#3 C.Q.C. vs. C.Q.C.
「ミッチー、僕に嘘ついてるでしょ」
加賀美は冷たい視線を本多に向けていた。本多は内心あせっていたがそれを表情には出さないように努めていた。
「は? なんのことだ?」
「あのさ。アンドロイドの開発費っていうのは普通の
「……ほほう、で?」
「で、その試作機はおそらく一体数億円はくだらないはずだ」
「……な、なるほど。そうだとして、なぜ俺が嘘をついてることになる?」
「おいおいおい、僕をみくびるのもいい加減にしろよ。数億円の試作機が紛失したとしたら企業的にも大問題だ。その捜索依頼がたった十万なわけないだろ!」
「うっ……」
──やばい。バレたか……。
「それに」加賀美は鼻息荒くつづけた。「そもそもこんなに重大な案件、上層界のもっと有能な探偵に依頼するはずだよ。ミッチーみたいな素性の悪い探偵に依頼するわけないだろ」
「なっ、そこまでいわなくても……」
「ミッチー、なにを企んでる」
「いやいや、本当に昨日依頼があったんだ。依頼主は女だった。〝鈴木〟と名乗ったがたぶん偽名だ。その女がこのアンドロイドを探してほしいっていってきたんだよ」
「へえ」加賀美の目から疑いの色は消えていなかった。「まあいいや。この仕事、請け負うよ。なんか闇の陰謀を感じるし、興味をそそられるね」
「いいのか」
「ああ。まずこの機体番号で追跡できるかためしてみるよ。あまり期待できないけどね。あと、依頼してきたその女の身元も気になる。なにか情報ないの? 連絡先は?」
「なにもわからない……連絡は一週間後に向こうからする約束になってる」
「ふうむ。ますます怪しいな……」
本多は加賀美のセックス玩具店を出て駅に向かった。
午後三時五十分。総武線三鷹行き。
車両に乗りこんだ瞬間から本多は違和感を感じていた。
(
何気なく車内をみわたすが相手の特定はできなかった。
御茶ノ水駅で下車。わざと寄り道をして相手の動きをみる──人数は二人。本多の事務所に近づくにつれ、あからさまに距離をつめてきた。
(私怨か? ったく、心当たりがありすぎてどれかわかんねえよ……)
本多は角を曲がり、自分の姿が相手の死角に入った瞬間に走り出した。
ここらへんの路地裏は複雑な迷路の様相を呈していて、上下左右に入り組んでいるせいで大抵の人間は迷う。しかし御茶ノ水周辺を根城にしてきた本多はこの迷路を熟知していた。右へ下へ左へ上へと道を変えて走った。しばらくすると追跡者の気配はなくなっていた。
(まいたか?)
ほっとひと息ついたときだった。本多の前を黒い影がふさいだ。黒いフライドジャケット、黒いカーゴパンツに黒いワークブーツ──黒づくめの筋骨隆々でスキンヘッドの男だった。さっき本多を追ってきていた二人のうちの一人だ。本多は道をひきかえそうと身をひるがえしたが、そちらにもまったく同じ服装の男がたっていた。こっちの男はサングラスに長髪だった。
(まずい。はさまれた)
本多は観念して逃げるのを諦めた。
「おいおい。俺になんか用か? 金ならねえぞ」
「本多ミチロウか」スキンヘッドの男がいった。
「いいや。誰だそれ? 人違いだぞ」
「昨日、お前の事務所に女が来ただろ」
(〝鈴木〟……のことか)
「女? さあ知らんね。てか、俺の話聞いてる?」
「女がお前になにを依頼したか、話せ」
「だから人違いだって──」
本多の後頭部に強い衝撃があった。本多の後ろにたっていた長髪の男がいきなり殴打してきたのだ。本多は反射的に左腕を自分の後頭部にまわして直撃は
(こいつ──強化人間か)
「おい、なにをやってる。勝手なことをするな」スキンヘッドの声が低いトーンで響いた。
長髪男は悪びれるようすもなく「面倒くせえことしてねえでとっととやっちまえよ。こんなザコ、痛めつければすぐにしゃべるだろ」といいながら、本多のほうへとゆっくりと近づいていき、倒れている本多の腹部を蹴りあげた。本多の体はサッカーボールのように宙に浮き、ビルの壁に衝突したあと、落下した。
「おまえも痛いおもいをしたくないだろ? さっさと吐いちまえ。なにを依頼されたかをよ」
長髪男は本多の
本多はぐったりとして力なく、長髪男の右腕にまとわりつくボロ雑巾のようだった。
長髪男の顔に
「ぐああああああ!」
遅れてやってきた激痛に長髪男はのたうちまわる。
本多はすでにスキンヘッドの男と対峙していた。右足を半歩前に出し、両腕を顔の前に構えた。
その構えをみたスキンヘッドは、
「
と本多とおなじ構えをとった。
先にしかけたのは本多だ。踏み込みだけで一気に距離を縮め、左中段回し蹴りを放った。が、スキンヘッドはそれを右脚の
本多も首相撲の上からスキンヘッドのテンプルに右肘をカウンターで叩きこんだ。
両者ともダメージを負い、一旦距離をとって仕切り直し──
今度はスキンヘッドが間合いを詰め、前蹴りを打った。本多は蹴りを
スキンヘッドが仰向けに倒れたところに本多の拳が落とされた。スキンヘッドの鼻の骨が砕けた。そのあとも何発か顔面に拳が落ちてきた。スキンヘッドは両腕で顔をガードせざるを得ない。今度はそこに本多の腕がまとわりついてきて、肩固めを極められた。スキンヘッドは頸動脈を締め上げられたのち、失神した。
スキンヘッドが意識を回復したとき後ろ手に拘束されていた。
横をみると、長髪男と本多がいた。
長髪男は右腕をかかえながら地面に座っている。拘束はされていないようだ。完全に戦意を喪失しているため拘束する必要もないのだろう。
「──たちはマシロ・コーポレーションのSPだ。行方不明になった社長令嬢、
「おい!」
スキンヘッドの怒鳴り声に長髪男は驚き、言葉を切った。
「お前、なにをべらべらしゃべっている! 消されたいのか!」
長髪男は機密情報を口にしていた。それを上層部が知ることになれば解雇どころではすまない──
「し、しかし」長髪男は「うう……」と唸り声をあげた。右肘が痛むようだ。
「マシロ・コーポレーション……世界トップのアンドロイドメーカー。あの女、そんな大物だったのか。しかしマシロってそんな怖い会社なのか? さっき〝消される〟って……」本多はスキンヘッドに訊いた。
終わった。これで俺もただではすまないな──スキンヘッドは覚悟した。
「さあな。そうかもしれないな」スキンヘッドはなげやりに吐き捨てた。
「……そうか」本多は顎をさすりながらなにやら考えこんでいた。そして「提案なんだが」と話し出した。
スキンヘッドと長髪男は本多に視線を向ける。
「俺たち協力できるんじゃないか? 利害関係が一致してるとおもうぞ」
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