第14話 譲れないような

 義務、ねぇ。義務。そうか義務か、そう来たか。ははっ……笑い話にもなんねぇよ。これからあなたには戦う義務を与えますってか、何の悪い冗談だって疑いたくなるわこんなの。



「俺、あのバケモノが出てくるまで普通の人間だったんですよ。」


「らしいな、だが今は違う。」



 言い切ったなこの人。……確かに、今の俺は既に人間の枠組みなんてものから外れてる身体能力をしてるし、それに伴って心肺機能も適応しているようだと実感できている。バケモノを倒したのも事実だし、それが覆ることはない。でもだからって――



「おかしいでしょ、こんなの。」



 俺の口から漏れ出た言葉に武田さんは反応しなかった。向こうも向こうで、この事態がおかしいことに気付いているんだろう。だから俺の言葉に何の反応も返さないし、返せない。今が異常事態すぎるから。


 あのとき、俺は泣いていた子どもを助けるために自分の恐怖を押し殺して、あのバケモノに立ち向かっただけだ。カナデにも後押しされたが、決めたのは俺自身の意思だ。でも俺にだって怖いものはある、一度死にかけたからこそ、また死ぬようなことはしたくない。


 あぁでも、俺がこの義務とやらを受けなきゃ被害にあう人がたくさん増えることになるのか。それは……いやだなぁ、絶対に嫌だなぁ。アイツなんかには任せられないし。


 そんなことを考えていたこともあって、俺と武田さんの間には長い静寂が漂っていた。でもその静寂を破ったのは、俺や武田さんではなく開かれたドアの音と、外から入ってくる慌ただしく動く人の足音や声だった。



「武田警部、緊急の報告になります。」



 入ってきたのは本居さん。近寄って手に持っているスマホを渡すと、画面を見た武田さんは表情を変えて、そのスマホを返した。



「場所は?」


「豊島区長崎二丁目です。映像から付近の区立小学校が確認されています。」


「緊急事態だ、その二つを持って原川少年も来てくれ。」


「まさか……。」


「そのまさかだ、すぐに現場に向かうぞ。本居、彼女を連れて先に行け。」


「はっ!」



 すぐに本居さんはこの場から離れていき、俺はこの武器と盾を持って武田さんの後を追いながら尋ねた。



「また穴が発生したんですか?」


「あぁ、場所は本居が言ったとおりだ。そして穴の発生からすぐ正体不明の存在、おそらく別世界のモンスターとやらが出現した映像が出回っていた。映像もつい先ほどSNSにアップロードされている。」



 エレベーターに乗り込み、B1のボタンが押される。俺と武田さんを乗せた鉄の箱は下へ下へと降りていき、そこで発生する僅かな浮遊感に身をゆだねる。



「まだ対処の方法が確立されていない以上、今は君らの協力が必須になってくる。物理的手段が通じる相手でない可能性も有り得なくはないからな。」



 冷静に、淡々とした声色でそう言った武田さんの言葉に俺は答えることなく、両手に掴んだ二つの持ち手を握りしめ、武器と盾を交互に見やる。確かさっき、近くに小学校があると言っていた。


 義務だとか色んな容疑だとか今は良い、考えるな。今は穴から現れたそのモンスターを倒すことに集中しろ。守らなきゃいけない誰かが居るのなら、その心に従え。建前なんて要らないだろ。



「武田さん。俺、戦います。」



 背を向けたままの武田さんは、俺の言葉に何も返さなかった。



「正直、犯罪の濡れ衣が被されかかってたりとかで腹立ちましたし、そんな判断を下した警察に協力とかしたくないです。また命を賭けなきゃいけない場所に向かわなくちゃいけないのも真っ平ごめんです。俺は、まだ生きていたい。」



 そう、まだまだ生きていたい。カナデと特に何でもない日常を過ごして、ただただ平穏に生きていたい。こんな異常事態に脅かされることなくいつもの世界を歩いて行きたかった。



「でも、そこで俺が行かなかったら、守れたはずの命まで消えてしまう。あのとき俺が戦う覚悟を見せなかったら、死んでいたかもしれない命があったように。だから俺、義務とかどうでもいいです。俺は俺のこの心に従って、命を守ります。」


