第12話 分かりたくないような

 カップスープを飲み干して、暫く暇だったためテレビをつけて気晴らしとして特撮を見ていると家のチャイムが鳴った。誰が来たのか確認するため玄関モニターにまで移動すると、映っていたのは制服姿のカナデだった。迷わず通話ボタンを押して、応答する。



「カナデか?」


『ショウ!?』



 モニター越しにカナデの声が響く。そういやスマホが壊れてるせいで連絡すら出来なかったんだ、と考えて俺は少し待ってほしいと伝えたあと、急ぎ足で玄関に向かい鍵を開けて玄関ドアを開いた。



「ショウちゃん。」


「あーっと、カナデ。その、連絡できなかったのはごめん。スマホが壊れて連絡が」



 言い終える前にカナデは俺を抱きしめた。今の俺なら飛びついてきたカナデを一歩も動くことなく支えて立つ事はできるが、なぜか自然と俺は抱きしめられた勢いで後ずさって、カナデを家の中に入れた。ゆっくりと閉まる玄関ドアからの光が細くなっていき、内と外が完全に遮断される。


 俺の肩に水滴が落ち、俺の体をまた強く抱きしめた。そんな俺が出来る事と言えば、カナデの体を抱きしめ返すことだけ。そうしてお互い何も言わない時間を経て、まず最初に言わなければならないことを口にする。



「ただいま、カナデ。」



 ゆっくりと俺の肩から顔を離し、視線が合った。涙目になり、頬に伝った涙の跡がくっきりと見えている。取り繕うこともしないまま、カナデはゆっくりと不満気に俺を見ながら口を開いた。



「心配した。」


「ごめん。」


「心配しました。」


「ごめん。」


「ごめんで済むと思わないで。」


「ごめっ……カナデの言う事、一つだけなら聞く。」


「二つ。」


「意外と図々しいんだけど。」


「二つ。」


「……わかった。二つ聞く、俺に出来る事なら。」


「ヘタレ。」


「何が!?」



 いやそこでヘタレって言われるのは俺も予想外なんだけど! 何が何をもってして俺がヘタレという結論になったんだよ!?



「ぷっ、ふふふっ。」


「ちょ、おまっ。ここで笑う?」


「だって、反応が面白いんだもの。」


「面白いって……はあぁぁ。」



 本当にこの人は、本当に。でもまぁ、こんな姿を見せてくれるってことは、一応カナデのお許しは出たってことか。ってか、玄関でこんなことやってると、そろそろ母さんが帰って――



「ただいまー。」



 Oh……、遅かった。



「ショウ、アンタここで何しようと」


「何もしてねぇわ!」


「あ、お義母さんお帰りなさい。」


「カナデちゃん、ウチのに何かされてない? 大丈夫?」


「何でそこで俺を疑うんだよクソババア!?」


「そうですよ、ショウちゃんは何にも悪いことしてませんから。」


「そう? そうなら良いんだけど。あとショウ、今日のおかず一品抜きよ。」


「ちょっと待てや何でだよ!?」


「クソババアなんて言葉をうら若き乙女に向かって言うもんじゃないの!」


「元はと言えば俺を疑ったからだろうが! それに今更その歳で乙女とか、恥ずかしくねぇの!?」


「失礼ね! 女は誰だって乙女と言われたいのよ!」


「今更何やったって乙女(笑)にしかなんねぇよクソババア! 現実見ろや!」


「あんですってぇ!?」


「どうどうどう、二人とも落ち着きましょ。」



 こんのクソババア、マジで俺の神経逆撫でることしかしねぇなオイ。カナデに止められなかったらヒートアップして止めようがなかったわ。これが俺の母親ってことが未だに信じられないんだけど。


 ひとまずカナデの仲裁で場は収まったものの、いい加減に自分の子どもを疑うようなことをベラベラと言うなっての。まじで何なんだよあのクソババア。


 今日は本当に色々とあったなぁとか思いながら、自室のある二階にカナデと向かい部屋の前に到着したところで、カナデは俺の前に割り込んできた。



「さっき言い忘れてたことがあったんだった。」


「ん?」


「おかえりなさい、ショウちゃん。」


「……ただいま、カナデ。」



 あぁ、そうか。そういや言ってなかったな。










 珍しく休んだものだから、学校に着くなり色々とクラスメイトの奴らに聞かれまくった。まあ何の病気も患ってなければ、持病があるわけでもないし。死にかけはしたな、デカい外傷で。


 まあおいそれとスクランブル交差点で起きたことを言うなんてことするわけもないので、適当に意識を失ってたとでも言おうとしたら、一人のクラスメイトがスマホで見ていた動画に目を向けてしまった。


 あの時の穴から出現するサイクロプスもどきの動画だ。流石SNS、ここまでくると秘密でも何でもないな。今手元にスマホが無いんで世間様のコメントが見られないのはさておいて、武田さんとかの仕事ヤバそうだなぁとそんなことを思った。


 そんで色々とはぐらかしつつクラスメイトの質問を凌いでいき、授業時間に入ってすぐに俺は武田さんの言っていたことを思い出す。一つの選択肢を取らざるを得ない状況ね、宿題なんかはまさにそれだな。


 ただ、あの時言っていたのはこういう事じゃないんだろう。俺は何のわけか警察と関わり、あのクソアマと関わり、そしてこの事態の中枢のようなものに関わった。考えたくは無いけど、俺は避けようのない事に関わっていくんだろう。


