海坊主


いまは昔出羽国の雪深い小さな集落のこと。昨年来の不作がたたり、やれ、どこそこの村はみんな飢え死んだだの、あすこの家は食い合って死んだだのと気分の悪いうわさ話が耳から口へ口から耳へと渡り歩いていた。


そんな時にどうしたわけか、村一番の庄屋の娘が子を成したとあっては、庄屋もその大きな顔のつぶれる思いをするばかりで、日増しに腹の大きゅうなる娘を、親父殿は納屋へ放り込みなさった。もちろん、それを止める若旦那もいないから、家のものもしずかにぢッと堪えるばかり。


そんなある日、その納屋から家中の茶碗を丸ごと割ったような音が聞こえてきた。なにごとか、ついに生まれてしもうたかと納屋を覗きに行くと、真っ赤な海から真っ黒な赤ん坊が顔を出していた。さらに親父殿らを驚かせたことには、その赤ん坊は大股を開けて立ち上がり、物を話したのだ。


その赤ん坊の言うことには、自分は誤って山に落ちてしまったから、仕方なく生娘の胎を借りて今まさに海へ戻らんというのである。そして、気の毒にもこと切れてしまった娘御は丁重に弔い、そして自分を海へ返してもらえれば、今後この村が飢え苦しむことはないだろうということであった。


庄屋の家と村の者どもはいざとその赤ん坊を担ぎ、急ぎ海へと連れて行った。浜辺へ寄ると、赤ん坊はずるずると砂の上を這って海の中へと入って行った。しばらくすると海の向こうの向こうのほうに大きな影が見え、そして消えた。


以後、その村では庄屋の娘の命日に海が荒れると言う。

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