#2 電脳男はアンドロイドのメイドを飼う

 本多はさっそく仕事にとりかかることにした。

 なにせ成功すれば二百万の仕事だ。二百万といったら本多にとって半年は悠々と生きていける額だったから、力が入らないはずがない。

 しかし正直なところ〝人間探し〟より〝アンドロイド探し〟のほうがむずかしい仕事だった。

 なぜなら人間の場合──クレジットを使用したときや公共交通機関を利用したときなど──生きているかぎり何かしらの痕跡を残す。

 また人間ならば至るところに設置されている監視カメラから顔データで居場所を追跡することだってできる。

 だがアンドロイドの場合そうはいかない。

 アンドロイドの骨格には規格ベースがあり、それを逸脱するようなカスタマイズは許されていない。アンドロイドの顔は──型番による違いが多少あるが──ほとんど同じ顔をしている。それにより顔認証で人間とアンドロイドの差異を判別できるかわりに、アンドロイド個体の識別は不可能になる。

 以上のことから、

 しかし本多には〝アンドロイド探し〟についてあるがあった──


 本多は秋葉原にいた。

 秋葉原。〈旧市街〉のなかでも有数の歓楽街であり、百年前から大衆文化オタクカルチャーのメッカでもあることから、メインストリートは人で溢れ活気に満ちていた。

 ここでも至るところに『TOKYO 2100』と書かれたオリンピックののぼりがはためいている。

(かつてオリンピックはアマチュアスポーツの祭典だったらしいが……)本多はおもう。(いまじゃ遺伝子編集やサイボーグ化した改造人間たちの見本市だな)

 現代オリンピックの実像は──各企業が自社の技術の粋を集め、選手を強化する。そしてもしその選手がメダルでも取れば自社の優位性を証明でき、世界にアピールできる。だから各社とも四年に一度の祭典にむけ躍起になって開発競争を繰り広げるわけだ。

 そして富や成功とは一生縁のない一般庶民らは、闘技場でたたかう剣闘士をみるように、企業の代理をつとめる改造人間同士の戦いに熱狂するのだった。

 本多は、冷めた目でオリンピックの幟をみながら人混みを縫うようにして歩き、メインストリートをぬけて路地裏へ入った。

 路地裏に入ると街の様相は一変した。暗黒地下街をおもわせる禍々まがまがしい瘴気しょうきが下水の悪臭のように漂っていた。建ち並ぶ店舗や往来する人々からは得体の知れない不気味さが匂い立っていた。

 そのなかでもひときわ異様な気配の店に、本多は入った。

 そこはセックス玩具の店だった。小綺麗な店内には、数人の客がいた。単独の男の客が三人、男女のカップルが一組、女同士のカップルが一組。棚にいびつな形をした玩具が陳列されていることをのぞけば、洒落たブティックとかわりなくみえる。

 だがしかし、が駄目だった。

 客たちから放たれる体臭と甘ったるい芳香剤の香りがまざりあい、不快な臭気となって店内に充満していた。本多は軽く吐き気をもよおしながらも店の奥へとすすんだ。

 本多はレジカウンターに立ってる接客ロボットに話しかける。

加賀美かがみは?」

「これは本多さん、おひさしぶりです。オーナーはいま、奥の事務所にいらっしゃいます。おつなぎしますか」

「ああ、たのむ」

 二十秒ほどして、

「どうぞ」とロボットに促され、本多はレジカウンターの奥にあるドアを開けた。

 ドアを開けた先は短い廊下になっていて、廊下の左右と正面に部屋があった。本多は廊下をすすみ、正面の部屋のドアをノックした。

 部屋の内側からドアが開けられた。そこには、派手なバミューダパンツを履いた上半身裸の男が立っていた。端正な顔立ち。カールした頭髪。鍛えられた筋肉──贅肉が削ぎ落とされ各部位のセパレートがくっきりとわかるほど。小麦色の肌が立体的な影をつくり、筋肉の凹凸をより際立たせていた。

