第2話 その狐、イケフォにつき

<やおさま なによんでるの~? やおさま なによんでるの~?>


 畳に寝っ転がって本を読んでいる八尾に鬼火達が戯れる。


「人間の女の子に好きなってもらう研究」


 そう言って八尾は読んでいた少女漫画のコミックスを広げたまま胸に置くと、鬼火達に目を向けた。


<まんがだぁ まんがだぁ>


 鬼火達は八尾の横に積んであるコミックスの表紙の上をジャンプする。


「なぁ。僕ってイケメンかなぁ?」


<いけめんって なぁに? いけめんって なぁに?>


 質問を質問で返された八尾は眉間にしわを寄せた。


「確かに。そもそも『イケメン』の定義がよくわからないよね。イケてるメンズ? 顔がいい人間の男性って意味なら、狐の場合はイケてるフォックス……イケフォ?」


<いけふぉ いけふぉ>

<やおさま いけふぉ>


 母は人間界でその昔、権力者をその美貌でたぶらかしたと言われている大妖怪なので、きっと自分の見栄えも悪くないはずと思いながら、なんとなく千月には通用しなさそうな気がして、八尾は少し落ち込む。


「どの漫画読んでも、イケメンからグイグイ来られると、女の子喜んでるんだけど、本当なんだろうか」


 そんなことをボヤキながらも、八尾は少女漫画を読むのを再開した。



◇◇◇



 台所で祖母が何年も前に購入した切り餅を発見してしまった。賞味期限は半年前に切れているが、大企業が個別梱包で製造した切り餅だ。私は信じて食べることにした。


 包丁で切れ目を数ミリ入れてから、餅を半分に手で折る。きつねうどんが食べたくて、少し前に購入した甘い油揚げの残りに切り餅を詰めると、巾着状にして楊枝ようじでとめた。


 うどん……といえば……この前のアレはなんだったんだろう。


 そんなことを考えながら、餅入りの巾着を作っていたら、合計で十個になってしまった。一人で全部は一度に食べきれない。半分を冷蔵庫にしまおうとして、神社の変な人の言葉を思い出した。



『寂しくなったら、またおいで』



 思い出したら、ちょっと胸がドキドキしてしまう。とてもキレイな人だった。おかしな格好してたけど。あの日は気が付いたら、普通に参道に立っていた。ただ腕時計の時間は、一時間ほど進んでいたけれど。本当に何だったんだろう。


 結局、私は冷蔵庫の扉が半開きのまま、しばらく考えたあとで餅巾着はしまわずに、逆に十個全部を電子レンジに入れたのだった。




 餅が柔らかくなった巾着をタッパーにつめる。水筒に麦茶を入れて、トートバッグにタッパーとともに入れた。それから、問題集にノート、筆記用具、学校で使ってるタブレット端末。


「会えなかったら、そのまま図書館に行けばいいんだし」


 誰への言い訳なのか、誰もいない家で独り言を言う。自分以外、誰もいない家で長い時間を過ごすのは時々耐えきれなくなるので、休日は図書館で勉強して過ごす。


 勉強に疲れたら、小説も読めて気分転換もできるし、誰も話しかけてくるわけじゃないけど、独りでもない空間である図書館はとても落ち着ける。


 玄関を出て鍵をしめると、とりあえずくだんの稲荷神社へ私は向かった。




 前回の記憶を頼りに、あまり使わない道を歩く。本当になぜ何年も気が付かなかったのか、稲荷神社は自宅から徒歩五分程度の場所にあった。お詣りする前に今回は境内をグルッと見て周る。不思議なことに社務所の建物は、境内にはなかった。


 これぞ本当に狐につままれた気分だ。白昼夢だったのだろうか。


 私の寂しさが見せた幻覚? 病院行った方がいいかな。だんだん不安になってきた。もうお詣りして早く図書館に行こ。


 小銭が十円玉しかなかったけど、とりあえずお賽銭を入れて鈴を鳴らしてから、二礼二拍手。そして、目を瞑る。特に願い事はしなかった。



「千月! また来てくれたんだ!」



 その声で目を開けると、がいた。辺りの景色は急に夜へと変わり月夜に照らされた銀髪がキラキラと鈍く光る。


 先ほどまで目の前にあった拝殿は消え去り、その代わり先日私が寝ていた建物の縁側に腰かけた彼は朗らかに笑いを浮かべ、尻尾をパタパタと振る様子は私の来訪をとても喜んでくれているようだった。


 前回同様に夢でも見ている気分だったが、今回は少しだけ心に余裕がある。私は勇気を出して縁側へ進み、それから彼の隣に腰かけた。


「……この前のお礼を言いたくて」


 じっと見つめてきてニコニコしているケモノ耳と尻尾のついたこの美しい男性と目を合わすことができず、私は目をそらして言い訳を口にする。とりあえず話をつなごうとトートバッグからタッパーを取り出した。良かった。まだ温かい。


「甘い油揚げとお餅は好きですか?」


 そう言ってタッパーを開けて中身を見せると、彼の顔は輝いた。好物っぽい?


「すごく好き! え? 食べていいの?」


 割り箸を渡すと、彼は美味しそうに餅巾着を頬張ってくれた。耳が本物の動物の耳のように動いている。どういう仕掛けなのだろう。私も一緒に餅巾着を食べながら横目で盗み見をしてしまう。


「耳、気になるの? 触る?」


 私の盗み見はバレていた。不躾に見ていたことを見透かされて恥ずかしい。でも興味の方が勝ってしまい、私は頷いた。彼は上半身を私の方へ傾けて、後頭部を触れるようにしてくれた。


 恐る恐る耳を触ると、くすぐったいのか少しだけ彼は身をよじる。彼が我慢してくれていることをいいことに私は気が大きくなって、構造を解明しようと銀髪の生え際をかき分けた。


 耳は……本当に頭から生えていた。衝撃の真実。


「あなたは一体何者なの?」


 思わず声に出して質問してしまった。


 彼は傾けてくれていた身体を起こして、姿勢を戻すと少し困った顔をした。説明が難しいとでもいうように。



「千月は、妖狐ようこって知ってる? 妖怪の妖に狐って書くあやかし」



 妖怪なんて言われも普通は信じられないけれど、月夜に照らされる彼の美しさは確かにこの世のものとは思えなくて、私はそれ以上は疑わずに彼が妖狐であることを受け入れたのだった。


***

 第三話につづく

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