第9話 改めましてのような

 何か……何か、道中はホントに酷かった。やたらと本居もとおりさんの質問責めが酷い、この人本当に警察なのかよと思うぐらい色恋沙汰に興味があるし、プライバシーもへったくれも無い。それで良いのか警察官。


 おそらくこの暴走本居さんの上司と思わしき武田さんも、手をこまねいているよう反応だったため止めようがないんだろう。いや止めてくれよぉ、切実に。何でこんな劇物ほったらかしにしてるんですか? 周囲の環境に変化起きません?


 警視庁の地下駐車場に到着して車から出るまでそんな感じだったせいで、あのサイクロプスと戦った時より疲れてるのは気のせいじゃないはず。一気に苦手意識持っちゃったんだけど。


 そんなこともありながら、俺はゲスト用のICカードを貰って二人の後を追うように警視庁の内部へと足を踏み入れた。エレベーターに乗り、武田さんが15階のボタンを押して上へと昇っていく。


 初めて入ったし、警視庁というだけあって俺の心境は緊張していて、色々と視線を巡らせていて落ち着きがなかったと思う。少しして15階に到着して、とある部屋に案内された。その部屋のドア前のところで二人は足を止めて、俺の方に向き合った。



「では原川少年、今から君には幾つか秘密を作ってもらうことになる。」


「秘密、ですか?」


「まぁそう身構えなくていい、簡単なことだからな。」



 ほんとぉ?



「一つ、ここでの出来事は一切口外しないこと。二つ、のことについては機密扱いとして扱わねばならない。これだけだ。」


「……彼女?」



 彼女……カナデではないわな絶対。となると思い当たるのは――



「さ、中に入るとしよう。」



 了承の確認を取らないまま武田さんが扉を開けた。中は案外広い、でも今は何だか忙しなく他の警察職員が動いている。それらに目もくれず、本居さんは別の場所に向かい、俺は武田さんに個室に案内されると座るように促された。


 その通りにソファに座り、武田さんも俺の向かい側の席に座った。



「では、改めて色々と話をしていこうか。まずこちらから質問する。」


「はぁ。」


「あの巨人が現れた時、君はデートの帰りだと言っていたが、事実で間違いないか?」


「その通りです。」


「誰と行っていた?」


「幼馴染と。」


「名前は?」


「夕凪 奏。」


「……よし、この質問は終わりとしよう。次はあの巨人について、君は何か知ってるか?」



 ここであのサイクロプスの事について聞かれるのか。



「倒しはしましたけど、特には。」


「全く?」


「目からビーム出してくることと、既存の生態系に存在してない奴ってことしか知りません。」


「ビーム。」


「はい。」



 倒したことについては言及しないのね。それより目からビーム撃ってくるってところに注目するのは普通か。しかも穴から出てきた既知のような未知の生物だもの、今ごろ解剖作業とかやってるんだろうな。


 額に親指の第一関節を当てて何かを考えている中、扉がノックされる。武田さんの許可のすぐあとで本居さんがお茶を乗せたお盆を持ってきており、俺の前に置かれた。そして本居さんもこの場に参加するようで、武田さんの隣のソファに座った。



「……現場には二体の巨人が居た。一体目は目の奥にある脳に標識棒の一部が刺さって死亡していたが、あれは君が?」


「まぁ、はい。」


「なぜ戦った? 死ぬ危険性を理解してなかったわけじゃないだろう。」



 まぁ、そらそうだ。普通なら他と同じように逃げてる。俺だって最初はカナデを連れてあの場から逃げたかった。俺が何かを言う前に、武田さんが口を開いた。



「体長約4m、推定体重およそ6トン、どのような原理か知らないが目からビームを放つ巨人。そんなフィクションじみた相手に、なぜ挑んだ? 酔狂などでは無いのだろう?」


「そりゃあ、酔狂でやるような人間じゃありませんし。」



 俺は一拍置いて、あの時思っていたことを語った。守らなきゃならない子どもの存在と、カナデと俺の安全を天秤にかけて、俺は俺が望むことを選択したんだと。誰かを守りたいと願った自分に恥じない選択をしたと今でも思っているとも。


