故郷


弾丸飛び交うビルマのジャングルの中で、5日ほどを共にした男達がいた。男達は皆元いた部隊からはぐれ、一人でなんとか生き残ってきた者たちだった。なんとか生き残ったと言うよりは、何度も死に損ねてきたとも言うかもしれない。

そんな男達である晩、珍しく食糧にありつけたため、大きいなんとかという木のうろの中で小さな火を焚いて腰を落ち着けていた時のこと。どいつかが何かの話の中で、「生き残って故郷へ帰るか、ここで死んで靖國に帰るのがいいか」と他の四人に問うた。

皆、何も答えることはなかったが、確かに目は前者であると語っていた。このように小さな集団の中であっても、それを口にすることは憚られたのだ。


さて、その話をした次の日に五人の男たちは敵兵に見つかり、二人は射殺され、残った三人は散り散りになって逃げた。そのうちの一人が私であるが、あとの二人のその後は知らない。

私は結局、そのまましばらくうろうろとしている内に終戦を迎え、運の良いことに他の生き残りに比べれば早い方で復員できた。最初こそ、ただ何もできず、のうのうと帰ることに一種の恥を覚えていたが、それよりもずっと、もう飯や敵の心配をすることなく眠ることができるのだという喜びの方が大きかった。

復員船が湾内に入ると、港で待つたくさんの人が見えた。息子を探す母や夫を迎える妻、父親を待ちわびる子らでいっぱいになったそこは紛れもなく祖国だった。

私の故郷では無いため、まさか私がこの復員船に乗っているとは知らないため、私の家族は来てはいなかったが、家族と再会した戦友を見ると、故郷へ残してきた妻や両親が偲ばれてならなかった。私は急いで復員用の切符をもらい、列車に乗った。列車に乗っている皆が皆、故郷で出迎えてくれる人々のことを考え、かすかに高揚していた。


列車を乗り継ぎ、故郷の最寄り(と言っても自宅からは歩いて3刻ほどかかるが)に着くと、そこにいる人は疎らだった。港のように大きな旗を掲げているような人は誰もおらず、ボロボロの軍服で帰ってきた私はどこか浮いていた。

駅員が小さく会釈をして「お疲れ様です」と言うのが聞こえただけで、故郷は戦争の波が押し寄せる前よりもさらに静かだった。ほんの少し早歩きで自宅への道を歩いた。道行く人はちらりと私を見てまたすぐに日常へと戻っていく。誰かが私の名を小声で言っていたような気もしたが私には見覚えのない人だった。

もう日が沈み、夜が来るほんの少し前に自宅に着いた。「ただいま帰った」と戸を開けて言うと、妻は目を見開いて驚いて、一時言葉を詰まらせてから「ご苦労様でございました」と首をもたげた。


それからしばらくは、両親や近くに住む親族が来ては私に声をかけに来た。しかし本当に声をかけるだけで、込み入った話は何もしなかった。皆、そそくさとすぐに家を出て行った。妻は妻で、私がいない間のことを問うてもはい、とか、はあ、とか言うだけでいつも困ったような顔をしていた。


私は腕に傷があったこともあり、生活に支障はなかったが、一週間ほど暇にしていた。何か仕事をしようとしても妻は気遣うような台詞を言って私をあまり外へ出さなかった。

そんなある日、妻がいない時に傷があまりにも痛むので昔に買っておいた痛み止めが無いかと押入れを探していると、ゴトリという音とともに何か四角いものが出てきた。埃っぽい押入れにおいて痛みも傷も無いそれはどこか浮いて見えて、不思議に思いそれを明るいところに出して見ると、それは真っ黒な額縁だった。


その時に私は全てを理解した。

ああ、この額縁には「私」が入る予定だったのかと。

ああ、「私」が帰るべきは故郷ではなく靖國であったのだと。



押入れには私が持ち帰った美しい短刀もあった。

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