「本多さん、こんにちわ」

 男は爽やかな笑顔でいった。

「また人形が増えたな」

「?」男は意味がわからないといった顔をしていたが、しばらくして合点がいったようで「ああ、はい。ぼくは二週間前にこちらへ来ました。よろしくお願いします」といった。

「おい、ミッチー」部屋の奥から太く、くぐもった声がした。「彼はじゃない。僕の大切なメイドだ。侮辱するのはやめてもらおうか」

「そうだったな。すまなかった」本多は素直に声の主に謝罪した。

 バミューダパンツの男が部屋に招き入れるポーズをしたので本多は促されるままに中に入った。

 部屋は、事務所というよりは居住スペースになっていた。部屋の右手側がキッチンになっており、バミューダパンツの男はドアを静かに閉めると、キッチンのなかに入り、来客のため中断していた調理のつづきを再開した。

 部屋の中には他に──十代前半にみえる少女、痩せているのに不釣り合いなほど胸の大きい女、恰幅かっぷくがよく胸も尻も大きな女──がいた。三人とも下着姿で、三人とも似たような顔をしていた。そう、彼女らは(バミューダパンツの男も含めて)、セクサロイド──セックス玩具としてのアンドロイド──だった。

 部屋の正面奥には簡素なデスクが置かれていて、その上に四台のモニターがあった。声の主はモニターの向こう側にいるようだ。

「しかし、お前に男色の趣味があったとはな。いつから目覚めたんだ? 加賀美」本多はいった。

「前時代的な発言だな、ミッチー。愛に決まった形なんかないよ」

 声の主が椅子から立ち上がると、巨大な影があらわれた。加賀美は元々背の高い男だったが、ここ数年脂肪を蓄えたおかげでボリュームも加わり、まるで熊のような風貌になっていた。

 本多は加賀美の脂ぎった顔を見上げた。

「性への探究心が旺盛なことで」

「ミッチーも試してみる?」

「遠慮しとくよ」

「そう、残念。新しい世界を知れるのに……で、今日はなんの用?」

「ちょっと手伝ってほしいことがあってな」

「仕事?」

「ああ」

 セックス玩具店のオーナーというのは、加賀美の副業であり、趣味だった。

 加賀美の本業は情報屋──電脳ハッカーだ。

 加賀美の脳はハッキング特化に改造チューンナップされており、脳とネットワークをダイレクトにつないで意識ごと電脳サイバー空間スペースのなかに潜入ダイヴすることができる。加賀美ほどのハッカーになれば、どんなに堅牢な防壁であっても足跡ひとつ残さず深層部にある情報を盗むことが可能だ。

 本多は仕事柄、加賀美を頼ることがたびたびあった。

「で、内容は?」加賀美が訊く。

「行方不明になったアンドロイドを探してほしい」

「アンドロイドを探す? 盗難? だったら所有者に緊急シグナルが飛んで追跡できるでしょ」

「いや、盗難かどうかもわかってない。ある日突然いなくなったそうだ」

「なんだそれ怪しいな。その依頼大丈夫なの? ミッチー」

「さあな。仕事を選べる身分にないのでね」

「まあいいや。やってもいいよ。で、報酬は?」

「〝10〟だ。だからお前の取り分は〝5〟でいいか?」

 成功すれば二百万──とはいわなかった。

「安っ。食費にもならないよ。せめて〝7〟ほしいな」

「じゃあ〝6〟」

「〝6.5〟」

「……いいだろう。これが型番と機体番号だ」

 本多は〝鈴木〟と名乗る女から渡されたメモをみせた。加賀美は、ずれた眼鏡を中指で押し上げてから、そのメモをみた。

「ミッチー。この型番は〝XT1100〟って書いてあるの?」

「……ああ、そうみえるが?」

「おいおいおい。冗談だろ」

「なにが……だ」

「〝XT1100〟ってのは世間にまだ出回ってない新型機体だぞ」

「え、そうなのか?」

「……いや、じゃないか……機械じゃないから。正確には〈有機合成型アンドロイド〉っていわれてる」

「……有機合成?」

「有機合成っていうのは、細胞を増殖させて眼球とか内臓とかの部品をつくり、それをヒトの形に組み立てるってこと。つまり機械仕掛けオートマタじゃなく、遺伝子工学の錬金術で造られた人造人間ホムンクルスってことだよ」

「ホムンクルス……」

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