第14話

 

 メイリンは、固まったように微動だにしなかった。

 何を考えているのか分からない顔で、彼女は私を見つめている。

 一拍を置いて、彼女が口を開いた。


「……えっ?」


 いまさらみたいに動揺した様子を見せたメイリンに、あぁ、やっぱり。なんて思う。きっとこれは彼女の本来なのだろう。


「……国が滅ぶくらいには、大きな噴火よ」

「……冗談にしては、笑えないね?」


 よぽど余裕が無いのか、彼女の個性であるはずの独特の訛りさえも抜けてしまっている。底抜けに明るい普段の彼女とはまったく違う、まるで別人のような冷静な顔。

 いつもはその快活な笑顔で分かりにくい、青みがかった大きな黒い瞳の虹彩まで分かるほどに、真剣な顔で私を見ている。


「それはそうよ。冗談じゃないもの」

「だとしても、それは……」

「……信じられない?」

「……というか、信じたく、ない」


 口ごもり、ことさら言いにくそうに呟いた彼女は、困ったように眉を下げながら唇を噛んだ。

 その様子をじっと見つめ返し、お茶の入ったカップを置いてから、私も答える。


「……そう。でも、今のままではきっと変えられないわ」


 実際にあの国で何が起きたのか、私は知らない。だけど、何もしないことが悪手だということだけは分かる。

 だからこその言葉だった。


「……変えられるの?」

「国が無くなっても、人が生き残れるなら建て直しが出来るでしょう?」

「……うん」


 沈んだ声。理解したくないけど、それでも声を荒らげたり、何もかも全てを否定したりしない。

 彼女はこんなにも突拍子のない私の言葉を、信じようとしてくれているのだ。


「……信じなくても構わないわ。五年も先のことだもの」

「でも、起きるかもしれないことなら、いつ起きてもおかしくないよ……!」


 どこか焦ったようなその様子から、きっと彼女も様々な情報を受けて、かすかに予測出来ていたことなのだろう。だけど、それはつまり。


「……予兆が、あるってこと?」

「地鳴り、気温の上昇、それから、雪崩が増えてる……」


 知識が無い私だけど、山岳国家である星清国が比較的寒冷な気候であることと、火山というものがとてつもなく高温なことは知っている。


「……山頂の雪は?」

「残ってる。けど、なんか、去年より少ない気がして」


 彼女の言っていることが事実であるなら、こんなに前から予兆があってなお、どうすることも出来なかったというのが疑問だ。

 だって、星清国も世界有数の占術国家なのだから。


 ……ということは、もしかしたら。そんな風に脳裏をよぎった仮説を振り払う。

 まだ情報も足りない中で、こんな重要なことを決め付けるのは時期尚早だ。


「……雪が残ってるうちは、まだ大丈夫」

「どうして、そう言えるの」

「簡単よ。だって、溶岩は熱いもの」

「そっか……そうだね」


 彼女がそれを知らない訳がない。だけど、その思考を裏返してしまうほどに、どうしようもない不安感が勝ってしまっているのだろう。


「……ねえ、どうして、知ってたの?」

「秘密よ」


 こんなことで彼女の不安を和らげることなんて出来ないだろうけれど、それでも私はそう言って、人差し指を口元に当てて笑ってみせる。

 彼女は驚いたように目を見開き、それからいつもと同じように笑ってくれた。


「……ウン、それはそうだよネ!」

「うん。超特別機密情報」


 彼女は、独特の訛りを今思い出したみたいに会話の中に織り交ぜながら、快活な笑顔を見せる。まるで、なんでもないことのように。


「アハハ! そっかそっカ! そんじゃあこれからどうするか決めないとネ!」

「どうするの?」

「五年先に向けテ、資金の準備とかかナ!」


 その眩しい笑顔を見て、なにも変わらない彼女の態度に感嘆する。あんなやりとりをしたあとなのに、本当にいつも通りだ。

 きっと、なにかを隠しているのは私だけじゃなくて、彼女もそうだからなんだろうとは思う。

 だからこそ私も変わらない態度で接する。


「……だったら金塊や宝石を買うのが良いそうよ」

「え?」

「物価が上がるらしいわ。金や宝石の価値は下がらないそうだから、今買っておけばお得なんですって」

「なるほド! 物価が上がるってことハ、貨幣価値が下がるってことだもんネ!」


 さっきまでの沈んだ声なんて無かったみたいに、凄く嬉しそうな声で答える彼女が微笑ましい。

 それを眺めながら、ぬるくなってしまったコップのお茶を飲み干した。


「ええ、そうらしいわ」

「これも機密情報だったリ?」

「これは私の母の形見のひとつよ」

「ハー……、セリーヌの母君って凄い占術師だったんだネ……」

「そうなの。お母様は凄いのよ」


 メイリンのその言葉に、心のどこかがふわりと軽くなった。感情が麻痺してしまっているから、それがなんなのか、どこから来たものなのかは分からない。だけど、もしかするとこれが感情なのだろうか。


「……」

「どうしたの?」


 ふと、無言になってしまったメイリンに気付く。


「ウウン。なんでもないヨ!」


 いつも通りの笑顔で、なんでもないことのようにそう言われて、少しだけ不思議に思ったものの、それだけだった。



 ◇



 ボクにとってみれば、セリーヌはちょうどいいカモフラージュで、友人の内の一人で、それ以上でも、それ以下でもない、ただそれだけの存在になるはずだった。

 その認識が今日、良い意味でも悪い意味でも覆されたのは、本当に予想外だった。


 いつも、人形のような感情のこもらない笑顔や表情の、とても同い年だとは思えないほど、どこか大人びた雰囲気の少女。

 噴火で国が無くなるなんて、聞いた瞬間はなんてことを言い出すのかと思った。だけど、今まで漠然とあった不可思議な不安と、それに繋がる様々な予兆が、嘘だなんて言い切れない証明になってしまっていた。

 だから、それを見透かしたみたいな彼女の言葉には、どうしてもなにも言えなくなってしまったのだ。


 そんな彼女が、母君のことには年相応な少女の顔を見せた。


(きみもそんな風に笑うんだね)


 普段の、感情の無い作り笑顔の何倍もかわいい、素敵な、穏やかな笑顔だった。


(そんな顔、初めて見たよ)


 これから先、きっと誰も知り得ない彼女のその表情を見られたことに、なんだか胸がドキドキした。


「ねえ、メイリン。本当にどうしたの?」

「ンフフー! なんでもないっテ!」

「そう……?」


 どこか不思議そうにボクを何度も見るセリーヌに、いつも通りの作り笑顔を向けたのだった。


 

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