怠惰の箱舟

めいき~

第一幕 ダークエルフとエルダードワーフ

エルダードワーフのミヅガーが腕輪を見つめながら、今日この日が来た事を感慨深げに涙をこぼした。



ミヅガーはエルダードワーフであり、余りにも厳しい職人であった。


同業者のドワーフ達がその腕と伝説の名声に惚れ弟子入りし、そして逃げ出していく。


ミヅガーは怠惰の箱舟で、こう願う。




「己の技術を全てを託せる、逃げない弟子が欲しい」



怠惰の箱舟から提示されたポイントは一度提示されたら絶対に値段が変動しない、そして無理なものほど値段が跳ね上がる。



種族を問う場合、六京ポイント。

種族を問わない場合、二百万ポイント。


この怠惰の箱舟ではポイントさえ貯めれば何でも叶う故、高額のポイントを貯める事はそれだけ難しい。


己の欲を抑え込み、働き続けなくてはそのポイントに達しない。

そして、ミヅガーは酒を極限まで減らし「二百万ポイント」を貯め切ったのだ。


生きる為にもポイントが居る、怠惰の箱舟で二百万というポイントを貯めるのはまさに難行苦行の類だ。


ドワーフが酒を削り、コップ一杯を一週間かけて消費する苦行に耐えてでも。


ミヅガーは、弟子を欲しがった。

ミヅガーの教えは厳しく、求める水準もとても高い。

ミヅガーはエルダードワーフであり、ドワーフの歴史に残る名工だ。


弟子になりたいモノは山ほどいるが、ミヅガーの修行に耐えられるものなど皆無である。


それは、「技工の位階神ゲンゾル」が頭を抱えるレベル。


ゲンゾルは信心深く、努力を惜しまない。

それでいて、頑固なこの男の願いを聞き届けたかった。


しかし、それは余りに求める水準が高すぎて「実質不可能」のレベルに達していた。

だから、怠惰の箱舟に投げた。


怠惰の箱舟は、ポイントさえ払う事ができれば「不可能な事は無い」。

逆に銀河を支配する事よりも、一人の異性を振り向かせることが願いだとしても「可能性が無ければ無い程に必要なポイントが跳ね上がる」



つまり、それを端的に有体に言ってしまうとこうなる。



「ドワーフの弟子を取る事は不可能、しかし種族も性別も問わないのならばミヅガーの望みを叶える事が出来る」。



生物の世において、弱肉強食は理である。

努力が報われない事も又理なのである。


怠惰の箱舟において、努力は眼に見える。

一切の情け容赦おまけの類なく、努力は報われ叶う。


むしろ、ゲンゾルは最初これを見た時に大層驚いた。


あらゆる次元、パラレルワールド。あらゆる、時間軸。

この世に存在する、あらゆる要素をぶち込んだ怠惰の箱舟のラインナップにミヅガーのお眼鏡に叶う弟子を召喚できると出たのだから。


ゲンゾルは、技巧においてそれこそ神の頂点に君臨する。



そのゲンゾルが、「不可能」と言い切る水準の弟子が居るというのだ。




二百万というポイントを支払い、召喚できたその弟子は。




ダークエルフのウォルと言った、十二歳前後の見た目の幼女だった。

彼女は幼女でありながら、表情に乏しく。



召喚された時に、両手を見つめていた。




ウォルはキョロキョロと見渡した後、ミヅガーを見つけると。


じっちゃが親方ですか?と尋ねた。




ウォルは言った、「ボクはウォルと言います、親方の弟子にして下さい」



ミヅガーは、最初はうなだれる様に手伝いを頼む。


しかし、そこは「怠惰の箱舟」。


めきめきと砂漠に水でも撒くように、「ウォルは真面目で、何でも出来るようになっていく。」一年も立たないうちに手伝いレベルの事は覚えてしまっていた。


その頃になると、ミヅガーは口癖の様に言うようになる。


「オラァ、今でもエルフは大嫌いだ。でもよ、ウォルは最高だ」



ミヅガーはポイントを長年かけて貯めた為にかなり高齢になっていた、しかし教えれば教える程に磨けば磨くほど輝きが増す才能。それを見続けたミヅガーは思った。



「俺の命がある、その間に相槌任せられるレベルに育てられる可能性を始めて見つけた。新しい機械にも古い機械にも相性や良しあしがある、だからもっと選択肢を増やしてやりてぇ」



