第2話 絵空事のような

 どうにもカナデの押しに弱いという自覚がある。正直こればかりは昔からの付き合いもあったりして、頼みごとを断れるような相手じゃないのが、カナデに対する押しの弱さに直結しているんだと思う。


 それはそうと、時間は進んで体育館。外は晴れているが、晴れているからこそ気温も高く、熱中症のリスクもある。窓を開けて空気の流れを確保し、循環できるようにしてから体育の授業でバスケを開始するのだ。


 で、チーム分けの時間なのだが、俺んとこのクラスの運動できる二人のじゃんけんが長い。めたくそ必死になってて、あいこが続いているが……あ、ようやく終わった。



「いよっし! 頼むぞ3Pマン!」


「名誉棄損で訴えてもよろしい?」



 流石に言い方的に誰でも訴えるぞ、その呼び名。とまぁ、この呼ばれ方自体はバスケに限らず球技をやる時に似たような言われ方をするので、もう慣れてるのだけど。


 俺が入るのは、短髪浅黒の同級を主軸としたチーム。相手方の丸刈り野球部の同級を主軸としたチームは、俺に対してかなりの厳戒態勢を取るだろう。めんどくさっ。


 そんな俺の考えなど露知らず、試合は始まる。目まぐるしくボールと追従して他の奴らが追っかける中、俺はというとそこそこに走ったり、相手側のブロックに回ったりとしているが、基本は定位置と言って差し支えない3Pラインのところに居た。



原川はるかわ!」



 おっと出番が来た。取り合えずボールの空気抵抗や投擲に使うエネルギー量は計算済みだし後は投げるだけ――げぇっ、出たな高身長ブロックマン。こいつ183cmあるから計算しなおすの面倒なんだよな。


 そうしていてもボールは真っすぐ俺のところに飛んできて、仕方ないと割り切ってボールを受け取りながら計算開始。


 一定のものは無視、後ろに下がりながらだから距離変更による必要運動エネルギー量の計算。俺の筋肉量でおよそ183J《ジュール》のエネルギーを与える投法を仮決め、これだと落下運動によるゴールが適任だから、ブロックされない軌道になる発射角は86度。落下の放物線がゴールネットを通過するような最高到達点へ投げれば良いから……あとは計算通りに投げる。


 両手で若干強めに投げると、あら不思議。放物線を描いてある高さに到達したあと、落下していくボールが綺麗にゴールに入った。同時に味方チームから感嘆の声が挙がり、相手チームは小さく“やべぇ”と呟いたりしている。


 とまぁ、これが俺が3Pマン。スリーポイントマンだなんて呼ばれる所以。成長して色々と勉強したりしていくうちに、俺はいつの間にか、視ただけで物理法則のが分かるようになった。


 解が分かる、といっても視なきゃ全然計算できないし。これが使えるからといって別に社会で何かの役に立つか、と聞かれてもパッと思いつかねぇ能力だ。これが普通ではないのは認識しているけど。


 とはいえ、これとカナデの国語力トレーニングの影響で、物理や数学の成績は良い方。流石に証明問題はキツいけど。――っと、そろそろゲームに戻るとしようか。出番がまた回ってきた。










 下校時間になったものの、俺はまだ学校の玄関前に居た。図書委員の仕事が残ってるカナデ待ちなんだが、やること……あるにはあるけど家で済ませる。今日はカナデの家に行くんだった。



「おまたせー。」



 おっ、来た。



「待ったでしょ?」


「まあ、少しだけ。別に気にする必要ないぐらいだけど。」


「そこは嘘でも待ってないって言うところだよ。」


「へいへい。」



 両手でピースを作り、蟹のハサミみたく開閉させる。特に反省する気のない俺の様子に、カナデは特に言及はせず。いつも通りに駄弁りながら徒歩で帰り道を通っていく。今日のバスケの事とか、最近できたスイーツ店のことだとかを話していた。


 で、歩いて俺の家――の隣にあるカナデの家にお邪魔する。了承した手前、今更後には退けないしなぁ……いや何度か来てはいるけども、カナデの親父さんの目付きが最近厳しくなって、ちと怖いのよ。



「ただいまー。」


「おじゃまします。」


「邪魔するんだったら帰ってー。」


「呼んだのお前じゃい。」



 ネタなのは分かるんだが、このままじゃ俺がツッコミ疲れる。玄関を上がって洗面所で手洗いとうがいを済ませた後、弁当箱以外の荷物を二階にあるカナデの部屋に置き一階のリビングにお邪魔した。リビングに繋がる扉を開けると、そこでおばさんとバッタリった。



「あら、いらっしゃいショウ君。」


「お邪魔してます、おばさん。」


「邪魔だなんて思ってないわよ。いつでもこっちに来ていいんだから。」



 そう言ってくれてるのは、有り難いんですけども。ともかくその辺りは適当にはぐらかして、台所を借りる旨を伝える。



「台所? 良いけど……あら、お弁当洗ってくれるの?」


「まぁ、作ってもらった手前、任せっきりなのはあんまり。」


「ふふ、律儀ねぇ。どうぞ、お好きに使って。」


「失礼します。」



 多少会話をして、おばさんに一度礼をしてから台所にお邪魔して弁当箱を洗う。泡立ちいいなこの洗剤、ウチのやつなんだったっけ。完全に任せきりだから全然覚えてないわ。


 洗い終わったので、水切りラックに置いたあと手を拭き、おばさんに一言お礼を言った後カナデの部屋の扉前まで着いて、ノックする。中から“どうぞー。”と聞こえたので、部屋の中に入った。



