第二幕 エタナちゃんと黒貌

エノちゃんという、演歌が流れる魔国との境界にある居酒屋。


店主:黒貌(こくぼう)


赤ちょうちんを下げ、桃色髪の額に眼がある幼女のデフォルメがちょうちんに描かれている。


ここで黒貌は黒いスーツで静かにグラスを磨いていた、いつも営業スマイルのこの男。



このエノちゃんは基本カウンター席しかない、しかし人気がありすぎて常に客がビールケースを逆さにしたテーブルを作り地面に座って酒やつまみを頼む。



この店の流し台の下が、百万階層以上ある迷宮(ダンジョン)「怠惰の箱舟」。

この店の一番の常連が、魔王であることは有名だ。


表のメニューはビール、枝豆というようなありきたりのメニューしかない。


しかし、この店は裏メニューがある。


頼んで初めて、「それ出せんのかよっ!」ってなるメニューが山の様にあるのだ。


この店はまねきねこの代わりに「ダスト」と呼ばれるスライムがお饅頭の様にカウンターに鎮座している。


このスライムは無限増殖でき、本体と意思が繋がっている上警備や監視も兼ねているのだが他にも色々と仕事を任されている。


……が常連の客にとっては、本当にただ饅頭の様においてあるだけの存在。


この背もたれも何もない、カウンター席に座り小さく頭を下げた一人の職人が居た。


技工の位階神、ゲンゾルである。ゲンゾルも又このエノちゃんに来る客の一人。


「頭なんか下げてないで、注文してくださいよお客さん」


ゲンゾルは「いつもの奴と、味付けチャーシューもやし山盛りでな」


激辛日輪酒と味付けチャーシューもやし山盛りがことりと音を立てて出される、チャーシューを頬張りながら日輪酒で流し込む。


黒貌は「なんかいい事でもありましたか、お客さんが酒以外頼むのは珍しい」


そうすると、ゲンゾルは「あぁ……」とだけ言って天井を見上げ。


ゲンゾルは「エノには感謝してんだ、黒貌。きっとあいつはうぜぇだけだから礼なんかいうな、面倒だから感謝もすんなとか言いそうだがな」


黒貌は静かに頷いて、その通りだと肯定する。


お嬢様は、ポイントを払えばその願いを聞き届けます。

感謝も祈りも、一切不要。


それは、私の様なお嬢様の眷属とて例外ではないのです。


我々眷属はエノ様の為に生き、エノ様の為に死ぬ。


しかし、エノ様はそれをめんどくさいとおっしゃる。

眷属ですら、願いを持ちポイントでそれを叶える事が一番であるとおっしゃる。


唯一、命じられたのはそれだけなのです。

唯一、願いを持ってそれを叶える為に働けと。

唯一、願いを持たない事が悪であると。


私は、権利を欲しました。


私は、エタナ様の布団を変えたりご飯を作って差し上げる権利が欲しいと願いました。孤児院の子供たちの幸せを願った事も、流行りの病を何とかして欲しいと願った事もあります。


一食事とは言え、ポイントは絶対。

一回布団を変える権利を買えば、それもきちんと対応してくださいました。


食べたいものほどポイントが下がりました、私の願いも貴方の願いも。

きちんと払えば、きちんとかなう。


「そうだな…、すまねぇ日輪酒をもう一杯だ。」


ゲンゾルは、またつまみを口にいれて酒で流し込んだ。

あいつは、ちゃんとポイントを貯めて願いを叶えたんだ。


すげぇよな、えれぇよ。


だったら、墓前に手を合わせたって良いよな。

店主、日輪酒を瓶で一本くれ。

あいつの墓にかけてやりてぇ、涙をこぼしながら良い笑顔でゲンゾルは黒貌に言った。


命があれば寿命の限り、精神体であれば命をつなぐエネルギーがある限り。

ゲンゾルは、お金をカウンターの上に出すと確認してくれ。


そういって、硬貨を並べた。

一杯は値段を控えめにしているが、一本はそれなりに高い。


色んなお酒を楽しめた方が良い、いろんなつまみを楽しめた方がもっと良い。


黒貌は確認してそれを受け取ると、背中の棚から新品の日輪酒を出し。

ゲンゾルは慣れた手つきで受け取る、いつものやり取りだ。


さてと、魔王城に出前に行かねば。


スーツと身だしなみをチェックし、オカモチ風のアイテムボックスの確認をし。

ダストに、店番を任せる。ダストは人型になり、ゆっくりと頷く。


黒貌は、フィンガースナップをオカモチを持っていない左手で行うとその場で転移した。


最初に出前に行った時は、魔王と勇者の最終決戦の最中でしたね。


あれから、魔王は私の店に来るようになったのでした。




(回想)