ミヅガーの職人仲間も、ウォルをクソエルフ等と言わなかった。



「あんな楽しそうなおやっさんに、そんな事言えるか殺されるわ」


「おやっさん、ここ二百年で一番幸せそうだぜ」



ウォルはエルフとは言われなかったし、女とも扱われなかった。


ただ……、ミヅガーの弟子と。


酒が飲めなくても、エルフでも女であっても。


ミヅガーにとってはもうどうでも良くなっていたし、錬成釜や付与等も息をする様に習得していく弟子。


今日より明日、明日より明後日の作品が眼に見えて良くなっていく。


ミヅガーは名工でありながら、自身もまた良い武器を作る為に必要な技術は門外漢の魔術や錬金術も満遍なくやった。



ドワーフでありながらエルフより優れる知識量と、名工でありながら執念や怨念に近いレベルで技術に取りつかれた修錬の獣。



金属に対して誇り高い、エルダードワーフも口々にこう言った。



俺は、二番目さ。一番はミヅガーだ。


金属に対しては、世界最高でも本当の意味で製品を作る為の知識なら全て網羅しているのはミヅガーぐらいだった。


そして、エルフ達もドワーフは嫌っていてもミヅガーに対しては一定の敬意を払っていた。



知識の徒とまで言われた、エルフでもミヅガーとまともな会話が成り立つのは長老位であった。それほどまでにミヅガーという男は博識でもあった。



その男が求める弟子の水準は、自身の成長速度の倍以上。


自身が生きている間に、自身と同じレベルに達し自身の相槌を任せる事ができるレベルになる事。


ダークエルフは基本的にはドワーフからも、エルフからも嫌われていた。


ウォルはいつも石を投げられ、頭から血を出し。

死にかけ、何度もこの世を呪って生きていた。



当たり前だ、ウォルはダークエルフとしては致命的な程初期魔力が低かった。



エルフにとって総魔力量とは寿命であり、魔力と知識に長ける事が無いエルフはエルフ社会ではボロ雑巾より価値がないのだから。


両親ですら、三歳の時に放棄するレベルの出来損ない。


それが、ウォルだったのだから。


怠惰の箱舟が提示した二百万ポイントは、ウォルの怪我や病気を完全に治しミヅガーの生きている時間軸に召喚する為の費用。


だから、最初ウォルは自分の両手を見つめた。


指がちゃんとあり、眼も見え。



召喚される前に声を聴いたのだ、魂の奥底から逃げない弟子が欲しいという声を。




五体満足、聴けば答えてくれる熱心な指導。


誰も何も教えてはくれなかった、ただ石を投げられただ踏まれてきた。


蹴られ、殴られた。



天と地ほどに、違う環境。



ミヅガーはぶっきらぼうだが、答えない職人ではなかった。


調べとくとか、そんな事も絶対言わなかった。



聴けば即答で、教えてくれる。


何度でも、何度でも。



加工技術、修復技術だけではなく。

何故エルフとドワーフは仲が良くないのか、魔力が少ないエルフがボロ雑巾より酷い目にあうのは何故か。


そういった、もろもろの事も料理の事でさえだ。



エルフは知識の徒であり、知る事は喜びでもある。



ダークエルフも、その例に洩れない。



ウォルは何度でも何度でも、ミヅガーに聞いて。

その度に、賢くなっていった。



仮にミヅガーにも、ウォルにも誤算があるとすれば。


ミヅガーは余りにもウォルを大切にし過ぎた事、それによってウォルは余りに美しいダークエルフになってしまった。


ウォルは子供の頃の初期魔力総量こそゴミカスだったが、ミヅガー以上に修錬を重ねた事で総魔力量が長老並になっていた。



エルフの総魔力量は、美醜にも表れる。



五百年過ぎた頃には、ウォルが元々ボロ雑巾より酷い扱いを受けていた事を知るのはウォル本人だけになっている程であった。


そして、美しいエルフはただ居るだけで争いを呼ぶ。


