第13話
母が手紙に書いていた奇跡というのは、私が今、やり直しをしている現在の状況のことなのかもしれない。
母は現役当時、稀代の花乙女と謳われるほどの実力者だったのだから、届きもしない手紙を残すなんて、無駄なことをするとは思えなかった。
そう考えると母は、自分が早くに死んでしまうことも予期していたというのに、私がどうなってしまうのかも予期していたのだろうか。
詳しいことは分からない。ただの偶然かも。でも、きっと、もしかしたら。
……次の手紙を探す理由は、それでいいのではないだろうか。
燃やさなかった二つ目の手紙の、空白部分をロウソクの火で炙る。すると、文字が浮かび上がった。
“図書館二階、二十五列目の三段目『古代文学史43』”
頭の中にその文字を叩き込んだ。何度も何度も繰り返しながら、窓の外を見る。空はもう赤に紺が混じった色をしていた。
「図書館、二階……」
今日買った箱に手紙をそっと閉じ込めて、撫でる。
ゴミ箱には、空になった紙袋と、ビリビリに破かれた包装紙だけが残っていた。
◇
学園は身分制度が通用しない。すべて実力。ゆえに、自分には何が出来るのか、なるべく早く気付く必要がある。
入学の条件は『才能がある』こと。だけどそれがなんの才能なのか、本人にも分からない場合が多い。
フローラテイアの人なのに、隣国の星舞いの才能があったり、占術師としての才能が一切なくて、服飾などの才能があったりすらする。学園に通っていたというのに寮母をしているカティアさんも、その内の一人らしい。
そういう生徒は、占術師として才能のある生徒の補助をしたり、アルバイト先で技術を学んだりと、それなりに出来ることは多い。
この学園都市が、世界中から様々な種類の高度な技術が集まっているからこそ、占術師としての才能がない生徒でも、学園側は入学を歓迎していた。占術だけで国家は成り立たないからだ。
「そんなわけデ、この学園に入学出来てるだけで人生勝利したようなモンってことなのサ!」
ビシッと指をさされながら、自信満々な様子のメイリンを眺める。分かり易い説明も然る事ながら、今日も彼女は元気そうだ。
生徒がほとんど居ない今だからこそ、昼食が終わった寮の食堂は格好のたまり場である。彼女の様子をのんびりと眺めながら、そんなことを思う。
「……だけど、占術師の学園で占術以外を学ぶなんて、肩身が狭いんじゃない?」
「普通はそうだネ! でもこの学園での生活態度って、どうだっケ?」
大仰な仕草で腕を組み、いたずらに成功した子供みたいな笑顔を私へと向ける姿は、なんとも可愛らしい。
だけどそればかり気にしてはいけない。質問に答えなくては不自然だ。
食後のカップに入ったお茶をゆっくり飲んでから、口を開く。
「成績の最重要項目ね……」
「そウ! 得意が違うだけで差別なんテ、占術師の切れっぱしでも許されないのヨ!」
彼女は、きっと『端くれ』のことを言いたいのだろう。隣国は共通語が母国語ではないので、こういうこともある。
……なんだか少しわざとらしく感じてしまうのは、私が一度死んだせいで疑り深くなってしまっているせいだと思いたい。
だけど、考えることは他にもあった。
差別が占術師として駄目なことだったのなら、あの頃の私はどうして捨て置かれていたのだろうか。
「……じゃあ、酷い噂のある人は?」
「噂? ンー、それはその人本人が酷い人カ、そうじゃないかで変わってくるヨ!」
疑問をそのまま口にすると、メイリンは何でもないことのように、簡単に答えた。
「……そうじゃない場合は?」
「占術師は実力主義! 実力があれば噂なんてほぼ無視されるヨ! 実力がなくたって噂に左右されてる占術師なんて成績不振で退学秒読みネ!」
「そう……、じゃあ、本人が本当に酷い人なら?」
「勿論、成績不振で退学秒読みヨ!」
「……そうなのね……」
だったら、私は?
「セリーヌ、どうしタ? なんかあったカ?」
不思議そうな顔で私を見つめるメイリンに、もう一度問い掛ける。
「ねえ、メイリン。貴族って使用人や下女を連れて入学するんでしょう?」
「あぁ、ウン。そーいう貴族もいるネ」
「その、連れた使用人が主の酷い噂を流していた場合って、どうなるの?」
あの時の私は、一体どうすれば良かったの?
「ウーン、その場合だと、その主がどうしたいのカ、が重要になるヨ」
「……そうなの?」
「そうだヨ。学園は主としての力量も見なきゃいけないかラ、介入出来ないんダ。だから問題はその主がどうしたいかになるのサ」
あぁ、そうか。
「そう、だったの」
あの頃の私に必要だったのは、やっぱり、勇気だったのだ。
現状を打開するための勇気。反抗する勇気。そして、発言する勇気。
そんなもの、あの頃の私には無かった。
どうしようもなかったと、改めて思う。臆病で、卑屈で、気弱な私では。
「セリーヌ?」
「ううん、なんでもない。それよりメイリン、どうしてそんなに色んなことを知ってるの?」
「ンフフー! それは企業秘密ヨ!」
楽しそうに笑う彼女が眩しい。私の様子がおかしいのを気付いたはずなのに、見ないふりをしてくれている。本当に優しい子だ。
「そう……でも、良いの? そういう情報って貴重なんじゃ?」
「セリーヌは今後めっっちゃ凄くなる気がするのヨ! 先行投資ってやつネ!」
「ふふふ、過分な期待をされてしまったのね。応えられるかは分からないのに」
「別にいいノ! これがハズレたらボクの勘は役立たずだって分かるんだかラ、むしろ儲けヨ!」
なんだか、二人して偽りの笑顔を向け合っているような気がする。だけどなぜだろう。それがまったく不快に感じない。
「でも、それじゃ私だけ得してしまうわ」
「ンー、じゃあ、誰も知らないような情報があったら、教えて欲しいヨ」
「そんなのでいいの?」
「ウン!」
だからこそ、だろうか。
「うーん、そうね……、五年後に星清国で噴火があるわ」
そんな、彼女を試すようなことを口にしてしまったのは。
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