第21話
「虐待、……ですか」
青髪の男性教師の言葉は唐突だったのにも関わらず、薄桃色髪の女性教師はどこか納得したような表情で俯きながら、ポツリと呟いた。
「……シルキー、その顔を見るに心当たりがあるようだな」
「はい。あの子の歌声には、凄まじい悲しみと、苦痛がこもっていましたから……」
「……そうか」
悲しげに目を伏せる彼女を、なんとも言えないやるせない顔で周囲の教師たちが眺める。
「……あー……まあ、フローラテイアだもんなぁ……」
「…………それに関しては、自国といえ何も言えないわ……」
誰かが呟いたそれに、彼女は落ち込んだ表情のまま、呟くような声音でそう答えた。
住んでいる者は住んでいるがゆえに気付かない。しかし、離れてしまえば気付くことが出来る。そのくらいには差別が多い。それがフローラテイアという国だった。
「今時、男女で占術師の呼び方区別してる国だしな……」
「もうフローラテイアだけじゃないかなそれ」
フローラテイアでは男性が花遣い、女性は花乙女と呼ぶのが通常である。
それが悪いという訳ではないが、完全に区別して呼んでいるのは、先進国と自称しているだけに多少なりとも問題がある、と他国からは考えられていた。
だからこそ、学園でも同じ思想の教師は多かった。
「貴族しか占術出来ないってのもなぁ……」
「素質ある者を貴族が引き取ってるだけよ。そんなのどこの国でもやってることじゃない」
「あー……、それもそうですね」
不満気な女性教師に論破されたのは、ぼんやりした雰囲気の小柄な男性教師だった。彼は納得した様子で小さく頷く。
「たしかに、一概にどうこうは言えないねぇ」
「……だけど、フローラテイアでの一番の問題は、そうやって貴族に引き取られた者がずっと迫害され続けることだと思う」
反論するようにそう呟いたのは、今まで一度も口を開かなかった金髪碧眼の男性教師だ。彼はどこか悔しそうな表情で、机の上に置いていた自分の手をぐっと握りしめていた。
「……セリーヌ先輩もそうだったのかしら……」
ぽつりと呟く女性教師の言葉に、金髪碧眼の男性教師は過去を懐かしむように、目を伏せた。
「あの頃子供だった僕たちには、詳しい事情なんか分からない。でも、大人たちは特にそれが顕著だったみたいだし……それに影響を受けた卒業生も多いだろうから、その可能性はある……」
「……あの子も、その被害者かもしれないわね」
しんみりとした空気の中、それぞれが己の不甲斐なさやらなんやらに段々と落ち込み始める教師たちを見かねて、青髪の男性教師が一際大きく声を掛ける。
「おい、あんまり詮索するのはマナー違反だぞ。そのくらいにしとけ」
生徒たちに守らせている規則を教員が破るなんて本末転倒である。そして、それを理解していない教師たちではない。彼らは思い思いに語り始めた。
「そうっすね。これだけでだいたいの対応は可能ですし」
「地雷が多い子の対応は慣れたもんだよ」
「能力が凄い子ってだいたいが問題児ですからね……」
「まぁ、アレですよ。気を遣いすぎて依怙贔屓にだけはならないように、皆で注意して生徒たちと関わるようにしましょう」
「ですね」
そうやって口に出すことでようやく気を取り直した教師たちを見て、青髪の男性教師が再度声を上げる。
「さぁ、皆いい加減仕事に戻れ。やることはまだたくさん残ってるぞ」
「はぁーい」
「へぇーい」
同僚たちの気の抜ける返事を聞きながら、青髪の男性教師はやれやれと肩を落としたのだった。
◇
私は、死ぬ前の過去で一度しか足を踏み入れたことのない教室の扉を開いた。
当時の私の記憶はとてもふわふわしていて、そのせいでその時にどんな生徒が居たのかなどは、ほとんど覚えていない。
嬉しかったのだ。自分が誰かに認められたのが。だから、私は。
……今はなにも思い出さなかったことにして、前を向く。
目に飛び込んで来た光景は、懐かしくて、そして、なんだか悲しかった。
扉を開けて、入ってすぐに視界いっぱいに広がる、この半円の形をした教室の風景。横一列に繋がった、教室の形に合わせたのだろう曲がったテーブル。他の教室と、半円をしている以外は内装がほとんど変わらないのに、床に敷かれた赤い絨毯の模様まで覚えていた。
過去の記憶は、あの薄暗い地下牢で幾度となく反芻していたから、この光景だけは忘れなかった。だって、あの記憶の中で一番幸せだったから。
見渡すと数人が散らばるように席に座っていた。その人達と同じように適当な席に座って、息を吐く。
たしか、このクラスは人数が他のクラスよりも少ないから、自由に座って良かった……はず。風景以外の記憶が曖昧だから自信がない。
ふと、視線を感じた気がした。誰かが私を見ているような。
自意識過剰かな、なんて考えたけど、やっぱりその感覚が取れなくて、周囲を見回した。
その次の瞬間。
一人の男の子とばっちりと目が合ってしまって、慌てて逸らした。
過去では見たこと無かったけど、見た顔だった。
あの子は、私の記憶が正しければ『あの呼び名』を知っていたかもしれない子で。もしかしたら彼は、あの頃の私を知っているのかもしれない。
呼吸は、……今はまだ大丈夫。だけど、麻痺していた感情が、燻る恐怖が、心の中で暴れ始めているような気がして。
そんな時にふと影がさしたから、つい顔を上げてしまった。
「なあ」
驚きすぎて一瞬、息が止まってしまったのかと錯覚した。
私の目の前にはあの、赤い瞳の少年が居たのだから。
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