「お、終わりましたな。」



 すでに私服に着替えているカナデの姿を目にするが、その辺は特に気にせずにこの快晴な青空模様の壁紙で囲まれた部屋の中央にある、少し広めの四角テーブルに課題を置いて待つカナデの対面に座る。



「待ってましたぞよ。」


「お待たせしましたっと。」



 座りながらそう答えて、俺も課題などを取り出して暫くのあいだ2人して黙々とした時間を過ごしていった。時折分からないところを聞きにいったりして、お互いがお互いの理解が及んでいない箇所を説明しあう。


 そんなこんなで時間が経過して、ひとまずのやるべき事が終わり、何時ものように身を寄せあって、特に何をするでもなくぼうっとしていると、不意に俺の肩に頬を押し付けていたカナデがある事を口にした。



「ショウちゃん。」


「んー?」


「日曜日さ、デートしない?」



 いきなり何を、とは言わない。もう何度も繰り返してきたやりとりのせいで、特にうろたえるような事でもないし、慣れてしまった一連の流れの通り俺も返事を返す。



「ん、分かった。どこか行くアテは決めてんの?」


「むぅ、何か嬉しそうじゃなーい。嬉しがれ-。」



 頭をぐりぐりと押し付けんな、地味に痛いんすけど。あと髪がまあまあ邪魔くさい、シャツがよれる……ん?



「シャンプー変えた?」


「おぉ、わかりますかね原川教授。」


「何の教授だよ? そんだけ押し付けられたら、普通分かるわ。」


「いやいや、普通は気付かないものらしいですよ教授。これはノーベル賞を贈呈しなければなりませんな。」


「あってもイグノーベルだろ。」



 得意満面の笑みでなぜか自慢げに、鼻息を荒く出しているカナデに対してあきれながらも、自分の頬が上がっている今の状況が、不愉快なものではないことを証明している。さて、話を戻すとしようか。



「んで? どこに行くのか決めてんの?」


「ずぇーんずぇん。」


「まーたこのパターンか。ったく、ほら。」



 地図アプリを起動させ、カナデの方に自分のスマホを寄せる。画面に向かってカナデの心配になるぐらい細長く白い指が画面を這って、うんうんと唸りながら調べていく。もう慣れたことだ。



「見つからぬぅ。」


「色々と行ったしな。……また渋谷でも行くか?」


「遠出しますかー?」


「遠出するかね。」


「よーし、けってーい! ハチ公前で待ち合わせしよ!」


「りょーかい。」



 一緒に行かないのか、とは言わない。前に言ったとき、デートの醍醐味は待ち合わせと決まっているのだー。とのことなので、それ以上の言及はしてないし、するつもりもない。


 そんなこんなで日曜の朝10時に集合と決まったので、遅れないように朝8時のアラームを日曜にセットしておく。着ていく服の組み合わせも考えておくか。










 日曜の朝9時10分頃、諸々の準備を終えて俺は渋谷駅のハチ公前に居た。まだカナデは来ていないようなので、待っている間ネットニュースを適当に漁ったり、鳥アイコンのSNSを開いて時間を潰す。


 とはいえ、ニュースの方は芸能人が不倫しただの、他県で何かが起きただの、ペット関連の内容だったりと、取り留めもない普段の日常が報道されていた。SNSの方も、身の回りで起きた事に対する反応だとか、呟きに対するレスバとか、本当に変わり映えのしない普段がそこにあった。


 スマホをバッグにしまい、空を見上げて、脳内と胸中にある退屈をわずかに吐き出す。本日は殆ど晴れ、数個程度の雲が流れていくだけの景色に視線を向けていると、不意に右肩を触られた。その方に視線を向けると、おしゃれをしてきたカナデが立っていた。



「待ったでしょ。」


「別に、俺もついさっき着いたし。」



 全身を包み込むぐらいの白のワンピースを、腰当たりで結ばれた赤色のリボンが引き締めて体のラインを浮きだたせている。1cmほど身長が高いと思い靴へと視線を向けると、底がわずかに高い黒のブーツを履いているようだ。


 また、纏められた髪をキラキラと光る小さなラメが彩る深緑のバレッタで止めており、着ている服と合わせるとかなり目立つ。バッグは薄いピンクの小さな手提げタイプで、このコーデを邪魔しないようにしている。にしても――。



「ほんっと何着ても似合うよな。」


「んふっふっふっ、おだてても何も出ないぞよ。」


「事実言ってんだよ。その髪型も合ってるし、流石としか言いようがないわ。」


「……ショウちゃんってホントさぁ。」



 先ほどまでのからかいぶりが嘘のように静まっていき、カナデが鞄で顔を隠した。でも少し視線を動かせば、耳がほんのり赤みを帯びているのが見える。してやったりだぜ。


 そんなことを考えていると、急にカナデに手を掴まれてしまい、そのままカナデの足が向かう先まで連れて行かれていく事になりました。

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