第5話 ひりつくような
よし、これで陽動は十分だ! あとはカナデが隙を見て、子どもをここから遠ざけたら脱出! だがコイツを引き付けるには、コイツをここで殺す気で動かないと通用しない。食事に時間をかけていて、子どもに手を出してなかったのが幸運だった!
あとはざっと周囲の状況を見て考えた策で、あの目玉をぶち抜けば……俺は2人を守り切れる! 死ぬ気でやりきれよ、俺!
【ルヴォオオオオ!】
目の前のサイクロプスが吠える。怖ぇなぁ畜生! 実際にこうしてみると迫力がやべぇ、今でも逃げ出したいって恐怖で膝が笑ってやがる!
落ち着け、落ち着け俺。相手の知性は低い、罠に嵌めるのは簡単だ。それに考えなしに無茶やってる訳じゃない、確実に相手の行動を誘発して、攻撃の軌道のみに思考リソースを割けば成功率は100なんだ。それに、何も相手は物理法則の外に居るわけじゃない!
サイクロプスが立ち上がろうとしているところで、俺はまず近場の道路標識まで走り、それを背にしてサイクロプスに向かって煽る。
「こっちだデカブツ!」
【ヴォオオオ!】
両拳を地面に叩きつけ、サイクロプスは俺に向かって駆け出し、右腕を自身の体に引き寄せて迫りくる。薙ぎ払いの軌道を予測、当たらない場所は──姿勢を下げながら右に移動した先!そのあと脇目も振らずに走って逃げる!
あの道路標識を見てみればかなりひしゃげてる。耐久面から考えてあの威力をあと2、3発当てれば! サイクロプスの方は……え、嘘だろアイツ。3トンを軽く超える標識を引っこ抜きやがった!
「くそったれ!」
悪態をついても、アイツはあれを手放す気なんて無い。持ったまま俺のもとへと駆け出していく、こういう時の逃げ足の速さは何なんだとか思いつつ、俺は別の道路標識のところまで走り、それを背に誘い込む。
コンクリートの基礎部分が俺目がけて振り下ろされる前に、股下へと潜り込んでその場から逃られたが、道路標識がぶつかった途端コンクリートの基礎の一部が飛び散った。振り向けば立っていた標識看板もひしゃげ、地面の一部が若干陥没している。
とはいえまだ作戦に支障が出る程度ではない。むしろあれほどの膂力があるのなら、計画の遂行がしやすくなる可能性も無きにしも非ず……いやいやいや超怖ぇんですけど! 何でコンクリートの基礎部分をそんな簡単に破壊できるんだよ馬鹿なの!?
【ヴォアアアッ!】
「でぇッ!」
あぶね! あぶね! 振り下ろしの看板当たりそうだったぁっ!? まずいぞこれ、必死で避けまくったから矢鱈めったらにぶん回してやがる! でもちょうど良い、そのまま俺の作戦に付き合ってもらうぞバケモノ!
