第五幕 最強の自宅警備員
俺の名は光無(こうむ)、怠惰の箱舟最終フロアの番人。
正式な名は、光無・コックローチ・プレディドゥ。
まぁ、コックローチは生まれた時から親兄弟すら共食いしている上に五年十年生きた所でステータスがオール五とかオール十とかだからな。
俺ほど、生きているものはなかなか居ないだろうさ。
かくいう、俺もまさかこんなに楽しく長生きするなんて思いもしなかったからな。
願い、働けか。
俺達コックローチの願いなんざいつだって、「生きたい」ってだけだ。
それ以上を望んじゃいけねぇ、それ以上望めるような生き物じゃねぇんだ。
他の笑顔見たら切れかけて、他人がここに乗り込んでくるたび虫唾が走る。
ここはな…、働きさえすれば文字通り全てが叶うんだ。
どんな言い訳しても、どんな御大層な理想を掲げても。
俺には、等しく屑のたわごとにしかきこえねぇんだよクソ共が。
俺を救ってくれたのは、エタナだけだ。
俺の心を癒してくれたのも、エタナだけなんだよ。
十万人でも百万人でも一億人でも、神でも悪魔でも位階神でもだ。
俺には等しくゴミにしかみえねぇよ、誰が俺を救ってくれた?
誰が俺に幸せをくれたんだ、エタナと夫と娘だけじゃねぇか。
エタナだってな、怠惰の箱舟に篭る前なんざそりゃ善良な女神だった。
なまじ何でもできたから、そりゃぁ俺だってあれこそが正しい神だと言われたら信じたぜ?
エタナだって、位階神になる前はただのちっちゃい精霊よりマシ程度の神だったんだ。あいつは、自身が何者かであるかに気付いた。
そして、その精霊よりマシな程度の神は位階神という途方もない化け物に変わった。
あいつが、邪神になったのは。世の強欲の屑共の性じゃねぇか、だから俺はこの扉を開けるわけにゃいかねぇだろうよ。
同じ眷属のダストや黒貌は、許せる。
俺達眷属は、エタナが位階神になる前。
ただ、精霊よりマシな程度の力があるだけの幼女だったあの頃のエタナを知ってるんだ。
…、侵入者か。
全ての気配と心を消せ、闇に溶けるんだ。
ここは、生の終わり。
命の夢と希望を砕き、霧散させ。
屑共を地面のシミに変える、処刑場。
お前らは、弱すぎる。
ちっ、侵入者じゃねぇ。黒貌の野郎だ、何の用だ。
何?もうそろそろ一年経つだと!?
そいつは、すまなかった。
コックローチに飯を与える事すら驚きだが、飯を食わないと出前をよこすとの言いつけだったな。
油そば、アイスドラゴンチャーシューをタンポポの花びら乗せ油並々どんぶり擦切り一杯を所望する。
何、ここ六百万年同じものを頼んでいるだと?
コックローチは、油が大好物だ。
魔素の炭酸飲料も、つけてくれピッチでな。
黒貌…、何故そんな変な顔をする。
飽きないの?だと、お前の油そばは最高だ。
溜息をついて、踵を返していったな。
相変わらずの男だ、飲食店の店主でエタナ様の執事を気取るならもう少し凛と構えていて欲しいものだ。
しかし、ここ最近は侵入者も来ない。
エタナ様に頼んで、仕事でも貰おうか。
警備なんざ敵がこなけりゃ、ただ飯喰らいだしな。
俺が生きる為に、俺が生き残る為に。
俺の大切な神を守る為に、俺の大切な家を守る為に。
邪神ねぇ、エタナは言ってたな。
「邪神は我儘で自由、殺しても潰しても生かしても苦しめても喜ばせても」
正しい神は正しい事しか出来ない、神は力があるだけの存在でしかない。
だから、私は位階神になった。
あり方を極め、あり方を貫く。
そのために常識も理も、何もかも捨て。
全ての存在を敵に回しても尚勝ち続ける事が出来る存在にまで、破壊神が破壊できず死神が殺せず。
正しき神に罰せられる事もなく、あらゆる存在を自分の我儘の為に握り潰す事が出来る位階神に。
私は手の届くみんなの幸せが守れたらそれでいい、私は神の屑でいい。
あの方が屑だというなら、誰が屑でないというのだ。
あの方は言った、逃げてもいいサボってもいい。
仕事は報酬の分だけ頑張ればいい、報酬の無い仕事は仕事じゃないのだから。
命まで賭け無くていい、自分の為に頑張れとだけしか言わない。
他の為に頑張るのはゴミだからしなくていい、他の為に頑張るのなら相手を無条件で愛せる時だけにすればいい。
裏切られるのは、私だけで沢山。
これが最後と信じて何度裏切られたか、これが真実なのかと疑って何度膝を折った事か。
私の眷属は、あなた達三体だけだけど。
私が眷属に命令する事は、食って、寝て、遊んで、望んで、働く。
私は、十全に報酬を支払う。値切ったりもしなければ、おまけもしない。