今日と同じ味噌ラーメンを届けに、行ったら勇者の奥義と魔王の必殺技の丁度真ん中に転移してしまったのでしたっけ。


瞬時にオカモチを、床に注意しながら置いて右手で勇者の聖剣の刃を。

左手で魔王の魔剣の刃を止めた。



なかなか、どうしてお強いと思いながら二人を見れば二人は全身から血を流し満身創痍でこちらを睨んできました。


必殺技どころか、最後の賭けの奥義の真ん中に出てしまったようですね。



「「何者かっ?」」


今、お二人の声が重なりましたね。

いつもの、営業スマイルを顔にはりつけ自己紹介をします。


「はい、私は黒貌と言いまして。この城のディビルセルロイと言う方に出前を届けに来たものです。出前を届けて料金を貰えば速やかに帰るので居場所等を教えて頂けませんかね?」


二人は、特に魔王は困惑しながらもディビルセルロイは確か左の塔の入り口に勤務していたはずだ。と左の塔を魔王が指を指した、勇者も警戒を解かず慎重に成り行きを見定める。



「後で、出前の理由を問わねばならんな」


魔王は黒貌がオカモチを拾って、優雅にあるっていくのを見ながら小さく呟く。


「まてっ、黒貌!貴方の店に米はあるのかっ!!」


勇者が擦れた声で問う、首だけを向けてその問いにははっきりと答えた。


「ございますよ、裏メニューですがね」とだけ言うとまた優雅に歩いて行ってしまった。


勇者と魔王は黒貌が歩いて行ったのを、同時に見つめながら。


「なぁ、魔王……」


「なぁ、勇者……」


お互いの視線が正面で向き合い、交差する。


「「停戦出来ないか?」」


お互いの声が重なる、何とも言えない空気がその場を支配した。

魔王は自身の魔剣を見て、勇者も自分の聖剣を見て。


あの、黒貌と名乗った黒いスーツの男の手の形に飴細工の様に溶けていたのだから。


何者なんだよ、あの男。


勇者と魔王は互いに、確認が終わるまで停戦という形で合意し。

エノちゃんの場所を、魔王がディビルセルロイから聞き出し二人で向かった。


全身から血を流していても、魔力が空でも確かめたい事が二人にはあったのだ。



(回想 終)