「……そうか。」



 エレベーターが目的の階層まで到着し、地下駐車場に置かれた武田さんの車に乗り込み、エンジンが吹きあがる。ハンドルを握った武田さんに掴まっておくようにと言われ、車のアシストグリップを掴んだところで地上へと出た。


 先んじて取り付けられたランプの点灯とともにサイレンが鳴り、できるだけ全速力で現場へと向かう。無線機越しに発せられる声が他の車両を移動させ、かなりの速さで到着すると、俺は今起きている現状を改めて知った。










 またも穴は現れた。渋谷のスクランブル交差点で発生したそれと比べれば小さいものの、高さはおよそ2m、横幅は1.5mほどと多少の戦力を送り込むのに十分な大きさであるのは見て取れる。


 その穴から現れたのは、無数の動く人骨であった。カタカタと骨同士がぶつかり合う音を鳴らしながら、眼窩がんかに緑色の光を宿して進行を始めている。手には刃こぼれした剣と盾を持つ個体の他に槍、クロスボウを持った個体が居た。


 穴から出現する人骨の兵隊という現実味の無い事象を周囲の人間は珍し気に、しかし勘の鋭い者はその異常に警鐘を鳴らす。SNSにアップしているため、すぐに多くの人間に拡散されていくだろう。


 その穴から人骨の兵隊に混じって、赤いボロ布を被り、緑の鉱石を先端に取り付けた杖を持った何かが現れる。やけに猫背の姿勢のまま歩き顔や体さえも見せないまま、緩やかに歩を進めていた。


 何かは杖を掲げ、ゆっくりと杖で円を描く。黒と深緑の瘴気のようなものが動く人骨の頭上に広がり――次の瞬間、クロスボウの矢が一人の女性の腹を突き刺した。



「きゃあああああ!?」



 誰かの叫び声が殺戮の合図に変わったとき、人々は逃げ惑い兵士は生者に死をもたらす。クロスボウの矢が逃げ惑う人々の体に突き刺さり転倒したところを、槍持ちの人骨に貫かれ、剣持ちの死者によって砕かれる。


 手入れなどされていない武器によって、より苦しみながら死を待つだけの肉人形という末路だけが待っていたところに、一人の男性警官が自転車で現場に到着する。その凄惨で非現実的な現場に吐き気を催しかけるが、一人では対処できないと判断し応援を呼ぶために戻ろうとして、背中にクロスボウの矢が突き刺さった。



「あ、あ……あああああ゛!」



 一体の動く人骨が断末魔をあげる警官の髪を掴み上げ、剣で首を掻っ切った。ぶちぶちと筋繊維が引き裂かれる音を鳴らしながら、その警官は何もできないまま死んでいく。その直後、サイレンの音が辺りに響いた。


 その音に動く人骨も、その人骨に紛れている何かもそちらに視線が集中した。道路を爆走して一台、そのすぐにもう一台が現場に到着し、それぞれの運転席と助手席から人が降りる。


 更にまた複数のサイレン音が鳴り迫る中、現場に降り立った4名はその凄惨な状態に千差万別の反応を見せた。吐き気を催しそうになりながら、目の前の敵に怒りを隠しきれない者。動く人骨という非現実的事象を目撃した驚きを内心に留めている者。そして、初めての車酔いを体験して若干グロッキーな者。


 敵であるそれらは、4人を捕捉すると一斉に攻撃を仕掛けた。有無を言わせずクロスボウの矢が飛び、武田と本居の二人は車を盾にして身を隠し、ラウリは飛んできた矢を避けて掴み取り、ショウは持ってきた盾で防ぐ。



「聞く耳など持たんか!」


「耳小骨はあるみたいですけど!」


「言ってる場合か! 包囲が終わるまで持ちこたえ――」



 武田が言い終える前に、怒りの形相でショウは近くにいた槍持ちの人骨めがけて突っ込んだ。盾を構えたまま一瞬で7m程の距離を、槍を破壊しながら詰め寄り四角柱の棍棒に変形された武器を振るった。