ショウが単眼の巨人の攻撃を避け続けているさなか、カナデは静かに子どものいる場所へと近づいていた。ショウは彼女を危険な目に遭わせたくなかったものの、作戦を成功させるためには不確定要素となりうる子どもの存在は無視できなかった。
その願いをカナデは了承し、彼が気を引いてる隙に子どもを保護し、スクランブル交差点から離れた場所に向かうよう言われて、今はバケモノの視界に入らないように細心の注意を払って子どもの居る場所に近づいていた。
その子どもはバケモノの攻撃を避け続けるショウをじっと見ていて、その場から動こうとする気配がない。幸いにも当たらなかったが、コンクリートの一部が飛び散って来ていた時も動く気配は無かった。カナデはその一部始終を見ており、かなりヒヤヒヤしたが、無事な様子であった子どもを見て安堵した。
やっとのことでカナデは子どものもとへと辿り着くと、彼女は子どもの背丈に合わせて真正面に姿を現すと、そのまま声をかける。
「やっ。」
その声と姿に子どもの視線もカナデの方を見た。
「キミ、名前は?」
「ようすけ。」
「オッケー。ヨウスケ君、で合ってる?」
「うん。」
「ヨウスケ君、ここは危ないから、おねぇちゃんと一緒に逃げるよ。」
「……あのおにいちゃんは?」
そのように言われて、カナデはバケモノに1人で対処しているショウの方に振り向く。色々と見ていて危なっかしいのに変わりないが、立ち向かうときに言っていた宣言通りに彼は攻撃を避けて、1人でヘイトを集めている。彼女は信じている、ゆえに彼女もショウの言葉に応えなくてはいけない。
「大丈夫、おにいちゃんなら必ず逃げ切って、私のところに戻って来る。だから、ここにいておにいちゃんの邪魔にならないように、一緒に逃げよ。」
「わかった。」
「よし、ならおねぇちゃんに掴まって。」
カナデは子どもを抱きかかえ、そのまま気付かれないように遮蔽物に身を隠しながら、スクランブル交差点から離れる様に走り去っていく。振り向きはしない、彼の願いを叶えるためならば。
「おにいちゃんがんばれー!」
「え、うそっ!?」
突然子どもから発せられたショウに向けられた、たった一人の声援が響く。その声はショウの耳に入り、同時にその場にいた単眼の巨人の耳にも聞こえたため、巨人はそちらに振り向いた。
【ウヴォオオッ!】
「まずいっ!」
巨人は彼女らの方へと走り出した。ショウは追いかけようにも、歩幅の違いで追いつける可能性はかなり低いためかなり焦った。カナデもまた焦っていた、迫りくる脅威が、こちらに向かって駆け出していて、命の危機に晒されているのだから。
しかし、その巨人の歩みは頸の後ろに何かが突き刺さり、その痛みで止まる。急に来た痛みにバランスを崩し、4mの巨体が地に伏せた。そして巨人は下手人と断定しているショウの方へその大きな単眼を向けた瞬間、またも目に鋭い痛みが走る。
【ヴォアア゙ア!?】
またも悶える巨人のそばに、靴下で作られた簡易的なブラックジャックが落ちる。そしてショウはこれで徒手空拳となり、対抗策となりうる作戦は未だ為されていない。単眼の巨人は更に大きく吠えて、怒りを顕わにした。
すぐにショウは巨人から離れる様に走り出し、一度目に投げたブラックジャックのもとまで辿り着きそれを取って、そのまま近くにあった一本の木の陰に隠れた。道路標識を持ったままショウの隠れている木に向けて薙ぎ払った。
俺が隠れていた木の幹に道路標識の看板が喰い込んだ。かなりの勢いで入ったもんだから、サイクロプスが引き抜こうとしているが上手く抜けないようだ。
いや、まぁじでヤバいんだけど! 何とかブラックジャックを一個回収できたし、あれでより俺にヘイトが向いたけど、このままプランAを実行するのはかなり厳しくなっちまった! このまま木を倒して――いや無理だ、流石にこの木の周囲で逃げ続けるのはリスクが高すぎる!
どうする、どうする? 奴が道路標識を引っこ抜くまで時間が……いや待て、そういや何度も目にダメージを与えまっくてたな。だとすると今の奴の視界はあまり機能していない筈、だとすると俺の事や周囲の状況もぼんやりとしか分からないはず!
ならあとは音を頼りに動くしか無い! となれば方法は──あった! 早速プラン変更だ! 向かうはあのひしゃげた道路標識のところまでっ!
【ヴォヴァアアア゙!】
やばやばやば、凶器ぶん回しながらこっちに来てる! 死にたくなけりゃ動きまくれよ俺の足ィ! 風を切る音が聞こえてるからぁ!
いよっし、あと3m! サイクロプスとの距離は、あと10mなら間に合う! あとは振り下ろし攻撃が当たる場所と、攻撃による道路標識の曲がり具合の予測を──ここならいける!最後は神頼みだコンチクショウ!
