第6話 ありえないような

 …………ん? あれ、俺、なんか生きてる? どういうこと?



「おい、アンタ平気か?」



 誰? というかまぶしっ、一気に明るくなった感じがする。俺、確かヤバいぐらい吹っ飛ばされていって、そのあと……もしかして助けてくれたのこの人――髪真っ赤、コスプレか?



「おーい、アンタマジで大丈夫か? どっか頭打ってんじゃねぇか?」



 どっかに頭をぶつけて俺の脳が幻覚を見せてるって言うならそうなんだろうけど、いやそれだとさっきのも幻覚ってことに、ならねぇなウン。この人の30m後ろに、あのサイクロプスが悶えてるしな。ってことはやっぱり、このコスプレみたいなのしてる人が。



「おいコラ、生きてんなら返事しろ。」


「いや口悪っ。」


「はっ?」



 俺も大概な所はあるけど、この人全然取り繕う様子が無いぞ。というかその服装と紅くてデカい大剣は何さ? 大剣の方は目測でも刀身だけで3m以上、幅なんて1mぐらいあるぞ。服装なんて下地の黒い布に、鱗みたいなヤツがびっしりと並べられた胸当てと籠手にレギンスだし。いやコスプレにしてはまぁまぁ上級者じゃない? へそ出してるし。


 と、なんだかんだ言ったけど、あのサイクロプスが悶えてるのって間違いなくこの人のせいだよな。そんなバカみたいなデカさの大剣持ってんだもん、大体察しはつく。



「あー……アンタがあれを?」



 俺が指で悶えてるサイクロプスを指さす。目の前に居る赤髪の、女だな。女がそちらを見た後、また俺の方を向く。



「そうだが。ってか、まずとっとと立て。」


「うおっ!?」



 おいちょ、マジか!? さらっと片腕で俺を持ち上げやがった! というかコイツ背ぇ低っ!150とちょっとしかねぇ! どっからこんな馬鹿力出てんだ!?



「ふんっ!」


「あでっ! って、何でいきなり投げるんだよ!?」


「テメェからアタシの事をチビと思ってそうな何かを感じた。」


「何その無駄に高精度な勘。」


「思ってたんだな? あとで覚えてろよ?」



 こっわ、近寄らんとこ。



【ヴォバアアア!】


「っと、まずは先にアレからだな。テメェそこ動くなよ? あとでシメる。」


「俺死にかけてたんだが!?」


「治してやったんだから生きてんだろ!」



 コイツこっわ、暴力振るうのに躊躇いが無い! そして言うだけ言って本当にバカデカい大剣を持ったままサイクロプスに近づいてやがるし……俺逃げても良いよな、こういう時。










 身の丈を優に超える大剣を携えた少女は、単眼の巨人目掛けて吶喊し、その大剣を振り下ろす。巨人が右腕で防御したが、振り下ろされた紅き大剣の一撃は皮膚と肉を裂いて骨を壊した。



【ヴォオオオ!?】


「ん?」



 単眼の巨人は右腕を破壊され苦しみのあまり叫ぶが、その攻撃をした本人は何か違和感を感じた。この違和感の正体がなんなのか、少女は巨人に攻撃を与えながら考えを巡らせる。



(何だ? この違和感、普段ならこんな雑魚の腕くらい切断できるだろ。コイツが異様に硬いのか?)



 自身を軸にした左回転のぶん回し。その勢いを生かす形で一歩踏み込み、右下から左上への逆袈裟斬り。そして勢いを殺すことなく、もう一度さらに踏み込んで右上から左下への袈裟斬りと、まるで舞うように紅い大剣を振り回す。


 最初のぶん回しを防御した巨人だったが、防ぐのに使った右腕は鮮血が流れ骨が剝き出しになり、砕かれた骨の破片が傷口から落ちた。痛みを感じる前に逆袈裟を喰らい、更に大きな傷口が体に増える。


 そして三度目の攻撃はほんの僅かに上体を反らしたことで、左腕は使い物にならないぐらいに壊された。胴体からも鮮血が噴き出るが、傷そのものは浅く済んでおり、危機一髪といった具合に抑えられる。そして反撃の合図として、巨人があらん限りの力で



