第7話 丸く収まらないような

 いや、そこは一件落着大団円で良いだろうが。何言ってんだコイツ? とか思ってたら、先に盾を力づくで手元に戻される。女が持っている槍は30cmほどの短剣に変形し、ラウンドシールドはバックラー並みの大きさに縮小されると、その2つを自身の背中と腰に収めた。


 それにしても、その武器と盾の変形機構どうなってんだ。 見た感じ質量が変化してるのは確実だし……いやそれ何てオーバーテクノロジー? 装備を片づけた女は、また俺の胸倉を掴んできた。



「ちょいちょいちょい! 服伸びちまうだろーが!」


「アタシの質問に答えろ、返答次第じゃテメェの爪を剥がしてでも本当のことを言わせる。」


「おいサラッと拷問しようとすんな! 脅迫罪だぞ!」


「口を塞げばバレねぇんだよ。オサラバしたくなけりゃさっさと質問に答えろ!」


「こっわ! 蛮族のやり口じゃねぇか!」


「うっせぇ! いいからアタシの質問に答えやがれ!」



 マジでコイツ何なんだよ!? さっきから暴力を使うって脅して、一体何がしたいんだっての!



「何でテメェはこの古代兵装が使えんだ?」


「はっ? おまっ、何言って?」


「言え、さもなきゃ」


「俺が知るか! ってか、古代兵装ってなんの話だ!? 冗談にしろ中二病にしろ、やって良い事と悪いことがあんだろ! とっとと、放せっ!」



 胸倉を掴んでいた手をもう一度引き剥がし、女から距離を取る。コイツ、色々と変だとは思っていたが、マジの変人だわ。いやあのサイクロプスみたいなヤツと戦ってたのは見てるからただ変な奴ってわけじゃないんだろうけどさ! ここまで暴力を使うのは常識が無さすぎるだろ!



「アタシの持つ古代兵装は所有者であるアタシにしか使えないんだよ! 他の奴らは使おうとしても、そもそも持ち上がらなくなるぐらい重くなる! だから盾だけとはいえ持てた上に、扱えるなんてあり得ないんだよ!」


「誇大妄想も大概にしろよ! 何が古代兵装だ!? 自分にしか扱えないって設定貫き通したいにしても、限度ってもんがあるだろ! 人さまに迷惑かけてまでそうしたいなら先ず精神科行ってこいや!」


「何言ってんのか分からねぇが、テメェがアタシを侮辱してるのはよく理解したぜ。一発ぶん殴らせろ!」


「暴力しか頭にねぇのかよ、テメェの脳みそダチョウか? えぇ!?」



 コイツ、全然話が通じねぇ! マジで暴力に走る気満々だし、いやこっちに来るぅ!



「おい逃げんな!」


「なら追いかけてくんな!」


「ふざけたことぬかすな!」


「どの口が!?」



 いやぁ! マジで殴りに来てるぅ! あとなんか知らないけど足が滅茶苦茶速くなってんだけど! さっきのときもそうだったけど、俺の体がおかしくなってる気がする!いやそれよりこの蛮族どうにかしたいんだよ!



「ちょこまかと逃げんじゃねぇ!」



 ん? なんか熱くなって――火ィいい!? なんか火が飛んできたァ!? やばいって火はやたらめったら投げられたら火事に発展するからぁ!



「こんのっ……!」



 なんか後ろの方で空気がピリピリしてる!? 絶対やばいってどこか隠れ、いや隠れたら建物に被害が回る! こういう時どうするどうする!? あぁ考えてる間になんか向こうの力が溢れてるぅ!



