第10話 予想外のような

「別世界の住人、ですか。」


「あくまで今のところはな。」


「警察でも、そんな荒唐無稽な意見になるんですね。」


「否定はしない。」



 武田さんが頭を押さえて項垂れる、昨日と今日でかなり疲れたんだろうな……さっきのこともあるんだろうけど。それはともかく、別世界の住人という判断を下したのは、まぁ納得がいく。


 冷静になってみれば、あの時死にかけていた俺はコイツの手によって救われているし、そのあとも火を投げてきたりと、完全にこの世界の物理法則やら何やらに色んな方面に喧嘩を売ってるようなことばかり起こしている。


 事実、あのサイクロプスが現れた時のことやコイツが現れた時を思い返してみても、別世界から現れたとしか説明がつかない。極めつけはあの穴、ワームホールとかそんな感じのあれなのだろう。


 それについてはまぁ、ある程度の理解はした。けど、まだよくわかってない事がある。



「取り敢えず、多少の理解はしました。色々と思い当たることがあるので。」


「思い当たること、とは?」


「死にかけてた俺を変な力で助けたり、逃げてる俺に火を放ってきたり。」


「変な力じゃねぇ、魔法だ。」



 俺の発言にそうきっぱりと言って遮り、続けて言葉を紡いだ。



「もっというと、お前を助けたのが魔法で、お前やあの変なモン持ったケーサツ? って奴に放ったのは魔力放出だ。違いがあるんだよ。」


「その前に、俺はお前が警察と何かあったのが気になるんだが?」


「それについても説明しよう。」



 武田さんが神妙な顔つきになって、その話題について語りだす。そこまで緊張しなきゃならないことなのか?



「昨日16時42分頃、渋谷警察署の面々がスクランブル交差点に到着し、そこで彼女に武器を降ろすように警告した。だが彼女は使用された拡声器に驚き、棍棒と盾を持った。」


「棍棒。あれ棍棒にも変形するんですね。」


「あの武器が変形するのを見たことがあるのか?」


「大剣、槍、両刃もろはの片手剣に、短剣を。」


両刃もろはなんて言葉よく知ってるな。」


「漫画とかに出てくるんですよ。」


「んんっ。」



 おっと、本居さんから“早く本題に戻れ”とお達しが来た。まぁここで無駄話しても話進まないし、逸れてしまった話題を元に戻すのが先決だ。というわけで武田さんは本題に戻した。



「話を戻すが、そのさい渋谷署の沼額という刑事が負傷。彼女を捕えようとした警官二人も負傷した。沼額という刑事のほうは18針の縫合と、顎の負傷による構音こうおん障害を発している。」


「こうおん、障害?」


「発声に……声を出すのに必要な器官、例えば唇や舌などに何らかの障害があると喋りにくくなる状態のことだ。一般的には呂律が回らない状態のことをさす。」


「なるほど。」


「警官二人の方は他の者からの証言で、一人は右肩を複雑骨折、もう一人はかなりの距離を殴り飛ばされたらしい。命に別状はないが、背骨が完全に折れていてな。半身不随になっている。」


「ッ!?」



 俺は咄嗟にこの暴力クソ女の方を見た。そして気付けば、コイツに掴みかかっていた。



「あっ?」


「原川少年!」


「おい、この手は何だ。テメェに掴みかかられる謂れはねぇぞ。」



 俺は衝動的にコイツの首根っこを掴んでいた。向こうは特に苦しんでる様子もない……ふざけんなよ。



「何で彼らをそこまで傷つけた!? その必要は無かっただろ!」


「アタシに向かって襲い掛かってきたんだ、やられても仕方ねぇだろ。殺してないだけマシと思えや。」


「ふざけんなよテメェ!」


「本居、人を呼べ!」


「はい!」



 本居さんが扉を開けて人を呼び、俺の方に武田さんが組み付いてくる。けど大の大人一人分の体重が加算されても、俺の体は動じずこのクソアマの首根っこを掴む手を離さない。



「ここはテメェの住んでる場所じゃないし、お前の世界の法律が適用される場所じゃあない! 殺してないだけマシ? テメェのせいで生きながら地獄みたいな日々を暮さなきゃいけなくなった人はどうなる!? 変わり果てた姿を見た当人の家族はどんな思いでその人を見なきゃならないのか、わかってんのか!? 」


「何でお前がキレてんだよ。仲間や肉親ならともかく、赤の他人にそこまで入れ込む必要ないだろ。」


「人が人を思いやることの何がおかしい!?」



 あぁ、コイツは本当に別世界の住人なんだと悟った。自分の身の安全のために死なない程度に力を使ったと、相手のことはとしか思っていない。恐怖を与えて人を制する方法を真っ先に使う、コイツの事を俺は、絶対に許せない。


 それから間もなくして、俺とあのクソアマは大人数の手によって引き剝がされ、武田さんからまた後日に話をすることを取り決めて、俺は彼の車に乗せられて自宅に帰ってきた。胸に巣くうこの怒りを伴って。










 一時的な騒動からしばらくの時間が経ち、一人で長ソファを占領し横になっているラウリ・ユーティカネンは苛立ちの収まりがつかないでいた。時折ショウが言っていたことを思い出しては舌打ちをし、小さく愚痴る。