 だとしても、俺はそれを受け入れるんだろうか。受け入れられるんだろうか……って、こんな事考えてたらあのクソアマのことを思い出してムカッ腹がたってきた。絶対アイツとは反りが合わないし、喧嘩にしか発展しない自信がある。


 何より、あの暴力性。命が残ってればどうなろうと知ったことじゃないってスタンス、それは違うだろ。異世界の法律とか知りようがないけど、少なくとも社会復帰できなくなるまで叩きのめすのは違うと言い切れる。


 そんな考えを持ったままいつの間にやら昼休みになり、俺はいつも通りに屋上でカナデの作ってきた弁当を食べていた。考える時間が欲しかったのかは分からなかったけど、俺の食べる速度が遅いように思える。


 いや、実際にそうなんだろう。俺の知らないうちに現れていたこの力、これが何なのかはともかく、これは人を守ることに使われるべきだ。間違ってもあんな風に使われるべきじゃないし、そんな使い方をする奴と協力できるなんて出来るわけがない。



「ショウちゃん、どうかしたの?」


「ん? あぁ、いや、何でも。」


「ごまかさないの。お弁当食べるスピード、いつもより遅いし、なんか思い詰めてるような表情してる。」



 顔に出てたっぽいか? にしてもよく見てるんだな。ビビンバご飯の一部を箸で掴み、一口頬張って咀嚼する。辛さと旨さが口に広がり、その辛さを中和するために甘く仕上げられた卵焼きを口に放り込んだ。


 正直、このことを正直に言うべきでないんだろう。武田さんに口外するなって言われたし、何より信じる要素は……あるな。あの時サイクロプスを見たんだし、ソイツが現れた穴も見た。まぁそれでも言えるものでは無いんだけど。


 んならぼかす形で、アイツのことについてどうしたら良いのか、聞いてみるのもありか? いやでも、カナデにこれを言うのは何だか憚れるな。別で相談した方が――



「ショウちゃん。」


「んぁ、はい。」


「また考え事してた。無視するなんて酷いぞー。」



 カナデは俺にそっぽ向いて泣き真似をし始めた。大根役者じみた真似で、時折俺の方に視線を向けて、また真似をするといった一連の行動を繰り返す。このまま無視してもいいが、流石に放置してるともっと問い詰められるし、色々とぼかしながら聞いてみるか。



「カナデはさ。」


「なに?」


「もし、もしもな。滅茶苦茶に反りが合わない奴と必ず一緒に行動しなさいって誰かに言われたとするぞ。」


「ふんふん。」


「そいつは価値観もヤバくて、倫理観なんか以ての外って奴で。コイツとは絶対に協力し合えないって思うような奴と絶対に付き合わなくちゃいけない場合、どんな風にする?」


「どんな風って?」


「そりゃあ、どんな風に一緒に行動するのかって。」


「ふぅむ、また難しい問題ですなぁ。」


「言い出しっぺだけど、俺もそう思う。」



 変な笑いがこみあげて、口角が上がった。嫌な奴との付き合い方なんて、基本は関わり合う事が無いように無視するなり、相手に興味を持つことなく淡々とすればいいんだけど……アイツは何か違う。というか無視したり、なぁなぁで対応したら暴力に走りそうで怖いんだが。


 カナデもカナデで考えてはくれているが、明確な答えは多分出ない答えなのかもしれない。どうしたものかと考えていると、カナデの唸り声が止んだのでそちらに視線を向ける。



「どした?」


「ん?」


「あ、思いついた訳じゃないって感じ?」


「うーん……思いついてない訳じゃないよ。」


「例えば?」


「絶対に付き合わなくちゃいけないんだよね。まぁ……線引きとかした方が良いのかなって。」


「線引きねぇ。」


「どうしても反りが合わないなんて事、生きてたら必ずあることだし。だったらお互いに、ここからは干渉しないって所を決めるのがいいんじゃないのかなって。」



 まぁ、そうなるか。そうなるわなぁ……アイツ、会話の余地あるか?



「にしても、ショウちゃんも大変だね。」


「はぇ? 何が?」


「ん? ショウちゃん、その絶対に反りが合わない人と一緒に行動する必要があるんじゃないの?」



 おう、ばれてら。こんなすぐにバレるもんなのか?



「付き合い長いんだから、このぐらい分かるよ。あからさまだった、っていうのもあるけど。」


「あからさまだったかぁ。」



 もっと上手く秘密にできるようにしないとマズいかもしれない。とはいえ、こうも簡単に悩み事を当てられたとなると、変に誤魔化すのも違う気がする。思考を切り替えるように息を吹き出してから、話を再開した。



「そう、かなり厄介な奴とね。詳しくは……警察の人に言われてるから言えない。」


「そっか。ならそこからは聞かない。」


「助かる。」


「何となく、あのバケモノに関連してる人だって予想はできるし。」



 勘良すぎない?



「でも、ショウちゃん。」



 さっきまでとは違い、カナデはどこか不安気な声色と真剣な表情で俺の目を見る。その視線から俺は目を逸らす事は無かった。



「ちゃんと、無事で帰ってきてね。」


「……あぁ、勿論。」



 また一つ、カナデを守る理由が増えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る