初は疑ってたわよ?
でも、ポイントで「姉を生き返らせてほしい」って願ったらお値段が提示されたわ。
それを、溜めてもう一度お願いしたら即時にポイントが消えて姉は確かに生き返った。
今は小さな家で、笑顔で暮らしている。
まぁハーピィの家なんて、適当に拾って来たものを積んで固めたものなんだけど。
お金で、死んだ家族がよみがえったりしないけどポイントはそれすら叶えるのを目にした時。
カウンターでオムレツを出して、また同じ位置から四曲目に突入しているエタナちゃんを見て思うの。
あの子なんでいつも、古いヒーローの曲ばっかり歌うのかしら?
しかも、男の子が好みそうなチョイスばっかりなのよ?
黒貌さんなんか、頬がゆるんでるわ。
本当に、なんで私は最下層に挑むまで死と向かい合うその時まで。
何気ない、この日常の平和がかけがえのないものだって判らなかったのかしら。
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