第9話
「あ! セリーヌは制服どうするヨ? ボクはもう注文したけド」
ふとメイリンが話題を変えた。でもたしかにそれは重要で、私は頑張って笑顔を作りながら問いに答える。
「死んだ母が、引換券を用意してくれていたの」
「え!? 形見使っちゃうノ!?」
「今の私に働けるほどの体力はないから、使うしかないわ。それに、母からの形見はこれだけじゃないの」
「そっか、ならよかったヨ」
働けるなら、働いてみたい。過去では出来なかったことだから。それに、お金は無いよりあったほうがいい。
……体力が付いたら私にも出来る仕事を探そう。うん。それがいい。
「でも、引換券があるなら早く行っておいたほうが良いヨ。遅くなればなるほど混むカラ」
「うん。ありがとう、そうするわ」
過去では、あの下女が引換券を勝手に換金しようとして、物凄い騒ぎになったのだっけ。そのおかげで期日ギリギリになって、混んでいたせいで入学式に制服が間に合わずメイリンに予備の制服を借りることになったのだ。結局何もかも全て私のせいにされたけど。
本当に、どれだけ傲慢になれば、あんな恥知らずな行動が出来るのだろう。あれほどの傲慢さがあれば人生は楽なのかもしれないが、ああなりたいとはまったく思えなかった。
……今は居ないからどうでもいいはずなのに、どうしてそんな気分が悪くなりそうなことばかりを思い出すのかというと、過去と現在の違いを認識することで今後の予定や行動を確認出来るから、だったりする。
あの下女や父、兄を反面教師にして、誠実に、まっすぐに生きれば良い。
だってもう、あの人達の言うことなんて聞く必要は無いんだから。
◇
冊子を右手に、左手にトランクを持って路地を歩く。冊子の学園地図を確認しながら、制服屋へと向かっている現在。過去と比べると恐ろしく感じてしまうほど平和だ。
思えば、下女を連れていた過去ではトラブルしかなかった。というか、ほぼ全てのトラブルの原因はあの下女だったのだから仕方ない。本当に、ひとりで良かった。
きっと父や兄は今頃になって下女が居ないことに気付いたのではないだろうか。だとすれば相当な愚か者なんだけど、今はどうでもいいか。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか制服店に辿り着いていた。
学園が出来た当初からある老舗被服店であり、最低限の衣服も全て揃うので、学園の生徒のほとんどがここで制服を作る。他にも店はあるが、一番腕が良いのはこの店だ。人気店ゆえに新入生の入学時期は本当に忙しい。
しかし、今はそのひと月前。特に混んだ様子もなく、店員も余裕のある接客をしているようだった。
「いらっしゃませ。ようこそ衣装カナリヤへ。制服のご注文ですか?」
「ええ。これを使いたいの」
カウンターの上に制服引換券を置くと、受付係らしき女性店員の態度は入店した時よりもさらに朗らかになった。
引換券があるということは、昔作られた在庫の中にほぼ一式揃っているということで、つまりは新しく制服を作る必要がない。店員からすれば上客で、とても楽な客なのだからそうなるのも頷ける。
ちなみに、制服は魔道具の一種であるため、採寸などは必要としない。だからこそ、新たに作る場合はひと月ほど必要になることすらあるのだ。
だからこそ緊急事態を除き、貸し借りすることはあまり良くない行為だったりする。
「引換券ですね、ありがとうございます。ええと……4392番ですね。では、占術用衣装と装飾品はご用意されていますか?」
引換券の数字を確認した店員がその番号を紙に控えながら、問いかけてきた。それは全て、学園生活で必要なものだからだ。
その流れで、トランクに視線を落とす。前回は一度も袖を通すことも出来ずに、灰となってしまったドレス。
「……衣装は、ドレスになってしまうのだけど、……いいかしら?」
「はい、構いませんよ。花乙女さんやフェアリアさんたちはよくドレスを好まれますから」
フェアリアというのは、魔力で作り出した使い魔と一緒に歌い踊るファミリアという占術を使う者達のことだ。
私達、花がフローラというカードを出せるように、彼らはその時その時で様々な生き物を使い魔として生み出す。意思のない魔力の塊ではあるが、己の分身として生み出された使い魔は彼らにとってむしろ自分自身ですらあるらしい。
一見派手で、花達が見劣りするかと思うだろう。しかし彼らは花達と違い、そこまでの歌唱力は不必要である。むしろ、見ている者がつられて踊り出してしまいそうなほど、楽しく踊れているかの方が結果の精度には重要なため、うまく住み分けは出来ているかもしれない。
「そう……、じゃあ、これの中にあるのだけれど……」
「ありがとうございます。お預かりいたします」
トランクを手渡すと、店員は笑みを浮かべた。
それもそのはず、占術用衣装と装飾品が無い生徒は制服が出来るまでにも時間が掛かる。これでもし引換券が無ければさらに時間が掛かる。つまりは店員にとって必要なものが足りないとそれを選んで貰う作業まで増えることから、繁忙期にはことさら迷惑な行為なのだ。
過去の私は、父と兄の蛮行によるドレスの焼失と、うるさく喚く下女のせいで酷く迷惑な客になってしまっていた。
「装飾品の中に腕輪や指輪はありますか?」
「たしか、指輪とチェーンで繋がった腕輪が」
「かしこまりました。では出来上がりましたら女子寮へとお届けさせて頂きますので、この用紙に学年と生徒名、それから部屋番号の記入をお願いいたします」
渡された用紙に、一年、セリーヌ、210号室、と書き記し、店員へと渡す。
「……これでいいのかしら」
「はい、結構です。ありがとうございます。完成は三日後を予定しておりますが、予期せぬ事態が起きた際には遅れる場合がございます、どうかご了承ください」
「構わないわ。それと、下着や夜着、日用品を揃えたいのだけど、その指輪の方を換金して購入出来ないかしら」
用意してくれていた母には申し訳ないけれど、先立つものが一切無い私には、これ以外の方法なんて無かった。
早く体力をつけて、買い戻しが出来るように頑張りたいと思う。
「でしたら一度査定を挟みたいので、また明日の午前中に来店して頂いても構いませんでしょうか?」
ちらりと店内の時計を見ると、現在の時間は午前10時。それでも明日まで時間が欲しいということは、なにかしらの理由があるのだろう。そう判断した私は頷いた。
今日くらいは今の服のままでも問題無い。
「ありがとうございます。では本日のお手続きは以上となります。ご来店ありがとうございました」
「ええ、ありがとう。また明日」
「お待ちしております」
そんなやり取りのあと、店から出る。たった10分程度のこの作業が、前回は恐ろしく手間が掛かり、そして学園の生徒たちの中で私が酷い人物だと裏付けるエピソードのひとつとして語られる羽目にもなった。
もうそんなことにはならないつもりではあるけれど、いつどうなるか分からないからこそ、気は抜けない。
あんな態度で良かっただろうか。喋り方も、姿勢も、なるべく堂々としたつもりだったけれど、いつも萎縮していたから分からない。分からないけど、きっとこれでいい。
こんなふうに己を偽って生活するのが、きっといつかは当たり前になるのだろう。
自分らしさなんてない、心が死んでいる私には酷く簡単で、好都合だ。国が、学園が、人々が理想とする人間として生きれば良いのだから。
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