第13話 突きつけられたような

 少し経って、土曜日の午後12時50分。結局俺はあの暴力クソ女とどう接していければいいのか分からずじまいのまま、俺は警視庁の前まで来ていた。別に仲良くなりたいわけじゃない、そもそも仲良くなるビジョンが見えないし、向こうも仲良しこよしなんて真っ平ごめんのはず。


 線引き、そう線引きをすれば良い。お互いに干渉しない事を示し合わせて、あとは必要な時以外干渉しないようにすればいい。それが一番無難でベストなんだ。それ良いはず……でもやだなぁ! 治してもらったけど殺されかけたしなぁ!


 大体なんであんな奴と色々と示し合わせなきゃいけないんだよふざけんな! その必要が全くもって感じられないんだけど! でもこの意見を俺が否定したら、せっかく提案してくれたカナデにも申し訳が立たない!


 ……考えてもしょうがないし、さっさと中に入るか。それに俺がいかに嫌だと言ったとしても、警察の考えは違うものになりそうだし。はぁ、何で休みの日にこんなに溜め息つかなきゃいけないんだろ。


 警視庁の中に入り、まずは首を動かしてロビーを確認する。すぐに知っている人が見つかった、苦手な人だけど。向こうも俺を見つけたのでか、姿勢を正して衣服を軽く整えた。俺はその人のところまで行き、会話をするのに支障のない距離で対話する。



「ご足労いただき、ありがとうございます。こんにちは、原川君。」


「……めっちゃ普通。」


「仕事ですから。」


「あなた仕事中でも人の恋路のこと聞きに来たでしょ。」


「すいません、よく聞こえません。」


「そんな機械みたいな返事されても――というかさっきの人工音声の真似、上手いっすね。」


「暇なときに少しだけ練習しました。」



 暇つぶしのクセがまあまあアレなのは、もう放っておこう。この人、見た目に反してかなりの変人だし。絶対この性格の被害者何人かいるでしょ。



「では世間話もここまでとして、早速向かいましょう。」


「よろしくお願いします。」



 というわけで、ゲスト用パスを受付から受けとったあと、彼女の先導のもとまた15階にある部屋に案内される。扉を開けて室内に入ると、変わらない慌ただしさの中を通っていき、先日入ったことのある部屋に案内される。


 扉を開ければ長ソファが一つに普通のソファが二つに、それらに挟まれる形で設置された机。普通のソファに座っている武田さんが居るが、俺の視線はすぐに別のものに移される。机に置かれたやけに常識から外れた機械じみた棍棒と盾があり、その盾の方を俺は知っている。



「あの、武田さん。これは」


「話は座ってからだ。」



 席に促されたので、長ソファの方に座り武田さんと向かい合う。机の上に置かれた二つが存在感を放っているせいで、そちらの方に視線を向けがちになってしまうが、武田さんの方に視線を合わせて話をする。



「何でこれがここに?」


「彼女に言ってここまで運んできてくれた。この二つは我々の手には余るようでね。」


? 」


「その理由を話す前に、まずはこの二つを持ってみてくれないか。」


「……持つだけでいいんですか?」


「一先ずはな。それをやってくれれば話を続けよう。」



 持つって言ったって、ただの武器じゃんとか思いつつ、そういやこれが古代兵装とか何とか言ってたなとも思いだす。それに関してはどうでもいいので、言われた通りにまずは棍棒を手に取って持ち上げる。目の前に座る武田さんに視線を向けたが、特に何の反応もしなかった。


 次に盾を持ってバックラー程度の大きさに変えたり、カイトシールドに変えたりして、両方を机の上に置いたタイミングで武田さんは聞いてきた。



「持ってみて、どう感じた?」


「どう?」


「無理やり持ち上げなければいけないほど重かったか?」


「どんな質問してるんですか。」



 いや突然なに言ってるんだこの人。



「いや普通に持てますよ、無理やりとか全く。」


「そうか。なら、これから起こることを見てほしい。」



 そう言って武田さんは盾の方に手をかけて、力を入れ始めた。筋肉の動き的に引っ張ろうとしてるようだけど、盾はびくとも動いていない。持ち上げようとしてみても、うんともすんとも言わない。引っ張ってるのはわかるんだけど。


 で、ほどほどなところで引っ張るのを止めて、疲れた表情になりながらも武田さんは口を開く。



「この二つは予め彼女に置いてもらったんだ、我々ではビクともしないからな。だが君は容易に振り回すことができた。」


「……疑うわけじゃないんですけど、武田さんが非力だってパターンは?」


「これでもベンチプレス120は軽々と持てるぞ。」


「ゴリラだ。」


「とまぁ、そんな私でもこれらは持ち上げられなかった。警視庁に居た力自慢にも試させはしたが誰も持ち上がらず、結局この二つを持つ事が出来たのは彼女と、君だけになる。」



 ほぉん。ってことは前に言ってたあれは一応本当のことだったってわけか。確かアイツ以外に持てる奴は居ないって話だったよな……え、じゃあなんで俺持てるの? この力か? なぜか滅茶苦茶強化された肉体と何か関係あるのか?



「この武器と盾は彼女曰く、古代兵装というものらしい。所有者が定まると他の者に決して装備させないが組み込まれているとのことだ。」


「いよいよ現実的じゃなくなってきますね。」


「もう現実が何なのか分からなくなりつつある。ただでさえ非科学的な出来事が出てきて、てんてこまいなんだ。」



 より一層疲れた様子を見せた。もう取り繕うことが億劫になってきてない? 大丈夫?



