第10話

 


 寮に戻ったら、何故だかメイリンが待ち構えていた。

 どうだったのかと問いかけられ、ひと通り必要な作業を終えたことを説明したのだが、彼女は納得出来ていないような顔で口を開く。


「それデ? 服も買わずに帰って来たノ?」


 どうやら彼女にとっては、そこが問題だったらしい。


「え? 明日には色々買えるだろうから、今日は良いかなって……」

「良くなイ! せめてレンタルして来たら良かったの二! 支払いを明日にすれば良かったじゃン!」

「あ……そういえば……」


 そう言われて初めて、それに気付いた。たしかにそうだ。その手もあった。

 気付けなかったのは、私の落ち度だ。


「もウ! 手ぶらで帰って来るなんて、学園生として減点されちゃうヨ!」

「そう、なの?」

「そうだヨ! 経済回す気無いって思われちゃウ!」

「そうなの……」


 制服を注文して、お金を作ることばかり考えていたから、そういう所まで頭が回っていなかった。

 これからこの寮で生活していかなきゃならないのに、こんな私がひとりでやって行けるんだろうか。決意したすぐあとに、なんだか不安になってしまう。

 こんな私が、彼女を救えるんだろうか。


「ホント、入学前で良かったヨ! 許されるのは今だけネ!」

「え?」


 やれやれ、と大仰な仕草で肩をすくめるメイリンに、つい瞬きを繰り返してしまった。


 許されるの?

 私は、こんなのでも許されていいの?


「とりあえず、カティア姐さんに声かけてくるヨ!」

「え、まってメイリン、どうして?」


 意味が分からなくて、走り出そうとする彼女を引き止める。


「こういう時の為に、予備の服、貸してくれるヨ!」


 明るく笑う彼女の姿に、また救われた気がした。


「セリーヌ、どうしたヨ?」

「ううん、なんでもない。でもそれなら、なおさら私が行かなきゃダメじゃない?」


 取り繕うように首を振る。それからあらためて自分の意見を口にすると、メイリンは考えるような仕草をしてから、また明るく笑った。


「じゃ、一緒に行こウ!」

「……うん」


 ねえ、メイリン。

 やっぱり私は、あなたを救いたい。あなたの友人という立場に見合う私でありたい。


 誰にも文句を言わせないくらい、すごいひとになってみせるから。見ててね。


◇ 


「カティア姐さーん! 今時間ダイジョブー?」


 メイリンが無遠慮に大声を出しながら事務所の小窓をバンバン叩くと、すぐに窓が開いた。


「ちょっとメイリン、あたしゃアンタの姉さんじゃないよ! あと叩くんじゃない! 壊れたらどうすんだい!」

「目上の人はお姐さんお兄さんって言うのが国の決まりネ! そんで壊れたらちゃんと弁償するからダイジョブ!」


 びしっと親指を立てて、自信満々に答えるメイリン。


 でもそれ、何も大丈夫じゃなさそう。


「そうは言っても……あら? セリーヌ、どうかしたかい?」


 メイリンを呆れた様子で見ていたカティアさんが、私に気付いて不思議そうにこちらを見た。


「あ、あの、ええと……」

「この子、今お金無くて明日までこの服なんだっテ!」


 何から説明すべきか分からず口ごもっていたら、見かねたメイリンが明るく言い放った。

 本来なら私が言うべきだったのに、本当に優しい子だ。


「おやまあ、それならそう言ってくれて良かったのに。はいこれ、ちょっと大きいかもしれないけど、小さいよりゃ良いだろ」


 カティアさんはそう言ったかと思えば、大きな紙袋を、なんの予備動作もためらいも無く、どんっと目の前に置いた。

 ちらっと見えただけで、夜着、部屋着、私服、下着まで揃っている。これだけでだいぶ高価なのではないだろうか。


「あの、でも、これ……」

「いいのいいの、退学した子が置いてったほぼ新品の服とか結構あるんだから遠慮なく貰ってきな」


 それにしたって量が多い気がするのだけど、去年はそんなに退学になる生徒が多かったのだろうか。

 たしかに学園は甘いところではない。とはいえ、これはなにかおかしい気がする。


 しかし、厚意を無碍にするのも占術師として問題があると判断されてしまいそうだ。もしなにか裏があるのだとしても、現在、衣服に困っているのも事実。借りないという選択は悪手だろう。


「ありがとうございます」


 そう言って受け取ると、カティアさんは満足げに笑った。その笑顔が、どこか懐かしいものを見ている時のように見えて、なんだか納得した。

 多分私が、カティアさんの知っている誰かに似ているんだろう。


 その時ふと、メイリンが揉み手をしながら口を挟む。


「太っ腹なカティア姐さーん、ボクにもなんかくれたりしなイー?」

「アンタはもう稼げてるだろ。こういうのはお金が用意出来てない子の特権だよ」

「えェー、良いじゃん減るもんじゃ無いデショー?」

「消耗品なんだから減るよ。何言ってんだいアンタは」

「ちェー」


 そんな二人のやりとりが微笑ましい。……微笑ましいとは考えられた。だけど、今の私にはそれしか出来ないようだった。


「あ、そうそう、これも持っていきな」

「え……」


 ふと渡されたそれに思考が中断した。手の中には、白い紙に包まれた四角いなにかがある。予想外が重なって、これがなんなのか、理解出来なかった。


「あー! 石鹸ー! いいないいなボクも欲しイー!」

「アンタは買えるだろ」


 メイリンの反応で、ようやく気付く。


 え。石鹸?


「あ、あの、私、こんな高価なもの……」

「安心しな。これは学園に寄付された物だからタダだよ。部屋にある歯ブラシとコップ、タオルもね。洗面台の戸棚に入ってるよ」

「え、そうだったんですか……?」


 初耳だった。そんなもの前回は一度も見たことが無い。


「そうさね。他にも色々と寄付されてる物が部屋にあるから、確認してみな」

「で、でも、じゃあこの石鹸は……?」

「これはアタシからの入学祝い。まぁ、大浴場に備え付けられてるのと同じ石鹸だけど……アンタ、苦労してそうだからね」

「……ありがとう、ございます」


 あまりにも前回と違う現実に少し戸惑いながら、石鹸を受け取る。あの下女が居ないだけでこんなにも違う。

 ……もしかすると、前回もこうやって色々と貰っていたのかもしれない。私じゃなくてあの下女が。


「いいのいいの。寮生達の健康や衛生面を整えるのもアタシの仕事の内だからね」

「……すみません、私、汚いからこれで綺麗になれ、ってことかと、思いました……」


 朗らかに笑うカティアさんに、なにか訳ありな子供が言いそうな言葉を返す。これは保険だ。


「アッハッハッハ! なんだいそりゃ。あたしゃそんなお貴族様みたいなことしないよ!」

「そう、ですよね、ごめんなさい……」

「なに謝ってんだい! アンタは綺麗なんだから、もっと綺麗になりゃいいんだよ!」

「そうそウ! セリーヌ、凄く綺麗だモン! 磨いたらきっともの凄いことになるヨ!」


「よく、分からないけど、ありがとう」


 お礼を言って、笑う。前よりは少しだけ自然に笑えたような気がした。

 ……気がした、だけなのだけれど。



 

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