初恋


最寄駅行きのバスが来るまでの十数分、私はバス停の向かいにある公園のベンチで間食をして過ごす。お菓子を食べるというよりは、とにかく何かを腹に入れるだけの行為だったが、どうにもそれをしないと心地が悪い。

そんな無為な時間を共に過ごす白黒ブチの猫がいた。


その猫は決まって、私がベンチへ座ると、隣の家の脇からするりと抜け出てやってくる。特に何をねだるでもなく、ただ傍らで丸くなるだけ。一度気まぐれに買った猫用のおやつをあげても、以降それをねだることは無かった。

少し痩せていて、目にはタマに目やにがついているが、まあ整った顔はしていると思う。肉球は滅多に見ることは無いが、確か色はピンクだった。


ある日、いつものバスに乗り遅れた時も、その猫は変わらずやってきて、次のバスが来るまでそこにいた。雨の日はやってはくるがいつもと違いベンチに座って待っている。


その日も、3日ぶりくらいの雨だった。


昼から降り出した雨は折り畳み傘で凌げるぐらいだったが、きっと猫はベンチで待っているだろうと思いいつも通りの時間に空き地へ向かった。

しかし、猫はいなかった。何分待てど来なかった。


私は妙に気になって、いつものバスに乗らずにベンチで待っていた。

雨脚が強くなって、肌寒くなったので、傘をさして少しその辺を歩き回った。

いつも出てくる家の塀の隙間や、ゴミ箱も覗き込んだ。次のバスも行った。

何かに駆られるように狭い公園の端から端まで、向かい側のバス停まで見に行った。


もう次のバスは40分後だと、時刻表を見た時、滅多に聞こえない猫の鳴き声がした。猫は悪びれもせずいつものベンチに座っていた。


私はほっとしたのだろうか、深いため息をついた。40分と2分遅れできたバスに乗った。


以来、あの公園のベンチには行っていない。猫はたまに見かけるだけ。


もうあんな想いなんてしない。

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寝る前5分のショートショート 十子 @Toko_LAND

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