醜い心の人間が居ればそこに、独占欲が生まれる。

醜い心のエルフが居ればそこに、嫉妬が生まれる。

醜い心のドワーフが居れば、それは僻みになる。



余りにも美しい時間の短い人間と、魔力量で美醜が決まるエルフの価値観は種族相応とも言える。


醜いドワーフは、本当に僅かながらに居た。


かつてミヅガーの弟子だったが、彼の苛烈な修錬に逃げ出したもの。

彼程、答えをくれる職人は居ないというのに。

彼程、報酬をきちんと払う職人は居ないというのに。


それでも、そこから脱走者が後を絶たない程には彼は求めるモノが高みを目指し過ぎていた。



それを叶える、美女。


それも、エルフの美女とくればその魔力量や魔力操作技術の高さは察して知るべしレベルなのだ。


面白いはずがない……、自分はそこから逃げたのだから。



ウォルはかつての自分がどれほど惨めだったか、どれ程醜いかを知っていた。


怠惰の箱舟に呼ばれなければ、ミヅガーに呼ばれなければ。



怠惰の箱舟は怠惰の箱舟の最高神が自身が働きたく無いが故に、働くものに全てを与えるのだ。


ウォルは怠惰の箱舟に、願う事になる。



親方の寿命をもう少し伸ばす事は出来ませんか?と



生物としての限界はとうに超えていた、ミヅガーを支えたのは気力。

ウォルにもっと教えて、弟子と人生最高の作品を作って死ぬ。


ミヅガーがそこで死ぬつもりだったし、もう自分が炉の前に立つ事が出来ぬほど弱っている事も知っていた。


あぁ、酒を我慢して良かった。

あの時、怠惰の箱舟に願わなければ。

あの時、無理して働いて本当に良かった。


作品の作れぬ人生などクソだ、ワシは作品が作れないならば自身の価値を認められん愚か者だ。



誰から妬まれても、疎まれてもかまやしねぇ。



ウォルがワシの命を伸ばしたいと、懸命になってるのは嬉しい。



それでも、ワシは長命のドワーフとしても長く生き過ぎたのよ。

限界は近い、だからわしはワシの命なんぞよりも。



お前の成長だけが喜びなんだ、お前の技量が上がる事だけがワシの原動力よ。


ウォル、お前がどれだけ勤勉であっても。


儂の寿命なんざ、もう駄目さ。


だから、せめて……。




人生の最後に、お前と最高の作品を作って死にてぇ。


武器でも防具でも、魔道具だっていい。



ウォルが、怠惰の箱舟に願ったのはワシの寿命を延ばす事。



どれ程要求されたっておかしくねぇ、怠惰の箱舟は「不可能な程に必要なポイントが跳ね上がるんだ」。


怠惰の箱舟の仕組みなんて単純だ、ポイントってのは可能性を数値化したもんだ。


クソみたいな坊主や、クソみたいな神が言う嘘八百の努力すれば叶うなんていうなんの役にもたたない慰めじゃねぇんだ。


「絶対叶う」


このポイントにも穴が無い訳じゃない、寿命がくるまでに貯められなければそのポイントは努力は水泡に帰す。


つまり、提示されるポイントが高ければ高い程その希望が叶う望みはゼロなんだ。


ポイントははろわ行きゃ、仕事は山の様にある。

働かなくても自由だ、怠惰の箱舟は税金みたいに強制しねぇ。


国みたいにむしり取ったりしねぇ、人間みたいに欲深くもねぇ。


エルフみたいに、知識や魔力に重きを置く学者の問いだろうが。

理不尽な世に対する答えだろうが、回答が欲しいと願いポイント貯めりゃ叶う。


性別を変えたり種族を変えたり、姿かたちを変えたり反則技能を貰ったりもできるんだ。誰でもいつでも、但しポイントが払えればだ。



邪神が、絶対服従の国を欲しがったところで怠惰の箱舟はそれを叶える。


平等に無慈悲に、一切の情け容赦なく叶える。


逆に言えば「寿命が来たら、願いは叶わない。叶える為の努力は死んで無になる」



ウォルは「絶対叶う」の部分にしか意識がいってねぇ、それじゃダメなんだ。