【ヴァバアアア!】


「チッ。」



 仕留めきれなかった事に舌打ちする少女の悪態を聞かずに、単眼の巨人はその目に赤紫色の光を収束させる。



「ッ、えぇい面倒な!」



 大剣を振り回していた少女はすぐにでも攻撃に移りたかったが、三撃で戦いが終わると思っていたため、今から攻撃に移るには殺した勢いをそのまま斬り上げに使うという荒業に出なければならない。だがその時間は無く、背後には見知らぬ人間ショウが一人。


 大剣を持ち上げると、丸い形の鍔が刃側の方へスライドし、分かたれた二つが合わさって小さなバックラーのような盾になり、持ち主を守るように移動すると、三人は余裕で守れるほどの大型のラウンドシールドになった。


 その変形の直後に、少女に向けて巨人の目から光線が発射される。彼女に向けられた直撃は盾によって防がれるが、拡散した光線が周囲の建物を破壊していく。



「おばばばばば!?」



 ショウの居る場所の近くにもその被害は及び、慌てて彼はその場から離れていく。光線は未だに発射されており、それを防いでいた少女はまたも違和感を感じていた。



(まただ。この程度の魔力放出、余裕で防ぎきれるのに。後ろにアイツは居るが、それでもこのアタシが防御に徹する必要があるくらいに強い! いつもならこのまま突っ込んで槍でぶっ刺して終わるのによぉ……!)



 そうした考えが巡っているさなか、巨人は光線を放ったまま陥没した地面から足を引っこ抜き、地に足を着けると光線を止めた。



(今ッ!)



 そのタイミングで盾と大剣は分離し、盾は前腕部まで覆う程度のラウンドシールドに、大剣は刀身や柄が変形し、厚さ10cmほどの平たい槍頭が取り付けられた3mの槍に変形した。


 槍に変形した武器を巨人の眼に向かって突き刺そうとして、少女は自身の勘に従って盾を若干上に構える。巨人の眼から光線が一発だけ発射され、運よく盾で受け止められたのも束の間、損傷の少ない右アッパーが少女に襲い来る。


 すぐさま防御に入るが、タイミングが悪かったためか盾が後ろに飛ばされてしまった。その盾の落下先は、ショウの目と鼻の先に。



「しまっ」


【ゴアアアア!】


「ッ!」



 迫りくる巨人の脚を後ろに跳んで回避し、自身を軸に右回転しながら槍頭で足を叩きつける。バランスは崩れたが、巨人はすぐに単眼から光線を放ち、それに対処するため、彼女は槍を引き光線を弾いた。


 盾を回収する暇がないと悟った少女は槍の石突を地面を使って叩くと、その槍は刀身が80cmほどの両刃もろはの片手剣に変形し、少女は顔を強張らせながらも襲い来る光線を弾き巨人の蹴りを避けていく。



(ジリ貧だな、くそっ……! アタシは一方的に叩きのめすのが好きなんだけどよ!)



 少女は攻めあぐね、巨人を殺しきれず。死に物狂いで暴れまわり被害を考えないバケモノである巨人の猛攻に、後ろにいる人間を守らなければならないこの状況に、苛立ちと焦りが込み上げていた。


 しかしその硬直状態は一人の介入によってすぐに消え失せる。巨人の単眼から光線が発射直後を狙って飛来してくる物体が、その眼に直撃し巨人が後ろに倒れた。


 飛んできた物体を少女が見ると、それは彼女が持っていた盾であった。その盾は巨人の眼に攻撃を当てたあと、放物線を描きながらある人物の手元に戻ってきた。



「……はっ?」



 その盾が戻った先に居たのは、守っていたはずの人間ショウ。盾の縁を掴み、大きく息を吐いて単眼の巨人を見据えていた。









 まさかこうも上手くいくとは思わなかった。あの時落ちてきた盾が目の前に来て、もしかしたらといった考えで猿真似ではあったが、ある映画のキャラクターの真似をさせてもらった。


 幸いにも、俺にはそれを実現できる力の一つは持っていた。あとは膂力と盾の材質、これらの不安要素を抱えながら盾を持ってみれば、推定でも2kgはありそうな盾を特に負荷もかかることなく持ち上がった。


 何でだろうと思いながら盾を持ってみれば、その材質もただの鉄というわけではない。硬いのに、どこか弾性も合わさってるような。わずかな可能性に賭けて、盾が戻ってくるように、あのビームの発射後を狙ってぶん投げたら、えらい速さを出して直撃した。


 というか、こうも上手くいったことに驚いたし、俺の肉体の方も何か知らないがいつもと違って力も強くなってる。どうなってんだ一体……?