「それで……そんな古代兵装がどうして君にも扱えるのか聞きたいのだが、何か知っているか?」


「全然知りませんよ。俺が知りたいぐらいです。」


「そうか。」



 しばし、無言の時間が流れる。扉越しに聞こえてくる慌ただしさが、二人に静寂の時間を作らせないように働いたのか、武田さんはこの変に緊張感のある空間に言葉を割って入らせた。



「話は変わるが原川少年、君には現在ある容疑が掛けられている。」


「……はっ?」



 容疑? いったい何の?



「一体何の容疑に掛けられているのか、分からないのは無理もない。あくまでもこの容疑は現時点では意味をなさない、でっちあげられたものだと思っていい。」


「ようは警察側は、俺に何か罪に問われかねない何かを、妄想の域を出ないまま容疑に掛けようって魂胆なんでしょう。」


「一気に警戒されたな。無理もないが。」



 そりゃそうだ、誰だって謂れのない罪で容疑なんて掛けられちゃ堪ったものじゃない。それに何かしらの罪に問われるだなんて言われても、はいそうですかと納得なんて出来やしない。大体、一体何の容疑に掛けようとしてるんだっての。



「君の容疑は、外患誘致罪。外国にテロリストを招き入れたとして罪に問おうとしている。」


「テロリストって、あれはテロなんてものじゃ! それに、俺にそんな考え微塵も!」


「分かっている。これ自体、あくまで妄想の域を出ないものであり、今すぐ君をどうこうしようと出来るものじゃない。少なくとも私や本居はな。」



 もう何も言わんぞ。それ中には俺の容疑が正当なものである、って考える人物も居るってことじゃん。こっちはそんな余裕なんかないっての!やるわけないだろバーカ!



「そして彼女、ラウリ・ユーティカネンも同様の容疑に掛けられそうになっている。」


「えっ、そこは傷害罪とか公務執行妨害とかも追加じゃないんですか?」


「君、本当に彼女のことを嫌っているな。いや余罪は追加はされる可能性はあるだろうが。」


「あんなのを好きになれってのが無理でしょうよ。」



 好きになれって言われても絶対に無理だね、こっちから願い下るし。



「まぁその彼女は身元が不明な事と、我々では対処しきれない部分もあって扱いに困っている問題に直面していてな。結果として罪に問われないことがほぼ確定している。」


「…………はっ? いや、いやいやいや! あんな奴が罪に問われないって、そんなこと!」


「そう、普通であればこのような判断は下すことは無い。普通であればな。」



 武田さんは姿勢を正し、俺と視線を合わせる。何の理由であんなクソアマが罪に問われないのかを、俺は警察の認識と判断とともに教えられた。



「まず先週の日曜に発生した穴と、その穴から出現した怪物について。我々はこれを他国――いや別世界からの侵略行為として判断している。」


「侵略?」


「何の目的かは定かではないがな。しかしそう判断した理由もある、なるべく落ち着いて聞いてくれ。」


「……わかりました。」


「では、進めていこう。まずはあの穴についてだが、当時の映像を幾人かの量子物理学専門の科学者に見せ、そのあとまた同じ怪物が現れたことを伝えると、少なくとも偶発的に発生したものである可能性は低い、との見方を得られた。尤も、それだけだがな。」



 それだけ? それだけ――いや、でも何で侵略行為なんだ? 偶発的ではない可能性が低いとはいえ、もし仮に偶然だとしたら?



「あの、もし前日の一件が偶然だったらどうするんですか?」


「偶然だったとしても、情報統制なりなんなりはしただろうな。だが、その可能性もユーティカネンの証言でほぼ潰えたがな。」



 潰えた――いや、いやいやいやそれこそ!



「有り得ないでしょ……!」



 俺の言葉に武田さんは無言を貫いた。そうだ、そんなこと今の科学技術ではほぼ成しえることは出来ないんだ! 出来ないはずなんだ!



「それ、世界と世界を繋げる穴を、人ひとりどころか5m級の大きさのものを人為的に作り出したって言ってるようなものですよ!? ただでさえ素粒子の世界でしか発生していないそれを!」


「だからこそ、我々警察はこれを侵略行為であると見た。」



 もう、言葉が出ない。本当に現実味が無さ過ぎて、俺の体は自然とソファの背もたれに寄りかかっていた。どんな科学技術を持ってるんだ、その別世界ってのは……というか何でこの場所に侵略なんて仕掛けたんだよ。あれか? 資源か? それとも下級人類を支配して統治か? どんなSF映画だよくそったれ!



「彼女の証言によると、装置によって穴を出現させ件の怪物を通過させようとしたところを奇襲し、仲間と別れて一人この世界にやってきたらしい。これが確かなら、何者かが狙って別世界から敵対勢力を送り込んだことになる……無視はできない。」


「――そういえば、何で俺にこんな話を? まさか、俺もこの侵略者に対抗してくれだなんて話じゃ」


「そのつもりでここに招いている。」



 本気かよ……。



「俺、一般人ですよ。ただ迷惑な事件に巻き込まれた、普通の人間。」


「いや、君は普通ではなくなっている。」



 この人、どこまで知って……いや、この様子だと全部知ってそうな気がする。



「月曜に解放され、今日ここに来るまで君の行動や言動を監視していた。今の君の身体能力が人の枠組みを抜け出していることも知っているし、君が彼女の持つ盾を扱って二体目の怪物退治に一役買ったのも知っている。我々には今、時間が必要なんだ。」



 一回も俺から視線を反らさず、武田さんは前傾姿勢になって次のことを言ってのけた。



「この国が新たな侵略者の脅威に立ち向かえる準備が整うまでの時間をな。だからこそ二人にはこの国を守る義務を、与えなければならない。」

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