長命なドワーフやエルフであっても、怠惰の箱舟が提示するポイントを貯めるのは難しい。


生物は生きてれば欲が発生し、欲を全て叶える為にポイント使ってたら貯まる訳がねぇんだよ。



位階神、エターナルニート・エノ。


自らが働きたくない為に、この仕組みを作った神。



差別されたくない、イジメられたくない。

生きてりゃ苦労なんざ山の様にある、願いポイントを出すだけで差別も区別も貧困もねぇ。


苦労の度にポイント使ってたら、絶対たまりっこねぇ様に出来てんだ。


努力を最重要視する癖に、願うだけで努力は無になる。



ウォルは、怠惰の箱舟に俺の寿命を延ばす相談をしてる。


そりゃ、嬉しいさ。嬉しくないと言えば嘘になる、だが俺はドワーフとしてはもう限界まで生きてんだ。



なんせ、普通のドワーフの五倍は生きてんだ。



ムリに決まってる…、だからよぉ。



満足して逝けるように、人生で最高の作品を作って俺の葬式に飾ってくれねぇか。


そんな、親方の願いも虚しく。


そこはやはり、怠惰の箱舟。


一:条件付きで、その条件を飲み叶えるまで寿命を延ばす。三ポイント

二:二百年若返り、それ以後二百年若返る度必要なポイントが倍になる。一万ポイント


三:ウォルと同い年まで若返り、死ぬ日を同じにする。六百京ポイント。



※一度選択すれば変更はできません、良くご相談の上で決定下さい。



尚、条件とは親方の人生最後の作品を作りその作品を怠惰の箱舟が完成したと判断するまでになります。またこの選択肢をした場合のみ、親方の記憶と技術を据え置いて体の組織全てを全盛期まで若返らせたうえで無尽蔵のスタミナと睡眠を取らずとも良い環境を提供します。その魔道具に必要な材料、燃料はポイントに含まれているので必要なだけどうぞ。


ウォルは、二の選択をしようとした。しかし、親方は一以外の選択はいらねぇとつっぱねた。



結局、ウォルが折れたのは一か月以上言い合いをした後だった。



親方は宣言する、ウォルの為に俺の全てを突っ込んだ魔道具を一つ作る。


それを最後の作品とし、選択肢は一とする。


ウォル…、いや俺の唯一の弟子。


俺の墓なんざ石ころで構わねぇ、その魔道具を身に着けて酒でもその石にかけてくれたらこれ以上はねぇ。



もう、その魔道具の名前も決めてある。


「形状は腕輪、必要な術式は緻密かつ精密。銘は技巧の花園」

腕輪に彫金された、花びら一つに一つのジャンルの知識を。

葉や茎には、必要な新旧の道具類の具現化を。

そして、腕輪の中には相談できて進化する疑似人格を。


文字通り、この俺の人生全てをつぎ込んだ作品を作る。


ウォル、お前にはこの彫金を頼みてぇ。

膨大な知識と道具を突っ込むんだ、生半可な彫金じゃとてもじゃねぇが腕輪には収まらねぇ。


幾層に重ねた魔法陣、様々な花びらに作る精密かつ間違いが許されねぇ仕事だ。


彫金や魔法陣は、エルフの方が種族的に向いてんだ。

それを頼めるのは、お前しかいねぇんだ。


このレベルの技巧を頼めるのは、エルフでもおめーしかいねぇんだ。


ウォルの両手を取り、必死に頼み込む。



俺は、ドワーフがもっとも得意とする部分で勝負する。



人生最後の作品なんだ、彫金前のガワの制作。

コアの打ち込みもそうだが、中身だって最後に相応しい作品にしてぇんだ。



ウォルと親方の最後の作品は、無事に完成し親方の望み通りにウォルは葬式にそれを飾った。


ただ無言で手を合わせ、ただ無言で泣いていた。


ただ、ウォルは一つだけ親方との約束を破って。


石ころなんかではなく、自身が苦手でも鬼気迫る気持ちを込めて作った立派な墓石を創り上げそれを親方の墓にした。

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