必ず、払おう。おためごかしもしなければ、契約だと縛るような事もしない。
欲っすれば、ただ望め。私は、値をつけるだけだ。
燃費が良くても食べなさい、寝なくて良くても横になる時間を作りなさい、遊ぶ事でゆとりを持ちなさい、願いや夢を持ちなさい、怠惰の箱舟は働くものに全てを叶える。
俺が欲したのは力、貴女を悲しませないだけの力。
クソ共を塵の一かけらも残さない、そんな力。
俺達コックローチは、生きてれば力はつく。
生き残れるだけの、生命力や防御能力。全てを与えられる等、まっぴらだ。
与えられてしまったら、それはクソ共と何も違わない。
だから、俺はこう言った。
「生き残りたい」
それから、俺は騎士も賢者も勇者も神もひたすら防衛しつづけて。
「まだ、生きている」
位階神以外にはまず、勝てる。
それだけの自信を得るまでに至った、だがエタナ様と同じ位階神。
あれにもいつか、勝てるようにならねば。
出前か、エタナ様は美味しいものを食べろというが。
色々食べてみたが、結局黒貌の作る油そばより旨いものが見つからなかった。
アイスドラゴンのチャーシューは、旨すぎる。
あいつはエタナ様の最初の眷属らしいが、いまいち良く判らん。
料理がやたらうまい、あいつはいつもニコニコしてやがる。
俺は最初虫かごに入れられて、エタナ様はそれをニコニコ眺めてたな。
そして、そのエタナ様を気持ちの悪い顔で後ろから見てたのが黒貌あいつだ。
普段は出来る老齢の執事みたいな姿してやがる、実際戦闘以外ならあいつの方が出来るだろう。
エタナ様が初めて怖いと思ったのは、俺は飯を一年に一度油を一滴で生きていけると念話でエタナ様に話した時か。
今でも覚えてる、位階神ってのがどういう存在か。
あの時嫌でも理解した、あの時からどんな恐怖もどんなピンチも。
「位階神に比べたらそよ風よりも全てがぬるい」
普段の無表情の幼女なんかじゃなかった、一瞬の出来事だ。
視線を向けられただけで、魂から削られていくのが理解できる。
今の俺でもおそらく、結果は変わらない。
「私のおごりでいい、おいしいご飯を食べろ。」
それが、あいつの本質だと思った。
それが、あいつの在り方なんだと感じた。
そして、逆らう事は絶対に許さないという意思を感じた。
まずかったら残して良い、アレルギーの様に命にかかわるものも捨てていい。黒貌に、一年おきに食べるのを忘れる様だったら出前させる。絶対に食え、確かにそう言った。
最初の頃は油をもらっていた、コックローチに餌を与えて外敵から守るなんてこいつは何を考えてるんだ。その頃の俺はそう思った、今なら判る。
「あいつは何にも考えてねぇ!」
飯の事だって、ただペットに餌やってるとしか思ってねぇ。
虫かごに入らなくなったら、次は最下層のワンフロアを与えて。
ご飯の時以外自由でいいからね、ちゃんとここで待ってるんだよ♪。
いや、俺はコックローチ。
親兄弟でも共食いして、成長もクソ遅いゴミみたいな存在なんだが。
体がデカくなって流石に、一滴じゃ足りなくなったから足りないってある日言ったら嬉しそうにどんぶりでなみなみと油を持ってきた。
ごていねいに、ひらがなで「こうむ」と書かれたどんぶりをわざわざ作って。
いや確かに、うまみ成分たっぷりの油そば用の出汁入り醤油ベースの辛くないラー油は絶品だったさ。味に文句言ったら、それこそ世のコックローチにぶっ飛ばされても文句は言えねぇ。
いや、そうじゃねぇよ……。
俺は眷属だ、ペットじゃねぇよ。
嬉しそうに、頭の上にどんぶりもってくるくる回りながら笑顔でもってきやがって。
調子狂うわ、俺は生まれてこの方優しくされた事もなけりゃ。
スリッパで潰されて、殺虫剤かけられて、どんな生き物からも憎まれてきたんだ。
あんときは泣きながら大事に油を飲んで、空になったどんぶりをしばらく抱きしめてたな。
嬉しかった、ただ無性に嬉しかったのだけは今でも覚えてる。
エタナ様は絶対覚えてねぇ、あの方は何でも出来るし何でも覚える事が出来るが基本的に忘れる努力をする。
普段は、幼女と変わらない位何もできない。
自分で、それだけ存在値も力も抑え込んでる。
ただの、優しい幼女だ。
くそ、俺雌なのになぁ。
黒貌の野郎がオカモチ型アイテムボックスを持って、また来やがったな。
さて、なら食わないと。
ありがたく…、手を合わせてな。
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