第3話 白昼夢のような
さて、現在カナデと渋谷の街を散策しているのだが……思うに俺はなんか場違いなのではと、この渋谷に来る度にそう思ってしまう。あとカナデの服装と俺の服装とで、月とスッポンみたいに差があって浮いてるのではと毎回思って、カナデの楽しんでる雰囲気に充てられ忘れるまでが一連の流れであったりする。
なにせ、俺の服装は黒のギンガムチェック柄の長袖シャツに、青のジーンズというシンプルすぎるものなのだ。加えて、茶色の斜め掛けワンショルダータイプのバッグと、あまりこれといって特徴的ではないコーデで済ませてる。もうこの辺りは性分というか、そう思ってしまう俺の頭の問題というか。
まぁ、結局そう思っても忘れるから特に取り留めることでもないんだろう。もしくは、ぶらり旅みたいにあっちこっち向かうカナデの奔放さに体力も思考も割かれるせいか。どっちにしろ、今はそうも言ってられない状況なのだが。
「ねー、どっちが似合うと思う?」
目の前に出された二つの選択肢は、俺のこれからに関わってしまうやもしれないのだから。左は薄い水色、右はシックな茶色。服というなら、まだ恥ずかしがる事もなく選べられる――でも下着を見せるのはどうかと思います。だからもっと危機感持って!
何度も言ってるこの忠告を、カナデは全然聞きやしない。ただでさえ普段の生活でも理性がゴリゴリ削られるってのに、この幼馴染は悉く無視しまくる。幾度も煩悩と本能がカナデを襲えと雄叫びを挙げているが、血反吐を吐きそうなぐらい抑えてるこっちの身にもなってほしい。
「俺が選ぶのか?」
「ショウなら良い意見くれるし。服とか真剣に選んでくれるから信頼できるよ。」
過去の自分よ、恨んでいいのか喜んでいいのか分からんぞ畜生。そしてカナデさん? 俺が下着選んだら、まず間違いなく俺の好みとして認知されかねないから。俺の社会的な立場も色々あるから、というか何かのプレイとしてしか見られてなさそうなんで答えられないんだすけど!
「カナデ、言っとくけど俺は――」
「む、もしかして。」
おぉ、わかってくれた雰囲気……おい待て、なんでもう一着取ってきた?
「こういう派手なのが似合ってるとか?」
赤色の生地に黒と金の刺繍が縫われた派手なものを突き付けられました。もうわざとだろこれ! 俺の性癖決めようとしてないコイツ?! やめろーっ! 公開処刑はんたーい!
「あのな、カナデ?」
「んー?」
「……水色が似合ってます。」
「何で敬語?」
負けました。誰が勝てるんだよこんなの? 勝てる奴は不能か興味ないかだと思います。でも俺の趣味趣向にしたくないので水色にした。
「そうかー、ショウはこういうのが好きなのかぁ。良いこと知っちゃった。」
「おいやっぱこれ弄ばれてんじゃねぇか!」
「うるさいぞー。」
「誰のせいだ誰の!?」
結局カナデのペースかよ、くそッ! あと俺の好みはそっちじゃない!