魔王は、今でも時々あの頃を思い出す。

あそこで黒貌が現れなければ、俺はどうなっていたのだろう。

勇者に殺されていたか、相打ちか。

俺が勝っていたとしても、また新たな勇者が来ていたのか。


ただ、一つ言えるのは強い事を重んじる魔族が一目で本能的な拒否を示す。


そんな存在が、営業スマイルで今日もカウンターに立っているのだ。


あいつは、権利を買う事が自分の存在意義だと言った。

どんな権利をと思った事は、多々ある。


勇者は、米を頼んで泣いていた。


どうすれば米を買えるか、熱心に聞いていた。

食べにくるなら、お金を払えば良いのだと。


うちは隠しメニューが多いだけの、場末の居酒屋なのだからと。


黒貌は勇者に、説明していたな。

勇者はこの世界の飯がまずくて、元の世界に帰る為には俺を倒さねばならないと言っていた。これが食えるなら、魔王を倒す必要はないのだと。


その後、魔王を倒せと言っていた神が怒り狂ってこの居酒屋に殴り込んで来たが。



黒貌は、文字通り神を一蹴した。



なるほど、魔剣や聖剣ごときで切れる訳もなし。

精神体の神や精霊を、拳で殴れる事も驚きだが。


それ以上に、神は格次第で超常の存在のはずだ。


のちに、尋ねた事で判ったのだが。彼は、とある神の眷属であるという。


眷属が神を、蹴り一つで倒せるというのは彼の主である神はどれだけ格の高い神であろうか。


一柱の神に、最少で眷属は三体。眷属の数が増えれば、神の強制力は分散する。


そして、神は眷属に分け与える力の割合を決める。


本体の力を十、眷属に渡す力が三なら眷属がもつ力は三体で分割しても十分の一。

殆どの神はそこまで、力を渡したりはしない。なのに、黒貌は神をワンパンで倒したのだ。


つまり、この黒貌の主である神はたったそれだけの力を眷属に与えていたとしても他の神を瞬殺できる程度の格の高い神であるという事になる。


この居酒屋は、主に命じられ。それを持って権利を買うのだと、黒貌は言った。



俺は、戦慄した。



意味が判らん、マジで意味が判らん。



何故だ、そんな超常の存在が。

何故だ、こんな場末の店で。



俺は、通った。

酒は美味いし、料理も最高。


それ以上に、この店主は会話もサービスとばかりに。

店で注文すれば、料理以外でもサービスしてくれるのだ。


その会話で判る事は、この男は本気で主の為に生きようとしている。

神の眷属とて、神の為に生きようとするものなど少数だ。


だからこそ、この男は異常とも言える。


最初は魔王が入り浸っているだけだった、いつしか宰相が共に来るようになった。

宰相は下戸なので、いつも酒以外の飲み物と料理を食っていた。



黒貌は教えてくれた、この店はいわば主人の聖域で。

主人が決めたルールを強制するのだという、そのルールはいたってシンプル。


この居酒屋は如何なるモノであろうと、お客であれば拒まない。

酒の店である以上、狼藉者は店主の判断で叩きだすなり消滅させるなり即死させてよい。


店主は、頂いた金額分会話や雰囲気も含む最大限のサービスを提供しなくてはならない。


国が相手だろうと、個人であろうと、何者であろうとも。


魔王は、ここに通っていく過程で酔って寝てしまったものに毛布をかけている店主の姿を見ている。


あの勇者を召喚した神の様に、あからさまな狼藉者は消されるが。


あの時、勇者は客できちんと金を払い飯を食っていた。

それを邪魔するものは、狼藉者として扱う。

飲んで騒げば、叩き出される。



追い出されて入れなくなるだけで、怪我はない。



宰相は、魔王とここに通う様になってから目に見えてタヌキの様な姿になっていく。

毒の心配をしなくてもよく、どれを頼んでも美味い。


何より、宰相は隠しメニューをリスト化し。

いつも、懐に持ちあるく程度にははまってしまっていた。


それにしても、たまにいるあの桃色髪の幼女。


一番奥のカウンター席に、どっかり座って。

両手をテーブルに軽くてしてし、とリズミカルに上下させていた。


店主は、営業スマイルというよりエビス顔で幼女から注文を聞いて。


今日は、オムライスか。


ちらりと、奥を見れば勇者と幼女はオムライスを掻っ込むように食っていた。


あの幼女いつも同じ服だな、貫頭衣を少し薄汚れてボロくしたような服にポケットをつけて。


背中にはまるで宝石を糸にしたような輝きの糸で、「神乃屑(かみのくず)」と漢字で書かれていた。


いつも、眠たそうで無表情。


料理を、流し込む様に食う。


違うのは、頼む料理だけ。


まるでバキュームの様に、スープでも鍋ごと一気飲みでもしてるんじゃないかという勢いで流し込むように食う。


料理人が見たら血管がブチブチいきそうな、そんな立ち食いそば屋のサラリーマンよりも下品に食べている。


魔王は、常連になってから度々来るこの幼女と勇者がまるでだぶって見えるのだ。


一度、店主に尋ねた事がある。貴方はあんな食べ方をされて、気を害したりしないのかと。


店主から返ってきた言葉には、少々驚かされたな。


「私は店長で、料理人ではありませんゆえにそういう事で怒りを覚えたりはしませんね。美味しく飲んで、美味しく食べて。素人料理なんで、そこは大目に見て貰って」



でもまぁ、そうですねぇ……。



幼女と勇者の方を向くと、にこりと笑う。


神や悪魔や精霊なんかの精神体やエネルギー体連中はともかく、食べるのは基本です。


「私は、お客様が喜んでまた来てくれたらそれで権利が買えるのでそれで」


黒貌は今日も、お客の為にグラスを磨いてカウンターに立っていた。

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