「『アリガント・テネブラス』!」



 いやぁ!…………あれ? 何にも起きない。何だよ、内心でいやぁ!とか叫んでた俺がバカじゃん。というか向こうも何が起きてるのか分かってなさそう、しかもあのピリピリした空気も無いし。何か不発した? 向こうも何が起きてるのかさっぱりなようだ、自分の両手を交互に見てるし。



「ど、どういう事だよ……。」



 あ、今ならコイツから逃げ切れるわ。さっさとこの場から立ち去って――いやこのタイミングでサイレンは遅すぎねぇ!? 今から逃げればまだっ!? 嘘だろ、こんなタイミングで意識が……やばっ、落ちる。










 日本に異変が起きた。東京の渋谷という街で、体長約4m級の巨人が出現したという報告。にわかには信じられないその出来事を知ったのは、SNSに流れてきたある映像だった。


 突如スクランブル交差点に現れた穴、そしてその穴から出現した緑色の肌をした単眼の巨人。スクランブル交差点に居た民間人たちの悲鳴と焦りによって引き起こされた大規模渋滞、これにより到着が遅れてしまい警察が到着した時には凄惨な現場と、一人の少女。


 事後の現場にゾロゾロと集まってくる警官たちに少女は疑問を覚える。見慣れない服装に、見慣れない鉄の塊。赤い光に奇妙な音と色々と訳が分からなかった。何よりこの周りにある全てのものが、彼女にとっては未知そのものだ。だからこそ、警察が取り出した拡声器というものに、驚いた。



『そこの嬢ちゃん、両手を挙げろ。』


「ッ!? 」



 腰から短剣を引き抜き、それを1mほどの棍棒に変形させる。持ち手以外は7cm四方の四角柱になっており、まるで角材に持ち手をくっつけただけのような、粗雑なつくりに思えるその武器を少女は構えた。


 警戒心を剝き出しにしている彼女のその一連の行動を見ていた拡声器を持っている男、茶髪のツーブロックに桑色のトレンチコートを着ている男が、拡声器で周囲にいる警官に指示を出す。



『力づくで確保しろ、公務執行妨害だ。』


沼額ぬまぬか刑事、何を――!?」


『そこにいる奴は俺たち警察に武器を向けた。話し合いに応じるつもりは無いらしい。なら実力行使しか無いだろう。』



 沼額ぬまぬか刑事と呼ばれた男はあくどい笑みを浮かべながら少女を見る。周囲の警官は難色を示しており、さっさと捕まえてこないこの空気感の発生源に彼女は視線を向けた。


 その沼額刑事は、苛立ちを含んだ声色で拡声器越しに警官たちへと向かって言った。



『聞こえなかったのか、あのガキを捕まえろ。あれは今、俺たちの仕事を邪魔して』



 沼額刑事の言葉が続くかと思われたが、その前に彼の顔面に向かって白い球体が衝突した。破壊された拡声器の破片の一部が沼額の顔に突き刺さり、彼の絶叫が響いた。



「沼額刑事!?」


「だぁれがガキだとゴラァ!? アタシはもう16の歳だァ!」


「か、確保ぉ!」



 色々と突っ込みたいところはあるが、先ほどの事を見せられて流石に黙って何もしないわけにはいかず。沼額の近くにいた警官は彼を一旦安全な場所に移動させ、他全員は絶賛キレてる彼女を捕まえに行った。


 少女は背中から盾を取り、バックラー程度の大きさのそれを、2mほどのタワーシールドに変形させると、それを正面から向かってくる3人の警官に投げる。変形した盾に驚いて歩みを止めてしまい、結果その3人は盾の下敷きになった。


 その現実的ではない出来事に警官たちは足を止めてしまったが、それが悪手となった。少女は手近な所にいる警官に向かって、棍棒を振るった。すると警官は一撃で地面と最悪なキスをして、そのまま動かなくなった。


 そのような光景を見せられてしまっては、警官らもどのように対処すれば良いか分からず、ただ彼女を落ち着かせるしか方法が見当たらなかった。或いは、まだ庇護するべき少女という先入観が拭いきれなかったのか。



「き、君。落ち着いて」


「うるっ――せぇ!」



 少女は落ち着かせようとした警官の腹部を、棍棒の振り上げで上へと飛ばす。まるで打ち上げられたボールのように簡単に吹き飛んで行った警官は、ガラス張りの建造物付近の駅出入り口のところで止まった。


 警官たちはようやくそこで異常に気付く。およそ150辺りの背丈をしている筈の少女から、到底繰り出されない力。この世に存在する人間の範疇を越えていることに誰もが気付き、躊躇う。今の彼女には話を聞けるような状態ではなかったからだ。