「おい、テメェ。」


「あ? ぐえっ?!」



 ちょ、服引っ張んな伸びる!



「テメェ、何でその盾が使えてる?」


「はっ? いきなり何のっ、話だよ。」



 取り合えず無理やりにでも掴んでいる手を剥がす。あーあー、ちょっと伸びてんじゃん。直るかこれ?



「というか、こっちだって色々と聞きたいことが」


【ヴァボアアアア!】



 おっと、そりゃそうか。あんだけ負傷しといて動ける相手だもの、眼球にクリーンヒットしただけで倒せるわけじゃないしな。あと俺の時は光線撃ってなかったなあのサイクロプス。



「チッ、先にこっちか。おい、盾返せ。」


「さっき隙を突かれて手放したじゃねぇかよ。」


「偶々だったんだよ! 良いからさっさと返せっての!」



 いやまぁ返すには返すけど、さっきの見てたらなんだかなぁ。



「なぁ、共闘ってのは無しか?」


「いきなり何の話だよ?」



 言うより見せた方が早いな。狙うのは……ちょうどいい、もう一回狙うか。今度はブラフとして先に手ごろな瓦礫を投げてから――いや、先にこっちからだな。



「ふっ!」


「おいテメッ!?」



 俺の投げた先は、サイクロプスから離れた場所にある車。これで注目は集められた。次に近くにある手ごろな瓦礫に注目させるにはっ。



「おい!」



 よし、こっちを見たな。なぜだか強くなってる力を考慮しながら、瓦礫をを投げる。かなり速い、目測で確認しても150は出てる。でもそんな速度を出していても、目を狙ってるのが分かればどこを守ればいいのか理解する。


 案の定、その投擲は防がれたが、その腕は退ける必要は無かったな。ほれ、2回目のぶつかる音。サイクロプスもそっちを見た瞬間、盾が直撃する。



【ヴォオオオオ!?】


「マジかよ……。」



 直撃した盾は落下地点を予測して回収してと、よしキャッチ成功。地面に倒れてまた悶えているサイクロプスを無視して、俺は提案した。



「マグレじゃないぞ、こんなの運でどうにかならねぇし。」


「何が言いたい?」


「俺はアンタに絶好の機会を与える、アンタは俺の機会に乗っかればいい。それだけだ。」


「……本当にできるのかよ。」


「やるんだよ。槍を構えてくれ。」



 女は目を細めてこちらを見ているが、すぐに片手剣を槍に変形させた。マジでそれどうなってんだろ、あとで教えてもらお。


 俺らはサイクロプスから30m離れた場所で待機し、女は槍を構える。サイクロプスがちょうど悶えるのをやめて俺の方を見た。流石にキレてるな、だがさっきの威力の投擲を短いスパンで喰らったんだ。俺の位置はぼんやりとしか分からないはず。確実に仕留めるために絶対に近付く。



「おいバケモノ! こっちだ!」



 ほら来た。俺の声の下した方向を見て、駆け出したぞ。タイミングを見極めて――次の着地点に合わせるようにぶん投げる!


 アンダースローで投げられた盾は地面スレスレを移動し、サイクロプスの右足が地面に着く前に盾に着いた。盾はそのまま飛んでいくが、サイクロプスはバランスを崩して前に倒れていく。そして倒れる先には、女が構えた槍。


 倒れたサイクロプスの目が槍に貫かれ、脳天まで達した。そこからサイクロプスはピクリとも動くことなく、力なく死んだ。女もソイツの死を確認して槍を引っこ抜き、サイクロプスの死体から離れていく。


 これでバケモノ退治は終わり、あとはこのまま警察が来て対処をしてくれるだろう。これにて一件落着と。



「なに勝手に終わろうとしてんだ?」


「ひょっ?」

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