「シアッ!」


「原川少年!」



 人骨の頭部を真上からの振り下ろしで破壊すると、その勢いで肋骨の一部も破壊されていく。人骨が崩れ落ち動きを止めたところでクロスボウの矢がショウに向かって飛来し、彼はそれを左に転がり避けた。


 その避けた先を狙い、剣持ちの人骨が剣を振り下ろす。それを盾で受け止めて立ち上がったあと、怒りに身を任せて人骨を押し出していく。抵抗むなしく人骨は盾と電信柱の間に挟まれ砕け散った。



「原川少年、無理をするな! 一度下がって彼女にも協力を!」


「ッアアアア゛ア゛!」



 飛来する三本のクロスボウの矢を弾き飛ばし、一気に彼我の距離を詰めて一体のクロスボウ持ちの人骨を、棍棒を左下から右上に振り上げて破砕する。もはや彼の耳に届く声は無く、怒りのままに動き続ける獣になろうとしていた。しかし一匹の獣は、常に複数の狩人によって殺されるのが常である。



「少年後ろだ!」


「っ!」



 彼の背後から剣持ちの人骨が襲い掛かるが、武田の一声により間一髪で防ぎきり、軽く跳んで棍棒を振り下ろす。その直後を狙って、槍持ちの人骨が三体一気に突撃をした。



「ッ、ぐゥッ!」



 咄嗟に振り返りなんとか防いだものの、体勢の悪さが響きアスファルトの地面に叩きつけられる。その一瞬の隙を逃すことなく、人骨は更に追い打ちを掛ける。三本の槍を短く持ち、それが盾に向かって振り下ろされ、ショウの身動きを封じた。


 そうして身動きが取れなくなった彼に、剣持ちの人骨が迫りくる。この窮地を脱する最適解が思いつく時間は皆無に等しく、無情にも剣が彼の頭部目掛けて振り下ろされ――る前に4体の人骨は飛んできた誰かによって破壊された。



「っ!?」


「っと、あぁ゛。ようやく吐き気が収まった。」



 彼の足元に150cmの赤髪のラウリが着地する。彼女の蹴りによって4体分の人骨がバラバラになり、それらがショウの肉体に降り注ぐ。彼がそれらを退けたあと、彼女はショウのもとまで近づき、持っていた棍棒を掴み取り上げようとした。



「……おい、手ェ放せ。」


「嫌、だね……!」



 必然的に彼女が引っ張り上げる形となったことで、ショウは棍棒から手を離すことなく立ち上がった。そのまま彼女を無視して人骨目がけて向かおうとしたが、棍棒を掴んでいる彼女に止められる。



「おいこら、お前が持ってんのは元はアタシの」


「お前なんかに、誰かを守るなんてこと、任せられるかよ。」


「はぁ?」


「誰かの未来なんて考えず、自分の明日しか考えない奴に、誰かの平和も守れない奴に――」



 彼は強く彼女を睨みつける。この手に持つ武器の柄をさらに強く握りしめ、低くドスの効いた声で言った。



「これを持つ資格なんて、あるものか!」


「……ハッ、馬鹿かお前。」


「あっ? んなっ!?」



 ショウの持っていた武器は、彼女が彼の手首の稼働域外にまで持っていくことで難なく取れた。左手にその武器を装備し、武器を棍棒から四つの刃のあるメイスに変形させる。



「武器の扱いが下手糞も良いところだ。んな屁っ放りへっぴり腰で使えるもんじゃねぇよ。大体、奴らは自分が死ぬかもしれない覚悟でアタシの前に立ったんだ。そんな甘い言葉は必要ねぇ。」


「っ、ここはお前みたいな蛮族が住むような世界じゃ!」


「ほら、来るぞ。」



 その言葉で飛来してくるクロスボウの矢に気づき、ショウはすぐに盾を構えて防ぎ、ラウリはメイスで弾き飛ばす。人骨の歯が上顎と下顎がぶつかり合い、辺り一帯にカタカタと音が鳴り響く。


 ショウは内心で舌打ちしながら眼前の敵を見据え、ラウリは敵の中に居るただ一体を視線に捉えていた。

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