第三幕 ゲームセンター竜屋

ここはゲームセンター竜屋(りゅうや)

怠惰の箱舟のワンフロアを丸々ゲームセンターにした、贅沢なゲームセンターである。


テーブル筐体から、硬貨をバネではじいてゴールを目指すタイプの古いゲームまで。

体感筐体、VR、景品系のゲームまで。


フロアを歩けば、ピンボールなんかも歴史順に並んで。


修理は熟練のドワーフが行っており、店員は神龍の眷属。

壊れない為のバフは五百年単位でかかっており、無駄に雰囲気を大事にするせいかテーブル筐体の近くだけはやたら床も天井もボロく。



そして、照明も薄暗く設定されていた。


監視カメラの代わりに、ダストの分体がそこら中に居る。そこは通常のフロアと変わらない。


そこでエタナは、テーブル筐体につっぷしていた。

よく見れば、画面にはゲームオーバーの文字。


エタナは、気分転換に自販機コーナーに行き海鮮のボタンを押す。

ガコンと凄い音が取り出し口からして、お湯を慣れた手つきで入れていく。


正面をちらりと見れば、頭三つ分程飛び出たリーゼントの暴走族の様な恰好の龍がニヤニヤしながらエタナを見ていた。


エタナはそれをちらりとだけ見ると、視線を手元に戻し。


やすっぽいフォークで、ずるずるとすする。

スープをすっからかんにして、もう一度視線を戻すと。


相変わらず、リーゼントはそこに居た。


さらに、その背後に仁王立ちをしてこの世の全てを今なら消すことができるんじゃないかというオーラを出してリーゼントの奥さんが般若も裸足で逃げだしそうな顔中血管だらけの顔でリーゼントに迫っていた。


絶望の時は近い、エタナは一瞬だけ邪神らしく邪悪な顔をするとニヤリとしてまた眠そうな元の無表情に戻った。



エタナは、元のテーブル筐体で同じゲームを始め。


リーゼントは、額から伸びている髪の毛のセットと同じ高さのたんこぶタワーを直上にのせて涙目で他の筐体や床を掃除する。


ゲームセンター竜屋は、神龍の夫婦が店長を務める。夫婦経営の店である、真の姿の見た目が東洋龍と西洋龍という位で客達からすれば竜弥(りゅうや)の旦那が天龍(てんりゅう)の嫁にしばかれているのが名物になっているだけなのだが。



基本怠惰の箱舟には同じ系統のフロアは存在しないので、競合他社はない。

なので、掃除やメンテナンスなんかをこまめにしたり自販機コーナーを清潔に保ったりと雑用に近い事を多岐に渡って店員や店長は仕事としている。



ちなみに、天龍の部下はマフィア。神龍の旦那の部下は暴走族やヤクザの恰好をしている、組織体系はトップダウンではある。


エタナが食っていた、海鮮スープも海龍達が自販機用に取ってきた魚を魚人や人魚達が加工したものを自販機にセットしているだけなのだから。


この龍達もまた、怠惰の箱舟で勤労するもの達である。


皆、派閥の服装こそしているが目的の為に必死に今日を生きていた。



ガン!!



顔を打ち付ける様な音がしたので店員も夫婦も他にちらほらと居る客達もそちらを向く、エタナがまたテーブル筐体とキスする形で突っ伏していた。



画面にはゲームオーバーの文字が、ふと見ると黒貌がにこやかな笑顔を浮かべて硬貨を一枚エタナに差し出していた。



客たちはまたか…、と自分達が遊ぶ為に台に戻っていく。

リーゼントはゲラゲラと笑い、奥さんもあらあらとにこやかに画面を拭いてエタナに頑張ってと声をかけた。



その時、黒貌の視界にスープの入れ物が眼に入る。


途端に、この世の終わりの様な表情になり床に崩れ落ちる。

リーゼントは更に腹がよじれるほど笑い転げ、奥さんは溜息を一つついた。


エタナは自身のポケットから、硬貨を一枚取り出し投入し。



気合をいれ、頬を膨らませ。

黒貌は、それをえびす顔で眺めている。


機械から独特の電子音や音楽が流れ、レトロゲームが動き出す。


レトロゲームは少ない容量で、長く楽しんでもらおうとする為に難易度が高かったり作りがひねくれていたりするものも多い。


このゲームセンターでは本来ならオンラインに接続するときはメーカーの用意したサーバーを通さなければ動かないゲームでも普通にオンライン接続できている、対戦台もソロ台も普通に用意され対戦が嫌ならソロ台に座れば良い。



ゲームメーカーも歴史の中で潰れ、または合併されるなどしていく。



このゲームセンターは、完全に権利が消滅して尚ファンが居る様なゲームのオンラインサービスをダストの分体がサーバー代わりに入る事でダストがリアルタイムに情報のやり取り、無理矢理ローカル型オンラインを実現している。


もちろん、メーカーときっちり話がついて居る場合はこの怠惰の箱舟店以外の店の筐体とも次元と時間軸を同期連動して通信可能というかなりふざけた仕様だ。


警備の最高責任者がサーバーと回線そのものを兼任している為、スライムが入っている事を除けば酷く公平なシステムである。


スライムの意思疎通というのは本体と分体の即時完全連動、通常のネットワークに直接触手を握らせれば如何なるプロトコルにも対応可能。


熱を持てば、中でスライムが冷却し。

スライムは、生物なので基盤を傷めないのだ。

通常の水冷では水漏れなどでショートしたり、錆びたり。

経年劣化等も考慮する必要があるが、しかしこのスライムのダストと付与魔法の保存バフにより常にベストパフォーマンスを維持する事が出来る為にこの店のレスポンスはとにかくその基盤に叶う最速が出る。