 と、そんな緊張した空気を壊すように、一発の銃声が響く。拳銃を撃ったのは、先ほど負傷した沼額という刑事。狙いを少女に向けており、銃身の先から白い煙が漂っていた。



「フーッ! フーッ!」


「沼額刑事! 一体何をしたのかわかっているのか!?」



 唸り声をあげて、沼額はもう二発。沼額という男は今、血走った目で彼女を捉えており、他の人間の声を聞く余裕が消えていた。その二発は運よく少女に当たらなかったものの、まだ撃とうとしていたので複数人で銃を取り上げていた。


 その時少女は音に対して驚きはしたものの、特に苦しんでいる様子はなく鎧に当たった一発の銃弾を拾おうとして、その熱さに驚き咄嗟に手を離した。



「あっつ! んだよ、これ?」



 少女は銃弾を知らない。ただ飛んできた熱い鉄の小さな塊だとしか、それを認識できていない。彼女の注目はその落ちている銃弾に向き、自身の体から白い何かを出現させると、続けてこう言った。



「『ネロ・マゼプセ』」



 しかし少女がそのように言ったものの、何の変化も起きなかった。次第に彼女の肉体に集まっていた白い光も消え失せ、また起きたこの事象に疑問を抱く。



「火は使えて、闇と水は使えない……マジでどうなってんだこれ。アタシの力が上手く機能してない。」



 少女は今の状況を完全に無視して、落ちた銃弾の傍に胡坐をかいて座り、その銃弾を見つめて考える。本来の力が発揮されない自分自身、見慣れない世界、見慣れない全てが彼女の頭を混乱させていた。


 そのような思考になり、周囲の状況を無視して座り込んだ少女に警官たちも困惑していたが、そこで新たにやって来たサイレンの音を聞いて漸く今の状況を思い出す。とはいえ、そこに関して彼女はどうでも良くなっていた。



(一人二人やられた程度の腰抜けじゃあ、簡単に倒せっからなぁ。)



 周囲の被害状況に対処する警察の喧騒も、彼女の近くにやってくる足音も、今の少女にとってはどうでもいい事だ。



「嬢ちゃん。」


「あっ?」



 彼女のもとに歩んできたのは、目の下に隈を作り、直し切れていない寝癖が少し飛び出ているタレ目の男。気怠そうに少女の傍にしゃがみ、この惨状について問いかけた。



「何でこんな場所に居る?」


「アタシが聞きてぇわ。穴に飛び込んだら急にアンクルス・マグモの真上に居たし。」


「あー……それは、一体なんだ?」


「はぁ? あの倒れてるデカブツだろ、大体の奴が知ってるぞ。」



 少女は倒れている緑色の肌に単眼の巨人を指さす。いそいそと連れてきた警官たちが巨人の死体を隠している様子を見やるが、男はそれがにわかに信じられていない。と、そんな中一人の警官が男のもとにやって来た。



武田たけだ警部、よろしいでしょうか。」


「なんだ?」


「実は、可笑しなことに全く盾が持ち上がらず。下敷きになっている警官の救出が出来ない状況に。」


「……次から次と、どういう事だ?」


「盾の件なら今すぐ解決できるぞ。」



 武田警部と呼ばれた男は、そう言った少女の言葉に訳が分からなかったが、その反応には目もくれず言葉を続けた。



「その盾は所有者のアタシじゃなきゃ持ち上がらねぇんだよ。他の奴が持とうとすると、途端に重くなって動かせなくなる。何人用意しようが何十頭のヴァカ・デ・ポス・パタを用意しようと絶対にな。」


「大の大人でも動かせないその盾を、動かせると?」


「くどい。所有者だ、つってんだろ。」



 面倒そうに立ち上がった彼女は、盾の下敷きになっている警官らのもとに近づくが、途中その歩みを止めて武田警部の方に振り返る。



「あぁ、悪いが条件を付けさせろ。」


「条件?」


「アタシにここがどこだか教えろ。見たことないものばっかりで何一つ分からねえぇんだ。」


「……持ち上がればな。」


「なら交渉成立だ、裏切るなよ?」



 少女はそのタワーシールドと化した盾を、意図も容易く持ち上げ、バックラーに変形させて背負った。その場に居た全員が驚愕する中、ただ一人当たり前のようにしている少女が異物として目立っていた。

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