第3話 「ただし、イケメンに限る」は万能ではない
私は数日おきに放課後、常夜で過ごすようになっていた。週末には食べ物まで持って訪れた。
「おかえり」
そう言って笑顔で私を迎えてくれる八尾。もうその言葉を私にかけてくれる人はいない。私は「ただいま」と八尾に返す。縁側でローファーを脱いで揃えると、部屋に上がった。通学鞄を部屋の隅に置く。八尾は和風な低い机で何やら書き物をしていたようだけど、私の訪問で中断してくれた。
「今日は千月にプレゼントがあるんだ」
差し出された物には紅白の紐で編んだブレスレットに小さな鈴がついていた。私はブレスレットを受け取り、鈴を振ってみる。鈴の音は鳴らない。八尾は首を傾げる私の手からもう一度ブレスレットを取ると、私の左の手首に巻いてくれた。
「いちいち稲荷神社でお詣りするの大変だと思って。だから、今度からは来たいと思った時に、願ってから鈴を鳴らして。願いがなければ鈴は鳴らないから安心してね」
校則に引っ掛かりそうだけど、腕時計と一緒に着けてたら目立たないかも。ま、この程度の校則破りをしている生徒はたくさんいるし、そんなに気にすることもないか。
<ぷれぜんと~ ぷれぜんと~>
<ちづきさま うれしい? ちづきさま うれしい?>
<いいな いいな>
私は鳴らない鈴が珍しくて、子供みたいに何度も手首を振って遊んでいたら鬼火達から笑われてしまった。喋る鬼火のことは最初はかなりビックリしたけど、妖だの異界だの言われた後だったので、考えるのを止めて、そういうものなのかもと受け入れた。
「もう、そうやって千月をいじめないの」
八尾は囃し立てる鬼火達を手で私から追い払ってくれた。
「……ありがとう」
お礼をまだ言っていなかったことに気が付いて、私は急に恥ずかしくなって俯いて、そう呟いた。おばあちゃんはお小遣いはくれたけど、両親が亡くなってからプレゼントを貰うのは久しぶりだった。
「そうだ。今日は何して遊ぶ? それともお勉強したい?
目を糸のように細くしてニコニコ笑う八尾の口元からのぞく八重歯が可愛い。こんなキレイな男性に「可愛い」って失礼かもしれないけど、時々ちょっと子供っぽい。立ち上がると背も結構大きいし、大人の狐なんだと思うけど。
「あ~うん……実は今日ちょっと寝不足で、お昼寝していっていい?」
暗に「尻尾を枕に貸せ」という私の希望が伝わったのか、八尾は胡坐をかいて座り直して尻尾を器用に前に回してくれた。私は制服のブレザーを脱いで畳む。襟のリボンのスナップとブラウスの第一ボタンを外した。
彼の膝の上に置かれた尻尾を寄り掛かるように枕にして縁側から外の風景を眺めながら横たわる。前に「足しびれない?」って聞いたら、「妖だから」ってよくわからないこと言われた。本当はしびれてるのかもしれないけど、私はこの極上のベッドの虜なので我慢してもらうことにした。
すぐに眠気がやってきて、瞼を閉じる。リーンリーンと鈴虫の鳴く音が聴こえる。家だと、なかなか寝付けないのに不思議だ。私は睡魔に抗わずに、眠りに落ちた。
◆◆◆
あの日、行方不明になっていた母上の目撃情報を聞いて、短慮で
「ウカ様もなぜあのような者たちを。あれらはあの
たくさんの妖狐が住まう稲荷山は居心地が悪くて悪くて、とにかく早く修業を終えて各稲荷神社へ出向したかったので、弟と頑張ってすぐにそこを出た。弟とは離れ離れになってしまったけど、稲荷山から遠く離れた小さな稲荷神社を任された時はとてもホッとした。
数百年、色んな稲荷神社を巡って人々の営みを眺めて暮らした。人々の信仰心が薄れるにつれて僕は現世に降りた時に人型を保てなくなったけど、それでも僕たちのような者の力を借りなくても彼らが自力で生きているようになったことは嬉しかったし、常夜から現世を眺めるだけで心は満たされた。
だから、あの日「あなたが壊そうした世界は、もう狐如きには壊せない」って母上に言ってやりたかった。でもようやく会えた母上は、
「私、なんか大人気みたいなのよね。アニメとかゲームで」
だが、母上はそう言って
助けてくれた千月は、とても頑張り屋だった。人の子は勉学が嫌いなものだと思っていたが、そうでない子もいるようだ。ちょうど彼女の住む近くの稲荷神社の枠が空いたので、融通してもらった。
人の命は短い。だから、少しでも彼女が幸せに暮らせますように。
◇◇◇
私の髪の毛をすく彼の指が気持ちいい。ごろんと寝返りをうって、私は仰向けになり、目をこすって目を覚ました。
「ごめん。すごい寝ちゃった」
腕時計を見る。もう夜の九時だ。私は起き上がり、大きなあくびと伸びをした。
「八尾といると、安心して眠たくなる」
遊びに来ておいて爆睡してしまった恥ずかしさで、八尾に照れ笑いでそう伝えると、なぜか彼は少し悲しそうな顔をした。
「千月、向こうだと安心して寝れないの?」
「……そういうわけじゃないけど。……いや、そうかも。時々やっぱり家に一人だと寂しくて」
強がろうとしたけど、八尾には見透かされそうで結局本心を明かしてしまう。
「君が望むなら、ずっとここにいてもいいんだよ」
彼の
え、どうしよう。これ、キスされる?! え? え? やだ!!
パァアアン!
気が付いたら、私はかなり豪快な平手打ちをかましていた。八尾は頬を手で押さえて、ビックリした顔のまま固まっている。私は混乱する頭で暴力を働いてしまった言い訳をひねり出す。
「かかか…カッコいいからって、何しても喜ぶと思わないで! そもそもそういうのは恋人同士がするものよ! それに……それに……八尾は……ききき……狐なんだから、エキノコックスあったら、どうするのよ!!!」
通学鞄とブレザーをひっつかむ。私はローファーを慌てて履いて、あまりの恥ずかしさから「帰りたい」と心の中で叫ぶ。すると、手首の鈴が「リーン」と鳴った。この鈴は往来のどちらの希望にも対応しているようだ。
八尾が背後で「えきのこ???」って困惑してる声が聞こえたけど、私は振り返りはしなかった。
***
第四話につづく
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