 まぁその事を伝えた結果、呆れているがどう言えば良いのか迷ってる時のような表情をしながらだったが、俺に向けて言葉を紡いだ。



「……その判断は一歩間違えれば君も、君の大切な人も死んでいた可能性があった。誰も救われない終わり方になるかもしれなかった、その辺りは分かっているだろう?」


「はい…………。」


「今回は運が良かった、それを頭に入れておくように。」



 特に表情の抑揚もなく淡々と言って終わらせた。まぁ、そんな反応だよな。完全に無謀極まれりってやつだし。その辺りの称賛は無いにも等しいわな。



「次に移ろう。ある人物がそろそろこちらにやって来る、少し確認したいことがあってな。」


「確認したい事。」



 確認したい事ねぇ。それにある人物とか、部屋に入る前に言ってた彼女とかで何となく想像はつくけど、そうなら俺会いたくない。絶対碌なことにならない自信がある。


 しかし俺の願いも空しく、この部屋のドアが無遠慮に開けられた。あの赤髪の150cmによって。



「あっ?」


「げっ。」


「あぁん?」


「勝手にキレてんじゃねぇよ。キレ症かテメェ。」


「会って早々見たくないもん見たって反応されりゃこうなんだろ。」


「誰だって殺されかけた相手に友好的な態度なんざ取れるわけねぇだろ。」


「んだと? テメェの命の恩人だぞアタシは。」


「救った後でまた殺しに行くのは、命の恩人じゃなくて命を弄んでるヤバい奴なんだよ。そんな事も分からねぇのかよ暴力女。」


「はっ?」


「二人とも静かにしろ。」



 っとと、そういやここ警視庁だった。何かやらかしたらお縄についちゃう、まだコイツに対する嫌悪感とかは残ってるけど、今はそれは置いておこう。



「武田さん、何でコイツが居るんです? 居るのは予想ついてましたが。」


「原川少年、人に向かって指を指さない。一応彼女のことは警察で、というよりウチで保護しているんだ。」


「保護? しなくても一人で山にでも入って生活しそうですけど。」


「それこそ猶更保護しないとだめだろう。君がそこまで悪感情を持っているのは……先の発言で理解した。」



 疲れた様子でそう言った武田さんは、俺の身に何が起きたのかを何となく察して更に心労が重なったように見えた。とはいえ個人的にはこの暴力の擬人化が保護? いやまぁ確かに変ちくりんな格好をして、武器持ってたり火を飛ばしてきたり、碌に話が通じなかったり。


 まあ俺の不満やら何やらは今のところ置いておこう、話が進まなさそうだし。軽く咳払いをして一旦話の流れを武田さんは切り替えた。



「なぜ彼女がここに居るのか、だったな。紆余曲折あったが、彼女から提案があった。色々と教えろとね。」


「はぁ。」


「その前に身の内についてのことを色々と尋ねてみたが……これがどうにも要領を得ないものばかりだった。」



 隣に座っていた本居さんがタブレットを操作し、操作し終えたそれを武田さんに渡し、それの内容を武田さんが読み進めていく。



「出身はユメナ村」


「ちょっと待ってください?」


「何かな。」


「ちゃんと取り調べしたんですよね? いきなり聞いたこと無い村とか出てきたんですけど。」


「……何度聞いても同じ答えだったんだ、ひとまず進めていくぞ。」


「ツッコミどころたくさんなの確定じゃないですか。」


「一々口出ししねぇと気が済まねぇのかテメェはよ。」


「うっせぇわチビ。」


「ああ゙?」



 っ!? この空気感、あの時と同じ! しかもこの女、こっち来てるやべぇ!ソファの背もたれを飛び越えるようにして後退!



「逃げんな!」


「殺気駄々洩れの状態で言ってんじゃねぇよ!」


「まずい……!」



 ちょ、お前掴みかかってくんな! 迫る両手の軌道を確認してキャッチして、拮抗状態を作って押さえつける!



「なっ……!?」


「テメェ、アタシのこと何つったよ今ァ?!」


「至近距離で叫んでんじゃねぇよ暴力チビ! 常識覚えてから一昨日きやがれ!」


「んだとこの悪人面!」


「はぁあああああ!?」



 言ったなテメェ! 俺が気にしてることを! 昔知り合いから、なんか普段から何人かやってそうとか言われたの結構ショックだったんだぞ!



「何人かやってそうな悪人面に常識だの言われたかねぇわボケ!」


「面は関係ねぇだろぉがよォ! 第一テメェみたいにすぐ暴力に手を出す奴に言われたかないわ! 傷害罪ご存じ!?」


「んなの知るか!」


「はぁー! はーぁ! 知らない!? どこの未開の地から来たんですかテメェ!? あれか、この先日本国憲法通用せずの所から来たんですか!? 残念、ここは憲法適用範囲内だわ暴力真っ平チビ!」


「何をごちゃごちゃ言ってんのか分からねぇが、誰が真っ平だってぇ!?」


「テメェのことだわ寸胴体型!」


「ぶっ殺すぞウド野郎!」



 そのあと、大人数で俺らを引きはがして話を戻すのに20分ほど掛かった。










 20分後。喧騒の只中にあった部屋内は現在、ショウと赤髪の女の二者間の睨み合いによる緊張状態で殺伐としている。お互い視界に入れないようにあらぬ方向を向いており、絶対に相いれない姿勢をこれでもかと見せつけている。武田は胃がキリキリと鳴っている錯覚を受けた。


 そんな個人的な事情はともかくとして、武田は止めていた話を続けた。



「最初から話を戻す。彼女は『ラウリ・ユーティカネン』、出身はユメナ村。職業はS級パーティ『無垢なる旅風』の冒険者、だそうだ。」


「どこからツッコめば良いんですかそれ。」


「どこも可笑しかねぇだろノータリン。」


「頼むからこれ以上喧嘩をしないでくれ……。」



 武田の悲痛な思いが口からまろび出た。これ以上時間と労力を掛けるのも辛いらしい。鈍重な息が武田からこぼれ出て、そのあと話が再開した。



「とまぁ、このように。彼女はこの日本どころか、世界中でも聞いたことが無いあれやこれやを我々は聞いた。これだけならただ妄想に囚われてる幼気な少女、なのだが……この映像を見てくれ。」



 武田は持っているタブレットを操作し、ショウに向けてとある映像を再生して見せた。映っているのは隣にいる赤髪の少女、その映像の中の彼女は何やら言葉を発し、次の瞬間には全身から放電現象が引き起こされていた。


 と、これを単に見たとしてもただの合成としか思えないのだが、ショウはこれと似たような現象を実際に見たことがある。



「これ、マジのヤツですか?」


「合成も使っていない、実際の映像だ。彼女は自身の肉体から放電現象を引き起こし、他にも手から光やら炎やらを何も無しに生み出したりと、この世界の常識を真っ向から否定する現象を引き起こしている。」



 武田の言った通りのことが、今見ている映像から映し出される。再生時間が終わるとショウは武田に視線を向けて、彼に尋ねた。



「コイツ、何者なんですか?」



 一拍おいて、武田は今から荒唐無稽なことを言うと自覚を持ったまま、ショウに向かって見解を伝えた。



「いわゆる、別世界の住人というやつだ。」

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