第8話
マリンフォード学園は、海の上、孤島に作られている。だからこそ様々な国から渡航出来るようにと魔導船を使った定期便があり、入学の時期は特に多い。各国から才能ある占術師の卵達が集まって来るのだからそれも必然だろう。
そして、各国と繋がっているということは、食材や文化、料理が集うということで、そうなると必然的に料理人や職人のレベルも高くなる。
つまり学園に通う生徒達は、必然的に着る物も使う物も、食べる物さえも超一流。だが、それが許されているのは占術が人々を支えているのだと、誰もが理解しているからこその待遇。
「だからこそ、立ち振る舞いや言動には注意しなきゃいけないのよね」
入寮した次の日、朝食後の食堂で、私は何故かメイリンからの謎の授業を受けていた。
「そう! つまりボクらは、みすぼらしい服ヲ着てるなんて許されなイんだ!」
大きな声で断言されたそれは、改めて考えれば当たり前な事だ。
「でも、私お金なんて無いわ」
「安心しテ! そういう生徒のために制服があるんだヨ! 全員着用が原則だシ、改造は減点!」
「……制服を買えない生徒も居るんじゃ……?」
「そこで役立つのがアルバイト制度! なんトこの島では、働いテお金を稼ぐことが出来るんダ!」
詳しく聞いたところ、どうやらお金が出来てから後で払うことも出来るそうだ。それまではレンタルという形になる。もちろん、制服や備品の破損や汚損は弁償だし、払いきれなかったら借金という形で汚点が残る。成績にも将来的にもだ。
とはいえ、流通が集まるということはお金も集まるということで、よっぽどの怠け者や浪費家でも無いかぎりは卒業までに普通に稼げてしまうらしい。
「でもそれって、なにかすごいの?」
お金が大事な物であるというのは知っているが、借金があまり良くないことも知っている。出来れば借金などしないほうが良いのではないだろうか。
「すごいヨ! なにせ税金がかからなイ!」
意気揚々と告げられたその言葉は、私には理解出来そうになかった。
「アっ! 分かってないナ? 税金がかからないっテことは、どれだけ貯めこんデも自分の財産に出来るんだヨ!」
そこまで言われてようやく気付く。
なるほど。働けば働くほどお得なら、今からでも頑張っておいた方がいい、ということか。
将来的に借金した額よりも稼げるのであれば、たしかにその方がいい。
「……でも、どうやって貯めるの?」
あまりにもたくさんのお金を稼いでも、盗まれたらどうするんだろう。隠すにしたって限界があるし、管理だって大変だ。
「学園では銀行口座も作れるからラ心配無用だヨ!」
「……メイリンは物知りね」
自信満々で胸を張る彼女の姿は、とても愛らしい。我が兄ならきっと妾にしたがるだろうから、やっぱり早めに縁を切らなくちゃ。ぼんやりとした思考でそう考えながら、作り笑顔を彼女へと向ける。
本当は心から笑いかけたいところなんだけど、どうしても上手く笑えなさそうだったから、仕方ない。
そんな私の作り笑顔を気にする様子もなく、メイリンは朗らかに笑ってくれた。
「フッフッフ。全部この本に書いてあるのでス!」
それは、寮母さんから渡されていたあの冊子だ。あとで落ち着いたら読もうと思っていたけれど、どうやらその必要はあまりないのかもしれない。
それでも一応、読んで頭に入れておくべきだろうから、時間が空いたらちゃんと確認しておこうと思う。
「すごいわメイリン。その本の中身、覚えてしまったの?」
「入学式まで暇すぎて覚えてしまったのでス!」
周囲を見回して、首を傾げた。まわりには誰もおらず、しんとしていることから、まだ生徒はほとんど来ていないのが分かる。
「そんなに前から来ていたの?」
「家に居たくなさ過ぎテ、一週間前から居るでス!」
その気持ちはとてもよく分かる。むしろ分からない部分すらないかもしれない。とはいえ、それを口に出すことはあまり良くないだろう。ゆえに私は、無難な言葉を口にした。
「入学式までまだ一ヶ月半はあるのに……」
「制服代稼ぐにはそのくらいは要るですヨ~。それに色んな国から色んなヒトが集まるかラ、こんなの普通ネ!」
「それもそうね……、お金、貯まった?」
「ダイジョブ~、今は足りなくても三ヶ月くらいでお釣りが来るくらい儲かるでス」
他愛ない世間話のつもりだった。だけど、なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえて、つい、口を挟んでしまった。
「メイリン、それ、真っ当な仕事よね……?」
学園の卒業は18歳。今からゆうに6年はあるが、それでも卒業までに払いきるのが通常だとさっき聞いたばかりのように思う。それが、たった三ヶ月で払い終えるなんて一体どんな仕事だというのだろう。
「当たり前だヨ! ボクがそんな怪しい仕事選ぶ訳なイ! 心外ネ!」
「ご、ごめんなさい……」
真剣な顔で怒られてしまった。すぐに謝罪すると、彼女は先ほどと同じ真剣な顔で堂々と言い放った。
「怪しくないけど、ちょと危ない仕事、してるだけネ!」
「え」
「でも心配無用だヨ! ボクそんなヤワくないネ!」
自信たっぷりに断言しているのだが、はたして過去の彼女はそんな危ない仕事をしていただろうか。もしかすると私が知らなかっただけなのかもしれない。
「……だけど、危ないんじゃ……?」
「たまに怪我はするカモだけド、死にはしなイからダイジョブ!」
「……そう……、あまり、無理はしないでね?」
私がこれ以上口を出しても意味がなさそうだったから、ただそれだけを返す。彼女の真剣な目を見れば、必要だからやっていることだというのは明らかだった。結局、これは彼女の決めたことだから。
「それなりにがんばるヨ! ありがとネ!」
「ううん。余計なことだったらごめんなさい」
「んーん! 心配されるの初めテだから、嬉しかったヨ」
「そう?」
「うん!」
「そうなのね」
嬉しそうに笑うその姿に、少しだけでも笑おうとしてみた。だけど上手く出来なくて、すぐにやめた。こんなにも難しかっただろうか。自然な笑顔って、どうしたら出来たんだっけ。
……なんだか、分からなくなってしまった。
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