そのあとも、カナデのペースに振り回されながら渋谷の街を歩き回り、午後一時を過ぎていたので昼食を摂る事に。今話題の店に行く、のではなくカナデの要望でオムライスが食べたいとのことなので、ファミレスか洋食店で選んでいた。
カナデ本人は別にファミレスでも良いと言ってくれているが、個人的に今の気分がデミグラスの気分な上に、ファミレスとは違う場所で食いたいと思ったので、洋食店に行く事が決まり、近場を調べて昼休憩を取る。
入った店はどちらかといえば女性客が多いが、男性客がいないわけではないという客層のよう。正直その辺りは気にしない
店員に左奥のテーブル席に案内され、腰を落ち着けられたところでメニューを見て、カナデはオムライスを、俺はデミグラスドリアを頼み、しばしの待ち時間を過ごす。その待ち時間が始まってすぐ、目の前に居るカナデは俺に向けて話した。
「いやー、いい買い物をしました。ショウの良い反応も見れた事ですし。」
「俺、何度も忠告したよな? もうすこし危機感持ってくれってさ。さっきのでかなり体力ゴリゴリ持ってかれたんだが?」
「はてさて、なんの事でしょか?」
「おう自分のやったこと振り返ってみろ。」
「んー……楽しかった!」
「あのさぁ!」
マジで、マジでさぁ! ……はぁ、余計に疲れた。今に始まったことではないとはいえ、せめて加減はしてほしい。絶対聞き入れてくれなさそうだけど。
「はぁ。」
「溜息つくと幸せが逃げちゃうぞ。」
「帰ったら覚えとけよ?」
カナデは両方の人差し指の先を頭の横につけて、目を閉じながらゆっくりと首を左に傾けた。ぜんっぜん反省してねぇ態度だこれ、いや何時ものパターンなのは知ってるけど。
また重い空気を吐き出す。溜息は自律神経を整えるために出るというが、こんなものが出るほど自律神経が乱されてる証になるのではと思ったが、カナデのアホっぽい今の表情を見て、毒気が抜けてしまう。
惚れた弱み、というやつだろう。カナデ本人に向かって言葉にしないが。そんなこんなと二人して暇を潰していたら、店員が先にオムライスを持ってきた。そのオムライスはカナデの前に置かれ、店員が離れていくと“お先にいただきます!”と少し勢いづけてスプーンを
ふわとろ、という言葉が当てはまるオムレツと熱々のご飯の一部を掬い取り、カナデはスプーンに乗せられたそれを口へと運ぶ。閉じられた口の中からスプーンだけが取り出され、中に放り込まれたオムライスをの熱さを逃がすために、ほふほふと空気を出しながらいい笑顔で食べていた。
頼んだドリアが来るまで美味しそうに食べていくカナデを見ていると、一口分のオムライスを掬いとり、スプーンをこちらに差し出してきた。やれと?
「あーん。」
「いきなり?」
「あーん。」
食わなきゃこのままだぞ、と暗に訴えている。何でその胆力を俺に向けてくるんですかカナデさん、断れないのを良いことに無茶ぶりするの止めてくださいカナデさん。わがまま叶えてる俺の方にも問題があるって? んな事わかってんだよ。
というわけで、大人しく差し出されたものを食べます。
「あーん。」
スプーンに乗せられたオムライスを食べる。おぉ、卵が中々トロっとしてるなこれ。個人的にはこれ全部食べたら暫くはふわとろオムレツは要らないけど。
「んまいな、これ。」
「ねー、おいしいよね。あとでドリアちょうだい。」
「わーってるって。」
そんなやり取りから少しして、頼んだドリアが俺のもとに置かれる。デミグラスとチーズ、数種の野菜とチキンにご飯と、見ていると食欲を唆る見た目と匂いをしている。カトラリーから自分が使うスプーンを取り出して、先に自分が一口食す。
「あっつ!」
舌火傷した。水、水。左手側の方にある水の入ったコップを持って、中身を飲む。冷たさを残すように暫く口に含んでいたが、ヒリヒリする感覚はまだ残ったままだ。うへぇ、一口目から幸先悪っ。
「熱い?」
「あ
「まってまーす。……ふふっ。」
「なに?」
「舌出してるショウが、何だか可愛くて。」
「男に可愛いは似合わんだろ。」
「えー? そう?」
「そうなんだよ。」