振り返って、指笛を吹き俺の居場所を知らせる。その音に気付いたサイクロプスが俺の立っている場所を、正確に攻撃してもらうために数回に分けて吹く。その音を頼りに、テメェは必ず攻撃するのなら!
【ヴァアアアア!】
そうだ、そのまま……攻撃態勢、振り下ろし! そのままぁ、そのまま来い! 俺を粉砕しに来い! ただしお前が粉砕するのは俺じゃねぇ。俺の後ろにある──標識棒の方だッ!
攻撃の瞬間に、俺はその場から飛び退くように攻撃を回避した。サイクロプスの力で、標識棒が歪な形で両断される。これでいい、基礎の方に繋がっている棒の方は鋭利になった。そしてもう一方の標識棒は、奴の右足が着地する場所に!
サイクロプスが一歩踏み出し途端、横に倒れた標識棒によって踏み外し、そのまま前に倒れていく。そしてその馬鹿デカい目玉の先にあるものは、基礎に繋がった鋭利な先の標識棒の一部!
【ヴォオオオオ!?】
「ッしゃああ!」
これで奴の目はお陀仏になった! でもまだ足りない、このままだとただ目を貫いただけで終わっちまう。俺の膂力でどうにかなる訳がない、なら効果的に致命を与えられる箇所に攻撃を与えればいい!
まだ首の後ろに刺さってんのは分かってんだよ、ガラスの破片がさぁ!サイクロプスの脚に乗って、そのまま首に刺さっているガラス片の所に辿り着いて、あとはこのブラックジャックで更に首の中に!
【オオオオ゙オ゙オ゙!?】
「っとでぇッ!」
落ちる落ちる! うべへっ、いった……流石にちょっと痛い。とはいえこのサイクロプスらしき奴は、自分でやっておいてなんだが、かなりグロイことになってんな。
さっきの首に突き刺さったガラス片で出来た傷から血がドバドバ出てるし、痛みで力加減をミスったのかコンクリートの基礎部分を破壊して、そのまま脳みそに到達して息絶えてる。
は、はは。マジでやったのか。というかここまでよくやったな俺も。疲れたし、少し休むために座っておこう。
カナデ、うまく逃げ切れたよな。かなり危険な目に合わせちまったのが心残りだが、子どもを連れて逃げられてるはずだよな。今頃警察にも保護されてるだろうし……あぁ、この状況はどう説明したものか。
まぁ、その辺りはもう考えなくてもいいか。助けられたのなら、それでじゅうぶ──影?
ショウは自身の背後に立つ何かの影を目視し、後ろを振り向く。そこに立っていた存在に、何の思考も回らないままショウの視界は反転し、戻った。そして地面に叩きつけられ、意識が薄れかけていることを悟った。
彼の視界には先ほど倒したはずの単眼の巨人が立っており、どういうことか考えようとして、徐々に自分の体が冷たくなっていることに気が付いた。
(あぁ、俺、何で……)
暗くなっていく視界に、単眼の巨人が映る。ショウはただ、その事実に対し何もできないまま死を迎えるのだと、薄れゆく意識の中でそう思った。
現れた二体目の巨人は、死体になろうとしている彼のもとまで歩む。死んでいた同族のことなど気に留めることもなく、ただ本能のままに喰らおうとしていた。しかしその巨人の真上に、影が入り込んだ。
「シィァラッ!」
巨人が上を向いたと同時に、巨人の顔面に巨大な何かが叩きつけられる。その巨体は地面に両足を陥没させ、痛みに悶えて目を押さえた。
倒れているショウのもとに駆け付けた誰かが手のひらを向けると、体を包み込むように光が流れていく。するとショウの肌に生気が戻り、ショウの意識が目覚めた。
「おい、平気か。」
耳に入ってきたのは、女性と思わしき誰かの声。徐々に光が入り込んでくる視界に映ったのは、あの単眼の巨人ではなく、まるで赤焼けの空のような髪であった。
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