だが、肝心のエタナはそこまでゲームが上手い訳ではなく。


よく、ゲームオーバーになってテーブル筐体につっぷしているのを他の客が見ては苦笑し。店主の夫婦も、旦那の方は大爆笑。


黒貌は、居酒屋が暇な時はこうしてエタナの様子を見にくる。


暇じゃなくても、ダストに店番させてひょこひょこ現れるのも割と有名であるが。

竜弥はそれを、ゲラゲラと笑いながらこの怠惰の箱舟に来る前をよく思い出す。




俺達は、龍や竜は全身が高級素材だらけだ。


だから、冒険者や貴族なんかに狙われる。


神に近しい力があると言ってもそりゃ、天龍や神竜(ディバインドラゴン)みてぇな古龍だけさ。


しかも、位階神みたいに無尽蔵に力があるわけでもない。

いつかは力尽き、大事なもんすら守れやしねぇ。


俺達は生物の頂点だからこそ、食っても食っても足りなくて魔力で補ってようやく生きてる有様。



怠惰の箱舟は、ダンジョンだが戦う事を強制しない。



最初に言われたな、適正や希望で職を紹介する「はろわ」では正直に戦いたくないと言えばその通りになると。


最初は眉唾だと思ったぜ、ドラゴン戦わさないダンジョンがどこの世界にあるんだよってなもんよ。


「まぁ実際問題、この怠惰の箱舟は罠もモンスターも全くない娯楽と労働だけの場所だった。」


そして、本当に戦う事が出来て強いバケモンは一体だけしか居ねぇ。


だが、全次元のダンジョンの中でもっとも攻略難易度が高く。

前人未踏の無敗を、たった二体の怪物が実現してやがる。


黒貌もダストも、モンスターや悪魔としては破格に強いが。



その、たった一体の邪神には手も足もでやしねぇ。



俺だって、その一体をその眼で見るまでドラゴンを戦わさない理由が理解できなかったぐらいだからな。


単純明快な話、あんなんと比べられたら俺達古龍でさえ目糞鼻糞の類で話にならねぇ。


だんぼーるの間の一つ手前にある、「生の終わり」という空間にそれは居る。


俺達、龍は竜と協力してワンフロアでゲーセンをやる事になった。

最初は意味が判らなかったが、一族がみんなで働けばポイントが貯まる。


飯に苦労する俺達は、最初驚いたぜ。


「ドラゴンに食い放題を提供するフロアがある」


一時間で千五百ポイント、どれだけ食べても可。


延長も出来る、唯一ダメなのはお残しだけだ。


誰が残すかっての、まずいならともかくここのは何喰ってもうめぇ。

魔力も液体状になって、ドリンクコーナーにいけば飲み放題。


酒もジュースも、汲み放題。


残すと一か月の出入り禁止だが、それ以外の制限らしい制限は殆ど無い。


驚いたを通り越して呆れたね、ここは天国じゃねぇかと思ったわ。


俺達の横でドワーフ共が飲み放題に居座って居やがったが、時間制で叩きだされているのを良く見かける。


叶えたい願いを持ったドワーフが一人、この飲み放題に来るとタガが外れそうだって理由で震える手で酒を絶っていたのは知ってるが。


そいつ以外、全員暇な時はここに居るんじゃねぇかって思うぜ。


このゲーセンってのも最初は良く判らなかったけどよ、それでも一族全員笑って暮らせるんだ。


電気で動く機械もダストが触手で握って、電気を供給してるから実質無料で動いている様なもんだ。



最近は、勇者が出入りしてんな。

日本ってとこの飯を食べる為に働いて、ポイントをゲーセンで良く使ってく。


使いすぎて、寝床がゴザ一枚の一晩百ポイントんとこで寝てるのを良く見かける。



勇者ってあんな可愛げのある連中だったか?


ゲーセンでは、ポイントをゲーセンで使えるメダル硬貨に変換しそれを投入する事で遊べるようになってる。


今じゃ、龍の中にもゲーセンで遊んでる奴がいるぐれぇだ。


この良く判らん頭のかつらも、服もゲーセンではこういう連中がいっぱい居た方が雰囲気がでるとかで着せられてるが。


願いねぇ……、俺の願いはもう叶ってる。

これからも、叶え続ける為に。


怖いカミさんと、クソみてぇな仲間達とな……。


さて、怖いカミさんが睨んでるしそろそろ掃除を気張りますか。


子供達にも食べ放題以外の場所で食事をさせたり、カミさんになんか買ってやったりしてぇしな。


逃げたり、戦ったり、そんなのはウンザリなんだよ。


この怠惰の箱舟には、戦う娯楽も見る娯楽も提供するフロアはあるけどな。

このゲーセンフロアもそうだが、歴史に消えてくようなものですら網羅するように全部ある。無かったものでも、まるで虫でもわくようにガンガン増えていく。



(俺は、なるべく戦わない)



若ぇやつは、そういうの好むやつも居るけど。

ちっ、エタナのやつそのテーブル筐体の画面拭くのは俺達なんだぞ。


ゲームセンターや闘技場フロアだけじゃなく、フロア毎に娯楽しかない。


食うのに困ってここに来た俺達一族が、今じゃ食道楽フロアの常連なんて笑い話にもなりゃしねぇって。



(なんでもない、そんな毎日が)


天竜のカミさんとレッサードラゴン達と、またどっかのフロアにいくか。

怠惰の箱舟はすげぇよ、ダンジョンなのに大空があり世界もある。


外から逃げて来た俺達にとって、ここは本当に箱舟なのかもしれねぇな。

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