全く、好き勝手言ってまあ。それはそうと、名残惜しいがドリアを混ぜた方が良いな。ある程度冷めれば、また火傷することは無いだろ。んで多少時間をかけて冷まして、火傷しないぐらいの温度になったのを一口食べて確認したあと、カナデに一口分のドリアが乗ったスプーンを差し出した。
「ほらよ。」
「…………。」
「ん? 食わねぇのか?」
「あーんって言って。」
ふぅううううぅぅぅ……。
「……あーん。」
「! あーん。」
ノータイムで食ったな。ドリアも同じように美味そうに食いやがって……カナデは何で恥ずかしげもなくこんな事できるんだか。そう思いながらドリアをまた一口食べて、これ関節キスじゃんとすぐに思い浮かんだ。
昼食を摂って、また更に色んな場所をあちらこちらへ動き回り、気がつけば午後4時を過ぎていた。そろそろ帰った方が良い時間帯になったが、家が隣なので一緒に渋谷駅に向かっていた。
「今日楽しかったねー。」
「俺は振り回されてましたが?」
「むうー、私とのデートを喜びたまえ〜。」
「へいへい。」
この自己肯定感の高さはなんなんだろうな、ホント。その辺はスッゲェ羨ましく……いや羨ましくはならねぇわ。何でそんなになれるのか疑問ではあるけども。別に知らなくてもいいか。
渋谷駅に近づいていくと、徐々に人の密度が多くなってきている。その人の流れに巻き込まれないように、カナデの手を握って歩幅を合わせながら信号を待つ人だかりの所で待った。
歩いている途中で、何度かカナデが手を握ったりしてきたが、特に何も思うところは……嘘です。結構意識しました。細っこくてサラサラとした指が自分の指の間をモゾモゾと動くもんだから、
俺も何度か握り返してしまったが、それもこれもカナデが悪い。カナデなら“手が勝手に動くから私は無罪”なんて言いそうではある、なのでその理論が当てはまるなら俺も勝手に動いてしまうから無罪だ。
そうしてスクランブル交差点の信号で待つ人だかりの最後方で停まり、色が変わるのを待つ間、ずっと繋がれた手を握ったり握り返してたり、そんな事をしていると、カナデに服を軽く引っ張られる。
「どした?」
穏やかな日の光を浴びているような、そんな朗らかな笑みを俺に向けながらカナデは言った。
「今日、ありがとね。楽しかった。」
「……そうか。」
まぁ色々とカナデのあれこれで疲れたが、この笑顔で全部チャラに出来る俺は、物凄く単純な奴だと改めて思う。
「ショウは、楽しかった?」
「退屈はしなかった。」
「楽しかったって言ってくれないと、すねる。」
何その脅し文句。というかカナデはそれが、めんどくさい奴の言うセリフってこときちんと理解してるのだろうか。理解してると思うんだけどなぁ……別にいいか。
「楽しかったよ。特にアテもなく色々と見て回って、いい気分転換にもなったし。」
「60点。」
「何がだよ?」
「1000点中60点だから。」
「ひっく!」
俺の言葉そんなに気に食わなかった? と思ってたら、ちらりとカナデがこっちの方を見て、視線をそらした。それを二度三度と繰り返しているのを見て、少しだけ考えたあとカナデに顔を近づけて耳打ちする。
「カナデと一緒で楽しかった。」
それだけ言って顔を離す。今顔が熱くなってるのが分かる、見られたくないのでカナデの方を向けはしないが、多分カナデはニコニコと微笑んでるのだろう。それから少しして、青信号に変わったことを伝える音が鳴った。
人が動き出したが、俺とカナデはまだ動くことなく立っている。止まっていた時間が動き出すように、カナデが俺の腕を引いて信号を渡りに行く。
「500点。」
俺の顔を見ずにそう言ったカナデの顔は、一体どんな顔をしていたのか分からなかったが、少なくとも俺と同じような気持ちだったのかもと、勝手な想像をした。人の流れに吞み込まれないように、くっついて、歩む速さを同じにしてこのまま帰っていく。
そんな淡い青春を噛みしめながら、帰路につける筈の日常があった。――その日常が、突然壊れるなんてこと、この時はまだ知らなかった。
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