第20話

 


 その後、私の正式なクラスを、花乙女の先生から聞かされた。最も才能や実力のある人が配属される特別なクラス、私はそこへ入れられるらしい。


 なにか特別な呼び方があるらしいけど、それはまだ決まってないそうだ。先生が言うには、特別クラスの生徒たちの特色をクラス名にするそうなのだが、イマイチよく分からなかった。

 過ごしていれば理解出来るとは思うけど、過去ではこのあとすぐに学園を去ってしまった私にはここからの生活はほぼ未知だ。


 それはともかく、私が特別クラスに入ることは過去と同じ展開だった。

 そして、仮クラスの生徒たちからの嫉妬や羨望を向けられるはずだったのだけど。


「よかったな、よかったなあ」

「これで、きっとだいじょうぶよ、あんしんして」

「ほんとうに、よかった……よかったよぉ……」


 目にいっぱいの涙を溜め込んだ生徒たちに駆け寄られ、そんな言葉ばかりをかけられてしまって。中には号泣している生徒までが、私を労わってくれていた。


 誰ひとり私を羨んだり、蔑んだりもしていない。


 なぜこうなったのだろう。歌っただけでこんなことになった記憶は過去のあの日にすら無かった。

 しかし、仮クラスの全員から好意的な感情を向けられているというのは、さすがに居心地が悪い。


「おまえ、もしだれかにイジメられたらすぐにいえよ! みんなでたすけにいくからな!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな少年は、どことなく必死に拳を握り込みながらそう言い放った。


「そうよ、エンリョなんてしないで、ぜったい、ぜったいに、すぐいうのよ!」


 大きな目にいっぱいの涙を溜め込んだ橙色した髪の少女は、少年に続くように、やっぱり必死な顔でそう言った。

 周囲の生徒たちに、口々に似たような励ましや、労り、それから優しい言葉をかけられた。


 どうしてこうなったのか、分からない。分からない、けど。

 なんだか、暖かくて、そして、申し訳ない気持ちになった。

 私が歌ったから、この人たちを悲しませてしまったし、気を使わせてしまった。だから、この中で一番悪いのはきっと、私だ。


「セリーヌさん、なんて顔してるの。ダメよ。あなたは何も悪くないんだからそんな顔しちゃ」

「……え、……でも」

「ほら、笑って? みんなに心配されちゃうわ」


 先生の優しい声に、いつの間にか俯きかけていた顔を上げて周囲を見渡す。

 誰もが私を心配そうに見ていた。


「……先生、みなさん、ありがとうございます」


 私、ちゃんと笑えているだろうか。

 そんな不安を感じながら、なんとか表情を作った。



 ◇



「で、正直どうよ?」

「今年の新入学生ですか? まぁ、去年よりは質が良さそうですよね」


 そんな会話を職員室で始めたのは、新入学生の仮クラス担任達だ。

 こういった会話は仮クラスの担任となった教師たちにとって毎年恒例なのか、誰も気にした様子がない。


「注目してる生徒とかは?」

「あー、ハリッサのアル君かな」

「私は……うーん、デイカーサのターニャさんですね」


 それぞれが気にしている生徒を上げている途中で、薄桃色髪の女性教師が勢いよく立ち上がった。


「私はもちろん、フローラテイアのセリーヌさんです!」


 唐突なドヤ顔である。


「ピンキー先輩、自国出身者だからって贔屓はダメですよ」


 真面目な顔でローテンションにそう言い放ったのは、幼い顔をした金髪の男性教師だった。


「ちょっと! 髪がピンクっぽいからって変なあだ名で呼ばないでちょうだい。私はシルキー!」

「髪の毛ピンクなのに」

「関係ないでしょ!?」


 失礼な物言いだが、それは信頼関係があるからこそだ。それもそのはず、この学園の教師はほとんどが卒業生。つまり、それなりに長い付き合いの級友や先輩後輩で構成された仲間であり、同僚であるがゆえの無礼講であった。


「あー、それよりも、本当に依怙贔屓じゃねーだろうな?」


そんな賑やかなやりとりに口を挟んだのは、青い髪の男性教師である。


「しっつれいしちゃう! そりゃ、憧れの先輩と同じ名前で同じ色彩とはいえ、それだけで見ないわよ! ちゃあんと実力も鑑みての判断なんだから!」


 憤慨する女性教師の気安い態度から察するに、どうやら青髪の男性教師と彼女は同学年だったのだろう。

 そんな彼女の言葉に、他の教師たちも驚いた様子で口を開いた。


「花乙女で実力があるなんて、珍しいこともあるなぁ」

「ここ十数年は不作だったものねぇ」

「生徒を農作物みたいに言わないでください! 確かにセリーヌ先輩以降、花乙女や花遣いで実力派な生徒は居ませんでしたけど……!」


 生真面目な雰囲気の水色髪の女性教師が、眼鏡の位置を指先で正しながら気難しげに口を挟む。

 その様子に気まずそうな顔で緩く謝罪する教師たちを背後に、青い髪の男性教師は口を開いた。


「……まぁ、俺もフローラテイアのセリーヌは気にしてる」


 その表情は真剣そのもので、緩かった周囲の雰囲気が急激に引き締まる。


「……そうなんです?」

「あぁ、ちと危ういからな」


 不思議そうに尋ねる薄桃色髪の女性教師に、彼は思案するような、それでいてどこか確信に満ちた顔で答えた。


「危うい……?」

「何かあるんですか?」


 女性陣からの問いに、彼は強張った表情のまま小さく息を吸い込んで、静かに口を開く。


「……まだ推測の域を出てねぇが……どうやら、虐待を受けていた形跡がある」


 その言葉は、推測と言いながらもやはりどこか確信に満ちていた。そして、その答えに教師たちは息を呑み、彼らの表情は緊迫感のある真剣なものへと変化したのだった。

 


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