 それを繰り返し、一向に収まりがつかないこの感情にも腹が立って、部屋から出ようとしてソファから降りると、部屋のドアが開かれ本居が入室した。彼女は入ってきた本居を訝しげに見て、目の前の一人用ソファに座った。


 その一連の行動に疑問符を浮かべながらも、ラウリは部屋から出ていこうとドアまで歩こうとして、本居に引き留められる。



「許可が無ければ、ここを出てはいけませんよ。ユーティカネンさん。」


「何で外出るのに許可が要るんだよ、何処に行こうがアタシの自由だろ。」


「いいえ、今の貴女に自由は無いものと思ってください。」


「はっ、なら止めてみろ。止められるのならなー。」


「警告はしました。」



 そのように言った後、本居はどこからともなく耳栓と黒レンズの保護メガネを取り出し、それを装着する。その一連の行動にラウリは意味が分からず、ただ彼女を見ていたが、本居が小さな筒につけられたピンを外し、ラウリの真上に行くように投げられた途端、閃光と爆音がラウリを襲った。



「ガッ!?」


「失礼。」



 ラウリが閃光と爆音に苦しんでいるところに、すかさず本居は彼女の膝裏を蹴って姿勢を崩し右腕を抑えて制圧する。無理に動けば簡単に腕が折れるように彼女を捕え、この状態のまま少しの時間が流れた。



「そろそろ良いでしょう、私の声が聞こえますか?」


「おい、こら……離せっ!」


「残念ですがそうはいきません。貴女は今薄氷の上に居るような立場であることを忘れてませんか?」


「ぁあ!?」



 ラウリの様子から、自身が今どういう立場なのかは測れていないことが読み取れた。暴れようとするラウリの動きに、本居はペンタイプの護身具の先端を彼女の肉体に食い込ませて封じた。



「いだだだだだだ!?」


「貴女は現在、国家の存続を脅かす対象として位置づけられています。なぜかはご存じで?」


「いてぇんだよ! さっさと退きいだだだだ!?」


「貴女の持つ魔法なるもの、膂力、古代兵装なる武器。それら全てはこの日本に、ましてや世界中にすら無い正体不明の力です。」



 ラウリの腕関節が嫌な音を鳴らしている。このままでは自壊しかねないと冷や汗をかく彼女をよそに、本居はこの優勢状態を崩さないよう慎重に力を加減しつつ話を続ける。



「スクランブル交差点に出現した穴、その穴から現れた未確認生物、そして貴女。偶発的かはともかく、あの穴はかけ離れた二つの場所から敵対勢力を送り込むことが出来る。もしそうであれば、これは間違いなく我が国への侵略行為と判断し、そのための対策を打たねばならない。

 貴女は現在、我が国において侵略者かどうかまだ区別が付いていない状態です。あくまでもまだ保護。しかし監視下から逃れるような行動、或いはこの国を脅かすような存在であると決定された時、我々は全力で貴女を処分しなければなりません。ですので」



 本居は彼女の耳元に顔を近づけて小さく、だがハッキリとした声で警告した。



「どうか、勝手な行動は慎んでください。」


「……ッ。」


「返事は?」


「チッ、わあったよ。」


「では結構。」



 拘束を解き、本居は彼女から距離を取る。床に伏せられていたラウリは痛む右肘に、左手に発生させた白い光を少しの時間当てて、手を離すと右腕を軽く動かす。光が消えると、ラウリは不服ながらも長ソファにまた座った。



「先ほどのは?」


「んだよ。」


「先程、白い光を手から発していたようですが、一体何なのか気になりまして。」


「簡単な回復魔法だが。」


「ほう、詳しく教えていただいても?」


「アンタさっきとは別人みてぇな反応するな。」










 車が自宅に到着し、俺は降りて運転席に乗る武田さんと話していた。道中で多少は落ち着けはしたものの、まだ燻ぶってるこのモヤっとした感情はどうしようもなく残り続けていた。


 そんな俺の心境はたぶん分かっているのだろうけれど、敢えてそのあたりに触れてこない武田さんは日を改めて警視庁に来るようにと言われた。何時ぐらいに来ればいいのか聞くと今週の土曜の昼、13時あたりにと言った。


 それだけ分かれば十分だったので、家に入ろうとしたところで武田さんに呼び止められた。何かまだ言い残していたことでもあるのだろうか。



「何ですか?」


「いやなに、最後に忠告を入れておこうと思ってな。」


「はぁ……。」



 忠告、ねぇ。なんだろ。



「君はあの時、警官の現状に対して憤り、その下手人である彼女に矛先を向けた。」


「それが……?」


「ああ、いやいや。何も悪い事だとは思ってない、君の考えも意見も至極真っ当なものだ。それは私が保証しよう。ただそれとは別に、君はこれから多くの選択肢に向き合う事になる。」


「選択肢、ですか。」


「あぁ。君が望む望まないにしろ、選択を迫られることになる。そしてその中に、取らざるを得ない選択肢が出てくるだろう。もしその時が訪れた時は――」



 “割り切ることを覚えた方が良い”と、武田さんは言って車を走らせた。排気ガスの臭いと遠ざかるエンジン音が、やけに記憶に残りながらも俺は家の中へと入った。

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